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とある星物語  作者: 黒星
66/81

第66歯 自分を許すことから始まることがある

 巨大な植物人間が咆哮を上げた。

 身を捩るたび、大地が低く唸り、地面が波打つ。その肉を、巨大なイモムシが身の毛もよだつ音を立てて貪っていた。

 緑色の体液が噴き出し、蒸気となって腐臭を撒き散らす。

 サラはその光景を見据え、低く呟いた。

「……焼き殺す」

 その声は、まるで雷鳴の前触れのように重く響いた。

 次の瞬間、閃光が走る。

 サラの腕から奔る雷撃が空気を震わせ、熱を帯びたガベルが赤々と光を放つ。彼の瞳もまた、同じ色に染まっていた。

 ——守る。

 頭の中で反響する言葉は、誰の命令でもない。自分の意思だ。

「待て!待て待て待て待てぇッ!」

 ふいに怒号が戦場を裂いた。砂煙を切り裂き、白衣を泥にまみれさせながら駆けてくるのはチェンだった。

 眼鏡の奥の瞳だけが異様に輝いている。

「サラくん!殺すな!あれは——貴重なサンプルだ!」

 叫ぶなり、チェンはインクの抜けた万年筆をサラへと投げた。それをパシッと受け取って、サラが訝しげに眉をひそめる。

「……何?」

「アレの未来を書き記す!」

 短く、それでも確信に満ちた声だった。チェンの言葉に、ネルの血色が変わる。

「チェン!その魔法は使うな!」

 チェンは振り向き、わずかに笑った。その笑みには、どこか諦めにも似た優しさがあった。

「ネル。お前の父親、元に戻せるかもしれんぞ」

「しかし——」

 ネルの喉が震えた。止めたいのに、希望がその声を塞いだ。

「——咲蘭くん、イモムシで奴を抑えろ!ネル、今使える魔法は?」

「姫魅を映し取った」

「なら、風でアレを切り裂け」

「だけど……切っても切っても再生するんです!」

 姫魅の必死の声が響く。その声にチェンはかぶせるように怒鳴った。

「構わん、狙いは体液だ。サラくん、頼んだよ」

 サラは無言で頷き、心具のガベルを霧のように消した。

 瞬間、彼の姿が掻き消え、残ったのは雷の残光だけ。次に現れたのは、植物人間の首筋の上だった。

「……さあ、始めようか」

 サラの全身をバチバチと電流が走る。赤く染まった瞳の光は、恐ろしいほど冷たかった。

「盛り上がっていくよー!」

 咲蘭の明るい声が響く。巨大なイモムシが糸を吐き、植物人間の腕を絡め取った。

 だが、糸の一本一本に魔力が燃え尽きるように消えていく。

 咲蘭の額に汗が滲み、歯を食いしばる。

「お願い……!持ってよ……!」

 糸が音を立てて軋む。

「いくぞ、姫魅!」

「うん、ネル!」

 ふたりの足元に魔法陣が描かれる。

 魔力が交錯し、空気が裂けるような風の刃が放たれた。真空の爆音が耳を貫く。

「くっ、デカすぎる!」

 ネルの声。

「そんな……!」

 姫魅の悲鳴が重なる。

 二人の魔力を合わせても、巨体の左腕を切り裂くのが精一杯か。

 飛び散る肉片とともに、緑の体液が雨のように降り注ぐ。

「親父…」

 視界が緑に染まり、窓辺のパセリが思い出されて、ネルの胸の奥が締めつけられた。

「大丈夫だ」

 サラは雷速の脚で駆け抜け、蔦の窪みに足をかけてぶら下がる。滴る体液に、万年筆のボトルを差し出した。

 ボタ、ボタ、と重い音を立てて、体液が溜まっていく。

 あと少し——。

 足の感覚がわずかに傾いだ。下では姫魅の声が上ずっている。

「サラさん、足一本で体を支えてる!」

「すごいバランス感覚……まるで猫みたい!」

 咲蘭の叫びが続き、風を切る音が耳を打つ。

 彼女たちの視線が刺さって、サラは思わず頬が熱くなった。

「サラさん!照れてる場合じゃない!足、足ーッ!」

 蛍の声に、冷たい感触が走る。蔦が蛇のように足に絡みつき、瞬く間にサラを締め上げた。

「くっ…チェンさん!」

 サラは体を捻り、万年筆を力任せに投げた。

「グッジョブ。サラくん」

 チェンがそれを受け取った瞬間、足元に魔法陣が浮かび上がる。

「——お前の未来を書き記す!」

 チェンが左手に本を開き、万年筆で文字を刻もうとしたその刹那——。

「もう……限界!」

 咲蘭が崩れ落ちた。イモムシが霧のように消え、拘束を失った植物人間が腕を振るう。

 その一撃で、チェンは吹き飛ばされた。ネルがとっさに抱き止めて、姫魅が不安げな顔で駆け寄る。

「ネル!ネル!」

 何度読んでも返事はない。どうやら頭を強く打ったらしかった。

「ごめんなさい」

 泣き崩れる咲蘭の背を蛍が優しく摩ってやる。サラは全身に絡みついた蔦を焼き切ろうとしたが、巨大な植物人間は次から次へと蔦を伸ばし、埒が開かない。

「やめて!」

 絶望的な空に、柔らかくも悲しい声が響いた。そこに立っていたのは満身創痍の慰鶴と、彼に抱えられた人間のような植物——朝顔だった。

 皆の視線が集まる中、朝顔は自分の姿を思い出して震える。肌が裂けたところから蔦が覗き、もはや彼女は人とも植物ともつかぬ存在だった。

 その肩を、蔦で繋がれた慰鶴が抱き寄せる。

「堂々としてろ」

 朝顔が見上げると、慰鶴はにかっと太陽のように笑った。

「生きるんだろ?朝顔として」

 朝顔は小さく頷き、涙を浮かべて微笑んだ。

「朝顔……さん?」

 姫魅の声に、彼女の涙がこぼれ落ちる。朝顔は巨大な植物人間を見上げ、静かに語りかけた。

「もうやめにしましょう。あなたも……自分を否定しないで。あなたはあなた。私は私。それでいいんです」

 その笑みを、慰鶴が優しく受け止めるように頷いた。植物人間が、悲しみを宿した咆哮を上げる。

「その痛みは、生きている証。あなたならきっと——優しさに変えられる」

 その声を最後に、巨大な植物人間は静かに崩れ落ち、やがてひとつの種へと姿を変えた。

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