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とある星物語  作者: 黒星
64/81

第64歯 思いやりと強さは比例する

「……姫魅?」

 戸惑う蛍の耳に、かすかな声が届いた。

「ここだよ」

 反射的に振り返ると、さっきまで前にいた姫魅が、いつの間にか後ろへ移動していた。

 目にも止まらぬ速さ――いや、光速移動と言ってもいい。顔面蒼白の姫魅を腕に抱えていたのは、褐色の肌に真紅の瞳を持つ少年だった。

「サラさん!」

「……こんにちは」

 見慣れたパーカーでも学生服でもない。だが、どんな服を着ていようとも、この目立つ容姿を見間違えるはずがない。蛍の声に、少年――サラは柔らかく微笑んだ。

 その笑みに、蛍の胸が一瞬で弾ける。兄のように慕う存在でありながら、あまりの美貌に心が雷に打たれたように高鳴る。

 そんな蛍の様子を横目で見た姫魅は、不機嫌そうに眉をひそめ、ふらつきながらサラの腕から降りた。

「な、なんで……サラさんがここに……?」

 ジェットコースターを5周した後のように胃を押さえながら、姫魅がかすれた声で問う。蛍がすかさず「運命ね!」と嬉々として答えるが、もちろんそんなわけはない。

「助っ人」

 短く告げたサラの横で、ネルが苦虫を噛み潰したような顔をした。

「授業どころじゃなくなってしまったがな」

 サラは伸びかけの髪をハーフアップに結い上げ、床に転がる黒い塊を鋭く見下ろした。

「さあ、始めようか」

「えっ?だって、もう相手は……真っ黒焦げですよ?」

 姫魅が恐る恐る指をさす。

「サラさんったら、またまた天然さんなんですから!始めるって…今、ご自分で終わらせたばかりじゃないですか!」

 蛍がパタパタと手を振り、冗談めかして言う。

 だが、サラもネルも緊張した表情を緩めようとしない。

 その瞬間、どこからともなく不気味な声が響いた。

『……ゲンキ……ゲンキ……』

 黒炭となっていた肉塊が脈打った。パラパラと炭が剥がれ落ちるたび、内側から瑞々しい緑が顔を出す。 次の瞬間、それらは凄まじい速度で一つに集まり、ぶくぶくと膨れ上がった。

「な、なによこれ……」

「そういえば……雷で成長する植物があるって、朝顔さんが……」

「えっ」

「なっ……?」

「はっ?」

 部屋にいた全員がサラを凝視した。蛍がネルの背後から拳を振り上げ、叫ぶ。

「サラさん!敵の成長を促進してどうすんのよーっ!」

「サラくん、やってくれたね……」

 ネルが重々しく頭を抱える。けれど、サラはどこか満足げに頬をポッと赤らめた。敵とはいえ「元気を与えた」ことが、嬉しかったのだろう。

「照れるところかーっ!!」

 蛍の叫びと同時に、肉塊がさらに膨れ上がった。

 天井がひび割れ、床がみしみしと悲鳴を上げる。縦に広がれなくなった塊は、横方向へと倍速で膨張を始めた。

「うわっ、このままじゃ潰される!」

「大丈夫」

「サラさん!?全然、大丈夫じゃ――きゃっ!」

「蛍ちゃん、しっかり捕まって!」

 ネルが蛍の手を引き、サラは姫魅を抱き上げる。そのまま勢いよく窓を突き破り、土砂降りの空へ飛び出した。

「うわあああああっ!!」

「きゃあああああっ!!!」

 内臓が浮き上がる感覚。身体が真っ逆さまに落ちる。

「――ポチ!」

 サラの声が風を裂いた。

 次の瞬間、黒い影が現れる。雨を切り裂き、鮮血のような双眸が輝いた。サラの呼びかけに応じた黒龍――ポチが、長い胴をしならせて四人を受け止める。

『ピィッ!』

 誇らしげな鳴き声を上げるポチの背で、蛍と姫魅が歓声を上げた。

「ナイスキャッチ、ポチ!」

「ポチ、ありがとう!」

 ポチが嬉しそうに喉を鳴らす。その様子に、サラは少しだけ頬を染めた。心の具現――“九十九”であるポチが、まるでマタタビを与えられた猫のように甘えているのだから、恥ずかしくなるのも無理はない。

「サラくん。もう一人の助っ人――イルカさんはどこだ?」

「イルカは……」

 サラの表情が翳る。真紅の瞳が、ジョニー魔法学校の校舎へ向けられた。その視線を追った蛍と姫魅は、息を呑む。

 校舎全体が蔦に覆われ、見る影もない。ジョニー魔法学校は、緑の怪物に飲み込まれていた。

「なによ……あれ……」

「ジョニ校が……蔦まみれだ」

 校庭に倒れた人影を見つけ、ネルがハッと息を呑む。

「あれは――イルカさん!」

 ポチが校庭に降り立つのを待たずして、ネルはパッと飛び降りると、その人影の傍らへ駆け寄った。

「どうしたんですか?! 一体、何があったんですか!」

 ネルの叫びに、返ってきたのはただの唸り声だった。

 イルカは苦しげに身をよじり、何かを訴えようとしている。ネルは思わずサラの方へ振り向いた。

「サラくん! どういうことだ?!」

 ポチの背から飛び降りたサラは、口を閉ざしたまま。血の気を失ったイルカの顔を、どこか冷ややかな眼差しで見つめていた。

「サ……ラ……が……」

「イルカさん!? サラくんが、どうしたんですか? まさか……サラくん、君が——!」

「……言えない」

 サラの瞳が、血のように赤く染まる。その光を見た瞬間、ネルは舌打ちした。

(油断した……。やはり、監視の目を緩めるべきではなかった)

 サラ——彼は元々、悪の組織スピッツの人間だった。だが今は隊長候補生として、平和維持軍の信頼を得ていた。ネル自身、少しずつ心を許し始めていたのだ。

「ネル、イルカさんがどうしたの?」

 雨を弾きながら、ポチの背から姫魅と蛍が駆け寄ってくる。蛍は持病のせいで体が弱いサラを心配そうに見つめていた。

「サラさん、雨に濡れたら……また風邪、引いちゃいますよ」

「来るなっ!」

 ネルの叫びが響いた瞬間——校舎が轟音を立てて崩れた。第3演習室のあった一角が崩落し、瓦礫の中から巨大な植物人間が姿を現す。

『ウオオオオ!!』

 咆哮。大地を揺るがす振動。その腕が振り下ろされる先には——蛍。

「蛍、危ない!」

 姫魅が咄嗟に蛍を抱き寄せて身を翻した——その時。

「盛りあがっていくよー!」

 明るい声が、雨の帳を裂いた。その瞬間、暗雲に魔法陣がパッと輝き、中から巨大な芋虫がぬっと現れた。ぬめりを帯びた体躯が地を震わせ、蛍の前に立ちはだかる。

 芋虫はためらうことなく、植物人間の腕に食らいついた。

 咀嚼のたび、湿った音が雨音に混じって響く。そして、植物人間の断末魔が大気を震わせた。

「なっはは。イルカさん、まだ寝てたんですか?もー、風邪引きますよ?」

 明るく笑う声に、ネルは思わず目を丸くした。

 そこに立っていたのはジョニー魔法学校2年生であり、国民的人気を誇るモデルかつ女優、咲蘭だった。

「イルカさんが寝てるって……へっ?」

 ネルの口から、間の抜けた声が漏れる。咲蘭はまるで何事もないかのように笑っていた。

「イルカさん、虫が苦手なんですって。私の固有魔法、虫の召喚なんですよ。召喚したイモムシくんを見た瞬間、イルカさんったら卒倒しちゃうんですもん。なはは!」

 屈託のない笑顔。けれど、その背後では、芋虫がなおも植物人間を貪り続けていた。

 生臭い匂いが風に乗って鼻を刺し、雨が地を叩く。――どこか滑稽で、どこか恐ろしい光景だった。

「こんな時に虫なんかで……」

 サラがため息をつき、頭をかく。どうやら冷たい目線の理由は、イルカへの呆れだったらしい。

「しかし、サラくん。言えないっていうのは…大袈裟じゃないか?」

 逡巡してなかなか口を開こうとしないサラに、咲蘭は唇の端を上げ、ちらりと視線を落とした。

「私が言わないでってお願いしたんです。スーパーモデルがイモムシ召喚したら、イメージダウンでしょ?」

「なるほど。ややこしい話だな」

 ネルは深く息を吐き、右手で顔を覆った。背を丸める姿は、混乱のすべてを背負い込んだかのようだ。

「はあ……咲蘭ちゃん。状況の説明を頼むよ」

 イルカは意識が朦朧としているし、口数の少ないサラに期待はできない。ネルは咲蘭に視線を向けた。

「講義を受けてたら、彼が駆け込んできてね……」

 咲蘭は唇に指を当て、少し思い返すように目を細めた。

「言われるまま廊下に出たら、もうそこかしこに植物人間が歩き回っていたの。先生方と上級生が対応しているけど、どんどん増えて、キリがなくて……」

 そう言うと、咲蘭はサラの頬をつまみ、ぐいっと引き寄せた。

「もー!こんな可憐な女の子に現場を任せて、どっか行くなんて信じられない!」

「君の魔法は敵と相性がいい。君ひとりではないし、俺がいなくても問題ない」

「そうだけど、そうじゃないのっ!」

「どっち?」

「なー!どっちもなんだってば!」

 サラは首を傾げ、咲蘭はもどかしさに歯を食いしばる。女心を理解できないその鈍感さに、やきもきが募るばかりだった。

「お礼、弾んでよね?こんなにいっぱい召喚したの初めてなんだから、ヘトヘトだよ」

「お礼……揚げまんじゅう?」

「ぜんっぜん足りない!乙女の恋心を踏み躙った罪は重いよ!」

 咲蘭はハッとして口を押えた。しまった、と思う間もなく、ネルと蛍の視線が一斉に向く。

(咲蘭さん、怒りのあまり恋心を公表しちゃったわね)

(これだけ分かりやすいアプローチをされて、サラさん……本当に気づいてないの?)

 蛍は何かを企むようなにやけ顔になり、姫魅は呆れと戸惑いを隠せないでいる。それでもサラは相変わらず無表情だった。

「お礼なんですけど…その…デートとか、どうですか?」

「でっ?!」

 蛍の提案に咲蘭は赤い液体温計が急上昇するように頬を真っ赤に染めていく。

「今はそんな話をしている場合じゃない」

 サラは表情ひとつ変えずに、植物人間に食らいつく芋虫を見上げる。

 植物人間はイモムシに蔦を絡ませ、体をきつく締めつけて抵抗する。

 イモムシの体が引き裂かれそうになったその瞬間、ポチの鋭い爪が蔦を断ち切った。

 サラは激しい攻防を静かに見つめ、己の心具――彼の身の丈を超える、巨大なガベルを手にする。

 その動きには、冷たい決意とわずかな怒気が宿っていた。

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