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とある星物語  作者: 黒星
63/81

第63歯 どれだけ壊されても根は残る

 第3演習室の入り口でそれを見つけた瞬間、蛍は息を呑んだ。

 ――人の形をした植物。

 緑色の身体はうねうねと身を捩らせ、まるでオブジェが生き物に変じたかのように動いている。その異様な光景に、蛍の背筋が凍りついた。

「ネル?助っ人って、まさか…」

 あれは……あの時、自分たちを襲ってきた化け物と同じだ。

「んなわけあるか!伏せろ!」

 ネルの鋭い叫びが響いた。しかし、蛍も姫魅も恐怖に身体を縫い止められたように動けない。

 次の瞬間、植物人間が突き出した両腕は蛇のように伸び、槍と化して蛍の胸を貫かんと迫る。

「ちっ!」

 ネルは舌打ちをして蛍の前へと飛び出した。

 どこから取り出したのか、赤い布――ムレータが彼の手に握られている。

「あっち向いて、ホイッ!」

 布が閃光のように翻る。蔦の槍はまるで誘導されたかのように軌道を変え、天井へ突き刺さった。

 植物人間は腕を引き抜こうともがくが、なかなか抜けない。

「朝顔!」

 その横を慰鶴が弾丸のように駆け抜けた。

 彼の拳が唸り、迫る植物人間たちをボウリングのピンのように弾き飛ばしていく。

「慰鶴くん!」

「あんた、危ないわよ!」

 蛍と姫魅の叫びも届かない。慰鶴は廊下に蔓延る化け物たちを軽々と薙ぎ払い、あっという間に視界の向こうへ消えていった。

「な、何なの、あいつ……」

「あはは……ボーリングの玉がピンを跳ね飛ばすみたいに…」

 蛍と姫魅は乾いた笑いを漏らす。常識を超えた光景が、もう笑うしかないほどだった。

「せっかくならストライクを決めてほしかったけどな」

 ネルは肩をすくめながら、天井に腕を引っかけたままの植物人間を睨む。

 相手はもがきながら、ついに自らの腕を引きちぎった。そして、肉のように蠢く蔓が再び伸び、新しい腕を形成する。

「おーい、勘弁してくれ……」

 ネルが顔をしかめた瞬間、天井から垂れ下がった蔦が次々と植物人間の形を成していく。

「姫魅!」

「う、うん!」

 姫魅がネルに向かって両手を突き出す。パッと魔法陣が浮かび、ナイフのような無数の羽がずらりと並んで宙に舞う。

「へ?ちょっと、姫魅。向ける相手、違うでしょ?」

「せーのっ!」

「ちょ、バカッ!そっちじゃないって!」

 ネルの背後で蛍が悲鳴をあげ、思わず彼のシャツの裾を掴んだ。

 降り注ぐ羽の刃は、ネルが翻したムレータに吸い込まれるように消える。

「さて――君色に染まろうか」

 ネルが布を翻すと、魔法陣が彼の足元に浮かび上がる。姫魅のものと同じ紋章。その周囲に、吸い込まれたものより大きな羽がずらりと浮かび上がった。

「これって……姫魅の魔法?」

 風がネルを中心に渦を巻き、羽が弾けるように放たれる。

 切り裂く音とともに植物人間たちが悲鳴を上げ、細切れの蔦が宙を舞った。

 嵐のような一瞬の後、室内は静寂に包まれる。

 ――しかし、倒れた植物人間の中から、低い唸り声のような音が響いた。

 床一面の蔦が震え、断ち切られた茎や腕が互いに絡み合い、ぐずぐずと蠢く。それらがまるで溶け合うように融合し、中央に黒々とした塊が膨れ上がった。

「……あれ、何?」

 姫魅の声が震える。

 塊の表面がぱっくりと裂け、粘液を滴らせながら巨大な“蕾”を形成していく。

「進化……してるのか」

 ネルが呟いた瞬間、蕾が開いた。

 中から現れたのは、蔦と骨のような茎で構成された巨体――人の顔を模した花だった。花弁が軋むたび、金属のような悲鳴が響く。

「やばっ……!」

 蛍が思わず後ずさる。

 その“花”が息を吸い込むように開き、次の瞬間、無数の針状の種子を雨のように撒き散らした。

「伏せろ!」

 ネルがムレータを翻し、紅布が空気を裂いた。

 布が揺れるたび、周囲の空気が陽炎のように揺らぎ、種子は己を見失ったかのように方向を変えた。

 ネルはその隙を逃さず、床を蹴った。 

 脚が風をまとい唸りを上げ、巨花の茎を切り裂く――が、裂けた部分から瞬く間に新しい蔦が生え、彼の腕を絡め取った。

「チッ、再生速度が速い!」

「ネル!動かないで!」

  姫魅がネルに向かって両手を突き出すと、青白く輝く魔法陣が現れる。そこに並んだ羽の刃はネルを避けて降り注ぎ、ネルの腕に絡みつく蔦を切り刻んだ。

「傍観者ってのがいっちばん許せないのよね!」

 蛍は演習室の倉庫から木刀を手にすると、花の中心に突き刺した。一瞬、悲鳴をあげた花はすぐに不気味な笑い声で振動を放ち、蛍たちの鼓膜を痛いくらいに揺らした。

「木刀を…食べた?!」

 ネルの言葉に、蛍の顔がサッと蒼ざめる。

 花が甲高い雄叫びをあげて、蔦が一斉に天井へと伸びた。 蛍の頭上で蛍光灯が砕け散り、ガラス片とともに蔓が降り注ぐ。

「蛍ちゃん!」

 ネルが布を放り投げ、蛍を抱き寄せて転がる。ムレータが宙を舞い、ネルの足元で魔法陣が光を放つ。

「刻みがダメなら…ペーストにしてやる!」

 魔法陣の縁から風が巻き起こり、複雑に渦巻いて蔦を見る影もないほどに裂いていく。

「……やったか?」

 ネルが息を吐く。蛍と姫魅も辺りを見回し、ようやく安堵の色を浮かべた。

「さすがネル。同じ魔法とは思えないや」

「ネルさん、すっごい!」

 蛍は歓声を上げ、ネルの腕にしがみついた。

 姫魅もほっと笑みをこぼし、足元に転がる植物の残骸へと視線を落とす。

 ――その時だった。

「うわあっ!」

 残骸が脈打った。

 断ち切られた蔦が蠢き、肉が芽吹くように再生していく。

 見る間に、すべての欠片が新たな植物人間へと変貌した。

(ふ、増えた……?!)

 室内が再び緑に覆われる。

 蔦が壁を這い、床を満たし、空気さえ締めつけていく。

 もはや、手のつけようがないほどに――。

 姫魅の足元に転がっていた小さな切れ端も、ひとつの“命”へと変わっていった。

「姫魅!!」

 ネルと蛍の悲鳴が重なった。

 青ざめた姫魅の前で、植物人間がゆっくりと腕を振り上げる。その影が姫魅の視界を覆い、時間が引き延ばされたように思えた。

「目を閉じろ!」

 雷鳴のように響く声が空気を裂いた。

 次の瞬間――バチバチッ、と耳をつんざく電撃音。白光が爆ぜ、室内のすべてを瞬時に照らし出す。まぶしさに思わず蛍は瞼を閉じた。

 息をのむ間もなく、焦げた匂いが鼻を刺す。

 おそるおそる目を開けた蛍の前に広がっていたのは、黒炭と化した植物人間たちの姿。そして――そこにいたはずの姫魅の姿は、どこにもなかった。


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