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とある星物語  作者: 黒星
60/81

第60歯 何気ないひと言が他人を変えることもある

 魔法を覚えたばかりの初心者が基礎魔法の応用なんぞできるはずもなく、午後からの箒での飛行実習中、蛍はひたすら見学に徹した。

 涼しい顔で高く舞い上がる姫魅と、魔法を全く使えないはずなのにその高さまで跳び上がる慰鶴は教室内で浮いた存在だ。

 姫魅に次いで優秀と思われるパエリアは、姫魅より少し低いところで悔しげに歯軋りをしている。

 姫魅も慰鶴も蛍のチームメイトだったが、蛍は正直なところパエリアと同じく嫉妬を抱かずにはいられなかった。

(私が数年努力しても得られるかわからないものを姫魅は生まれながらに持っていて、慰鶴は魔法が使えなくともそれに変わるものを持っている。世の中はあまりにも不公平だわ)

 国を取り戻そうと足掻く蛍にこそ必要と思われる力は、何故だか隠居した年寄りのようなことを抜かす姫魅に与えられてしまったようだ。

(こんなんで私、本当に強くなれるのかしら…)

 蛍がモヤモヤする気持ちを抑え込むように膝を抱えていると、それまでネルの隣で腕を組み、姫魅の実力の断片に感嘆の声を上げていた浦島が彼女の隣に腰を下ろした。

「わお…なんすか、あれ」

「聞きたいのは私のほうですよ。こんなに努力して、揚げまんじゅうを生成するだけの私は一体何なのかしら。ほんっと、バカバカしくなるわ」

 がっくし項垂れる蛍を浦島がまあまあとなだめる。

「そんなに落ち込まなくても、蛍ちゃんには蛍ちゃんの良さがあるっすよ。強みのない生き物なんていないんすから」

「浦島さん…!」

 蛍はパッと顔をあげ、暗闇に一筋の光を見つけたかのように目を輝かせた。

「例えば?」

 蛍から予期せぬ言葉が飛び出して、すっかり油断していた浦島はギクリと表情を強張らせた。

「……」

「……」

 浦島がうーんと寄せた眉間に人差し指を当て、蛍の頭頂から爪先までをじっくりと観察する。蛍はわくわくした表情で、彼の口から極上の褒め言葉が飛び出すのを今か今かと待ち侘びている。

「…笑顔?」

「そうですかー、笑顔ですかー」

 ふたりがへへへと笑いあった次の瞬間。蛍はサッと般若の顔になるとガッと浦島の胸ぐらを掴み、彼をブンブンと振り回した。

「それ!何も浮かばない時の無難な答えじゃないですかー!」

「ワワワワワ!!しょうがないっすよ!自分じゃ、蛍ちゃんと接する機会が少な…」

「適当なこと抜かすんじゃない、です、よ!余計に傷つくわ!こんの犬っころー!」

「ワワワワワ!」

 蛍にガクガクと激しく揺さぶられ、浦島は白目を剥き、口からブクブクと泡を吹いている。

「あいつら、楽しそうなー」

「蛍ってすぐに誰とでも仲良くなれるんだよね。すごいなあ」

「ほへー。あいつ、コミュニケーションに長けてんのか」

 蛍と浦島の一悶着をじゃれあいと勘違いして、箒に跨った姫魅とその箒に片腕でぶら下がる慰鶴は呑気な会話をしている。

 蛍が浦島からようやく手を離すと、浦島はローブを正して困ったふうに頭を掻いた。

「適当なことじゃないっすよ。まあ、受け売りっすけど」

「受け売り?それってもしかして…」

 「強みのない生き物なんていない」とは蛍が優秀なふたりの兄に比べ、自分が何の交渉材料も持たないことを嘆いた時に維千が口にした言葉だった。

「維千さんですか?」

「うっす!」

 維千の名が出た途端、浦島はしっぽを振る子犬のように目をキラキラと輝かせ、太く短い眉をハの字にした。

「自分、姉ちゃんたちにずっと甘やかされてきたんすよ。ほんっとヘタレで女々しくて…そんな自分を変えたくて軍に入隊したんす」

「浦島さんがヘタレ…」

「わはは、意外っすよね」

「いえ、イメージ通りです」

 蛍がキッパリと言い切ったので、今度は浦島のほうががっくしと肩を落とした。

「ま。入隊後も結局、泣きべそばっかりかいていたのは事実っすから。何も言えないっすけど」

 そう言って頭をポリポリと掻きむしる浦島の腕は、ヘタレとは程遠く逞しい。

「すっかり自信を無くした自分に、維千さんは『己を恥じるな』と言ってくれたんす。強みのない生き物はいないからって」

 浦島はローブの下から隊長服の袖を覗かせて、へへっと照れ笑いを浮かべた。

「維千さんって、たっまーに良いこと言いますね」

「そっすね。たっまーに良いこと言うんすよね」

 ふたりは冷ややかな能面顔になる維千を思い浮かべ、堪えきれずにふふっと笑いをこぼすと、抜けるような青空を仰ぎ見た。

「自分にとって、維千さんはヒーローなんす。自分はずっとあの人みたいになりたかったんすよ」

「なりたかった?」

 蛍が不思議そうに首を傾げ、浦島の言葉を繰り返す。浦島は刺すような目つきで慰鶴をじっと見ていた。

「いざ銀戌隊に入隊したら、自分が憧れていた強くて優しいヒーローなんて何処にもいなかったんすよ。そこには誰にも理解されず、誰かを理解できず、ただ不器用に孤高に生きようとする存在がいただけ…だから…」

 浦島は苦々しく笑うと、少し強すぎる陽射しに目を細めた。


 初登校日の帰り道はその日を讃えるかのような輝かしい満月だった。

 蛍は1日の出来事を畳みかけるように話し、夜風のように涼しげな維千の横顔を見上げ、にやけ顔で彼のリアクションを待った。

「だから?」

「だから自分はヒーローをも救うヒーローになるんだって…浦島さんが言ってたわよ?」

「さようですか」

 蛍は期待通りに期待外れの反応を返されてげんなりした。

(ほんっとにおもしろくない人ね。嬉しいとか照れくさいとか…何も感じないのかしら?)

 半人半妖だろうが維千だって他者との関わりの中で生きているのだから、多少なりとも他人の評価に一喜一憂しやしないのだろうか。

(維千さんが喜びや生きがいを感じるものって、この世に存在するのかしら?この人こそ、好きなもの探しの課題が必要だわ)

 蛍のこれ見よがしな苦々しい表情にも、維千はうんともすんとも反応しない。彼はプニャの家が近付くとゆっくり足を止めた。

「俺はこちらで失礼します」

「へ?」

 蛍がきょとんとした顔でインターホンまでの残り数メートルを見つめたので、維千はすっかり呆れ返った。

「へ?じゃないですよ。あとはおひとりで問題ないでしょう?たった数メートルで迷子になるようでしたら、最後までお付き合いいたしますが?」

「あんたは何で!いつもそう!ひと言多いのよー!」

 蛍は維千の胸部を目掛けて腕をぐるぐると回したが、蛍が必死に繰り出した連続パンチは服についたゴミでも払うかのように軽々と交わされてしまった。

「…職務放棄」

 蛍は悔しげに維千を睨め上げると、忌々しそうにボソッと呟いた。するとそれまで涼しい顔をしていた維千が急にピタッと動きを止め、蛍のパンチが狙い通りに彼の胸に当たったではないか。

「…ふ…ふっふ〜ん」

 蛍の手に維千の鍛えられた身体の感触が伝わって、拳を当てに行きながらまさか当たると思っていなかった彼女は恐々と維千を見上げた。

「心外ですね。仕事の効率化、ですよ」

 維千が破顔一笑して、周囲の気温が急激に下がる。真冬のような寒さに身の危険を感じた蛍は、追い詰められた表情でプニャの家に向かって叫んだ。

「エヴァちゃん!維千さんが来たわよー!」

「なっ?!」

 暖かな光が漏れるプニャ邸から、返事の代わりにドタンバタンと騒々しい音がする。

 次の瞬間。プニャ邸の扉が弾け飛んで、戦闘機のように飛び出したエヴァを空母のごときプニャの巨体が追いかける。

「いちいいいい!!いっちいいいいいいい!!」

「エヴァ!カムバアアァァック!!」

 エヴァはプニャの腕を華麗にすり抜けて維千に飛びつくと、嬉々として彼の手をとりキスをした。

「ヴオォオオォォ!貴様!うちの娘に何てことを!」

「見当違いも甚だしいですよ。口付けされたのは俺のほうです」

「さっさと離れなさい!この妖魔!」

「それはこちらの台詞です。さっさと離してください。早く手を洗いたい」

「貴様、我らが天使のキスをばい菌扱いする気か!甘んじて受け入れろ!」

「何なんですか、あなたは。落ちついてください、お父さん」

「貴様にお父さんと呼ばれる筋合いはない!」

 我を忘れて怒り狂うプニャを維千が冷ややかな目で見つめる。ふたりの掛け合いにエヴァはキャッキャッとはしゃいだが、蛍は一触即発の状況に冷や汗が止まらない。

「あなたー?」

 プニャの妻が割烹着姿で駆け寄ってきても、プニャが気づく様子はちっともなく、彼はこの瞬間も怒りで筋肉を膨張させ続けている。

「あ、な、た?」

「娘をたぶらかすか!悪魔!」

「ご安心ください。あなたの娘さんは俺の眼中にありませんから」

「あーなーたー?」

「目に入れても痛くない、この天使ちゃんが眼中にない…だって?失礼極まりないぞ!」

「仰ることが矛盾していますよ?何なんですか、あなたは」

「よっ!あなた!ご近所迷惑!」

「っ!!」

 プニャの妻がボディビル大会の掛け声を思わせる調子で呼びかけると、プニャはようやく我に返った。

「すまない、僕としたことが」

「いいの。私はそんなあなたに惚れたんですから」

 プニャと彼の妻とが幸せそうに見つめ合い、互いの頬にそっと触れ合う。蛍が何となく気恥ずかしくなって顔を背けると、彼女の視線の先で維千とエヴァが白けた目をしていた。

「お熱いことで」

「あちゅちゅいことで」

「冷やしましょうか」

「いやしましょうか」

 維千の言い回しを懸命に真似るエヴァが愛おしくて、蛍は思わずぷっと吹き出してしまった。

「何ですか?」

「なーんにも?」

 蛍が意地悪くにやついて、維千が居心地悪そうに目を逸らす。蛍は彼が気を害したのではないかと一瞬背筋を冷やしたが、彼の周囲の気温が下がらなかったのでホッと胸を撫で下ろした。

「おかえりなさい」

 プニャの妻が蛍の両肩にポンッと両手を乗せる。どんな言葉を並べられるよりも温かなひと言に、蛍がハッと目を見開いた。

「た…」

 蛍が振り向いた先で、プニャの妻が穏やかな微笑みを湛えている。プニャは愛娘の笑顔見たさに、腕が凍りつくのも構わず、維千を腰に引っ提げて笑っている。途方に暮れて能面顔になる維千に、エヴァは鈴が転がるような笑い声をあげている。

 ああ、私には帰る家がある。それがどんなに幸せなことか、今の蛍には痛いほどわかる。

「ただいま」

 蛍は一音一音を噛み締めて、はにかんだ。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます٩( 'ω' )و

あれやこれやバタバタしておりまして、投稿ペースが緩やかになっております。


のんびり気ままにお付き合いいただければ幸いです_(:3」z)_

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