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とある星物語  作者: 黒星
58/81

第58歯 他人を嫌うより、自分を大切に

 蛍は並々ならぬ努力を重ね、追い詰められた末に替え玉受験を試み、さらには無理難題な再試験に臨んで、ようやくジョニー魔法学校の入学試験に合格した。

 理由はわからないが蛍が強い信念を持って勝ち取った入学だったから、初登校の今日は彼女が教室で狂喜乱舞しているのではないかと姫魅は心配していたのだ。

 それがどうしたことだろうか。教室の最前列を陣取った蛍はまるで12連勤明けのように虚ろな表情をして、読んでいるのかいないのか惰性でテキストをパラパラと捲っているではないか。

 姫魅はげっそりとやつれてさえ見える彼女に恐る恐る声をかけた。

「お…おはよう、蛍」

「ああ、姫魅。おはよー…」

「どうしたの?蛍。ひどく疲れた顔をしてるけど…」

「どうしたもこうしたも無いわよ」

 蛍はうんざりしたため息を吐いて、禍々しい呪文を唱えるかのようにブツブツと何かを呟いている。

「イビキがうるさいとか、寝相が悪いとか、そんなのほうがよっぽどマシだわ。あれも妖術かしら…?」

「妖術?維千さんがどうかしたの?」

「な、何も?」

 蛍は姫魅から目を逸らしてすっとぼけると、昨夜のことを思い出してぎこちなく笑った。

(絶対に言わないわ。いいえ、言えるはずがない…)


 プニャの家まで蛍を送り届けた維千はその日の仕事を終えたはずだった…のだが、彼はプニャの愛娘エヴァのお気に入りらしく、娘を喜ばせたい一心のプニャによって帰宅を阻止されてしまった。

 維千の不機嫌で食卓は凍えるほど寒くなったが、プニャは構わず妻子自慢を延々と続け、蛍は適当に相槌を打ちながら心中穏やかでいられなかった。

(そう言えば、オフの維千さんって初めてかも…)

 奇々怪々な生き物「北条維千」を知る絶好のチャンスと、蛍は維千を注意深く観察した。

「食後の片付けは俺に任せて…奥様はお茶でも飲んでいてください」

「まあ、あなた!奥様ですって」

 プニャの妻が少女のように目を輝かせ、浮き足立つ。プニャは嫉妬から動脈を隆起させ、膨張した筋肉でシャツの背中が裂けてしまった。

「維千くん、皿洗いは僕の担当だよ。いいから君は休んでいなさい」

「それでは、お茶を淹れますよ。奥様」

「お茶の用意は僕の十八番でね。あとは僕に任せて、君は座っていなさい」

 プニャの顔筋が膨れ上がり、サングラスのフレームが歪んでレンズにピシッとヒビが入る。

「ならば、お風呂を沸かしてきましょうか。奥様」

「貴様は!そこから!一歩も動くなー!」

 プニャが拳を握り締め吼えると、彼のシャツは怒りで膨れ上がる筋肉に耐えきれず、ついに木っ端微塵になってしまった。

(修羅場じゃないけど、修羅場だわ…)

 維千にその気は微塵もないのだが、彼の甘美な声が奥様と口にすると甘い誘惑に聞こえて気が気でない。

「布団を敷いてきま…」

「シーット!Sit! Shit! 嫉妬ー!」

 それでも維千が何かに追われるように手伝いを探すので、怒り狂ったプニャが彼を椅子に縛りつけようと縄跳びを手にする。

 心ない維千も流石にプニャの憤怒に気がついて、仕事探しを諦めると冷ややかな能面顔で途方に暮れた。彼はしばらく魂のない人形のような表情で分厚い手帳に読み耽っていたのだが、最後には好奇心旺盛なエヴァのおもちゃと化してしまった。

(維千さんが子供に好かれるなんて意外だったけど…そういうこと)

 維千は始終無表情で遊んでいるつもりなんぞ毛頭ないのだろうが、エヴァは彼を良い遊び相手と認識しているようだ。プニャがきつく叱りつけても、エヴァはきゃっきゃとはしゃいで維千を連れ回している。

(チェンさんの言う通り、維千さんは重度のワーカホリックね…)

 仕事を与えてもらえず抜け殻になった維千の姿は意外といえば意外だし、思った通りだといえば思った通りだった。

『みんなが彼を強いって言うけど、本当はとっても弱い人』

 ふいにキールの言葉が思い出される。

(キールさんが言っていた言葉の意味、少しわかった気がする…)

 蛍が乾いた笑いを漏らし苦虫を噛み潰していると、ちっとも笑わない維千を楽しげに引き連れて、エヴァがタタタと駆け寄ってきた。

「エヴァね!いちとぉ、ほたとぉ、いっしょにねんねする!」

「ええっ?!」

 無邪気な笑顔を無下にすることができず、蛍はエヴァを真ん中に挟み、維千と川の字になって寝ることになった。

(ね…眠れない)

 安らかな表情でスヤスヤと眠るエヴァ越しに、美術品のように美しい維千の寝顔が見える。

 蛍と維千はもう数ヶ月の付き合いだが、蛍は維千のこんなにも穏やかな顔を見るのは初めてだった。

(魅する美しさと考えられない程の無神経さばかりに目がいくけど…仕事を離れた維千さんって、まるで何かに怯えているみたいね)

 肩の力を抜いた彼は艶っぽさに拍車がかかり、寝息ひとつ取っても蛍は心臓が餅でもついているんじゃないかというくらいにバクバクしてしまう。

(これがありのままの維千さんだったなら…あまりにも…)

 冷酷無慈悲とは程遠い柔らかな寝顔に胸が苦しくなって、蛍は彼の春雪のような頬に触れようとそっと手を伸ばした。

「じろじろと…何ですか。気持ち悪い」

「ふぁっ?!」

 寝ていたと思っていた維千がいつからだろう起きていたというから、蛍の心臓は一時的に急停止し、目はすっかり覚めてしまった。

「あ、あは、あははは…」

 どうせまた憎まれ口を叩かれるのだろうと蛍は身構えたが、維千はふうっとひと息ついて青の瞳をスッと閉じると、再び静かな寝息を立て始めた。

(もーっ!他人の気も知らないで)

 維千に対して変な想像を膨らませてしまったものだから、心なしか憂いを帯びて見える寝顔に蛍の心臓が早鐘を打つ。

 昨夜の蛍はとてもじゃないが、一睡もできなかった。


「姫魅。あんた、何とかしなさいよ」

「ええっ…と、何を?」

「維千さん」

 蛍が途方もないことをさらっと言うので、姫魅はしばらく思考を停止した。

「へっ?」

「だからぁ、維千さんよ」

「ムリムリムリムリムリムリ!」

 姫魅が千切れんばかりに首を振る。蛍は半べそをかいて困惑する彼に、ずいっと顔を寄せた。

「あんた、最強の魔法使いなんでしょ?」

「それは周りがそう言っているだけで…僕は全然そんなことなくて…みんなより作れる魔力量がちょっと多いだけの…」

「あんたねえ」

 同学年の生徒は箒で飛ぶのもままならないのに、姫魅は魔法でガラスを割ったり、人間離れした身体能力をもつ慰鶴と渡り合ったのだ。魔法に関して姫魅が飛び抜けているのは、魔法初心者の蛍にだってわかった。

「姫魅。過度な謙遜は傲慢よ?」

「謙遜なんかじゃないよ。僕は魔力量も技量も兄さんには絶対敵わないから…」

「ふうん。姫魅のお兄様って、よっぽど優秀なのね」

「うん。兄さんは星月夜みたいに綺麗な魔法を使うんだ。とっても優しくて、賢くて、澄んだ心を持っているんだよ。僕なんかじゃ、絶対に敵わないよ」

 姫魅が自分事のようにはにかむので、蛍は心がぽかぽかして「すてきなお兄様ね」と微笑んだ。

「是非ともお会いしてみたいわ。お兄様はジョニ校生?」

「兄さんは…」

 姫魅がサッと表情を曇らせて言い淀んだので、蛍は慌てて話題を戻した。

「あなたのお兄様がどうであれ、あんたが他人より優れていることに変わりないでしょ?」

「そ…そうかな…」

 蛍があまりにも懸命に説得するので、姫魅は気恥ずかしそうに指先で頬を掻き、照れ笑いを浮かべた。

「自分の優れたところを自分で潰してどうすんのよ。もっと堂々となさい」

「それにしたって維千さん相手じゃ…」

 姫魅がやはり浮かない顔をするので、蛍は不思議そうに首を傾げた。

「ねえ?維千さんってそんなに怖いの?」

 姫魅は維千に食ってかかる蛍を思い浮かべて、苦々しく笑い返した。戦々恐々とする噂の絶えない維千に、彼女はなぜこんなにも強気に振る舞えるのだろう。

「うーん…人を人と思っていないとか、ギャング集団を氷像に変えただとか、怒らせたら心臓を喰われるとか…」

 維千にまつわる数々の噂を思い出して、姫魅は憂鬱な顔をした。

「僕はあまり話したことないけど…みんなが怖いって言うし、ものすごく強いって聞くから…」

「それって姫魅が感じたこと?」

「それは…」

 よくよく考えてみれば、姫魅が持っている維千の情報なんぞ、ネルがこぼす愚痴と学校の噂程度だ。

(アンコンシャス・バイアスっていうのかな…無意識の先入観って、怖いなあ)

 それにしては確固たる恐怖心が姫魅の胸中にしっかりと存在している。維千とはあまり関わりがないはずなのに、姫魅は彼を前にすると不思議と身体が緊張してしまうのだった。

 サラもそうだ。姫魅は彼をスピッツという大枠あるいは一側面の視点でしか捉えることができず、出会った当初はサラの本質を冷静に見極めることができなかった。

(差別や偏見に悩まされてきた自分がまさかそんな考えを持っているだなんて、思ってもみなかったや)

 自分の思考を客観視することは、意識しても意外と難しいものである。姫魅は蛍に痛いところをつかれて多少なりとも気まずくなったが、自分にはない視点からの問いかけは自身を見直すきっかけになり有難かった。

「それより、蛍。ノートは埋まったの?」

 話に行き詰まりを感じた姫魅がガラリと話題を変えると、蛍はふふんと得意げに鼻を鳴らした。

「あったりまえじゃない!全ページとはいかなかったけど、8割は埋めたわよ。まだまだ、朝顔さんやチェンさんも撮りたいし…イルカさんや楊さんに…い…維千だって…」

「あ、それで維千さん?」

「そ、そうそう、そうよ。ア、アハハハ」

 蛍は維千の寝顔に見惚れた話を棚に上げて、当初より厚みが増したノートを鞄から取り出すと、それを自信に満ち満ちた表情でパッと開き掲げてみせた。

「ふっふーん!ご覧なさい」

「わあ!すごいじゃないか、蛍!この調子なら残りのページもあっという間に埋まるね」

 蛍の好きが詰まったノートは所狭しと貼り付けられた雑貨や衣服、動物や人物、風景の写真で賑やかだ。

「やるじゃないっすか!」

 ふいにローブのフードを目深に被った男子が現れて、蛍の背後からサッとノートを奪い取り、ページをパラパラと捲っては偉そうにフムフムと頷いた。

「好きなものがあるってのは強みっすよ。好きなことを好きと言えない人間も世の中にはごまんといるんすから…この調子なら心配ご無用っすね」

「あ、浦島さんだわ。おはようございます」

「あ、浦島さん。おはようございます」

 目深に被ったフードも虚しく、すんなりと名前を呼ばれて浦島がギクッと身をこわばらせる。彼はぎこちない動きで振り向くと額に手をやり、やれやれとため息を吐いた。

「完璧な変装も溢れるヒーローオーラまでは隠しきれなかったみたいっすね。バレちゃあしょうがないっす…銀戌隊隊長、浦島桃太郎。ここに(けん)ざ…」

「変装も何も、その口調で丸わかりだわ」

「まんまるのほっぺが隠しきれてないかも…」

「声が大きいもの」

「身振りも大きいなあ…」

「わふっ!?」

 ショックのあまり手から滑り落ちたノートをいそいそと拾い、おやつを食べ損ねた子犬さながら浦島はきゅんと肩を落とした。

「どうして浦島さんがここに?」

 浦島からノートを受け取り、蛍は不思議そうに首を傾げた。

「護衛をかねた潜入捜査っす。生徒を不安にさせたくないっすから…秘密っすよ?」

(もっと適役はいなかったのかしら?)

(潜入捜査…僕らにバラしちゃっていいのかな?)

 口元に人差し指を立てる浦島は自信満々のようだが、教室を見回せば勘付いていそうな生徒はちらほらいる。

「っはあー!なっつかしいっすね!ちょうどこの席に自分がいて…」

 浦島はパッと窓際の席に目を向けたが、不気味な怪物に姿を変え、今も平和維持軍本部の一室で眠り続ける同級生を思い出し、言葉に詰まってしまった。

「ったく!浦島さんがいて、なんで慰鶴が来ないのよ」

「まさか植物人間に…」

「どうせまたすっぽかしたのよ。もう放っておきましょう?」

 慰鶴に端から期待していない蛍は、姫魅のお人よしに呆れ返った。

「まあまあ、そう言わずに。慰鶴くんの魔法嫌いはしょうがないっすよ」

 浦島は蛍を「どーどー」となだめて、何とも歯切れの悪い顔をした。

「あいつ、そんなに魔法が嫌いなの?」

「嫌いというより、憎いっすね。国の文化とか教え込まれた教育とかでなく、彼は魔法の…人の心の黒い部分を目にしちまったんすから」

 浦島は遠い目をして顔に影を落とすと、それっきり教科書に顔を埋め、黙り込んでしまった。


ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!٩( 'ω' )و

あれやこれや、毎日がバタバタしていて…物語や文章に至らぬところがあるかと思いますがご了承くださいm(_ _)m


とにかく、続けること。

ひとつの物語を最後まで書き終えること。


いっしょに楽しんでくださる方がいて、本当にありがたいことです。

ひとりでもいい。誰かの背中を押せますように、誰かを笑顔にできますように。

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