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とある星物語  作者: 黒星
53/81

第53歯 自分だけが敵であり、自分だけが味方である

「維千さんの主人って誰なの?」

「維千さんがなんで慰鶴くんを?」

 維千はニコッと微笑んで静かに目を伏せると、そっと紅茶に口づけてどちらの問いにも黙秘した。

「そのくらい教えてくれたっていいじゃないっ!」

 維千は自分のことをあまり語ろうとしない。聞いたって答えやしないとわかってはいたが、蛍はあからさまにイラッとした表情になると溶けかけのアイスを乱雑に口に放り込んだ。

「そんなに知りたければ、慰鶴くんに聞けばいいですよ。彼はどちらの答えもご存知ですから」

 姫魅はおずおずと慰鶴を見やったが、彼は維千を前にしてまるで鷹の前の雀だ。だらだらと止まらない冷や汗でソファには小さな水たまりができ、大好物の甘味すら喉を通らない。維千が彼のために注文した鮮やかなパフェは、溶けて色が混ざりヘドロのようになっていた。

(聞くに聞けない…)

 蛍はパフェグラスの側面をつたい落ちる雫を目で追い、姫魅は維千の微笑みから逃げるように俯いた。

「さて、俺はそろそろ仕事に戻ります」

「えっ?!」

「えっ?じゃありませんよ。ここには慰鶴くんを届けにきただけですから。まだ何か?」

 維千は白手袋を身につけながら、ふうっと息を吐いた。蛍はこの歩く憎まれ口と別れるのが妙に名残惜しくなって、無意識のうちに維千を引き留める理由を探していた。

「えっと…その…写真!写真を撮らせてください!」

「写真?」

 席を立とうとした維千が不審な目で蛍を見下ろす。彼の冷ややかな能面顔と高身長が威圧感を放ち、勝気な蛍もさすがに一瞬怯んでしまった。

 維千は理解不能とでも言いたげに首を傾げると、清々しい笑顔を作った。

「拒否します」

「1枚だけ!」

「被写体なら他にいくらでもいるでしょう」

「維千さんがいいの!」

 蛍が食い下がるので、維千はついに能面顔になってしまった。

 姫魅は維千を怒らせたかと冷や冷やしたが、蛍はこれが彼の困り顔であることを知っている。もうひと推しだ。

「課題なのよ。ノート1冊を好きで埋めるって…維千さんも載せたいの」

「嫌ですよ。気持ち悪い」

「妖怪ヘラズグチめ」

「俺は半人です」

 引き攣った笑いを浮かべる蛍と満面の笑みを浮かべる維千が火花を散らすので、姫魅と慰鶴は生きた心地がしない。

(蛍、もうやめようよ…相手が悪すぎるよ…)

 冷酷無慈悲と名高い維千は「怒らせると氷漬けにされる」だとか、「打首にされる」だとか、とにかく戦々恐々とした噂が絶えない。

 姫魅は一刻も早く店を出たくなって、窓の外に目をやった。

「あれ…何だろう?」

 Hi!Calorieの向かい側にひしめくように立ち並ぶ店々の、人ひとりがやっと通れるような隙間で何かがウネウネと蠢いている。

「そんなに言うなら、一目見るがいいわ!羨ましくなるわよ?」

 蛍から自信満々に手渡されたノートを維千は冷めた目でパラパラと巡った。そこには「大量の揚げまんじゅう」や「穏やかに微笑む姫魅と逃げようとしたのかブレた慰鶴」、そして「キリッとポーズを決めるネルと照れにより不恰好なポーズになるメロウ」の写真が貼られていた。

「課題はイルカさんが?」

「いいえ。ネルさんよ」

「なるほど。彼らしいですね」

「彼らしいって…さっきイルカさんと間違えたじゃない」

 維千にはいつも減らず口を叩かれ悔しい思いをさせられるので、蛍は仕返しに彼の揚げ足を取ってやった。

 「ねえ、蛍。あれ、何かな?」と姫魅は窓の向こうを指差したが、彼の控えめな声はしたり顔の蛍の耳に届いていない。

「ご存知ないですか?ネルさんはイルカさんに憧れて教師になったんですよ」

 維千のどことなく空虚な微笑みに、ふと温かみがこもる。その息を呑むような美しさに、蛍は揚げ足取りが失敗に終わった苛立ちなど何処ぞに吹き飛んでしまった。

「何ですか。そのまぬけ面は」

 維千が容姿の美しさに反比例した汚らしい口を開き、蛍はハッと我に返った。維千はノートをテーブルに置いて、手持ち無沙汰にお手拭きをくるくる丸めている。

「ま、ぬ、け…?」

「ええ。バカになったドアのように口が開けっぱなしでしたよ。お手拭きが何本はいるか試したかったのですが…残念です」

 維千はやれやれと言ったふうにひと息ついて、どうやって作ったのかイルカの形になったお手拭きを興味なさそうに放り投げた。

「ネルさんはとーっても優しいから、どっかの誰かさんみたいに鬼畜な課題を課したりなんかしないわね」

「優しいことが心優しいこととは限りませんよ」

「あーっ!もうっ!ああ言えばこう言う!」

 維千になんか敵いっこないのに、負けん気の強い蛍は一歩も引こうとしない。姫魅はふたりのやり取りにおろおろしていたが、窓の向こうの異変が放っておけず、ついに意を決して口を挟んだ。

「ね、ねえ!ふたりとも!あれ…あれ…!」

「あれって何よ?」

 蛍が窓の向こうに目を向ける。店々の隙間の暗がりからニュルニュルと蔦が這い出し、ヌッと現れたのは…

「植物…人間?!」

 のっそのっそと出てきたのは、絡み合う蔦で人を形作った植物だ。それは通行人が次々と悲鳴をあげ蜘蛛の子のように逃げ惑う姿には目もくれず、蛍たちに向けた腕を疾い矢のようにグンッと伸ばした。

「へ?」

 それまで衰弱していた慰鶴が、ガッと姫魅の頭を鷲掴みにする。彼は姫魅に驚く間も与えずテーブルの下に押し込むと、自分も素早くテーブルの下に身を隠した。

「腹が鳴るぜ」

「慰鶴…くん?」

 慰鶴は水を得た魚のように、生き生きとした表情で目をぎらつかせている。

「きゃっ!」

 蛍の悲鳴とほぼ同時にパリーンッと窓ガラスが割れる音がする。店内は騒然として、ソファやすぐそこの床に鋭いガラス片が飛び散った。

「蛍!」

 姫魅は考えるより先に立ち上がり、テーブルの天板裏にガンッと頭をぶつけ、涙目になってその場に疼くまった。

「うう…いったい…」

 姫魅は居ても立っても居られず、テーブルから顔半分をそろりそろりと覗かせた。

「大人しくしていれば、こちらとて手出しはせぬものを…致し方ありませんね」

 維千は脱いだ上着を凍りつかせて盾にし、背に隠した蛍を飛散するガラス片から守ったようだった。

 維千に向かって伸び続ける蔦は彼から80cmほど離れたところで瞬時に凍りつき、粉々に砕け散っていく。

「ご覚悟を」

 ほんの一瞬、維千が妖術を解いて、それまで凍りつき砕けていた蔦が凍ることなく維千に向かって伸びる。

 維千が目鼻の先に迫った蔦をパシッと手に握ると、蔦はそこを始点にバリバリと厚い氷に覆われていった。

『ギイィイイイッ!』

 植物人間は蔦をたぐるように迫りくる氷から逃れようと、肩から2メートルほど残して自ら蔦を切り離した。

「ご明察」

 維千はまるでダンスに誘うかのように、手のひらを上に向け、植物人間に向かって腕をまっすぐ伸ばした。

「どこまで耐えられるか、見ものです」

 維千が手のひらに針状に圧縮した冷気を浮かべる。

「まずは1発」

 神速で放たれた冷気は、植物人間の左膝に当たると呆気なく砕けてしまった。

『ギィ?』

 植物人間がケロッとしていたのは束の間だった。維千が攻撃したところからバキバキと無数の氷柱が伸びて花弁が開くように広がり、それの左膝下はあっという間に氷花で満開になってしまった。

『アギャアアアアア!!』

 維千は絶叫する植物人間を涼しい顔で見つめている。彼が手のひらに2発目の冷気を作ったその時だった。

「いっ!」

「大丈夫かい?!」

 思いの外、遠くまで飛んでいたガラス片を踏み抜いて、客の1人が足を怪我したようだった。駆けつけた店主がすぐに手当を始める。

 じわじわと床に広がる血溜まりに、維千はカッと目を見開いた。彼の澄んだ青の瞳が冬の波色のように重くなる。

『ギィッ!』

 植物人間が攻撃を放とうとして、維千が反射的に冷気の2発目をそれの右膝に、3発目を左肩に放つ。堪え兼ねる激痛に、植物人間は断末魔の叫び声をあげた。

「あはは!体を砕いて逃げるか?内部から凍る痛みに耐え続けるか?」

 維千の高揚した声はその場にいるすべての者をゾッと凍りつかせた。

「さあ、次は目玉だ」

 両膝下と左肩に氷花を咲かせて痛々しい姿になった植物人間は、当然だが凍りついた体を思うように動かせないでいる。

 維千はまるでそれを楽しんでいるかのようだった。

「化け物…!」

 植物人間に向けた言葉か、維千に向けた言葉かわからないが、彼らを遠巻きにする見物人のどこからか声がした。

「維千さん!ダメ!」

 維千が何処か遠くに行ってしまいそうで、蛍は咄嗟に彼の腰に抱きついた。維千は気がついていないのか、蛍の腕は彼に触れたところからゆっくりと氷に包まれていく。

「蛍!離れて!」

 姫魅が咄嗟に立ちあがろうとして、またも天板裏に頭をぶつける。ガタッとテーブルが揺れて、蛍のノートが床に落ちてページを開いた。

「…好き…?」

 ピントの定まらない不恰好な写真が賑やかしく並ぶノートを一瞥して、維千の脳裏に蛍の不貞腐れた顔が過ぎる。維千の瞳はゆっくりと澄んだ青に戻り、彼はハッと自分を取り戻した。

「蛍…ちゃん…?」

 蛍の腕に張り付いた氷を目にして、維千は動揺しているようだった。

 その隙を見逃さず、植物人間はスイカのタネを飛ばすように口を窄めると、野球ボールほどもある謎のタネを無尽蔵にあちこちに飛ばした。

「少し冷えますよ」

「え?」

 言うが速いか、維千を中心に半径3メートルほどの範囲が吹雪に見舞われる。吹雪は植物人間が飛ばした無数の種をひとつ残らず落としたが、代償に蛍も姫魅も慰鶴も雪だるまになってしまった。

 維千にひっついていた蛍は吹雪の直撃を受けて、とりわけ被害が大きい。

「へっくし!何すん…へっくし!」

「お似合いですよ」

 いつものように維千が憎まれ口を叩いて胡散臭い笑顔を浮かべたので、蛍はホッと胸を撫で下ろした。

「離れていてください。暑苦しい」

「へっ?ふぁっ?!」

 維千の腰にいつまでもしがみついていた自分に気付き、蛍がカアアッと赤面する。

「これは…その…!」

 蛍は弁解しようとしたが、維千は本当にただ暑苦しかっただけらしく、彼女がパッと離れると植物人間に向き直り腰の刀を抜いた。

「少しくらい照れなさいよ。この、冷凍人間!」

「俺は半妖です」

 維千はそれだけ言い残してガラス片の残る窓枠を凍らせると、そこからパッと外に飛び出して、そのまま植物人間を一刀両断してしまった。

 まだウネウネと動き再生を試みるそれに、維千が刀を突き刺して凍らせる。

「終わった…?」

 姫魅がテーブルの下から這い出そうとして本日3度目、頭を天板裏にぶつける。

「さっすが、維千さんだわ!」

 きらきらと目を輝かせて欣喜雀躍する蛍に、維千はにっこり微笑んだ。

「あはは。褒め言葉より酒をください」

「さっすが、維千さんだわ…」

 蛍がげんなりしていると、頭を抱えてうずくまっていた姫魅が涙目のまま維千を振り向いた。

「いったぁ〜!うう…い、維千さん。これは何ですか?憑物じゃなさそうだけど…」

「マンドレイクかしら?」

「蛍。マンドレイクは歩かないよ」

「だけど、植物は植物、みたいだわ…」

「さあ?」

 維千の返事はどこか上の空だ。浮かない顔で笑う彼を慰鶴だけが深刻な目で見つめていた。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!٩( 'ω' )و


維千の様子が何やらおかしい…一体どうしたんだ、維千!( ;´Д`)

慰鶴はなにかを知っているようですが…。


維千の隊長引退、浦島と維千の関係、そして慰鶴…進展、錯綜する恋心たち。


のんびりまったり書き進めていきます。

気長にお付き合いいただければ幸いです╰(*´︶`*)╯

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