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とある星物語  作者: 黒星
52/81

第52歯 他人も自分もありのままを受けとめて

 翌朝。ティース屈指の人気カフェ「Hi!Calorie」で、蛍は人の良さそうな泣き笑いを浮かべる姫魅に当たり散らしていた。

「遅いっ!あんの毬栗頭、すっぽかしたわね?!」

「蛍。待ち合わせの時間から、まだ10分しか経ってないよ」

「何言ってんの!もう10分も経ったのよ?!」

 蛍はフンッ!と鼻息荒くして腕を組むと、可憐なソファにふんぞり返った。姫魅は店内の視線を一身に浴びて縮こまると、ほとほと困り果てた。こうなってしまった蛍は手のつけようがないのだ。

(平穏な学校生活を送りたいだけなのに…前途多難だなあ)

 姫魅は待ち人来たらずの店内入り口を見つめ、目に涙を浮かべた。

 この三連休が終われば、蛍と慰鶴の初登校日だ。ふたりはそれまでに必要な学用品を買い揃え、ネルから課された課題を終わらせなければならない。

 仮所属する隊が同じなのだし、せっかくだから皆で集まらないかと誘ったのは姫魅だ。蛍と慰鶴は互いに顔を見合わせ、カカオ80%のチョコレートでも食ったような苦い顔をしたが、ふたりより少しだけ先輩の姫魅がせっかく申し出てくれたから蛍は渋々了承した。

(良かれと思って提案したけど、無理強いしっちゃったかな)

 姫魅の提案に慰鶴の方はというとカカオ80%の顔を99%の顔にして、これでもかというくらいに不愉快を垂れ流していた。彼が少しでも前向きになれるようにとの計らいで、集合場所をカフェにしたのだが…待てど暮らせど、慰鶴は現れない。

「慰鶴くん、大丈夫かな?」

 蛍のじっとりした目線の先で、姫魅は慰鶴が来るまで待つつもりなのか、目の前のケーキをじっと見つめたまま不安げに呟いた。

「あんた、損な性格ね」

 対面に座る蛍はパフェに乗ったアイスクリームをごっそりすくい取ると、お姫様のイメージとはまるで程遠い大口を開けてひと口で平らげてしまった。

「姫魅。あんた、どれだけお人好しなのよ。あいつの学校嫌いと脳みそ砂糖漬けっぷりを見たでしょう?どうせ今頃、家でケーキでも食べてるわよ」

「だけど。もしかしたら事故とか、事件とか…巻き込まれているかもしれないよ?」

「そんなの。大丈夫じゃなくても、あいつなら大丈夫よ」

「う、うん…」

 姫魅は再試験で目にした慰鶴の驚異的な身体能力を思い返して苦笑いを浮かべた。彼ならきっと荷馬車に轢かれても盗賊に襲われても余裕綽々だろう。

 それでも姫魅が心配そうに窓の外を見つめるので、蛍は観念してついに席を立った。

「いいわ。待ってないで、探しに行こうじゃない」

「でも、どこへ?」

 姫魅はパァッと明るくした表情をすぐにしまい込んで、うーんと首を傾げた。蛍も考えてみたが、慰鶴については人間離れした身体能力を持っていて、何より甘い物に目がないということしか知らない。

 国中のトレーニングジムとかカフェとか巡っていれば会えるだろうか。とある国は阿鼻国に次ぐ大国なのだから、そんなことでたった1人の人間を見つけるのは不可能に近い。

「…知らないわよ。あいつのことは何も知らないもの」

 せっかく意気込みを見せた蛍だったが、それが雲をつかむような事だと気付いてストンと腰をおろしてしまった。

「お待たせいたしました」

 すっかり途方に暮れるふたりに、視界の隅で捉えてもわかる高長身のウェイターが甘美な声で注文の到着を告げた。

「ええっと…」

 蛍と姫魅は顔を見合わせた。蛍のパフェも姫魅のケーキセットも注文はとっくにすべて揃っている。

 ふたりが戸惑いながら顔をあげると、そこに立っていたのはウェイターではなく、青玉を思わせる美しい青年だった。

「維千さんっ?!」

「…と、慰鶴くん?」

 維千は「どうも」とにっこり微笑み、姫魅の隣の空席に向けて右手に引きずっていた慰鶴を放り投げた。慰鶴はグシャッと波際に打ち上げられた昆布のように力なく着席すると、白目を剥いて生まれたばかりの小鹿さながらに震えている。

「お届け物と…主人から言伝を預かっております。『うちの慰鶴が迷惑をかけてすまない。こんなだが、よろしく頼む』と」

「主人?」

 よくよく見れば、維千はいつもの剣道ではなく、前髪を整髪料で固めて燕尾服を着ている。そう言えば、彼の本職は執事だったか。

「用が済みましたので、私はこれにて失礼いたします。彼のことは、煮るなり焼くなり好きにしてくださいませ」

「煮るなり焼くなりって…」

「慰鶴くん、大丈夫?」

 慰鶴の虚な目には蛍も姫魅も映っていない。恐々見上げた先で維千が満面の笑顔になると、彼は「ヒィッ!」と悲鳴をあげてビシッとその場に起立した。

「ワタクシ、慰鶴・ハミングは立派なマホウツカイを目指し、マイシンいたしまス!」

「慰鶴、あんた。どうしたのよ、急に…」

 まるで別人の慰鶴に、蛍の全身にゾワゾワと鳥肌が立つ。

「ワタクシのココロはみなさんとトモニアル」

「い、慰鶴くん?」

 慰鶴が死人のような目で作った笑顔は、剥製を眺めているようで不気味だ。

 「それでは、よい1日をお過ごしください」

 顔色ひとつ変えずにサッと踵を返した維千だったが、蛍は彼の裾をガシッと捕らえて逃さなかった。

「待ちなさいよ。この、飲んだくれ執事」

「…何か?」

「何か?じゃないわよ。散々翻弄しておいて、さっぱり顔を見せないんだから…何か言うことはないの?」

「言うこと…」

 維千は口元に手をやり考えを巡らせて、パッと晴れやかな笑顔になった。

「ないです」

「あるでしょう?!おめでとうとか、元気だった?とか…」

「あはは。態々聞かずとも、見るからに元気じゃないですか。それはわたしが言うべきことでなく、あなたが言って欲しいことでしょう?」

 維千の的を射た発言に蛍がうっと押し黙る。次に維千に会ったならいの一番に感謝を伝えようと思っていたのに、蛍はあまりにも素っ気ない彼の態度にどうでもよくなってしまった。

(維千さんの無情さは今に始まったことじゃないのに…なんで期待なんかしちゃうのかしら)

 維千への理解が足りなかったのか、というとそうではない。どちらかと言えば、彼の真摯さを知る蛍だからこそ抱いた期待であり、それは維千への親しみと信頼の裏返しだった。

(なによ。ひとりで勝手に落ち込んで、バカみたいじゃない)

 蛍とて誰これ構わず期待しているわけではない。となれば、期待を抱かせた維千がこの気持ちを裏切るのは少々無責任とも考えられなくはないか。

 それこそ身勝手な責任転嫁だとはわかっているが、完全なる独り相撲と認めれば虚しさが増して、心にできた傷口が広がってしまいそうだった。

(他人に期待なんかしなきゃ、傷つくこともないのかしら)

 信じたものに裏切られるだなんて、何も維千に限ったことではない。

 蛍は温和怜悧な長兄が謀反を起こすだなんて思わなかったし、質朴剛健な次兄が敗北するなんて信じられなかった。自国の常識が世界の非常識だなんて考えもしなかった。

(惨敗ね。仮にも王族…小国なりに一流に囲まれてきたつもりだけど。私、見抜く目がないのかしら?)

 じゃじゃ馬さながらに騒がしい蛍が黙り込んでしまって、維千は彼特有の冷ややかな困り顔になった。

「維千さん。あなたは結んだ縁に責任がある。どうかお忘れなく」

 維千の脳裏にイルカの真剣な眼差しが思い浮かぶ。いつの間にか自分よりも年長になってしまった親友にピシャリと咎められた気がして、維千はようやく重い腰をあげた。

「やれやれ」

 維千が整髪剤で固めた髪を手櫛でくしゃくしゃにして、暑苦しい上着を脱ぐ。彼はさらに白手袋とネクタイを外してシャツのボタンを開け、執事姿を脱いでしまうと蛍の隣にストンと腰掛けた。

「がんばりましたね」

 維千はイルカを真似て極上の笑顔を作り、可能な限り柔らかな声で労った…つもりなのだが、蛍は何故だかサッと血相を変えた。いっしょになって姫魅までもが青ざめた顔をしている。

「何か?」

「維千さん、怒ってる?」

 維千はいつも怒れば怒るほど笑顔になるので、蛍はすっかり勘違いしてしまったようだ。

「慣れないことはするものじゃないですね」

 能面顔になってひとり反省する維千に、蛍と姫魅は顔を見合わせてプッと吹き出した。

「何ですか?」

「なーんにもっ」

 にやにやする蛍と姫魅に、心なしか維千は居心地が悪そうだ。蛍は完全無欠のくせに欠点だらけの維千がなんだか可愛らしく思えてきた。

(信じたきゃ、信じればいいのよ)

 だってほら。傷ついてまたひとつ、相手を知ることができた。自分はまたひとつ前に進んだのだ。

 きっと誰かに期待することを避ける必要はない。失望する理由もない。

 自分がそれだけ相手を信頼していた、その理由と事実をただ胸に留めて、また未来に希望を抱けばいいのだから。

第1歯からお付き合いいただいている読書さんは、果たしてどのくらいいらっしゃるのでしょうか。

山あり谷あり…拙い文章をここまで読んでくださり、本当にありがとうございます(´;ω;`)


人との繋がりとは、心のあり方とは、正しさとは、偏見とは…とニュースや流行の、その根底に目を向けながら書き進められたらいいなと思います。

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