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とある星物語  作者: 黒星
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第51歯 ストレス解消法はリストアップしておくと良い

 薄暗い廊下にキャベツを千切りにする律動的な音が響く。その軽快なリズムに反して、部屋は不穏な空気に包まれていた。

「プー様は今日もご乱心、ですか」

 ガリヴァーノンはひんやりと冷たい壁にもたれかかると目隠しの下で呆れ顔を浮かべた。

 陰鬱な室内で思い思いに過ごす面々は、ガリヴァーノンを除いて誰もが熊をモチーフにしたアイマスクをつけている。それぞれに違った表情を浮かべるアイマスクはおもしろおかしいバラエティ番組を思わせて、何ともシュールな光景だった。

「もう8玉目だねー。おかげでスピッツ飯は今夜もヘルシーだよ。俺、野菜嫌いだってのにさー」

 存在感のあるもみあげをした少年が、水平服のリボンを指に絡めて暇を持て余す。

「あはは。健康的でいいじゃないですか、葉月」

「何言ってんの。あんたこそ、肉食わなきゃだろー?ガリガリ」

「あっはっはっはっは」

 ガリヴァーノンは笑い飛ばしたが、彼の痩せこけた身体は看過できない。人の気も知らないで彼が陽気に笑うので、葉月はほとほと呆れ返った。

「何、笑ってんのよ。元はと言えば、あんたが長月を逃したからじゃない」

「卯月」

「苛立ちをぶつけられるこっちはたまったもんじゃないわ。プー様も…あんなにイライラするなら、殺しちゃえばよかったんじゃなーい?私は好きよ。イケメンが苦しむ顔」

「卯月」

「何よ、神奈月」

 卯月が指先のネイルから目線をあげると、神奈月は深く被ったフードから覗く口元をわずかに苛立たせていた。

「サラアアアアア!!何故逃げるんですか?僕はあなた以外、何もいらないというのに!あなたはずっとずううううっと僕が守ってあげますから!さあ、戻っておいで?サラアアアアア!!」

 失ってしまった唯一の生きがいを思い出し、ガリヴァーノンは突如発狂するとガンガンと壁に頭を打ちつけた。

「卯月ぃ…」

「あ、あたし?!」

 神奈月は言わんこっちゃないといった風に手で顔を覆い、ガリヴァーノンを宥めるのは端から諦めて天井を仰ぎ見た。

 頭から血を流してケタケタ笑狂うガリヴァーノンに、卯月は白けた目でドン引きしている。

「ねえ、コイツ。頭、いかれてる」

「何言ってんの。スピッツにはイカれている奴しかいないだろ?それも、イカれている奴ほど強いから、上司は皆イカれてるってのなー。うんざりするよ」

「ガリヴァーノンはただのおもちゃでしょ?5番目(あのひと)の」

 卯月はうんざりした顔で吐き捨てるように言った。

「ガリヴァーノンは実力者だ。先日も38人を憑物化して持ち帰ったから、5番目(あのひと)は大喜びだよ。それより、卯月。君こそ十二黒暦を任されるほどの実績はあるのか?」

 神奈月に痛いところを突かれて、卯月はうっと顔をしかめた。

「タネは撒いたわ。あとは機が熟すのを待つだけよ」

 卯月は藍で塗りつぶした爪を噛んで不敵に笑った。


 そんな不穏な動きなんぞ知る由もなく、蛍は青玉をあしらったブローチに手を握りしめ、平和維持軍本部の第一会議室前に立っていた。

「蛍です!」

 緊張と期待に蛍の声が上擦る。「どうぞ」と答えたのは、彼女が待ち望んでいた甘美な声ではなかった。

「失礼します」

 蛍が恐る恐る足を踏み入れると、メロウとネル、そして何故だか姫魅(きみ)慰鶴(いづる)が温かな笑顔で彼女を迎えた。

「あの…維千(いち)さんは?」

 蛍は入学前の説明と聞いていたから、入学試験を担当した維千は当然いるものと思っていたのだが…どこを探しても青い死神の姿はない。

「入学試験が終わって今後の方針も決まったから、桃との契約は満了だとさ。嬢ちゃんとの契約は有効だから、今後は用ができたら呼べだとよ」

 不満げにも不安げにも見える顔の蛍に、メロウは申し訳なさそうに告げた。

(何よ、それ)

 蛍が平和維持軍に拾われてから、事あるごとに彼女を奮い立たせ、ここまで導いてくれたのは維千だ。意地悪にも非情にも見える彼だったが、時折見せる真摯な言動に蛍はいつの間にか懇意にしてもらっているように感じていた。

(てっきり会えると思ってた。お礼…言いたかったのに)

 維千にしてみれば勝手に期待を抱かれて迷惑千万、腹を立てるのはお門違いなのかもしれないが…蛍としては呆気なく仕事と割り切られて、少し傷ついてしまう。

(何を今さら傷ついているのよ、私。維千さんは始めからそうだったじゃない。あの人が関心を持っているのは、私じゃなくてお酒。そうでしょう?)

 笑顔を涙ぐませる蛍に、メロウは困ったふうに頭を掻きむしる。

(ったく、維千の奴。無意識なんだろうが…上げて落とすのはやめてやれ)

 人情味のない維千は維千なりに周囲と良好な関係を築こうと努力しているようなのだが、心ない彼はどうしても表面を繕う形になってしまい、努力が仇となって相手を傷つけてしまうのだった。

(メロウさん…そこは優しい嘘をつくか、うやむやにして誤魔化さないと)

 メロウの引き攣った強面に、ネルは苦虫を噛み潰した。メロウ・ジャズという男は義理人情に厚く頼もしいのだが、それに伴った気配りは全くできない。豪放磊落なメロウの性格は魅力でもあるが欠点でもあると、彼と長年連れ添う(やん)がため息混じりにぼやくのをネルは何度聞いただろうか。

「んー?なんだ、蛍。維千さんに会いてーのか?」

「べ、別にそんなんじゃないわよ!あんな冷凍人間…!」

「んじゃ、会いたくねーのか?」

「そうじゃないけど…」

「やっぱ会いたいんじゃねーか」

「そうじゃない!」

「どっちなんだよ。わっけわかんねーの」

 素直になれない蛍の矛盾した答えに、慰鶴は何が何だかわからないといった様子だ。

 姫魅はふたりのやり取りに白けるでなく、あきあきするでなく、にこにこと温かい微笑みを浮かべている。

「まずは改めて。蛍ちゃん、入学おめでとう」

「ああ。ジョニー魔法学校にようこそだぜ、嬢ちゃん」

「ありがとうございます!」

 ネルとメロウに歓迎されて、蛍は暗くなっていた表情をパッと明るくした。

「姫魅と慰鶴は知っていると思うが…ジョニー魔法学校は魔法倫理学の母マナティの思想に沿って設立されたんだ。創立わずか19年。まだまだ未熟ながら、ジョニーさんを筆頭に名だたる魔法使いたちの尽力と…『望めば誰もが魔法を使える世界の実現』という教育理念に賛同する人々の支持で、本校は名門と呼ばれるほどに飛躍したんだよ」

「じゅ…19年?」

 ジョニー魔法学校の知名度や評判については姫魅の熱弁を聞いていたから、蛍はもっと歴史ある学校なのかと思い込んでいた。

「その頃は『誰もが魔法』だなんて異端の考えだったが…魔法使いだけが魔法を使うことに疑念を感じていた人は、実は山ほどいたんだろうね。皆、常識と呼ばれる幻想から外れるのが怖いんだろう」

 あるいは自分が生きている世界に疑念なんか抱きもしなかったのかもしれない。蛍も魔法を悪とする自国の世界を信じ、自分が生きる世界の外側など想像しようともしなかった。

「こんな学校なんでな、校則もほとんどねえ。毎日6時間以上の睡眠、1日3食朝飯は抜かない、食後の歯磨きの徹底…くらいか?」

「あと、深夜の外出は禁止です」

 姫魅の補足を聞いて、蛍は愕然とした。それらは校則というより、おふくろさんの心配事ではないか。

「出すもん出して試験に通りゃ、欠席が多くだって問題ねえ。まあ、欠席続きで試験に通った奴ぁ、いねーがな。自由な思想が可能性を拡げるってことらしい…が、言動には責任を持てよ?」

 メロウが強面が目を光らせ語尾を強くしたので、蛍はビクッとしてコクコクと何度も頷いた。

「成績考査は年に3回。試験は突発的に実施するので、普段から心積りをしておけ。それと…」

 メロウが苦々しい顔でネルに目配せをする。ネルは大きく息を吐いてメガネの位置を正すと、重々しく口を開いた。

「早速で申し訳ないが、蛍ちゃんの事情を踏まえて、維千さんが平和維持軍への仮入隊を提案している。本来、仮入隊は2年生で専門科を選択した生徒の実習先のひとつなんだが…」

「やりますっ!」

「待て待て待て。そう早まらなくとも無事に進級すれば、来年には専門科を選んで仮入隊できるんだぞ?蛍ちゃんは今、基礎魔法の基礎を覚えたばかりだろ。それに仮入隊の申込期間はとっくに終わっていて…申し訳ないが、空きがあるのは隊長初心者の俺が率いる、所属隊員0人の透牛隊(とうぎゅうたい)だけなんだ」

「それじゃ、ネルさん!よろしくお願いします」

「蛍ちゃん、聞いてたかいっ?!」

「私、強くなりたいんです!維千さんが提案するってことは、それでとっても強くなれるってことですよね!」

「それは…そうかもしれないが…」

「よろしくお願いします!」

 維千の提案は無茶ばかりだが、彼は蛍の言葉と力を信じ協力している。それならば、蛍は不安に苛まれる自分にはったりをかましてでも前に進んで応えようと思った。

 どんな結果になろうとも、経験からは得るものしかない。差し伸べられた手を払う理由はないのだ。

「やってやろうじゃない!あの悪魔…とことんしがみついてやる!」

「ハハハ…」

 格好つけたがりのネルからズルッとメガネがずり落ちて、姫魅は堪えきれずにクスッと笑った。

「姫魅。笑い事じゃないぞ?お前は強制的に仮所属だ」

「ええっ?!なんで僕が?!」

「慰鶴くんと手あわせして感じなかったか?お前は実戦不足だ」

「実戦って…そんなのいらないよ。僕はただ余生を静かに過ごせたらいいんだから」

「爺さんみたいなこと言うな。スピッツの活動が活発化しているんだ。お前は自分の身を守れるように、少しでも力をつけておきなさい」

「そんなあ…」

 平和主義の姫魅には酷かもしれないが、力を持っている以上は同等以上の力に狙われかねない。良し悪しに関わらず、強い魔力は引きあうのだ。

「それと。慰鶴は隊で成果を上げればお母様の特訓が免除になるよう、維千さんが交渉したそうだが…」

「やるっ!俺、ぜってーやるっ!」

 ネルが言い終えるのを待たずして、慰鶴は鬼のような形相で前のめりに承諾した。

(お母様の…特訓って何かしら?)

(慰鶴くんのお母さんって、どんな人なんだろう…)

 何者にも物怖じしない慰鶴が『母の特訓免除』の言葉に、まるで荒野に一滴の水でも見つけたかのような表情をしている。

 慰鶴がただならぬ表情で壊れたように繰り返し首を縦に振るので、蛍と姫魅はぽかんと呆けてしまった。 

「決まりだな。まあ、落ちつくまでは正規隊長は募らねえからよ。精々がんばれよ、隊長」

 メロウに頭を鷲掴みにされるなり、首がもげそうなくらいにガシガシと撫で回されて、ネルはうっと鋭い目つきをさらに鋭くした。

「っはあああ〜」

 ネルがため息を吐きながら、パンパンになった紙袋をテーブルの上にドンッと持ち上げる。彼はカメラを2台とノートを2冊取り出して、蛍と慰鶴にそれぞれひとつずつ手渡した。

「蛍ちゃんと慰鶴は中途入学だからな。他の生徒より3ヶ月ほど遅れてのスタートになる。補習するから、死ぬ気で追いつけよ」

「死ぬ気で…?」

「だいじょーぶ。死なないから」

 ノートを見つめたまま立ち尽くす蛍に、ネルは慰鶴のようなことを言ってニッコリ笑った。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます٩( 'ω' )و

思い入れのある登場人物を記録に残し、こっそり読み返そうと思って書き始めた物語…ついに50歯を超え、第4章に入りました。

支えてくださった読者さん、本当にありがとうございます。


さて、落花流水編は様々な想いの錯綜する話になればと考えておりますが…予定は未定です。

大事件が起きるので、戦闘シーンもちらほら。

数々のピンチを救ってきた巻き込まれ体質のサラくん。未登場予定でしたがちょいちょい出るかも…やはり巻き込まれ体質笑

今回の彼は不甲斐ないです笑


何より朝顔が大活躍!予定は未定_(:3」z)_


バタバタと立て込んでおります故、ゆっくりゆっくり投稿します。

気長におつき合いいただければ幸いです。

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