第48歯 敵を知り己を知れば百戦危うからず
「あーあ、お前らのおかげで学校通わなきゃならねーじゃんか!」
ウララカ行きの汽車に乗ってからも慰鶴は延々と不満を垂れている。彼は蛍の再試験に付き合わされ、情けなく敗北したために望まぬ魔法学校への入学を余儀なくされたのだ。
少しかわいそうだが、もし突っぱねれば青い死神に氷漬けにされることだろう。
「いい加減に諦めなさいよ」
フンッと鼻を鳴らして得意げなのは蛍だ。彼女は魔法を使えるようになったことがよほど嬉しいらしく、汽車に乗り込むなり延々と揚げまんじゅうを生成している。
「蛍。そんなに作って、誰が食べるの?」
「姫魅にあげるわ」
「もうお腹いっぱいだよ。蛍、自分で食べないの?」
「嫌よ。太るもの」
「そんな横暴な…」
お人よしの姫魅はすでに胃袋の限界まで揚げまんじゅうを詰め込んで、とてもじゃないがもうひと口すら食べられそうにない。
姫魅は頼みの綱の慰鶴をチラッと見やったが、脳みそまで胃袋と言われる彼も未来への不安で食欲が落ちるらしい。げっそりやつれた顔の慰鶴は、揚げまんじゅうどころかポケットに常備しているケーキにすら手を伸ばそうとしない。
「慰鶴くん。ジョニ校の学食には学生証がないと食べられない、Hi!Calorie監修の特別デザートがあるんだよ」
「だからなんだよ」
頻繁にケーキを頬張っていた慰鶴がここまでスイーツに興味を示さないと、大病でも患ったんじゃないかと心配になる。
彼は心底、学校に通いたくないようだ。
「慰鶴。あんた、なんでそんなに学校が嫌なのよ?」
目も合わせようとしない慰鶴に、蛍と姫魅は顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。
「ネル?」
「ん?」
ネルは分厚い自己啓発本から顔をあげて、穏やかに微笑んだ。
「慰鶴くんは何でこんなに学校を嫌がるの?」
「ジョニー魔法学校は名門中の名門なんでしょう?魔法が使えないのに試験なしで入学できるなんて、誰もが羨むわ。私の苦労は何だったのよ」
ネルはうーんと困ったふうに笑って、どう説明したものか頭を悩ませた。
蛍の言うことは尤もだ。魔法の使えない慰鶴をこうも易々と入学させれば、蛍のように努力に努力を重ねて入学試験を突破した生徒の面目が立たない。
(そうまでして、慰鶴くんを入学させる必要性…)
それは蛍の身が危険に晒されていることを暗に示している。
多様な人間が混在するとある国では、ただでさえ孤立する子供は狙われやすい。反魔法国家ガルディ王国の姫君である蛍が平和維持軍に出会うまで無事でいたことは、強運としか言いようがなかった。
(慰鶴くんには悪いが…実戦経験の乏しい姫魅が育つまで、平和維持軍は慰鶴くんを蛍ちゃんのそばに置きたいのだろう。政治的利用、宗教的利用、賞金目的、人身売買…彼女を狙う危険分子はひとつじゃない。切り札は多い方がいい)
魔法学校が大魔法使いジョニーの結界で常時守られているとはいえ、万全とは言えないのである。
(慰鶴くんには同年代の関わりができて、一石二鳥というわけだ。しかし、当の慰鶴くんがこれでは…)
慰鶴はどうにも腹の虫が収まらないようで、ドンからもらった山盛りの野菜に悲嘆に暮れる顔を描き込んでいる。学校嫌いの理由について、自ら答えるつもりはなさそうだ。
ネルはどこ吹く風で野菜に八つ当たりしる慰鶴にやれやれとため息をついた。
「その理由は慰鶴くんにしかわからないが…俺が思うに、慰鶴くんは学校が嫌いなんじゃない。魔法が嫌いなんだよ」
「え?」
慰鶴が握るペンの先がグラグラとぶれて、野菜に描き込んでいた目が不恰好になる。皆に注目されてもやはり慰鶴は口を開こうとしない。
「魔法は…心は温かいだけじゃないってことっすよ」
蛍の胸に青く輝くブローチを横目に見て、浦島は青汁サイダーをグビグビと飲み干した。
(何も考えていないようで、慰鶴にも色々あるのね。それなのに私ったら、アホ過ぎるだの、脳みそ胃袋だの…慰鶴の事情も知らないで)
蛍が好き放題言いすぎた自分を反省していると、慰鶴が神妙な面持ちで蛍の裾をツンツンと引っ張った。
「なあなあ、蛍?」
「な、何よ?急に…」
鷲掴みにした玉ねぎを蛍の目の前に持ち上げて、慰鶴はにぱっと八重歯を見せて笑った。
「ほーたるっ!そっくりだろー?」
「い、慰鶴くん!」
蛍に突きつけられた玉ねぎには、不細工な怒り顔が落書きされていた。
姫魅が慌てて止めに入るも時すでに遅し。蛍は落書きそっくりの般若顔で玉ねぎをバッと奪い取り、それを慰鶴の口にぶち込んだ。
「あがっ?!おあ、おっうい」
「ほら、そっくり?!どこに目がついてんのよ?あんたは目も胃袋なのかしら?」
「ああいおおおおおっういあお」
「辛いところもそっくりですって?!ほんっと心配して損したわ。もう許さないんだから!」
仲がいいのか悪いのかわからないふたりに、ネルと姫魅はいっしょになってため息をついた。
か細い腕のどこにそんな力があるのか。蛍は慰鶴の首に掴みかかり、体格の良い慰鶴をブンブンと振り回している。慰鶴はへらへら笑いながら涙を流したが、この涙は反省や後悔ではなく無理に噛み砕いた玉ねぎの辛味成分によるものである。
「蛍ちゃん、どーどー。そんなにイライラしていたら、せっかくの祭りも楽しめないっすよ」
お祭りという言葉に、蛍がピタッと動きを止める。姫魅はこれ幸いとばかりに慌てて浦島に乗っかった。
「楽しみだなあ!とある国のお祭りはパレードが多いけど、阿鼻国のお祭りは屋台が出るんだよ」
「屋台…」
それは蛍が溺愛する大人気恋愛小説「愛駆ける君に」にも登場する憧れのデートスポットだ。蛍は慰鶴といっしょに怒りを放り投げ、うっとりした表現で頬に手を当てた。
「おおっと!」
遠心力でそのまま吹き飛んだ慰鶴が、狭い車内で獅子のごとく華麗に着地を決める。一同が「おおっ!」と感嘆の声を漏らしたが、パッとあげた慰鶴の顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになって、今ひとつ格好がつかなかった。
蛍は憧れの祭りに想いを馳せて、慰鶴のことなどすっかり忘れている。
「燃え上がる恋情を思わせるリンゴ飴、骨ばった腕にときめく射的、あーん必須のたこ焼きに、ふたりの視線がひとつに重なる花火…」
「え。ちょっとそれはどうかな。蛍、相手はいるの?」
姫魅の余計なひと言に夢を打ち砕かれ、蛍はカチンとした。
「いないわよ!悪かったわね。いいわ、サラさんにお願いするから」
「蛍はすぐにサラさん、サラさんって…」
「いいじゃない。サラさん、かっこいいし、強いし、優しいし…」
「優しいって…蛍にとって、都合がいいだけでしょ?」
「失礼しちゃうわね!」
とは言ったものの思い当たる節がありすぎて、蛍は不機嫌な顔のままだんまりしてしまった。
「いくらサラさんでも、さすがに迷惑じゃないかな」
姫魅は何だかモヤモヤして食い下がったが、蛍の言う通りサラは整った顔立ちをしているし、スピッツとの交戦では疾風迅雷の進撃と圧倒的な魔力量を見せつけ、彼の引き締まった体には姫魅もひっそり憧れていた。
(わかるけど。わかるけど、なんか認めたくない…)
サラは底抜けに優しいから、蛍がどんなに身勝手なお願いをしても快く引き受けてしまうのだろう。
(姫魅くん。珍しくトゲがあるっすね)
悶々とした表情をしている姫魅に、浦島はふっふーんと含み笑いを浮かべて余計なおせっかいを焼いた。
「蛍ちゃん。あんなサビ猫に頼まなくたって、心優しい美少年ならここにいるじゃないっすか」
「美少年?!どこに?!」
「ここっすよ、こーこっ」
浦島にポンッと背中を押されて、目で恋をする蛍の前に姫魅が一歩踊り出す。
「姫魅くんがいるじゃないっすか」
「ええー?!う、浦島さん?!」
浦島はニタニタして、逃すまいと姫魅の両肩をガッシリ掴んだ。彼は姫魅に任せろとばかりにウインクを送ったが、姫魅は何のことやらさっぱりで頭に疑問符を浮かべている。
「ふーん…美少年…」
頭のてっぺんから足の爪先まで蛍にまじまじと見つめられ、姫魅が耳まで真っ赤になってあたふたする。
姫魅とのお祭りデートをドキドキしながら想像した蛍だったが、たこ焼きをあーんしてもらうところで脳内姫魅に「また太るよ?」と苦言を呈され、一瞬にして気持ちが萎えてしまった。
「嫌よ。姫魅じゃ、口うるさいもの」
「蛍ちゃん…それはだな…」
蛍の飽き飽きした表情に、姫魅以上にショックを受けたのはネルだ。姫魅の小言はネルの説教臭さに由来するからして、彼は責任の一端を感じずにはいられなかった。
「サラさん、元気かしら?お腹ぺこぺこにしていないかしら?私の手料理をうんと振る舞ってあげなくっちゃ」
姫魅とのお祭りデートにすっかり興味をなくした蛍は、話題を再びサラに戻した。
「手料理?蛍、料理できるの?」
「まっかせなさい!」
蛍は得意げに鼻を鳴らすとギュッと右手を握った。その拳からわずかに光が漏れて彼女が再び手を開くと、そこには揚げまんじゅうが申し訳なさそうにちょこんと乗っているではないか。
「手料理って、もしかして…それ?」
「そうよ?」
「それ、生成魔法だし…揚げまんじゅうじゃあ、手料理とは言えないよ」
「だまらっしゃーい!どんな食べ物も用意するには、知識と裁量と労力がいるの!食べられるものを用意できたらそれは料理なのよ!」
「ええー」
蛍のぶっ飛んだ言い分に、姫魅は呆れてものが言えない。しかし、彼女の頑張りを思い返せばその喜びようは当然で、姫魅は段々と蛍が可愛くなるとクスッと小さく微笑んだ。
「心配ご無用っす。あのはらぺこ野郎は今頃、イルカさんが愛情たっぷりの手料理で腹いっぱいにしてるっすよ」
「イルカさんの…愛情たっぷり手料理…」
蛍が溢れ出るよだれをじゅるりと袖で拭う。「もぉ、蛍は…」と姫魅が苦笑いを浮かべると、彼女の背後で慰鶴もまた滝のよだれを拭っていた。
「それよりあいつ、ぶっ倒れてないといいっすけど」
「サラさんが?食べ過ぎで?」
「ないないないない!それこそ、あり得ないわ。サラさんの胃袋はブラックホールですもの」
蛍と姫魅はパッと目を見合わせると、顔の前でパタパタと手を振った。
「ブラックホールは言いすぎだろう?彼は姫魅より小柄じゃないか」
「んーな、俺じゃねえんだから」
暢気に笑っているネルと慰鶴に、蛍と姫魅と…そして浦島までもがブンブンと首を横に振った。
恥ずかしそうに飯を食うサラの一食分は、なんたって3人の一食分をあわせても足りない。
「浦島くんが心配しているのは、彼の持病のことだろう?」
「べっつにぃ?!心配なんかしてないっす。あいつがイルカさんに迷惑かけていないか、気がかりなんすよ」
「あはは。サラくんに迷惑をかけられたら、イルカさんなら大手を振って喜ぶよ」
素直になれずムスッとした顔の浦島に、ネルは温かく笑いかけた。
「だってあいつ、病気でずっと大量の魔力を作り続けてるんすよ?俺たちの身体は長い時間、魔力を溜めておけるようにはできていないっすから…だから、身体に大きな負荷がかかって、魔力多増症の患者は2年も生きられない。いくらあいつが奇跡的に病気に順応しているとはいえ、それでも3週に1度は風邪引いてるんす。あいつが魔法として魔力を放出できないってことはっすよ?いつ身体が動かなくなったって、おかしくないんすよ」
浦島がぶつくさぼやいて不貞腐れた顔をあげると、周囲はポカンとした表情で浦島を見つめていた。
「浦島くん、随分と詳しいな。それは自分で調べたのか?」
ネルがズレた眼鏡の位置を正すと、浦島はしまったと苦虫を噛み潰した。
「ふふ。浦島さんもサラさんのこと、大好きなんですね」
姫魅が屈託ない笑顔を浮かべたので、浦島は桃色のほっぺをカァーッと真っ赤にした。
「そんなんじゃないっす!北条隊長の教えっすよ!敵を知らずして勝利なしっすから!」
「敵を知り己を知れば百戦危うからず、か。それなら君はもっと自分に素直にならないと」
「そうよ、そうよ」と蛍が頷くので、姫魅は表情を苦々しくして「蛍は正直すぎるよ」と呟いた。
蛍が姫魅に拳を振り上げて、浦島が「姫がご乱心っす」と笑っている。ネルは先が思いやられると頭を抱えて項垂れている。
「…反吐が出る」
騒がしくも和気あいあいとした雰囲気に、慰鶴だけがポツリと悪態をついた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!٩(๑❛ᴗ❛๑)۶
再試験編、残るは2歯となりましたが…申し訳ありません。
体調との兼ね合いや生活のバタバタで、執筆が遅くなっております(´・ω・`)
番外編も後半戦で止まっていますね(;´Д`Aアセアセ
ゆったりのんびりとお付き合いいただければ幸いです。




