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とある星物語  作者: 黒星
47/47

第47歯 自分の価値は自分で決めるもの

(不思議と心が軽い…)

 胸にずっとつっかえていたものが外れて、心が流れを取り戻していく感覚がする。

 サラは先程から霧がかった記憶を辿り、その理由を探しているのだが…どうしてか思い出せない。程よい疲労感と高鳴る気持ちの余韻はあるのだが、寝起きのサラはいつも現実を拒むかのように、記憶が戻るまでに時間がかかった。

(まあ、いいや)

 眩しすぎる陽射しを遮るように右腕で視界を覆い、心地よい揺れに身を預ける。広い背中から伝わってくる温もりは、幼い日の記憶を彷彿とさせる。

(ガリヴァーノン…じゃないか)

 ぶら下がった左の指先に獣毛の感触がして、サラはすぐにそこがタマの上だと気づいた。

(俺、寝てたのか)

 ガラガラと引き戸が開く音がして、「ただいまー」とイルカの間延びした声が続く。寝ぼけ眼に飛び込んでくる景色は、だだっ広い青空から見慣れない天井に変わった。

(ここは…どこだっけ…?)

 スピッツの支部はこんなに明るくないし、魔法学校の医務室はホワイトニングしたようにもっとむやみやたらと白い。寮の自室にしては物に溢れている…サラの部屋は浦島に退去前と揶揄われるほど殺風景だ。

(ああ、そうか。俺、イルカの実家にいるんだった)

 ふうっと息を抜いて目を閉じると、今ではすっかり嗅ぎ慣れたイルカの匂いがサラを包み込んだ。

(落ちつく…)

 ふと人の息遣いを感じて、サラがゆっくりと目を開ける。見慣れた茶髪が鼻先をくすぐって、サラはホッとするとその柔らかな猫っ毛にそっと手櫛を通した。

「イルカ?」

「おっ?起きたぞ、イルカー」

 ずいっと覗き込まれて、サラの屈託ない笑顔がカチコチに強張る。寝ぼけていた脳は冷水を浴びたかのようにシャキッと目覚め、サラの全身から冷や汗がどっと噴き出した。

「うわあああ!?」

「うおおおお?!」

 サラが落雷さながらの悲鳴を響かせて、タマからドサッと滑り落ちる。サラに顔を寄せていた人物もまた、後ろに飛び退き叫び声をあげた。

「いったあ…」

「おやおや、サラ。大丈夫ですか?」

 サラが目に涙を浮かべ床に強打した背中をさすっていると、廊下の向こうからイルカがタタッと駆け寄ってきた。

「イルカ?は?イルカが…増えた!?」

「増えません」

「イルカ!お、女…イルカが女になった…!?」

「なっていません。サラ、落ちついてください」

 柄にもなく慌てふためくサラをイルカはゆったりとした口調で落ち着かせた。

 サラにビシッと指さされた女性は、イルカと同色の髪をやれやれと言ったふうにかきあげた。

「おいおい。そんなにびびるか?」

「いきなり近いんだよ、姉さん」 

「姉…さん?」

「いかにも。私がイルカの姉、アシカだ。おはよう、諸君!」

「もう昼だよ?姉さん」

「私の目覚め、それが世界の朝だ」

 アシカはロングTシャツから伸びた素足を組むと、片手をあげてニッと笑った。

「わけわかんないこと言ってないで、ズボン履けよ」

「ここは我が家だぞ?快適な格好でいて、何が悪い」

「この家の名義は爺さんだろ?姉さんは快適でもこっちは不快なの」

「相変わらず、イルカは頭が堅いな」

「姉さんが社会通念を無視し過ぎなんだよ」

 アシカはうんざりした顔でため息をついて、Tシャツの裾を引き伸ばした。

「これじゃダメか?」

「当然だろ。うだうだしてないで早く履けよ。サラが恥ずかしくて死んじゃうだろ?」

「…死にはしない」

 アシカとパチンと目があって、サラは熟れたトマトさながらに顔を真っ赤にすると目線をサッと床に逃した。そんなサラをおもしろがって、アシカは意地悪い顔でTシャツの裾をひらひらさせている。

「いい加減にしろよ?」

 イルカが腰に手を当て眉根を寄せると、アシカは不満げな顔になって両手あげた。

「イルカのそれ、貸せ」

「嫌だよ」

 イルカが着物の帯を握って断固拒否すると、アシカはぶーたれた顔で「部屋に戻るが面倒」だの「ズボンの1枚や2枚…」だの、ぶつくさ文句を垂れながら2階の自室に戻っていった。

「サラ、ごめん。あれ。僕の姉さん」

「強烈…」

 サラが表情を引き攣らせて階段を見上げる。イルカは懐手をして、やれやれと呆れ顔を浮かべた。

「いつもあんな感じ。筋金入りの面倒くさがりで。学生時代のあだ名はガサツの最高峰でした」

「最高峰…」

 しばらくすると2階からドタンバタンと過大な生活音が聞こえてきて、サラはそのあだ名が大袈裟でないことを察した。

「まさか帰っているとは思わなくて…すみません。驚かせてしまいましたね」

「大丈夫」

 力強く返したサラだったが、すぐにイルカと間違えてアシカの髪をすいたことを思い出し、カーッと顔を紅潮させるとぐるぐると目を回した。

「…じゃないかも」

「おやおや」

 へなへなとその場にへたり込んだサラは、どこにでもいる思春期の少年だ。

 彼がかつて担っていたのはスピッツ十二黒暦のうち長月で、その実力は12人いる幹部のNo.4にあたる。平和維持軍ならゆうに隊長クラスの実力だ。

(触れようものならただでは済まないと、内外から恐れられる緋色の逆鱗…その弱点が女性とは)

 イルカは何だかおかしくなって、ふふっと溢れた微笑みをそっと袖で隠した。

「イルカ。そいつが噂の愛弟子か?」

 ドタドタと存在を誇示するかのような足音を立てて、アシカが階段を降りてくる。

「噂って何?」

 サラにジトッとした目を向けられて、イルカがパアアアッと後光刺す仏スマイルで場を濁そうとする。

 サラならてっきり知っているものだと思っていたアシカは意表を突かれてポカンとした。

「何って…なんだ、知らないのか?イルカは三度の飯より弟子のお前が好きだってのに。こいつがお前の話ばっかりするから、私は耳にタコができ…」

 アシカの呆れ顔にタマが容赦ない猫パンチをお見舞いする。

「ぬあー!いったいぞお!おい、イルカ!見目麗しいお姉さまの顔に何すんだ!」

「おやおや。自分で言いますか。鏡、見てこいよ」

 アシカが剣幕で捲し立てて、イルカがにっこり微笑み返す。バチバチと火花を散らすふたりが急にパッと振り向いたので、サラはビクッと震えあがった。

「サーラー?私はなにか悪いことをしたか?」

「してない」

「サラー?」

 イルカが責めるような視線をサラに向けたので、アシカは庇うようにサラの肩を抱き寄せた。

「ハッハー!サラはいい子だなあ!今日からサラが私の弟だ」

「それは嫌だ」

「サーラー…」

 アシカがげんなりした顔でサラを覗き込むと、イルカは痛快な気持ちでアシカに微笑んでサラをぐいっと奪い返した。

「サラはジョニ校2年だったか。そいつは?九十九か?」

 サラがコクッと頷いて、イルカの背後からポチがひょっこり顔を覗かせる。

「たまげたな!お前、その歳で九十九が使えるのか!」

 アシカが目を皿にしたのは決して大袈裟なリアクションではない。九十九とは心を具現化する高等魔法で、魔法学校を卒業しても扱えない者が多いのだ。

「それだけ魔法が使えて…お前、なんで魔法学校に通っているんだ?」

「何故…」

 何故と言われれば、安易に黒魔法を使ってしまうサラを見かねて、イルカが魔法基礎を学び直すよう勧めたからだ。魔法をきちんと学べば、持病である魔力多増症の対処に役立つとチェンに言われたこともある。

 サラを拘束することはイルカが断固拒否していたから、メロウは「イルカの下で野放しにするよりか、監視がしやすい」と条件付きでサラの入学を許可した。

「学んだ方がいいと…言われて」

「言われて?私はお前の考えを聞いているんだ」

「…ない」

「ふぁ?」

「理由は…ない」

「ぶったまげたな!他人に言われたから?お前、何も考えずに天下のジョニ校に通っているのか?そんなんでよく講義についていける」

 アシカの笑い声と白けた目線がサラの胸にグサッと突き刺さる。

「イルカ。こりゃ、猫に小判だぞ」

「猫に小判?」

「名門ジョニ校も価値のわからん奴が通うのでは無駄ってことだ」

 サラはトドメのひと言に貫かれて、ついにもぬけの殻になってしまった。

「姉さん!言い過ぎだ」

 軸を抜かれたようにふらふらするサラの体をそっと支えて、イルカが抗議する。アシカは「ああ?」と不快感を露わにした。

「いくら何でも甘過ぎるぞ、イルカ。そいつが本当に大切なら言うべきことはしっかり言え」

「サラにはサラのタイミングがあるだろ?僕が言わなくたって、サラは自分で気付くよ」

「エゴだな。お前は嫌われ役になりたくないだけだろ。違う人間だぞ?言葉にしなきゃ伝わらない。察してくれ、はただの甘えだ」

「察してくれ、じゃない。サラにはいらぬ心配だって言ってんの!姉さんこそ、余計なこと言って…それでまた義兄さんとケンカして、家を飛び出してきたんだろ?」

「ちっがーう!家庭円満のための戦略的撤退だ!」

(これが…兄弟喧嘩…)

 ひとり蚊帳の外になったサラは飛び交う言葉を追うようにイルカとアシカを交互に見やっていたが、収拾のつかないやり取りに痺れを切らしておずおずと口を挟んだ。

「…彼女の言うことは間違っていない。イルカ、もういい」

「よくないです!」

「よくなあああああいっ!」

 イルカがぷくっと頬を膨らませ、アシカがものすごい剣幕でサラをひと睨みする。

「サラはそうやって、すぐに相手の意見を受け入れる。僕が強引に勧めたのも事実だし、サラには理由を持てない理由があるだろう?」

「だぁかぁらぁ、すぐに流されるな!ひとりで完結させようとするなあああ!もういいじゃあ、何も解決してないんだよ!お前の、考えを、聞かせろ!」

(こ…恐い…)

 いつの間にかふたりがかりで責め立てられて、サラがゴクリと息を呑む。ポチは脱兎の如くサラの服に潜り込むと、襟ぐりから目だけを覗かせてぷるぷる震えた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます٩(๑❛ᴗ❛๑)۶


イルカのお姉さん、強烈です…髪色と頑固なところはイルカにそっくりですが、イルカの姉とは思えぬ大雑把( ˊ̱˂˃ˋ̱ )

いや待てよ?姉がこんなだから、イルカがこんななのか。


再試験編は今後ものんびりまったり進みます。

憑物とかスピッツとか、派手な展開がなく…ただただ登場人物たちのイチャイチャを眺める章笑


大好きだったもの、得意なもの、順調だったこと…それが急に嫌いになったり、うまくいかなくなる時って誰にでもあると思うんです。

今のサラくんにとって、それは魔法で。


そんな時って「しない」ことで前に進むことがある。

意外と難しいんですけど、距離を置いたら元通りに…むしろ、以前よりできるようになっていることがある。


そんな話が書きたいので、ちょっと退屈かもしれませんが…気長にお付き合いいただけますと幸いです。


誰がなんと言おうと、がんばっているんだもの。

小説を読んでいる間はいっしょにひと休みしましょう(*´Д`*)

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