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とある星物語  作者: 黒星
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第4歯 うまい話には裏がある

 膨大な情報に触れて、蛍の脳は限界に達したようだ。目が覚めると翌朝になっていて、ベッドのそばに朝食が用意されていた。

「おいしそう」

 パンとフルーツ、それから柔らかく煮込んだ野菜のスープ。至ってシンプルなメニューだが、今の蛍には王宮のご馳走よりも眩しく見えた。

「おはようございます。無理はなさらないでくださいね…って、チェンさんかしら?」

 朝食に添えられたカードを手に取って、蛍は身震いした。カードには可愛らしい花のイラストと、手書きの丸文字でメッセージが書かれている。

「まさか…ね」

「しっつれいしまーすっ!」

 聞き覚えのある声がして、蛍はスプーンを咥えたままパッと振り向いた。彼は開け放たれた扉の向こうから、ちょこんと結えたちょんまげを子犬のしっぽのように揺らして、ひょっこり顔を覗かせた。

浦島(うらしま)さん!」

「うっす!蛍ちゃん、食事中っすか」

 浦島は人懐っこく笑うと、ベッドの縁に飛び乗るようにして腰掛けた。

「具合はどうっすか?ごはんは食べられそう?」

 浦島の無邪気な笑顔に蛍の顔も自然と綻ぶ。蛍が食べかけの皿を傾けてみせると、浦島はニカッと笑った。

「おかげさまで。あの、イルカさんとサラさんは?」

「イルカさんは講義中、サラくんは体調を崩して欠席っす」

「そうですか」

 蛍は正直、ちょっとホッとした。サラの突き放すようなひと言がまだ胸に刺さっていて、蛍は彼に会うのが少し怖くなっていた。

「体調を崩したって…もしかして、私のせいで?」

「違う違う!ただの風邪っす、かーぜっ!あいつ、持病があるらしくって。風邪引きやすいんすよ」

 浦島は照れくさそうに口を尖らせて、「しゃーねえ…見舞いに行ってやるか」とぼやいている。

 ふたりは犬と猿、水と油のように仲が悪いのかと思っていたが…勘違いだったようだ。蛍は口元に手を添えて、クスクスと肩を揺らした。

「おふたりは仲がいいんですね」

「はっ!?違っ!?どこをどう見たらそうなるんすか?!」

「違うんですか?」

 浦島は顔を赤くして怒ると、ぎゅっと口を噤んだ。

「あいつは誰とも仲良くする気はないっすよ。自分もあいつが嫌いっす。喋らねえし、笑わねえし…イルカさんが親身になっているのに邪険にして」

「はあ…」

 確かにサラは表情に乏しく、口数があまりにも少なかったように感じる。しかし、それだけでここまで嫌われるものだろうか。

 浦島の不満は止まらない。

「昨日だって、蛍ちゃんを見捨てるようなこと言って…あいつ、中途半端に期待させるのは残酷だって言うんすよ。希望があるから前に進めるんじゃないっすか」

 浦島は悶々としていたが、急に「だあ!」と立ち上がると頭を掻きむしって、蛍の手をぎゅっと握った。

「蛍ちゃん、大丈夫っすよ!自分たちは君の味方っす!」

「あ…ありがとうございます」

 浦島の勢いに気圧されて、蛍はたじろいだ。

「そんな目の敵にしなくても」

 剣道着姿の青年が高い背を少し屈めて、医務室に入ってきた。紺碧(こんぺき)の髪に天色(あまいろ)の目をした彼の容姿は、人間離れして美しい。

 彼に微笑みかけられて、蛍は顔を真っ赤にするとカチコチに固まってしまった。

維千(いち)さん、遅いっすよ」

「着替えもせずに飛んで来たというのに。突然、呼び出しておいて君という人間は…」

「どうせ、サンさんとイチャイチャしてたんでしょ」

「あのねえ」

 維千は髪をかきあげると、肩でため息を吐いて呆れ返った。

「それで?彼女が噂の…」

 維千の流し目が蛍を捉える。冬の海のようにどこか冷たい瞳に、蛍の背中がぞくぞくする。彼はイルカと同様に微笑みを湛えているが、その笑顔はイルカと違って作り物のように冷たい。そのわずかな違和感がよりいっそう目を釘付けにさせた。

「維千さん。蛍ちゃんっす」

「ちゃん?」

「姫とか、様とか呼んで、王族と勘付かれたらまずいっすから。あえて、フレンドリーに呼んでるんす」

「ふーん…じゃあ、俺も。蛍ちゃん」

「は、はいっ」

 維千がにっこり笑いかけると、蛍はどきまぎして目を泳がせた。

「浦島くん。ガルディが関わる案件なら、維持軍で対応すべきでしょう。一執事である俺が出る幕ではないはずですが…メロウさんは?」

「拾ってきた奴が責任持てって。これも経験だとかなんとか」

 浦島が苦笑いを浮かべて両手をあげると、維千は頭を抱えた。

「そんな、迷い犬じゃないんですから。逃げたな、あのヒゲおやじ」

「自分、隊長になってまだ1年目っすよ。国交が関わる事案なんて、荷が重すぎるって言ったんすよ。そしたら、年寄りを酷使するな、助けが必要なら維千さんを頼れって」

「あのデコッパチじじい。押しつけやがって」

 維千が声に苛立ちを滲ませると心なしか医務室の気温が下がって、蛍はかけ布団をぎゅっと抱き寄せた。

「本当に人使いが荒いんですから。生きている年数なら、俺だって結構なおっさんですよ?みなさん、もっと労わってください」

「維千くん。都合のいいときだけ、歳を食うのは辞めたまえ。君はもう僕より年下になったろう?メロウさんが寿命を全うしても、君は30代すら迎えないよ」

 医務室の奥からのそのそとチェンが現れると維千は苦笑した。

「ご冗談を。あの人はまだまだしぶとく生きますよ。叩いても踏んでも死にませんから」

「君は人をゴキブリみたいに言うのは辞めなさい」

 チェンがピシャリと叱っても、維千は飄々として悪びれる様子はない。彼に反省を促すのは早々に諦めて、チェンは維千に栄養ドリンクを手渡した。

「これは?労いですか」

「まさか。医務室の冷蔵庫が壊れてね。悪いが冷やしてくれないかい?ぬるいとクソまずい」

「…あなたこそ、他人を冷蔵庫扱いしないでください」

 維千がぎゅっと手を握りしめると、瓶の側面に白く霜がついた。「凍った!?」と蛍が驚嘆する。

「おバカさん、冷やしすぎだ。瓶が破裂する」

「もー!チェンさんはわがままだなあ。破裂しませんよ。ちゃんと加減していますから」

「維千さん。加減できるなら凍らすんじゃなくて、冷やしましょうよ」

 浦島にジトッと白けた目を向けられて、維千は手をひらひら振っておどけてみせた。

「…きれい」

 維千は何気ない動作でさえ、まるで美術品のようだ。きれいを通り越して、不気味さすら感じる。蛍が思わずこぼした言葉にチェンと浦島は顔をこわばらせて、ぶんぶんと首を横に振った。

「蛍ちゃん、気をつけたまえ。維千くんがきれいなのは容姿だけだよ。容姿に反比例して、心はひどく歪んでいる」

「維千さんは冷凍人間っすから」

 「ひどいなあ」と返す維千に気にしている様子はない。ふたりの警告は恍惚とした表情を浮かべる蛍の耳を右から左に流れていった。

「で?浦島くんは、俺になにを求めているんですか?」

「今後の方針が決まるまで、蛍ちゃんの世話係と護衛をお願いしたいっす。執事なんすから、接待はお手のものでしょ。維千さんなら魔法を使わずに闘えるから、スピッツに悟られる心配もない。サンさんには自分から話をしとくっすから」

「対価は?」

 浦島がニヤリと笑って、どこからか一升瓶を取り出した。

「じゃじゃーん!褒めごろし、奮発したんすよ!」

 浦島は自信に満ちた表情で酒瓶を掲げたが、維千は残念そうにため息をついてベッドの淵に腰掛けた。

「安酒はお断りですよ」

「えー?自分は好きっすよ、褒めごろし」

「そういうのはメロウさんかイルカさんに助言をもらうか、酒の味がわかるようになってからにしなさい」

「あー!また子供扱いして!自分だって、もうちょっとで維千さんより年上になるんすからね?!」

「あはは、楽しみにしています」

「うー!バカにして!この生臭執事!飲んだくれ執事!」

「はいはい、子犬くん。よーしよしよし」

 ぐるぐると腕を振り回す浦島を維千は左手で押さえたまま、くるっと蛍を振り向いた。

「チェンさん。蛍ちゃんはもう退院できますか?」

「ああ、サラくんのおかげで回復が早い。すぐにでも可能だよ。病床が早く空けば、こちらとしてもありがたい」

「んー」

 維千はしばし黙考すると、パッと顔をあげて妖しく笑った。

「蛍ちゃん。落ちついて聞いて欲しいのですが…」

「なんでしょうか」

「残念ながら、今の平和維持軍とあなたではガルディを救うことはできません」

 「維千さん!」と前のめりになる浦島をチェンが手で制する。蛍は鈍器で殴られたような衝撃に言葉を詰まらせた。

「それは…何故ですか?」

「ひとつは平和維持軍が未熟な組織ゆえに力不足であること。単純に人材不足による戦力不足もありますが…今の維持軍にはガルディに入国するルートを確保するための、他国とのパイプがありません。情報の入手すら難しいのが現状です。そして、もうひとつ」

 維千の目が氷のように冷たく光る。蛍はゴクリと唾を飲んだ。

「あなたにはこの闘いを先導し、生き抜く力がありません。維持軍があなたに手を貸せば、俺たちは時に部下に死を命じなければならなくなります。何百、何万の命をかけて、ガルディを助ける意味をあなたは説明できますか?維持軍が助力したとして、あなたには何ができますか?」

 蛍はうっと言葉を詰まらせた。サラの言葉を思い出して、胸が苦しくなる。

(私、自分のことばかり考えてたわ…)

 助けられる者には義務があるし、手を差し伸べる者には責任が伴う。突き放されたように感じるのは蛍の都合だ。蛍の視野はいつの間に、こんなにも狭くなってしまったのだろうか。

「私は…!私には…」

 愛華なら政治力を、涼風なら軍事力を示しただろう。しかし、彼らと同じように特別な存在だったはずの自分は何も持っていない。少しばかり武術をかじっていたが、王族の嗜み程度では足手まといもいいところだ。

「私には交渉を優位に進めることも、兵を率いて前線を駆け抜けることもできません。私は…何もできない…」

「強みのない生き物なんていませんよ」

 維千はふっと表情を和らげて、今にも泣き出しそうな蛍の頬にそっと触れた。

「俺たちはあなたに明確な解決策を与えることはできません。あくまで、道を開くのはあなたです。ただし、手を貸すことであなたの選択肢を広げることはできます」

「選択肢?」

「このまま放浪を続けて、誰かが助けてくれるのを待つのもいいですが…魔法学校に通えば、維持軍はあなたが強くなる手助けができるでしょう」

「魔法を…私が?」

「はい」

 維千が当然のようにニッコリ笑うと、それまで黙って聞いていたチェンと浦島が顔を強張らせた。

「維千さん、それは…」

「ガルディに魔法を持ち込めば、反逆罪に問われかねんぞ。少なくとも王族でいることはできなくなる」

「今のガルディなら、ね。蛍ちゃんが、ガルディを魔法国家に変えればいい。人間は変化する生き物でしょう?」

「簡単に言ってくれる」

 チェンは呆れて言葉を失った。浦島も乾いた笑いを浮かべている。

「少し…考えさせてください」

 蛍が弱々しく言うと、維千は「どうぞ」と軽い口調で返した。

「それと、もうひとつ選択肢が…これは俺個人からの提案になるのですが。蛍ちゃん、俺が力になろうか?」

「へ?」

 思いもよらない言葉に蛍が目を点にする。チェンと浦島はギョッとして、幽霊でも見たかのような顔を維千に向けた。

「俺強いし、役に立つよ。俺ならガルディを奪還できる」

「ガルディを?本当に?」

「俺はできないことは言わない」

 維千の目はわずかな迷いもなく、確信に満ちている。

 それなら、これまでの話はなんだったのだろうか。維持軍は動けないが、維千個人なら助けになれるというのか。維持軍ができないことを彼はできるというのか。

「からかわないでください。あなたひとりでガルディ奪還なんて…」

「からかってない」

 蛍は真偽を図りかねて、チラッとチェンを見た。彼は目を伏せて話に耳をそばだてていたが、蛍と目があうとやれやれと大きなため息をついた。

「敵の殲滅という意味なら、できるだろう。それより、君が人助けを申し出ることの方がよっぽど信じられんのだが…何を企んでいるのかね?」

「あはは、人聞きの悪い。ガルディ復興の暁に、酔い潰れるだけの酒を奢ってほしいだけです」

 維千は小首を傾げて、蛍の出方を伺っている。自分の無知と無力さを叩きつけられたばかりの蛍は、とにかく心細くなっていた。

 維千は仲間から頼られているようだし、チェンが認めているのだから本当に強いのだろう。維持軍の援助が期待できない今、酒でひとりでも味方ができるのなら願ったり叶ったりだ。

「約束します」

「決まりだね」

 維千が差し出した手をぎゅっと握り返して、雪のような冷たさに蛍がハッと驚く。彼女が2つ返事で答えると、チェンと浦島はあちゃーと手で顔を覆った。

「蛍ちゃん、それはまずい」

「はい?」

「彼の酒代で国が傾く」

「ガルディを救えたとしても、経済的理由でガルディは滅ぶっす」

「一体、なにを言って…」

「彼は酒好きの枠…底なしの大酒飲みだよ。ガンガン飲むがまったく酔わない」

「え?」

「維持軍切っての酒豪イルカさんも、維千さんと付きあいの長いメロウさんも…酔った維千さんを見たことがないっす」

「彼を酔いつぶすのは不可能だ」

「ええ…ちょっと…それって…」

 維千が悪魔のように微笑んで、口元に人差し指を立てる。

「チェンさん、しーっ」

「まったく。こんな少女にまで、君という生き物は…」

 維千はご機嫌に鼻歌を口ずさんで、パッと席を立った。

「俺は着替えてきますね。蛍ちゃんは退院の準備をしてください。今後についてあなたの意思が固まるまでは、魔法学校の寮をお貸しします」

「あの…維千さん?」

「戻ったら校内を案内しますね。魔法学校の敷地内では自由にしてもらって構いませんが、校外に出るときは俺が付き添います。御用があれば、いつでも呼んでください」

 維千は蛍にベルを手渡すと、喜色満面の笑みを浮かべてひらひらと手を振った。

「それでは、失礼します」

 彼が颯爽と立ち去ったあとを見つめて、蛍は歪むのではないかと心配するほどベルを強く握りしめた。

「…悪魔だわ。今すぐ呼んで殴りたい」

「気持ちはわかるが」

「おさえて、おさえて」

 チェンと浦島は今にも医務室を飛び出しそうな蛍を必死になだめた。

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