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とある星物語  作者: 黒星
38/81

第38歯 他人と出逢うことで、自分に出逢える

「さーさー!遠いところからよう来んさった。ささ、座りんさい」

 ドン・レタスはどっこいしょと囲炉裏のそばに胡座をかいて、その向かいの席をこってりとした訛りで爽やかに勧めた。 

(彼が…)

(ドン・レタス…さん?)

 ドンなんて響きをしているから蛍はイカついアクセサリーをつけた悪の親玉みたいなのを想像していたし、長閑なベジタブランドの風景から姫魅は腰の曲がったおじいさんを想像していた。

「ゆっくりしていきんさいな」

 目尻に寄せた皺から彼の温和な人柄が見て取れる。この辺りでは珍しくない薄緑色の髪は毛先を丸くカットしており、ロップイヤーを思わせるそのもみあげは30半ばのドンに「かわいいおじさん」の印象を持たせた。

(好壮年だわ…)

(新鮮野菜みたいに爽やかだ…)

 蛍と姫魅が唖然としているのには、もうひとつ理由がある。

「だあーっ!自分の焼きリンゴー!」

「えー?マイハチミツかけちゃったから、これはもう俺のもんだよ?」

「マイハチミツってなんすか?!焼いたのは自分っすよ?!それは俺のリンゴっす!」

「んー?浦島さんこそ、何言っちゃってんの?」

 慰鶴がヘラッと笑ってリンゴにかぶりつくと、浦島はこの世の終わりを見たかのような表情になり、頭を抱えてのけ反った。

 長旅の疲れを労ってドンが用意した食べものを囲炉裏で焼いていたのだが、果物や菓子類は焼きあがったそばから慰鶴の胃袋に納まっていく。

 魚や野菜ばかりが囲炉裏に残り、慰鶴の魔の手はついに浦島が隅っこで大切に大切に焼いていたリンゴにまで及んだ。

「食事は戦争だ。トロトロしてたら、ぜーんぶ奪われちまうぜ?」

 ハチミツでドロッドロになったリンゴを丸ごと口に放り込んで、慰鶴は串を加えたまま不敵に笑った。

「わおーんッ!鬼!オニー!」

 愛情かけて焼きあげた最後のリンゴを奪われて、浦島は滝のような涙を流すと、ドシャッと崩れるようにして床に突っ伏してしまった。

(あんなにハチミツをかけたら、リンゴの味が死んじまうがな)

(桃太郎が鬼に泣いてる…そもそも、食事は戦争じゃないよね?)

(あいつ、今…芯ごとリンゴを食べたわよ?!)

(おいおい、慰鶴くん。食の恨みは怖いぞ…)

 この場を収める言葉が見つからず、皆が重苦しい表情で黙り込む。慰鶴の咀嚼音と浦島のすすり泣き、そして囲炉裏の火がパチパチと弾ける音がやたら大きく聞こえた。

「ふたりはいくつかいな?」

「へ?」

「歳だが、歳」

 ドンは焼けた魚に頭からかぶりつくと、露わになった串先で蛍と姫魅を指した。

「今年で15歳です」

「あっ!私も15歳!」

 姫魅との共通点を見つけて、なんだか嬉しくなった蛍は飛びつくように答えた。

「ふふ、同い年だったんだね」

 姫魅がこそばゆそうに笑って、場の空気が和らぐ。和気あいあいとしたふたりの様子に、ドンはホッと安堵の表情を浮かべた。

「確かな年齢はわからんが、慰鶴は書類上16歳になるだに。同世代だ、仲良くしてやって…」

「ドンさん、余計なことすんなって。俺はそーゆーの、いらねーから」

 慰鶴はポケットから取り出したマシュマロを囲炉裏の火で炙っている。溶け出したところがジリジリと黒く焦げて、香ばしい香りが部屋を漂った。

「慰鶴、砂糖といっしょだが。どれだけ甘いものを食べようがたった一瞬、満足した気になるだけだで。食べればまた次が欲しくなる…そうしているうちに要らぬものばかり溜め込んで、本当に欲しいものがわからなくなるんだが」

 ドンは静かに語りかけながら、鉄瓶に沸かした湯を6人分の湯呑みに注いでいく。

「慰鶴。おめえ、甘いもんばっか食って…自分が本当に欲しいもん、ちゃんとわかっとるだか?」

「ああ?」

 慰鶴は顔を険しくすると空になった串をバッと手に取り、ドンの喉もとに突きつけようとダンッと足を踏み出した。

温羅(うら)

 浦島の呼び声に応えて、どこからか金棒が現れる。それは慰鶴とドンの間にドスッと落ちて、床に深々と突き刺さった。金棒を覆う棘はまるで竜の牙のように鋭い。

「あっぶねーなあ…わっ!」

「隙ありっす!」

 咄嗟に飛び退いた慰鶴に、浦島が足を引っ掛けて転ばせる。慰鶴の言動は山の天気のような急変っぷりを見せたが、浦島の動きにはまるで焦りがなかった。

「ほんっと。ネルさんより喧嘩っ早いんすから」

「誰が喧嘩っ早いって?」

 ネルがメガネを白く光らせると、浦島はおろおろと言葉を探して苦笑いを浮かべた。

「…って、チェンさんが言ってたっす」

「ったく、あいつは。守秘義務はどうした、守秘義務は」

「マブダチの話は守秘義務の対象外っしょ」

「親友を悪く言うか?」

 浦島が怯えた子犬の目で白状すると、ネルは気だるい顔でぼやく親友を頭に思い浮かべて苦虫を噛み潰した。

 荒々しく激昂した慰鶴の変貌ぶりに、蛍と姫魅は面食らって置いてけぼりになっている。

「す…すごい」

 やっとのことで状況を飲み込んだふたりは、浦島の対応の素早さに思わず声を漏らした。

「浦島くんの嗅覚は維千さんのお墨付きだからね。彼の察知能力は隊長内でもトップクラスだよ」

「若えのに大したもんだが」

「実はすごいのね」

「実はすごいんだ」

 ネルに怯えて縮こまっていた浦島が、サッと耳をダンボにする。彼は口々に褒められてじわじわとにやけ顔になると、丸いほっぺをほんのり赤くしてフッフーンと得意げに鼻を鳴らした。

「銀戌隊隊長、浦島桃太郎とは自分のことっすから!」

 浦島はビシッと親指を立てて自身満々に自身を指したが、残念ながら誰ひとりとして彼を見ていない。

「そんなに鋭いなら、何でいつもサラさんにやられっぱなしなのかしら?」

「サラくんが一枚上手なんだろ。彼は手品が得意だからね。そういった誤魔化しも得意なのかもしれない」

「桃太郎の心具(しんぐ)が金棒…」

「浦島くん、おめえ。床の修理してから帰れや?」

 浦島はポーズを決めたまま、ポカンと立ち尽くしている。金棒がポンッと煙になって消えると、まるで浦島の心のように床にはぽっかり穴が空いていた。

「話の続きだが…」

 ドンは落ちついた佇まいで皆に湯呑みを配るとふうっとひと息吐いた。

「慰鶴。おめえに必要なのは安心できる居場所だが」

「んあ?俺の居場所は俺自身だ。それに」

 慰鶴の見透かす目に睨まれて、蛍と姫魅はビクッとした。その殺伐とした雰囲気は、道案内をしてくれた太陽のように笑う少年と同一人物とは思えなかった。

「こんなところてん女ともやし野郎なんかに俺は…アッヂーッ!?」

 姫魅が「もやしって…」と怒り狂うより先に、ドンが慰鶴の口に熱々のマシュマロを突っ込む。慰鶴は声にならない声をあげて、陽光に焼かれるミミズのごとく床をドタバタのたうちまわった。

「さーさー」

 ドンがゆっくり振り向いて、蛍と姫魅が戦慄する。

「そんなに怯えんでも、根はええ子だけえ」

「ドンさん。ふたりが恐れているのは慰鶴くんじゃなくて、あなたですよ」

「何だってまあ」

「いや!熱々のマシュマロを急に他人の口に突っ込むひと、なかなか怖いっすよ?」

 浦島にもっともな指摘をされて、ドンは豪快に笑った。

「お灸だが、お灸。ささ、場も温まったことだし…要件を聞かせてもらおうかいな。ただ野菜を取りに来ただけではないが?」

(場は温まった…のかしら?)

(むしろ焼け野原のような気がするけど…)

 蛍と姫魅はぴくりとも動かなくなった慰鶴に不安の目を向けた。

「えっと…どうぞ?」

 サラからもらった飴を姫魅がおずおずと慰鶴に差し出す。刹那、慰鶴はガバッと起き上がるなり獲物を狙う獣の目をキュピーンと光らせ、姫魅の腕ごと飴にかぶりつこうとした。

「いっただっきまーす!」

「うわっ!」

 間一髪。姫魅はトラバサミのごとき勢いでガチンッと閉じた慰鶴の顎を逃れ、サーッと青ざめた。

「おはようさん、慰鶴」

「んっ!おはよ」

 腑抜けに戻った慰鶴にドンは慣れた様子で笑い返したが、蛍も姫魅も顔がこわばってとてもじゃないが笑えない。

 慰鶴の変わりようはまるで人格がいくつもあるようだ。蛍はこの理解不能な少年から一刻も早く離れたくて、押しつけるようにドンに手紙を差し出した。

「あのっ!ドンさんに。維千さんからお手紙を預かってきました」

「手紙…?」

 ドンは封を雑に開けると維千の達筆を黙々と目で追った。手紙を何周かするうちにドンの顔が引き攣っていく。

「…おめえら。その様子だと何も聞かされてねえだか?」

「ええ、まったく何も」

 蛍はふつふつと湧きあがる苛立ちに、思わず語気を荒くした。

 嫌な予感はしていたのだ。だから蛍は手紙の内容について維千にしつこく問いただしたのだが、維千は「ドンさんへのラブレターですから。秘密です」とあっさり彼女を押し切った。

 確かに他人宛の手紙を読むのは躊躇われたし、何より比類泣き美形の彼が高い背を屈めて、目鼻の先で色っぽく口元に指を立てたものだから、蛍は二の句が継げなくなってしまったのだ。

「ほらぁ、蛍がイケメンに弱いから」

「悪かったわね」

 負けず嫌いの蛍は姫魅の呆れ顔に言い返してやりたかったが、今回は完全に自分の落ち度だった。情けないが、自分は目で恋をすると言っても過言ではない面食いである。

 ドンは憐れむような目で2人を眺めていたが、大きなため息を吐くと渋る気持ちに区切りをつけた。

「…維千は相変わらず、えげつねえなあ。慰鶴。残念な知らせだで」

「ん?俺?」

 慰鶴は焼き時間を待てないのか、焼く前のマシュマロを袋から直に取り出し、もぐもぐと口いっぱいに頬張っている。

 気が進まない様子でドンが浦島に目配せすると、浦島はスッとその場に立ち上がり声を張り上げた。

「明日、再試験を実施するっす。蛍ちゃんと姫魅くんには、慰鶴くんと手あわせしてもらうっす。慰鶴くんの動きを5秒止められたら合格。ふたりが合格したら、慰鶴くんにも魔法学校に通ってもらうっすよ?」

「えーっ?俺、学校は嫌だって言ってんじゃん。柄じゃねーって」

「そんなの聞いてないよ?!」

「あんの悪魔!」

「わは、ごめんっす。維千さんに口止めされてて…慰鶴くんはふたりから逃げ切れば、金輪際、魔法学校に入学しなくていいっすよ。制限時間はふたりが根を上げるか、慰鶴くんが敗北するまで」

 浦島が1度に説明したので、慰鶴は脳の情報処理が追いつかず、ついにポカンと呆けてしまった。

「えっと…慰鶴さんと勝負して、私たちが勝てば合格。慰鶴さんも魔法学校に通う」

「僕たちが負ければ、慰鶴くんは魔法学校に通わなくて済む…ってことですね?」

 ふたりが要点をおうむ返しにすると、それまで頭からもくもくと煙を上げていた慰鶴はハリネズミの背のようにバリバリと短髪を逆立て、ピンッと背筋を伸ばした。

「ええー?学校なんて無理だよ?俺、魔法使えないもん!」

「慰鶴くんの入学試験は免除しますから、魔法は卒業までに使えるようになっていただければ問題ありません」

 浦島は青い誰かにそっくりな清々しい微笑みを浮かべて言い切ると、パッとやんちゃな笑顔に戻った。

「…って、維千さんが言ってたっす」

「やだよ。エルモがまた怒るって」

 慰鶴は泣きべそをかいたが、再試験の内容はもう変えようがないらしい。浦島は困ったふうに頬をぽりぽり掻いた。

「嫌なら放棄してもいいっすけど…維千さんがなんて言うか」

 維千の名を出されて、慰鶴がギクッと身をこわばらせる。浦島が口笛を吹いてとぼけてみせると、慰鶴はようやく重い腰をあげた。

「まっ!負けねーからいいけど」

「はあ?」

 ニカッと笑顔になって余裕綽々としている慰鶴に、蛍は掲げた拳をわなわなと震わせた。

「魔法が使えないってのに、なめてくれるじゃない」

 「魔法が使えないのは蛍もだよ」と姫魅が小声で釘を指す。

「ああ?うまくもねえのに舐めてねえよ」

 「その舐めるじゃないんだけど」と姫魅が小声で指摘する。

「もやしはおだまりなさい!」

「もやしは黙ってろ!」

 蛍と慰鶴が声を揃え、姫魅をパッと振り向く。姫魅は「ごめん。よく聞こえなかったんだけど…」と呟いて俯きがちになると、ゆらりと立ちあがり不穏な空気を漂わせた。

「もやしって…誰が言った?」

 姫魅の背後に魔法陣が3つ並んで、それぞれに数十枚ほどの羽を模した刃が浮かび上がる。それらは青い光を帯びると、蛍と慰鶴に向かって一斉に放たれた。

「うぇっ!?ところてん!なんなんだよ、コイツ?!」

「おだまりなさい、脳みそ砂糖漬け!とにかく謝るのよ!」

「なんでー?!俺はその再試験ってのに協力してやるって…うわあああ!!」

「おーい、姫魅。学区外での魔法使用は禁止だぞー」

 ネルは尻に敷いていた座布団を頭に被り、止まない悲鳴に白い目を向けた。

「浦島くん。再試験は」

「まだっすよ…」

「…明日もコレか」

「下手したらインプラントに帰るまでコレっすね」

 慰鶴は「腹が鳴るぜ」と不敵に笑って、ポケットから取り出したマスコットの紐を手榴弾のピンを抜くようにして口でジジジと引っ張る。

 みるみるうちに膨らんだマスコットが本物のマシンガンに姿を変えて、蛍は「ああ、お兄様。もう一度、一目でもお会いしたかったわ…」と死を覚悟した。

 怒りに我を忘れた姫魅は黙々と2撃目を装填している。

 そんな3人の様子にネルは頭を抱え、浦島は苦笑いを浮かべた。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます٩(๑❛ᴗ❛๑)۶


さて…慰鶴のマシンガンは引っ張った紐が戻るまで消えません。姫魅の怒りもいつになったら鎮まるのやら。

珍しく、じゃじゃ馬蛍が気弱です笑


たまには浦島くんをかっこよく書いてやりたかったのですが、どういうわけか締まりがない。

何故だ…何故なんだ…浦島…_(:3 」∠)_


相変わらず、作者は登場人物に翻弄されております。

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