第34歯 ひとりを過ごせないと群れても呑まれるだけ
とある国の中心都市ティースから北北西に向かうと、茅葺き屋根の民家は疎になり、広大な田畑が広がる。その長閑な風景は、そこが12都市最大の農村地域「茶の都」であることを感じさせた。
「茶の都」を隣の大国「阿鼻の国」との国境沿いまで行くと、ベジタブランドに辿り着いた。
「すまねぇなあ、慰鶴くん。助かるで」
ドン・レタスはこめかみを伝う汗をタオルで拭い、降り注ぐ陽射しに目を細めた。
「いいよ。俺が好きでやってんだから」
慰鶴は手元のレタスに持ち味のタレ目を向けたまま、朗らかな声で答えた。彼の金色のツンツン頭はまるで小さな太陽のようだ。
彼の住まいは浮遊都市インプラントにある大豪邸なのだが、時折この辺境の地にひょっこり現れては気の向くままに滞在し、こうして農作業を手伝うのだった。
「オラはありがてえが、もう3日も経つでな?そろそろ家に帰らんでええだか?」
「んー?んー…」
慰鶴は曖昧な返事で場を濁すと、レタスの収穫に意識を集中した。外葉を開いて球体になった部分を鷲掴みにする。それを斜めに傾けて根本にザクッと包丁を入れると、慰鶴にはレタスが人間の頭部に見えた。
(またか)
慰鶴はレタスに重なった過去の記憶を冷めた目でじっと見つめた。彼の目にだけ映るそれは、恨めしそうに慰鶴を睨めあげて不気味にニタリと笑っている。
『俺はお前が嫌いだよ』
頭に懐かしい声が響いて、慰鶴はうんざりした。
そんなことはもう知っている。嫌いたければ、嫌えばいい。まやかしの家族であっても裏切りはないと、勝手に過信した過去の自分が愚かだったのだ。
(俺は…)
慰鶴がいつまでもレタスを刈り取らずにいるので、ドンはやれやれと息を吐いて彼の手の上から包丁を握り、レタスを根から切り離した。
「あ」
「なんだいな?」
慰鶴は奪われたレタスを名残惜しそうに見つめていたが、レタスがドンの腕に大切そうに抱えられると頭の後ろに手を組んでニカッと笑った。
「いーや、なんでもなーいっ」
ドンはふうっと諦めた笑いを漏らして土まみれの軍手を外すと、慰鶴の毬栗のような短髪をわしわしと撫で回した。
「家は居心地悪いだか?」
「まあね」
「なんだいや…あんな恵まれた環境の、一体何が不満だいな?」
王宮と見間違えるほどの広々とした大豪邸に、どんな用件も文句なしにこなしてくれる使用人。専属のシェフがベジタブランド産の作物で作った食事は頬がとろける味だ。
有り余る財力は好きなときに好きなものを好きなだけ与えてくれる。
慰鶴の母親は凛と咲く百合のように美しく、父親は陽だまりのように温かい人柄をしていた。
この満たされた環境にもし不満があるとすれば、ただひとつ。
「青いのにいじめられるだか?」
青いのと聞いて、慰鶴はギクッと表情をこわばらせた。
「えーっと…維千さんのこと?」
「んだ。他に誰がおる?」
「あはは…」
慰鶴は手頃な小カブを引っこ抜くと袖で土をぬぐい落として、バキッとその先端を噛みちぎった。
「維千さんは優しいよ?俺が逃げているだけで」
(こいつ、カブを生で食っとる…せめて洗いんさいな)
時すでに遅し。引きつった顔で動揺するドンを他所に、慰鶴はゴリゴリと何食わぬ顔で小カブを粉砕し、あろうことか「うまいっ!」と笑って食べ切ってしまった。
ドンは圧砕機のような慰鶴の強靭な顎に愕然とし、彼の胃袋もまた常人のそれではないことを祈ることにした。
「やっぱ、ベジタブランドの野菜はうまいなあ!ドンさんが手に砂糖ぶっかけて作ったんだろ?すげーや!」
「慰鶴。それを言うなら手塩にかけて、だで」
「塩?そんなもんかけたら、塩っぱくて食えねーよ」
「例えだが、例え。別に塩をかけたからと言って、野菜は塩っぱくならんがな」
目を点にして首を傾げる慰鶴に、ドンはすっかり呆れ果てた。
「さあ、そろそろ帰るで。今日は来客があるけえな」
「お客さん?珍しいね。業者のひと?」
「いんや、魔法学校の生徒さんだそうだ。態々、汽車で野菜を受けとりにくるんだとか…ご苦労なこった」
「ふーん。せいとってのも大変だなー」
慰鶴は興味なさげに呟いて、足元に列をなす蟻にわあっと目を輝かせた。
「他人事みたいに言いよってからに…おめえさんは入学せんだか?」
彼は推定16歳になる。家柄を考えれば、平日の真昼間に蟻の行列に向かって土まみれの手を振っているはずがなく、学校で勉学に勤しんでいて当然と思えた。
「ん?しないよ?魔法なんかなくたって、死なねーし」
ドンに指摘されても慰鶴はけろりとしている。彼は秩序を守って歩き続ける蟻とは違い、集団からはみ出すことを恐れない。
ドンが何を言ったところで馬耳東風だ。
「んなこと言って…またお袋さんに叱られるで?」
「かーちゃんっ!?」
母親を持ち出されて、慰鶴がヒッとすくみ上がる。戦々恐々としてカチカチと歯を鳴らす慰鶴に、ドンはわははと大口を開けて笑った。
「あー!笑ったなー?」
「なにもそんなに震えることはねえがな」
「ドンさんは知らねえから、そんなこと言えるんだ。かーちゃん、マジでこえーんだかんな」
「なんだいや?維千より恐いだか?」
「そりゃーもう!維千さんなんか、けちょんけちょんだよ!それに維千さんは滅多なことでマジギレしないだろ?かーちゃんはキレた瞬間、辺りが火の海だからさー」
慰鶴は「あーあ」と天を仰いで、大息をついた。抜けるような青空を小鳥が3羽、気持ちよさそうに飛び回っている。
ドンにはそれが仲睦まじい家族の戯れに見えたが、慰鶴の目には雲すらない空虚な空間を同族で奪い合っているように映った。
「なーあ?ドンさん」
「んー?」
「家族ってさ、なんだろーなあ」
「んー…そうさなあ」
ドンはだだっ広い空でくっついては離れてを繰り返す小鳥をぼんやりと見つめた。
「そりゃあ、慰鶴。それぞれだで。家族ってのは出来上がったもんじゃなく、育てていくもんだけえなあ」
「育てていく?」
「さーさー。血の繋がりじゃねえ。家族ってのは社会の最小単位だ。その小さな社会がうまく回るよう、助け合うのが家族。そのあり様に正解はないけなあ。生活をいっしょにしていたって、家族とは呼ばねえかもしれねえ。離れていたって、かけがえのない家族かもしれねえ…どっこいしょっ!」
野菜がぎゅうぎゅうに詰まったコンテナを軽トラックの荷台に乗せて、ドンは「あたたた…」と情けない顔で腰をさすった。
積まれた野菜は千差万別だ。見た目はきれいに仕上がっても味の劣るものもあるし、歪な形をしていても濃厚で歯触りの良いものもある。
「おめえが家族と思ったら家族。それでええが…って、聞いとるんかいな?」
ドンの白けた目線の先で、慰鶴は壊れたブリキ人形のようにカタカタと頭を震わせている。ふいにボンッと爆発音がして、カパッと開いた慰鶴の大口からもくもくと煙があがった。
「ぬあー!わっかんねーよぉ!俺、アホだからさあ!」
頭を抱えて泣きべそをかく慰鶴に、ドンは肩をすくめて笑った。
「じきに来る生徒さんらが、おめえさんよりひとつ年下らしいけえ。色々と聞いてみりゃあーいい。同じ年頃なら何かと共感できるだろう」
新たな出会いを歓喜するかのように、遠くを走る汽車の汽笛が高らかに鳴り響く。
「おめえさんは大人とばかりつるんでねえで…良い機会だ。友達になったらええが」
「ともだち?」
蟻の行列を足で遮って、慰鶴はひどく冷たい目をした。
足から左側の蟻が背後を気にする様子はなく、彼らは意図せずに追随者を切り捨てる。足から右側の蟻は先駆者を見失い、目的を忘れて抱えていた大切な獲物すら放棄するとその場を惨めに右往左往した。
「んなもん、俺にはいらねーよ。そんなのは独りになれない奴の戯言だ。いなくたって」
「死なねえ、かいな?」
ドンが戒めるように先手を打つと、慰鶴は死んだ魚の目に光を戻してニッと笑った。
「いつだって生きてりゃ勝ち、死んだら負けだよ。ドンさん?」
「生きてりゃ勝ち?おめえさんはそれでええだか?」
「いーの、いーの。欲をかいたら憑物になっちゃうよ?」
慰鶴は垂れた目尻をさらに下げて、太陽のように眩しく笑った。その悩みなんぞ微塵も感じさせない笑顔は、むしろ未来といっしょに悩むことすら捨ててしまった結果なのだろう。
彼が漠然とただ生きる姿はまるで入り損ねた過去という棺を背負い、現在の少し前をあてもなく延々と彷徨っているかのようだ。
(まるで生ける屍だで…助けたのはこちらの勝手かもしれねえが、これじゃあサンも維千も報われないわいな)
こんなことを言ってはなんだが、ふたりが支払った大き過ぎる代償は、慰鶴の命に見合っているのか甚だ疑問である。やり切れない思いにドンは拳を強く握った。
「難しいことを難しく考えるのはやめよーぜ?生きてりゃ何とかなるんだからさ。あーあ、腹へった!」
慰鶴はサロペットの側面についた鶴を模したポケットの、大きなクチバシからケーキを一欠片取りだしてもぐもぐと呑気に頬張った。
「すんげー晴れてんなあ。今日もいい日になりそうだ♪」
慰鶴が眠気を誘う陽射しに目を細めると、ケーキで膨れた頬をふわっと心地良い風が撫でた。
段々と近付いてくる汽笛の音は、宣戦布告の合図のように穏やかな高空をつんざいた。
ここまで読んでくださった方、お立ち寄りいただいた方、ありがとうございます!٩(๑❛ᴗ❛๑)۶
きのすさんが漫画にしてくださり、とある星物語はますます盛り上がっております。
(漫画版は作者プロフィールのウェブサイトからご覧いただけます)
きのすさん、応援してくださる読者さん、本当にありがとうございます!(´;Д;`)
再試験編が始まりました…ついに慰鶴くんの登場です。
\(^o^)/わーい!
初っ端からアホ丸出しですね笑
アホなんですけど、勘が鋭くてちょっと物騒なのが慰鶴くんです。
かわいがってやってください笑




