第33歯 あなたを選んでくれた人が、あなたを必要としていることを忘れてはいけない
父は旅一座の女形、母は歌い手だったから、サラは物心つく前から遊びのように芸を覚えた。
ガリヴァーノンに連れられて一座を抜け出したのはサラが3歳の時、初舞台の前夜だった。呪われたような赤目がコレクターの目に留まることを危惧して、父はこの日を選んだらしい。
「わあ!かっこいい!」
両親は別れ際にお揃いのピアスをくれたのだが、まだ幼かった自分にはその意味がわからなかった。
「お母さん。お父さん。ありがとう」
自分がこんなに喜んでいるのに両親は目に涙を浮かべていて、幼いながらに不思議に思った記憶がある。
サラはどんな長台詞もすぐに覚えたが、あの時に両親がくれた言葉はどうしても思い出せなかった。
「ガリヴァーノンさん、どこ行くの?」
「遠く」
「遠くってどこ?」
「遠くですよ」
ガリヴァーノンは「なんで?」「どうして?」が止まらないサラを引きずるようにして走り続けた。
「ねえねえ?どうして?どうして、ハトさんが出てくるの?」
「はい、あなた。やかましいです」
得意の手品で大人1.3人分…否、サラの底なしの食欲を考えれば大人2人分の生活費を稼ごうとしていたガリヴァーノンに、サラは疎な観客に混じって怒涛の質問を浴びせた。
ガリヴァーノンには大層迷惑な顔をされたのだが、今思えば当然のことである。
彼は舞台に立つことを夢見て一座に入ったはずが、あろうことか夢を諦め、憧れの歌姫と恋敵との間にできた子を預かることになってしまったのだから。
ガリヴァーノンにとって、サラはきっと邪魔者でしかなかった。
「ねえねえ!見て見て!ガリヴァーノン!ジャッジャーン!」
少しでも役に立ちたくて、必要とされたくて、サラは魔法も芸も見よう見まねでどんどん覚えた。ガリヴァーノンを喜ばせたくて、4歳には簡単な料理だってするようになった。
「サラ、がんばりましたね」
「えっへへ」
ガリヴァーノンは次第にサラといることが楽しくなってくる。楽しくなってくるとあれやこれや教えたくなる。ガリヴァーノンは教えることで、サラの成長が楽しみになる。
そうしているうちにふたりは親子のように、あるいは兄弟のように強い絆で結ばれていった。
サラの不気味な赤目が集客を妨げて、ふたりの旅生活はとにかく貧しかったが、サラはとても幸せだった。
(涙…?夢…)
触れた目尻は少し濡れていたが、サラの心は温かい気持ちでいっぱいだった。夢の内容は覚えていないが、きっとよい夢だったに違いない。どうして楽しい夢はこうもすぐに忘れてしまうのだろう。
(…起きたくない)
サラは名残惜しくなって、母に教わった歌を夢現で口ずさむ。枕元に見つけたピアスをのそのそと耳につけてホッと安堵すると、サラの意識はじわじわと陰鬱な現実に引き戻された。
(俺、なにしてたんだっけ…)
寝ぼけ眼に黒髪の女性がぼんやり映り込んで、サラはそっと手を伸ばした。
「…母さん?」
「あらん♡おはよう」
「おはよう」
サラがにっこり微笑んで、すぐさま「ん?」と怪訝になる。
「まあ♡サラくんって、可愛らしく笑うのねぇ」
「楊貴妃…」
サラの手を包み込むようにして握り返したしなやかなその手は、まるで蛇が這い上がるように腕、胸、首とサラの身体を撫でていく。
「はあ…食べちゃいたい♡」
最後に指先で唇をなぞられて、サラはゾワッと鳥肌を立てると蛇を前にした猫のようにバッと飛び起きた。
「痛ッ!!」
「あらん♡じっとしてないと…大丈夫、悪いようにはしないわ」
「は?」
「さあ、体の力を抜いて」
楊は妖艶に微笑むとサラの頬に両手を添えて、親指の腹で汗を拭ってやった。
身の危険を感じたサラは咄嗟に放電しようとしたが、何故だか魔力が形にならない。
動こうとすれば身体のあちこちに激痛が走り、サラはなす術なく楊に押し倒されてしまった。
「楊さん?待っ…」
「サラくんのきれいな歌声、もっと聴きたいわあ♡」
「だ、だめ…だめ…!」
サラが必死の形相でぶんぶんと首を横に振り、じりじりと後ずさる。
楊の白い指がサラの褐色の指を絡め取ると、サラは身動きが取れなくなり逃げ道を失ってしまった。
楊がサラに覆い被さるようにして、その可憐な顔をずいっとサラに寄せる。ほんのりと甘い香りがサラの鼻をくすぐった。
「もっと聴かせて…お、ね、が、い♡」
「い…いやだっ」
ふいにガラガラと扉の開く音がして、トレーを手にしたイルカがゆったりとした動きで入ってきた。
「おはようございます。サーラッ」
「い…イルカァ」
イルカがにっこり微笑んで、パアアッと後光が差して見える。サラは柄にもなく目を潤ませて、彼に助けを求めた。
「おやおや、楊さん。サラが可愛いのはわかりますが、揶揄いすぎですよ」
「あらん、ごめんなさい」
悩ましげに頬に手を当てて小首を傾げる楊は、しかしサラの上を一歩も退こうとしない。
見かねたイルカはトレーをベッド横のテーブルに置くと楊のほうへ向き直り、黙ってニコッと微笑んだ。
(か…かわいい…?)
サラはひと言物申したかったが、無言で微笑み合うふたりはとても口を挟める雰囲気ではない。
サラはそろそろと楊から抜け出し、諦めのため息を吐くとトレーに乗った水をちびちび口にした。水の他に、丼に並々と注がれた具のない八分がゆを見つけて、サラの気が遠くなる。
「うふふ♡寝起きのサラくん、とっても無防備なんですもの」
「おやおや、まあまあ。あまり驚かせては傷口が開いてしまいます。ほどほどに」
コップを咥えて話の行く末を見守るサラを楊がじーっと見つめる。
「初ねぇ♡」
花唇に人差し指を当て、楊が怪しげに微笑む。サラはブッと水を吹き出してコホコホ咽込むと、そこでプルプル震えて必死に笑いを堪えるイルカをキッと睨めあげた。
「イ、ル、カ?」
「ごめん、ごめん。サラ…ふふっ…あ、ごめん」
「あらん?もしかして、羊の皮を被った狼だった?」
サラが再度ブッと水を吹き出して、イルカはついに声を上げて笑い出した。
「イルカ、笑いすぎ」
「あはははは!サラ、ごめ…ふはっ!サラが…あははっ!あ、ごめん…ふふっ」
「もういい」
サラは袖で口元を拭いながら、押し付けるようにイルカにコップを手渡した。
楊は懐から取り出した手拭いで、濡れたところをせっせと拭いている。
「ありがと…う?」
楊はなにかを確認するようにペタペタとサラの体に触れると、彼の首に手を回して胸板に指先をそわせた。
「脱がせていーい?」
「はあっ?!何言ってんの?!」
サラが入院着の胸元をぐっと引き寄せて、千切れんばかりに首を横に振る。楊はおほほと上品に笑って、サラの入院着にガシッと手をかけた。
「まあまあ、サラ。風邪をひきますから…」
イルカが眉をハの字にして笑うと、彼の言葉を遮って病室の扉がカラカラと開いた。
「みなさん、おはようございます」
「あらん♡朝顔ちゃん、おはよう」
「おはようございます。朝顔さん」
「サラさん、起きられたんですね。体調はいかがですか?」
朝顔と呼ばれた少女はニコッと微笑むと、すぐに医療用ワゴンの上で診察の準備を始めた。彼女が動くと天然パーマのショートヘアが花のようにふわふわと揺れて、テキパキする手元とは真逆にほのぼのとした雰囲気を醸しだした。
「全身が痛む」
「そうでしょうね。随分とご無理をされたようでしたから」
朝顔はカルテに目線を落としたまま、話を続ける。
「サラさんの怪我、医務室ではとても対応できないくらいに酷かったんですよ。それなのにチェンさんったら、僕の患者を親父…院長なんかに任せられないって聞かなくて。結局、都立病院の病室と機材だけをお借りして、白兎隊と楊さんで治療をすることになったんです」
「うふふ、あの子らしいでしょう?」
「楊さん、笑い事じゃないですよぉ!助手を務める私の身にもなってください。あ、サラさん。お熱を測ってくださいね」
朝顔は体温計を手に取ると、膨れっ面を笑顔に戻してサラをくるっと振り向いた。
「あ…えっと…」
朝顔の視線の先で、サラがはだけた入院着を死守すべく必死に引き寄せている。楊は彼の入院着を剥ぎ取ろうと背後から胸ぐらを握り、その時を虎視眈々と狙っている。
イルカはベッド横の椅子によいしょと腰掛け、ふたりの様子を微笑ましく眺めていた。
朝顔は言葉を失って、耳まで赤くした顔をあたふたと両手で覆い隠した。
「サラさん、ハレンチですっ!」
「俺っ?!」
サラの気が朝顔に向いたその隙に、楊は彼の入院着をすばやく奪い取ってしまった。
「か、返して!」
「おやおや、まあまあ」
イルカは新しい入院着を病室のロッカーから取り出して、すぐにサラにかけてやる。
サラはホッと安堵のため息を吐いたが、楊のほうは至極残念そうにため息を漏らした。
「君たちは一体、何をしているのかね?」
チェンは呆れ果てた顔でドタバタの病室に入るなり、さりげなく朝顔の目を手で覆い隠した。
「あらん、チェンくん。診察中にサラくんの服が濡れちゃったから、着替えを手伝ってあげようと思ったのだけれど…何故かしらん?拒まれちゃって…」
「師匠。僕の患者で遊ばないでくれたまえよ」
楊が憂いを帯びたため息を吐くので、チェンは彼女の頬をカルテの角で小突いてやった。
(体に触れたのは診察…?服を脱がそうとしたのは着替え…?全部、俺がひとりで騒いでた…だけ…)
サラがカーッと顔を赤くして、ポカンと茫然自失する。
「おやまあ、おやまあ」
イルカはサラの頭を撫でながら、ちゃっかりしっかり彼の体温を測った。
「わあ!雷小僧だあ!」
「雷小僧が起きたぞう!」
「みんな!おへそ、隠せー!」
突然、入院着姿の子供達が雪崩のように駆け込んできて、サラを目がけて飛びかかった。
「ふがっ?!」
小さな石頭がゴンッとサラの顎を直撃する。サラは加減を知らない子供達の勢いを受け止めきれず、そのまま後ろに倒れ込んでしまった。
「雷小僧、みんなを悪い奴から守ったんだって!?」
「すごーい!どうやってやっつけたの?食べたの?雷小僧、いーっぱい食べるもんね」
「違うよ!きっと手品で敵を揚げまんじゅうにしてやったんだ!」
傷の痛みで気絶寸前のサラを力いっぱい抱きしめたり、遠慮なしに踏みつけたりして、子供達は持ち前の果てなき想像力を思い思いに発揮している。
「サラがとっても大きくなって、敵をぺちゃんこにしたんですよ」
イルカはマイ湯呑みに注いだ湯を飲みながら、何食わぬ顔で笑っている。
「歌声で敵のハートを狙い撃ち、ね♡」
楊は右手の親指と人差し指を立ててピストルの形にすると、バーンと指先が上を向くように振った。
「目から破壊光線を放った…そうだね?」
チェンがギラッと光らせたメガネをスチャッと指先で押し上げる。
「サラさんは優しいから…きっとお友達になったんですよ」
朝顔は頭に花を咲かせて、にこにこと微笑んだ。実際はお友達だった人間と殺し合いをしていたのだが…朝顔の優しい言葉は意図せず、サラの胸にグサッと突き刺さった。
子供達のほうは彼らの嘘八百を真にうけて、「わあ!かっこいい!」と目をキラキラ輝かせている。
「ねえねえ、起きてよ!雷小僧」
「みんなでね、雷小僧に手紙書いたんだよ!」
「…手紙?」
サラはニシシッと恥ずかしそうに笑う子供達の頭を順に撫でて、1枚の画用紙を受け取った。
真ん中には辿々しくも堂々と大きな字で「はやくげんきになったね」と書かれており、それをサラや子供達の似顔絵が賑やかに囲っている。
(…元気になったね)
少し気の早い手紙に、サラがふっと目を細めて微笑む。これはご利益がありそうだ。
「ありがとう。大切にする」
サラが幸せそうに笑うので、子供達はえへへと照れ笑いを返した。
「あー!雷小僧、髪がない!」
「ほんとだ、髪がなーい!」
「髪…ああ。三つ編み…」
肩越しに伸ばした手が空振りする。そういえば、願掛けで伸ばしていた髪はガリヴァーノンとの戦闘中に切り落としてしまった。
「ハゲだ、ハゲだー!」
「わーい!雷小僧がハゲたー!」
「切っただけ。ハゲてない」
「雷小僧が怒ったぞー?!」
「雷が落ちるぞ!みんな、逃げろー!」
サラは全く気にしていなかったが、子供達は楽しそうに笑い声をあげて脱兎のごとく病室を飛び出た。
「待っ…ハゲ…うわっ!」
子供達を追ってよろよろと廊下に出たサラは、目の前に現れた分厚い胸板に跳ね飛ばされてドサッと尻餅をついた。
「…ごめんなさい」
「おう、小僧。誰がハゲだ」
サラが起立性低血圧と体に走る激痛に頭をクラクラさせて見上げると、メロウの鬼も泣き出す強面がサラを見下ろしていた。
「当然、メロウさんでしょう。おでこ、広くなりましたもんね」
メロウの隣で維千は爽やかに前髪をかきあげるとニヤリと意地悪く笑った。
「維千、てめえ。何年前と比べてやがる」
「さあ?」
メロウは金のオールバックを頭に撫でつけて、「そんなに広くねーだろ」と自信なさげにぶつぶつ呟いた。
「猿帝と…死神…?」
「おっと!主役を忘れちゃ困るっす!」
メロウの背後からひょこっと顔を覗かせたのは浦島だ。浦島はビシッと立てた親指で自分を指してフフンッとドヤ顔をして見せたが、ふわふわの眉にまんまるほっぺの彼では今ひとつ引き締まらない。
「…とわんこくん?」
「誰がわんこっすか?!」
浦島が吠えかかってもサラはどこ拭く風だ。浦島はぐぬぬ…と悔しそうにしていたが、何やらパッと閃くと声を低めてニヤリと笑った。
「雷小僧くん?」
子供たち向けに使っている芸名で呼ばれ、サラは羞恥心で真っ赤になると俯きがちになってふらりと立ち上がった。
そこからは一瞬の出来事である。
「雷小僧くん、フラフラじゃないっすか。しょうがないっすね、ほれっ!」
浦島が差し出した手をサラが半身を引いてパシッと掴む。サラがそのまま腰を折り、流すように腕をクッと引き下げると、浦島は引っ張られたほうにコロンと転がってしまった。
サラはうつ伏せになった浦島の手首を固め腕を抱き込むと、そのままゆっくり身体を前に倒した。
あらぬ方に腕を倒されて、浦島の肩関節が悲鳴を上げる。
「わおっ?!いだだだだだ!!ギブっす!ギーブッ!!」
サラもサラで傷が痛むのか、彼は浦島からパッと手を離すと気だるそうにひと息吐いた。
「暴力反対っす…」
浦島は肩を押さえて起き上がると、くーんと叱られた子犬のように目を潤ませた。
「サラさーん!浦島さーん!相変わらず、仲良しですね」
果物が山のように詰まったカゴを両手で抱え、蛍がパタパタと駆けてくる。
サラが「全然」と否定して、浦島が「仲良しじゃないっす!」と続く。仲が悪いという割にふたりは息ぴったりだ。
「えっ?これが仲良しなの?」
蛍の後ろからご尤もなツッコミを入れて、姫魅がのそのそと歩いてくる。
「姫魅、遅い!あんた、もっとシャキッと歩きなさいよ」
「筋肉痛なんだって…これでも全速力だよ」
言い争うふたりの間をすっかり小さくなった黒龍が『ピューイ!』と飛んできて、あろうことか主人であるサラの頭にカプリと噛みついた。
「ええー?!」
「サラさん?!大丈夫ですか?!」
「大丈夫」
慌てふためく蛍と青ざめる姫魅にサラはピッと親指を立てたが、噛まれた傷から流れ出た血は彼の顔面をだらだらと縦断していた。
「まったく。サラくんは自己嫌悪が強過ぎるのだよ。九十九は心だと証明する良い例…いや、悪い例だね」
「いや!自分、嫌いすぎじゃないですか?!」
それは相当珍しい事象らしく、魔法オタクの姫魅でさえ声を裏返した。
「なんでポチがいるの…?」
サラは我が目を疑った。
九十九は魔法の一種である。しかも、魔力消費の激しい高等魔法であるからして、サラが魔法を使えなくなった今、ポチが存在できるはずはない。
「サラ、わかりませんか?」
サラの顔についた血を拭いてやると、イルカはにこにこと嬉しそうに応えを待っている。
サラは暗記こそ得意だが、こういった出題にはすこぶる弱い。うーんと頭を捻ってもいつまでも答えの出ないサラに、イルカはついに痺れを切らした。
「守りたいというあなたの意志が、それほど強かったのですよ」
「守り…たい…」
どうやら無意識のことだったようでサラはきょとんとしていたが、イルカの言ったことをようやく理解するとカアアッと顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。
しかし、ポチのほうは姫魅にすり寄ったり、『ピューイ!』と歓喜の声をあげて飛び回ってたりして、嬉しげにはしゃいでいる。
「ずっとこの調子で、僕のそばを離れなくて…あはは。ポチ、くすぐったいよ」
姫魅が生きていることが嬉しい。その気持ちを客観的に見せつけられて、サラは愧死寸前だ。
「サラさん。僕はスピッツが憎いです。スピッツだったあなたを許せない気持ちは、すぐには捨てられません。だからこそ僕は、あなたを知らなきゃいけない。知って未来に繋げなきゃいけない。僕は事のすべてを知りたいです」
姫魅は気恥ずかしそうに指先で頬を掻いた。予想だにしない姫魅の言葉に、サラは返事も忘れて茫然となった。
「だそうだ、小僧」
メロウはガシッとサラの頭を掴んでぐしゃぐしゃに撫で回すと、がははと豪快に笑った。
「さすが。最強の魔法使いは懐が違うぜ」
「僕は最強なんかじゃありません。少しも役に立たなくて…みんなが言うように、僕はただのもやしです」
「あのなあ。最強ってのは、腕っぷしじゃねーんだ。なあ?維千」
メロウに話を振られて、維千は黙ってニコッと微笑み返す。それが肯定の微笑みなのか、皮肉に対する苛立ちの微笑みなのか。判別はつかないが、どんな理由であれ姫魅は彼が微笑むと恐怖に身震いした。
「維千。おめえもちったあ、見習え」
「俺の懐は大きいですよ?ただ、他人に対して、それを見せつけるほどの興味がないだけです」
「ったく。おめえって奴は…」
メロウはガシガシと頭を掻きむしって維千に呆れ果てると、その場にスッとしゃがんでサラの首からチョーカー型の魔力制御装置を外した。
「ってなわけで、小僧。魔力制御装置はおしめえだ」
「は?」
「2度も命懸けで他人を助けた人間に、いつまでもそんな物を着けていたら失礼極まりないでしょう?だから、必要ないって言ったのに…メロウさんは見る目がないですね。意固地になって、老眼鏡をかけないからですよ」
「関係ねーだろ!老眼鏡で人柄は見えねえよ」
とはいえ、イルカと維千の説得をメロウが頭ごなしに却下していたのは事実である。メロウが苦々しく顔を歪めると、維千は腹を抱えてケラケラと笑った。
「お…起きた…?」
ぽつりと小さくもよく通る声がして、一同は一斉に振り返った。
「嘘…あれって…」
「モデルの咲蘭…さん?!」
愛君ファンの蛍と姫魅は目を丸くして、素っ頓狂な声を上げた。
そこで手に抱えた花束をパサっと落とし、ポロポロと涙を流しているのは見まごうことなき人気モデルの咲蘭であった。
「なんで…こんなところに?」
「誰かのお見舞い…?誰の…?」
蛍と姫魅が疑いの目をサラに向ける。サラは気まずそうにして、おろおろと目を泳がせた。
「よかった…うぐっ…よかったよおー!」
彼女は集まった視線の中を堂々と突っ切って、サラの胸に飛び込むと子供のように泣きじゃくった。
「君まで目が覚めなかったら、どうしようかと思ったんだからぁ!」
そこに居合わせる咲蘭以外のすべての人物がシーンと静まり返り、そのうち何人かがニタァと意地悪な笑みを浮かべる。
タラタラと冷や汗が止まらないサラは必死に咲蘭を引き離そうとしたが、彼女は離そうとすればするほど「もう離すものか」と言わんばかりに、サラにぎゅっとしがみついた。
「ごめん、ごめんね。私のせいで…私が無理に誘わなければ…」
「いや」
「体調はどう?怪我は?君、もう部屋を出て大丈夫なの?」
「それは」
「ちょっと、髪!切ったの?!なんで?!これじゃ、変装してもばれちゃうよ!」
「だから」
「そうそう!これが…」
サラが目覚めて肩の荷が下りたのか、暴走汽車のごとく休みなく喋り続ける咲蘭に、始めは静かに聞いていたサラが徐々にわなわなと苛立ってくる。
サラはパッと立ちあがると大きく息を吸い込んで、怒涛の勢いで返事をした。
「俺が怪我をしたのは君のせいじゃない。トークショー、誘ってくれてありがとう。部屋を出たのは成り行き。あとでチェンさんに叱られるかもしれない。それと、これくらいの怪我は大したことない。心配しないで、大丈夫。髪を切ったのは敵を欺くため。こそこそするのはもう辞めよう。俺は堂々と君の隣にいたい」
サラは息次ぐ間もなく一気に話すと、少し疲れたのかふうっとひと息吐いた。
いつも口数の少ないサラが捲し立てるように喋ったので、イルカを除くすべての人があんぐり口を開けた。
「堂々と…隣にいたい…」
咲蘭が顔を真っ赤に熱らせて、浦島がにやりと企んだ顔をする。
「ヒューッ!お熱いっすねえ」
「なは、なははは…そっ…そんなんじゃないですってば!ただのお友達です!お、と、も、だ、ち」
「うん、ただの友達」
すんなり認めてしまうサラに、メロウが「おいおい」と表情を渋くする。楊は「あらあら」と微笑んで、少しもどかしそうだ。
「ショック!んもーっ!ただの友達とか言わないでよ!」
「…どっち?」
浦島に茶化されて咲蘭が大袈裟に動揺しても、サラは何を茶化されているのかわかっていない様子で、咲蘭の言葉を肯定すればよいのか否定すればよいのかわからず、眉根を寄せて考え込んでいる。
「おやおや、まあまあ」とイルカは何処となく嬉しそうにサラを見守った。
「こんなに沢山の人がお見舞いに来てくれるだなんて…みんな、サラくんが大好きなのねえ」
「はあ…大好き…」
サラは生返事をして、今ひとつ腑に落ちないようだ。
「大好きよ。あなたはもう、私たちの仲間なんだから」
「なか…ま…?」
「おうよ。おめえは仲間だ」
メロウがニッと笑って、顔に刻まれた皺を深くする。維千がその端正な顔を静かに微笑ませる。
蛍と姫魅はパッと顔を見合わせ、嬉々として笑いあったのだが…しばらくすると感極まった蛍が姫魅の手をブンブンと上下に振り出し、全身筋肉痛の姫魅は断末魔の叫びをあげた。
楊が目尻に皺を寄せ、サラに優しく微笑みかける。淡々と拍手を送るチェンの隣で、朝顔が目に浮かんだ涙を拭った。
「よかったですね、サラ!僕たちはもう家族です!」
「仲間だから」
イルカはサラを抱き抱えようとしたが、頬を平手で押し返されて全力で拒絶されてしまった。
「自分は絶対、ぜーったい!認めないっすからね!」
「勝手にすればいい」
「んがあっ!ほんっと可愛くないっすね!」
浦島は認めたいのか認めたくないのか、手応えのないサラの反応が不満でムスッと不貞腐れてしまった。
「かわいくないのは浦島くんの方じゃないかね?1日3回も僕のジョニックス・プチを鳴らして、サラくんの様子を伺うなんて…」
「うわーっ!うわーっ!言うなっす!言うなっすー!自分は正義のヒーローっすから、悪を監視してたんすよ!」
「1日3回?そりゃあ、食事じゃねえか」
チェンの言葉を必死にかき消そうとする浦島に、メロウは豪快な笑い声をあげた。
「んなもん、そんなに訊いてどうする?どうせ元気になりゃあ、どっかで顔合わせるんだからよ」
「メロウさん。あなたはもっと気にかけてください。仮にも平和維持軍のボス猿でしょう?そういうところですよ」
維千の的確な指摘にメロウはギクッとして、楊にチラッと目をやった。彼女は相も変わらず、おほほと上品な笑いを浮かべている。
何故だかチェンも気まずそうにして、維千から目を背けた。
「サラ、忘れないでください。繋がりとは共に過ごした時間です。あなたが誰かを大切にするのなら、あなたは誰かの大切な人になるんです」
サラがハッとしてイルカを振り向く。彼は穏やかな微笑みを浮かべて、そっとサラを抱きしめた。
「過去に過ちを犯したとしても、誰かに疎まれたとしても…あなたが僕たちにとって価値ある存在であることは変わりません。生きてください」
サラが嗚咽して目からポロポロと涙をこぼすと、イルカは「おやおや、泣き虫さんですね」と眉をハの字にして笑った。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
サラくん推しならイルカさんといっしょに赤飯炊いちゃうお話ですね笑
楊さんが大暴走…番外の過去編にありますが、彼女は遊郭の出なので仕草や言葉選びに癖があります。
入学試験編が終わり、次歯からは再試験編となります。
ついに第三の主人公、慰鶴の登場です٩(๑❛ᴗ❛๑)۶
イルカさんの過去にもちょっと触れる予定…予定は未定。
相変わらず、誰が主役かわからない話…ポジティブに捉えれば、みんなが主役の物語となっております。
明日のあなたが笑顔で過ごせますように。
今後ともよろしくお願いします。




