第32歯 なるようになる、なるようにしかならない
「生体電気の感知…さすがに影の中までは察知できないようですが。それにしても」
サラが投げたガベルは一寸の狂いもなくまっすぐに飛んでいき、ガリヴァーノンの頭をグシャッと叩き潰した。
「お見事です」
首から上のない身体は、何事もなかったかのようにパチパチと拍手を送っている。
「ありがとう」
高く飛び上がったサラは大きな弧を描きながら返ってきたガベルをパシッと受け止め、大きく振りかぶるとガリヴァーノンに容赦なく振り下ろした。
ダンッ!とガベルに叩き潰されて、ガリヴァーノンの身体は墨汁が飛び散るようにバシャッと弾けて消えた。
「いやあ、危ない危ない」
頭部を復元したガリヴァーノンがサラの影からヌッと現れ、かいてもいない冷や汗をせっせと拭う動作をする。
(影がない。こいつもマリオネットか)
サラは動じることなく手足に帯電するとガリヴァーノンの首を回し蹴りでへし折り、身体は掌底でドンッと突き飛ばした。
ガンッ!と壁に打ちつけた腰をやれやれとさすりながら、ガリヴァーノンがグラグラする頭部を鬱陶しそうに引きちぎる。
「2度も頭を飛ばすなんて…随分と激しい反抗期ですね、サラ?」
「2度目は君が自分で千切った」
「屁理屈こねないでください。体も心も痛くて痛くて、敵いませんよ。本当に痛くて、痛くて…」
ガリヴァーノンが手にした頭部を空中高く放り投げる。
「どうにかしてしまいそうです」
ガリヴァーノンがパチンと指を鳴らすと、投げた頭部はまるで風船が割れるようにパンッと弾け飛んだ。中から鋭利な真っ黒い棘が四方八方に飛び散り、それは恐怖で動けずにいる姫魅にも容赦なく降り注いだ。
「ポチッ!」
サラの声に呼応して、大きな黒龍が姫魅を囲うようにとぐろを巻いて現れる。その硬質の鱗にガンッガンッと弾き飛ばされて、棘は次々と床や壁に突き刺さった。
サラは軽い身のこなしで、降り注ぐ棘をひょいひょいと交わしていく。
(これが…スピッツ…)
双方一歩も譲らぬ攻防に、姫魅は起きていることを目で追うのがやっとだった。
弾き飛ばされた棘のひとつがガリヴァーノンを貫き、彼の身体はまたも墨汁のようにパシャッと崩れ落ちた。
(次は?次はどこから来る?)
姫魅は影という影に目を右往左往させ、呼吸を早くした。
「余計な繋がりがサラを苦しめる。サラには僕がいればいい」
黒龍の影がグラッと揺らぎ、鞭のように細長く伸びた影が姫魅の身体に絡みついて捕える。
「あなたも。サラには不要です」
「繋がりは人の生き甲斐だよ、ガリヴァーノン。それが苦しいと思うのは、その人を通して自分が成長しようとしているからだ」
「サラは人が良過ぎます。己の幸福を追求し、不幸の理由は他者に負わせ、理解できぬ者は排除し、利にならぬ者はあっさりと切り捨てる。人間…実に身勝手で残酷な生き物じゃありませんか。それでもあなたはまだ、それを生き甲斐と言い切りますか」
「己を犠牲にしても他者に手を差し伸べる。それができるのも人間だ」
「やれやれ、僕にはさっぱりです。それなら何故、あなたは疫病神扱いされなければならないのですか?僕らは何故、スピッツに救いを求めなければならなかったのですか?」
「それは…俺がみんなを不幸にするから…」
「サラ、寝言は寝て言いなさい。さあ、おいで。あなたはいらない子なんかじゃない。いっしょに創りましょう?誰ひとり見捨てられることのない世界を」
「ごめん、いっしょにはいられない」
「サラ。何を吹き込まれたかは知りませんが…他人に期待しないことですよ」
「ガリヴァーノン、ごめんなさい。君をそんな風にしたのは俺だ。俺さえいなければ君は…」
黒龍の影からガリヴァーノンがズルズルと這い出して、姫魅を後ろから羽交締めにする。
「俺が他人と繋がるなんて、許されないことかもしれないけれど…」
姫魅が襟元のピンを指先で叩き、電源を落とす。遠くから聞こえていたサラの声が急に近くなる。
「やっぱり俺は、人が好きだ」
姫魅がくるっと振り向いて、ガリヴァーノンがハッとする。そこで儚い笑顔を浮かべているのは、姫魅ではなくサラだった。
ガリヴァーノンがサラだと思い込んでいたのは実は姫魅で、彼は知らぬ間に廊下の向こうに逃げている。
「サラァ…!」
「逃がさない」
サラがガリヴァーノンの足元に影を見て、目の前の彼が本体であることを確信する。
ガリヴァーノンは色を識別できない。加えて、影の中は光や音が澱んで伝わるため、酷似する人物の判別が難しい。姫魅を殺してサラを連れ帰りたいガリヴァーノンはサラの狙い通り、人物を特定するために影から出ざるを得なかったのだ。
(これを逃したら、次はない)
サラを捕らえていた影がサッと縮み、黒龍の影に溶けこんで消える。ガリヴァーノンは咄嗟に飛び退こうとしたが、サラにガシッと右腕を掴まれて思うように身動きが取れない。
「ごめん」
サラはそれまで身体に溜め込んだ大量の電気をガリヴァーノンに一気に流し込んだ。
バチバチバチッと激しい音がして、付近一帯が青白く光る。
「やった?!」
姫魅が足を止め、パッと後ろを振り向く。
「止まるな!行け!」
「は、はい!」
サラの剣幕に気圧されて、姫魅はもたつく足を再び走らせた。
(こんなので騙せるなんて、半信半疑だったけど…立て続けに攻撃されて、見破る余裕はなかったみたいだね。それにしても、ジョニックス・プチにこんな使い方があったなんて…)
襟元のピンを娯楽と連絡手段にしか使ったことがない姫魅は、これのマイク機能で敵を欺くなど思いつきもしなかった。
(サラさんが敵だったなんて、考えるだけでゾッとするや。それにしても…い、痛い…)
サラに生体電気信号の一部を引き渡し、身体を操作されたせいで、姫魅の体はひどい筋肉痛のように激しく痛んだ。
姫魅が自分自身に身体強化の魔法をかけていなければ、歩くことすらままならないだろう。
サラが難なくしている身のこなしは、もやしっぷりに定評のある姫魅にとって人間技ではなかった。
(誰か、明日のシフト代わってくれないかなあ)
そんな悠長なことを考えている場合ではないのだが、そんなことでも考えないと姫魅は今にも恐怖で動けなくなりそうだった。
(ああ、どうしてこんなことに…)
姫魅は泣きべそをかきながら、足だけは必死に走らせる。
「わっ!」
とっ散らかった憑物の残骸に躓いて、姫魅が盛大にすっ転ぶ。散り散りになった憑物の手足はガリヴァーノンとの戦闘中にわずかに生気を取り戻したようで、もたつく姫魅を取り込もうとワッと一斉に動きだした。
ゴキブリを思わせるカサカサと素早い動きに、姫魅がサッと青ざめてブンブンと首を横に振る。
「う、うわぁ!気持ち悪い!ムリ、ムリ!」
姫魅は両手のひらを突き出して魔法陣を出現させると、駆け寄ってくる憑物のひとつひとつに照準を合わせ、魔法陣に並んだ数十枚の羽根の刃を一斉に放った。
羽根は迫り来る憑物の破片を正確に撃ち抜いたが、標的の数が数だけに装填が追いつかない。
「もうだめ…」
撃てども撃てども終わりが見えず、姫魅はついに最期を覚悟してぎゅっと目を閉じた。
(兄さん…ごめんね)
姫魅の頭の中を走馬灯が駆け抜けて、その大トリをパッと蛍のしかめ面が飾る。
『諦めるな!バカッ!』
蛍の一喝が聞こえた気がして、姫魅はビクッと背筋を伸ばすと、思わず目を見開いて「ハイッ!」と返事をしてしまった。
『ピューイ!』
憑物が姫魅の目前に迫って、間一髪。飛んできた黒龍が姫魅を鼻先で拾いあげ、尾で憑物をなぎ払う。
「よそ見はいけませんよ、サラ?」
ガリヴァーノンの言葉にヒューヒューと喘鳴が混じる。彼が不敵に笑うと、焼け爛れた顔の黒炭になった皮膚がポロポロと剥がれ落ちた。
途端にサラの影がフッと範囲を広げて形を円にする。そこから剣山のように次々と影の針が飛び出して、サラをドスッドスッと串刺しにした。
サラがカハッと血を吐いて、傷口から流れ出た赤が足元に血溜まりを作る。
「サラ。九十九なしで僕に勝てると?」
「…端から勝つ気はない。時間を稼げばそれでいい」
サラは息も切れ切れに言うと、2撃目の電流をガリヴァーノンに流し込んだ。バチバチバチッと激しい音がして、目が痛くなるほどの光で辺りが真っ白になる。
「サラさん!」
響き渡る断末魔の叫びは、サラの攻撃が確実に効いていることを示している。だがしかし、サラのほうも目を虚にして立っているのがやっとの様子だ。
「ダメだ、サラさん!」
居ても立っても居られず、姫魅が黒龍の背からパッと飛び降りる。黒龍はすかさず姫魅の首根を咥えると、サラから遠ざかるように飛んだ。
「離してください!このまま…あなたを知らないまま、僕は先に進めない…!」
九十九は心だ。サラの九十九である黒龍が姫魅を連れて逃げることを選んだなら、それがサラの意思なのだろう。
しかし、満身創痍の彼を残して逃げるなんて、姫魅は断じて受け入れることができなかった。
(なんで、僕はいつも守られてばっかり…おかしいじゃないか。僕は最強の魔法一族なんだろう?)
人々の不安を掻き立て凶行に走らせるほどの力があるのなら、どうして自分はいつも守られる側なのだろう。
姫魅が最強の魔法一族というのは、実は平和維持軍の勘違いなのではなかろうか。そうだとしたら何故、自分はこんなにも他人に人生を翻弄されなければいけないのか。
(僕って一体、なんなんだよ!)
姫魅は遠ざかってゆくサラに胸が張り裂けそうになって、やり場のない怒りを奥歯で噛み締めた。
(…行ったか)
サラが弱々しく微笑む。サラを貫いた棘がズズズと影の中に戻って、支えを失った彼の身体をガリヴァーノンが愛おしそうにぎゅっと抱き留めた。
「サラ、よくがんばりました。もう大丈夫、大丈夫ですよ」
「ガリヴァーノン…」
幼い頃の記憶が一瞬の迷いを生んで、サラは悲痛に表情を歪めた。
心の動揺はすぐに魔法に影響する。サラはハッと我に返って3撃目を放ったが、静電気さながらの微々たる電流がパチパチと小さな音を立てただけだった。
(不発…こんな時に)
それどころか、今のサラは魔力の流れすら感じられない。魔力は有り余るのに、何かが邪魔をしてうまく放出できない。
「サラ、あなたは強い。強いが…脆い。あなたには確固たる自分がありません。そのように不安定な心では、わずかな動揺で魔法が使えなくなってしまう。教えたでしょう?」
「教わればできるとは限らない。弟子に期待しすぎだ、ガリヴァーノン」
サラはサッと身を屈めてガリヴァーノンの腕を抜け出すと、彼の下腹部めがけて足を蹴り出した。
ガリヴァーノンはそれを紙一重で交わすと、焼け爛れた顔の皮膚を鷲掴みにしてバリバリと剥がし、狂気じみた笑いを露わにした。
「こらこら。そんなに無理をして…せっかく急所を外したのに、死んでしまいますよ?」
「構わない」
助けが来るまで持てばいい。サラは腹に力を込めると回し蹴りを繰り出し、続け様に放った上段蹴りでガリヴァーノンの顎を蹴り上げ、そのままバク転で後退するとガリヴァーノンと間合いを取った。
意識が朦朧として視界が霞む。それでもサラはしっかりとした足取りで身構えて、攻撃の手を緩めようとはしない。
「やれやれ」
ガリヴァーノンは態とらしいため息を吐いて、腰にぶら下げた装飾品に目をやった。装飾品の先端には38個の小さな漆黒の球体がついている。
(38体…会場にいるすべての人間を憑物に変えるつもりでしたが。急いては事を仕損じます。サラも未回収ですが…ひとまず、よしとしましょうか)
上辺は修復したものの、ガリヴァーノンの体内に残るダメージは相当大きい。
内臓に重くのしかかるようなムカつきと手足の痺れで、ガリヴァーノンもまた思うように身体が動かない。サラに掴まれた右腕に至っては感覚がなかった。
半死半生の状態でそれでも一歩も引かぬサラにガリヴァーノンは肩をすくめると、とっ散らかった憑物の残骸を見渡した。
「こんなに散らかして…あなたはすぐに殺すことを渋る。要らぬものはさっさと捨てないと、収拾がつかなくなりますよ」
ガリヴァーノンはまるで衣服を脱ぐように焼け爛れた皮膚を剥いで、剥いだ皮膚を憑物のほうへ放り投げた。
憑物の手足が我先にと群がり、皮膚を奪い合いながら結合し、ブクブクと大きくなっていく。
そうして元の姿を取り戻した憑物はさらなる餌を求め、八つ目の焦点をギロッとサラにあわせた。
「サラ。また会いましょう」
「待って、ガリヴァーノン!」
ガリヴァーノンがゆっくりと自身の影に沈んでいく。サラは咄嗟に手を伸ばしたが、その手はむなしく空を切った。
(守り抜く…!)
感傷に浸っている時間はない。憑物は待ったなしでサラを目掛けて一直線に向かってくる。
「推しには指一本触れさせねーよ」
突然、小さな人影がサラの前に飛び出して、手のひらに乗せた折り紙を憑物に向けて吹きつけた。
ツバメを模して折られた紙は勢いよく舞いあがると、憑物の周囲をくるくると飛び回り、その動きを邪魔する。
「…命斗…さん?」
「おっ待たせ、サラくん♬」
命斗は無邪気な笑顔でサラを振り向いたが、ひらひらと手を振るとすぐさま憑物に向き直った。
「良い子はマネしないでね♡スクエア!」
命斗が左手首を反転させ、両手の親指と人差し指の先っちょをピタッと合わせて四角形を作る。その真ん中に憑物が収まるよう手の位置を調整し、命斗はカウントダウンを始めた。
「3、2、1…切抜!封印!」
命斗が叫んだ瞬間。憑物の巨体はグググと圧縮され、パタパタと折りたたまれると、終いには憑物に酷似した小さな折り紙になってしまった。
「封印…できた…」
緊張の糸が切れてその場に崩れ落ちるサラを、命斗の小さな身体が「よいしょっ!」と受け止める。
「ザラざあああん!」
「サラさん!」
向こうから号泣する蛍と取り乱す姫魅が走ってくるのが見えて、サラは思わずフッと笑みを漏らした。
そのまた後ろに国家警察官が数人、そのまた後ろに平和維持軍の隊長が数人、今しがた到着したようだった。
「サラ!」
「イル…カ?」
遠のく意識の向こうにイルカの声を見つけて、サラがゆっくりと顔をあげる。
「サラ!」
「大丈夫…大丈夫だよ」
サラはホッと安堵の表情になって、そのまま意識を失った。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
サラと姫魅が入れ替わるところをどう表現するか、なかなかに悩みました。
戦闘シーンは立ち位置や動きが複雑で難しいので、書き終える頃には脳が干からびています_(:3」z)_
彼らの動き。ツ、ツタワル…デショウカ…?
書きながら思ったのですが…蛍ちゃん。何故、維千を呼ばなかった笑
呼んでもすぐに駆けつけられないと維千から聞いていたか、作者の知らぬところで呼んでいたか、ベルを寮に忘れてきたか…蛍はそそっかしいからなあ、後者かな?(´⊙ω⊙`)
維千が再試験の準備で忙しくしていた可能性も…う〜ん_(:3」z)_
…脳みそが潤いを取り戻したら考えようっと。
手に汗握る展開が続いたので、次歯はほっこりする話を書きたいと思います。




