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とある星物語  作者: 黒星
30/81

第30歯 慣れに流されるべからず

長い胴体をいくつかに焼きちぎられた憑物が、虫の息でそこに転がっている。失った手足は修復ができないまでに傷つき、もはや悲鳴をあげる力すら残されていないようだった。

放っておけば良いものをサラはさっきから、憑物に何本か刺さったナイフを丁寧に引き抜いている。

「止めは?」

「刺さない。助けが来たら、封印できるかもしれないから」

「大丈夫かな?あの…逃げたりとか…」

「幼年期の憑物を取り逃しているようじゃ、スピッツにはいられない」

サラが冗談めかして言うので、姫魅は遠慮がちに笑い返した。

「憑物は進化するんだ。手に負えなくなる前に殺さなきゃ」

「彼は人間だ」

血のように鮮やかな赤目が振り向く。姫魅はハッとさせられて、そのまま言葉を失った。

「人間…」

口にした途端うっと吐き気を催して、姫魅はパッと口を押さえた。

不揃いに刻まれた胴の切り口は今もブクブクと泡立ち、修正を試みては力尽きたようにドロドロと溶け出している。とっ散らかった手足はピクピクと痙攣し、それぞれが急に走り出してはベチャッと溶けて消えたり、胴に融合しようとするも途中で力尽きたりしていた。

(そうだけど…だって、こんなの。人間と思ったら、頭がおかしくなりそうだ)

これだけ容赦なく叩きのめしておいて、サラは憑物をまだ人間だという。それは憑物になった人間を切り捨てる世間の、容赦ない考えとはズレているように感じたが、血の通った人間らしい考えとも思えた。

「大丈夫?」

サラが歩み寄ってきて、躊躇いがちに姫魅に触れる。拒絶する様子がなかったので、彼はそのまま姫魅の背中をさすってやった。

「むごい。サラさんは平気なんですか?これが人間だなんて…」

姫魅が声を震わせて、サラがハッとする。かつては姫魅のように吐き気を催していた光景。それに慣れてしまったことに慣れてしまい、サラは自分の見ている陰惨な光景が異常であることにすら気づけなくなっていた。

「…慣れは怖い」

「サラさん…」

サラは俯きがちに微笑んだが、目元は前髪に隠れてその感情を知ることはできなかった。

(僕はただ感情のままに、憎しみを吐き出しているだけで…それでいいのかな)

憎らしいと思っていた相手には、自分の知らない人生がある。そのうちの許されない結果だけをひたすらに責めて、果たして未来に何があるのだろうか。

姫魅もまた不幸であることに、あるいは悲観することに慣れてしまってはいないだろうか。

「そうですね。慣れは怖いです」

姫魅がすんなりと同調したので、サラは愕然として手にしていたナイフを落としてしまった。

「どうしたの?…え?敬語…」

「い、一応…その、先輩ですから」

「ああ…うん…そうだね」

「……」

「……」

ぎこちない沈黙が流れる。耐えかねて口火を切ったのは姫魅のほうだった。

「イルカさんが言ってた…その…ティース都立病院で披露してるって…何をしてるんですか?」

「え?ああ…手品とか、ジャグリング。気が乗れば、歌を」

サラがおやつ袋から揚げまんじゅうを右手に取り、指で包むようにそっと握る。左の指をパチンと鳴らし、握った右手をゆっくり開くとそこにあるはずの揚げまんじゅうがない。

姫魅は口元に手をやり、うーんと首を傾げた。

「魔法、ですか?」

「転移魔法を使えば、同じことができる。でも使っていない」

「魔法を使わずに、転移魔法と同じことを?そんなの不可能です」

「だから、おもしろいんだ」

サラが右の指をパチンと鳴らすと、姫魅のズボンがズシッと重くなる。

ポケットに手を突っ込んで、姫魅は目を丸くした。なかったはずの揚げまんじゅうが、確かにそこにあるではないか。

「へ?え?へえ?」

上々の反応に、サラの三つ編みがゆらゆらと満足げに揺れている。

「魔法使いは皆、不可能と言う。パンピは可能性を探す。魔法は便利だ。だから、大切なものを見落とす」

おやつ袋からもうひとつ揚げまんじゅうを取り出して、サラは何食わぬ顔でもぐもぐと頬張っている。

(よく食べられるなあ)

姫魅は今も尚、そこでピクピクと痙攣している憑物とサラとを見比べて、引き攣った笑いを浮かべた。廊下に漂う生き物が焼けた臭いに胃がムカついて、姫魅は揚げまんじゅうをそっとポケットに戻した。

「サラさん。見に行ってもいいですか?」

「ぬにを?」

揚げまんじゅうで頬をいっぱいに膨らませ、サラがもごもごと聞き返す。

「都立病院の」

「っ?!」

姫魅からの予期せぬ返答に、サラはうっと喉を詰まらせてゲホゲホむせこんだ。涙目になって何度も頷くサラに、姫魅はクスッと微笑んでそっと背中をさすってやった。

スピッツだったサラを憎む気持ちがなくなったわけではない。姫魅はただ前進するために、今は彼を理解しなくてはならないと思った。

「それにしても…蛍、遅いなあ。またトイレに走ってるのかな?」

「蛍ちゃん、お腹の調子が悪いの?」

「そこのカフェで、こーんな大きいパフェを食べて…食べすぎで、お腹を壊したんです」

姫魅は苦笑すると、目一杯に広げた両腕で大きな円を描いた。

「あんなの。ひとりでまるまるひとつ食べたら、そりゃお腹も壊しますよね」

呆れ顔で肩をすくめる姫魅に、サラはギクリと手を止めて真っ赤な目を半眼にした。

(そうか。あのパフェはひとつでも多いのか)

やはり自分の食欲は常軌を逸しているらしい。サラは大盛りランチのデザートに巨大パフェを2つ平らげたことが急に恥ずかしくなって、揚げまんじゅうを慌てて飲み込むとおやつ袋をカバンの奥底に隠すように突っ込んだ。

「会いたかったよ、サラ」

ふいに鈴を転がすような優しい声がして、サラの顔からサッと血の気が引く。姫魅の影がグラグラと揺らいで、サラはぎゅっと絞った喉で掠れたを叫び声をあげた。

「逃げ…ろ」

「え?何か言い…わわっ!」

姫魅の言葉を待たずしてサラはパッと彼の手を取ると、稲光の速さでその場を離れた。

「何ですか、急に…め…目が回る…」

トイレの向かいから廊下の角までの数十メートルを瞬く間に移動して、姫魅は脳みそを掻き回されたような感覚にフラフラと足がおぼつかない。

サラは姫魅の肩をそっと押し下げてその場にしゃがませると、口元に人差し指を立てて静かにするよう促した。

「サラさん!それ、どうし」

サラの左手がパッと姫魅の口を塞ぐ。彼はゆっくりと首を横に振ると、脇腹に刺さった黒く鋭い棘を引き抜いて、苦悶の表情を弱々しく微笑ませた。

「あの人がいる」

「あの人?」

サラは壁にもたれかかると頷いたのか俯いたのか、首を垂れてふうっとひと息吐いた。彼は悲しそうでいて、どこか嬉しそうな表情を浮かべている。

「誰もいませんよ?」

「いる」

姫魅は顔半分を覗かせてみたが、さっきまでいた場所には憑物の巨体が転がるだけで人っ子一人いやしない。

「いるって…どこに?」

「そこに」

「はあ」

腑に落ちない顔の姫魅を他所に、サラは上着を脱いでシャツを捲ると痛みにううっと顔をしかめた。脇腹に当てた彼の手がポゥッと柔らく光り、痛々しい傷口がゆっくりと塞がっていく。

「すごい…」

「応急処置でしかない。それより、上着を貸して。それと、これを着て」

「ええっと…」

「早く」

「は、はい」

サラの意図はわからないが、彼の気迫にただならぬ空気を感じて、姫魅は言われるがままにサラと上着を交換した。サラは上着の襟を立てて口元を隠すと、姫魅の上着も同じようにしてやった。

「えっと…サラさん?これって…」

サラはナイフを右手に握ると、あろうことか左手に掴んだ三つ編みをバッサリ切り落としてしまった。

「サ、サラさん?」

姫魅がギョッとして、ひそめた声が裏返る。

「あの人は色がわからない。俺と容姿を似せておけば、少なくとも瞬殺は免れる」

「瞬殺って…」

この廊下に一体、何が潜んでいるのだろう。

髪質や瞳の色に違いはあれど、褐色肌を白く塗り、髪を短くしたサラは一瞬、姫魅と見間違えなくもない。姫魅のほうが若干背が高いが、服のサイズはぴったり同じだった。

「君は自分の身を守ることに集中して。もし逃げるチャンスを見つけたら、俺を置いて逃げて」

「そんなこと、できません」

「お願い。あの人が誰かを殺すところ、もう見たくないから」

サラの必死の形相に圧倒されて、姫魅はゴクリと息を呑むと静かに頷き返した。

「ありがとう」

サラの儚い微笑みに兄の面影が重なって、姫魅の胸がぎゅっと締め付けられる。

「大丈夫、大丈夫だよ」

悶々とした表情でこちらを見つめる姫魅をぎゅっと抱きしめて、サラは言い聞かせるように何度も呟いた。

「戦わないで。逃げることだけを考えて」

「はい」

サラはスッと立ち上がると首の制御装置に指をかけて、バチッと強い電気を流した。

すぐに黒い煙があがり、カチッと軽い音がして、制御装置は呆気なく外れてしまった。

(これで、維持軍の全隊長が駆けつけるはず。それまで…命に代えても彼らを守り抜く)

「急に飛び出したら危ないでしょう?サラ。僕がいつ、そのように教えましたか?」

誰もいないはずの廊下に、姫魅ともサラとも違う何者かの声が響く。場に不釣り合いな穏やかな口調が、姿の見えない不気味さを煽って、姫魅の背筋をゾゾゾッと悪寒が駆け上がった。

「…ガリヴァーノン」

「サラ、どうかなさいましたか?白塗りなんかにして…父親そっくりですね。家族が恋しくなりましたか?」

「触れないで」

サラが苦々しく返すと、ガリヴァーノンはあははと穏やかに笑った。

「ああ、かわいそうに。そちらの皆さんに平和ボケを移されてしまったようですね。僕が再教育いたしましょう」

「それが必要なのは君のほうだ」

「あれあれ、サラ。反抗期ですか」

「そうかもしれない」

「まったく。世話の焼ける子ですね」

「君にそっくり」

「あはは、当然です。あなたを育てたのは僕なのですから」

(サラさんを…育てた…?)

姫魅は恐々としてサラを見上げたが、彼は顔に影を落としてその表情はよく見えなかった。

広い廊下はしんと静まり返り、会場で湧きあがる歓声が遠くに聞こえる。

「おいで、サラ」

「もう終わりにしよう、ガリヴァーノン」

無残な姿で床に転がる憑物の影から、まるで奈落から舞台上へとせり上がるようにひとりの青年がズズズと姿を現す。

血色の悪い顔に目隠しをしてヒョロッと背の高い彼は、風に吹かれたらあっという間に飛んでいきそうなくらいに痩けている。

(ごはん、ちゃんと食べてるのかな?)

心優しい姫魅は敵ながら、彼の健康を気遣わずにはいられなかった。

「さあ、始めようか」

「さあ、始めましょう」

サラは廊下の角から飛び出して、身長を超える巨大なガベルをブンッと青年に投げつけた。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

浮き沈みしながらも何とか辿り着いた…第30歯!

ついに!とあるで最も病んでいるアイツの登場です٩(๑❛ᴗ❛๑)۶


姫魅とサラは少しずつ距離が縮まってきましたね…絡む予定のなかったふたりなので、今後の展開が気になるところです。


設定がとにかく盛りだくさんで、まだまだ先は長いのですが…果たして僕の体力と気力が持つだろうか。

いっしょに楽しんでいただければ、オリキャラ達にとってこの上ない幸いです。


今後とも何卒よろしくお願いします。

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