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とある星物語  作者: 黒星
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第3歯 無意味なことにも意味がある

 日常で起きた出来事や記憶を整理するために、人は夢をみるのだという。

 しかし、夢の中の姫魅(きみ)はいつも決まってどこか知らない砂漠にいて、見覚えのない炭鉱跡のような地下道を迷いなく進んでいくのだ。

 辿り着いた巨大な鉄格子を仰ぎ見ていると、深い闇の向こうから「歌って」と声がする。まるで子守唄をねだる子供のようなソレは、闇に溶け込んで姿は見えない。ただ、ソレは夢を重ねるごとに段々と大きくなっている気がした。

 求められているのは異国の唄だ。姫魅は聴いたこともないその唄を何故だか知っていて、導かれるように口を開くのだが、どうしてか声が出ない。

(歌わなきゃ…歌わなきゃ…歌え、歌え!)

 このまま歌わずにいたら何か恐ろしいことが起こる気がして、姫魅は喉をカラカラにする。

 立ち尽くしたまま焦燥感に駆られているうちに、パッと目が覚めるのだった。

「またいつもの夢か?」

 姫魅が顔をあげるとネルが肩まである金糸の髪を高い位置でひとつに結び、度なしのメガネ越しにこちらを窺っていた。

「うん。不思議な夢…ずっと繋がっているんだ。あいつ、また大きくなった気がする」

「そうか」

 ネルは窓際のパセリに「おはよう」と微笑みかけてから、姫魅の向かいに腰掛けた。

「どれ」

 姫魅から受け取ったノートに目を通して、ネルは顔をしかめた。「そんなに繰り返し見るのなら、なにか意味があるかも知れない」とネルに言われて書き始めた夢の記録ノートだ。

 正直なところ、姫魅はこの夢にそれほど興味がない。夢の記録は3度見たら箇条書きする程度で、内容も変わり映えしないのだが、ネルは強い関心があるようだった。

「ただの夢だよ」

「…そうだな」

 ネルはパタンとノートを閉じて、空色の瞳をそっと伏せた。

「パセリに話しかけたり、夢を気にしたり…ネルって案外、ロマンチストだよね」

 姫魅が意地悪っぽく笑うと、ネルは苦虫を噛み潰したような顔をした。

 ふたりは出会ってから4年が経つ。すれ違いの喧嘩ばかりしていたふたりも、今では気兼ねなく冗談を言える仲だ。

「そんなことより、お前。あんな街中で魔法を使って、カラス族と知れたらどうする?もう少し危機感を持て」

(また始まった)

 姫魅はうんざりした顔をして、手にしたマグカップを乱暴に置いた。彼、カーネル・サンダースは教師という職業柄なのか、やや口うるさく説教が長い。

(困ったなあ。終わらないぞ)

 4年前のある日。姫魅は突然、身寄りをなくた。その事情から受け入れ先が決まらなかった姫魅を半ば強引に引き取ったのがネルである。当時、まだ22歳だった彼を心配し、周囲は猛反対していたらしい。

(ネルには感謝はしてるけど…)

 姫魅を守るためとはいえ、過度に自由を制限されることには納得いかない。自分は小さな村で平凡に育ってきた、どこにでもいる15歳なのだ。「実は最強の魔法一族です。あなたは様々な組織から狙われてます」なんて言われてもピンとこない。

「まったく。着ぐるみをかぶっていたからよかったものの…姫魅、聞いてるのか?」

「聞いてるよ。学校の外では魔法を使わない…でしょ?わかった、わかった」

「姫魅。真面目に聞きなさい。大事な話だ」

 適当な返事で誤魔化そうとする姫魅にネルが語気を強めると、姫魅はムッとした顔をした。

「人助けだって大事でしょ。ネルは悪いやつらが女の子をいじめていても、放っておけって言うの?」

「なにもお前が魔法を使わなくても。人を呼ぶとか、他に方法があるだろう」

 両者一歩も譲らず、気まずい空気が流れる。ふたりはしばらく膠着していたが、埒が明かないと察すると結論を出すのはあきらめて話題を変えた。

「ネル、あの子は?」

 姫魅は昨夜出会った少女のひどく憔悴した顔を思い出した。

「今朝、目を覚ましたそうだ。軽い栄養失調はあるが、健康状態に問題はないらしい。心配ない、すぐに退院できるよ」

︎「そうじゃなくて…彼女、(さなぎ)が憑いてた」

 ネルは驚いて目を見開いたが、姫魅が顔に影を落とすとすぐに納得した。

「ああ、姫魅は蛹が見えるんだったな。厄介ごとを避けたがるお前がわざわざ危険に飛び込むなんて、おかしいと思ったんだ」

 ネルはフッと笑みをこぼして眉を下げると、姫魅の頭をわしゃわしゃ撫でた。

 姫魅は目にしてしまった。少女の背にのし掛かるようにしてしがみついていたそれは、恐らく人間が「憑物(つきもの)」に化ける前兆に現れる「蛹」だ。

 限られた魔法使いにしか見えない蛹は、腹の虫が恨み、妬み、悲嘆、憤怒…あらゆる負の感情を食べて大きく育ったもので、羽化すれば宿主の人間を喰らい憑物に変える。

 ひとたび憑物になった人間は化け物に姿を変え、耐えがたい孤独を埋めようとするかのように、あるいは道連れを探すかのように命尽きるまで暴れ続ける。

 今の魔法医学では憑物になった人間を元に戻すことができないのだから、姫魅は彼女を放っておくことはできなかった。

「彼女の腹の虫は取り除いたらしい。しばらくは大丈夫だろう」

「ひと晩で?どうやって…」

 姫魅は首を傾げた。腹の虫を消すには負の感情を晴らせばいいのだが、それをするには大変な労力と時間がかかる。積み上がった負の感情を一瞬でかき消すなど不可能に近かった。

「裏技…かな」

「裏技?」

「うん、裏技」

 ネルが困った顔をするので、姫魅はそれ以上訊くのをやめた。ネルは「まったく、イルカさんはどういうつもりなんだ」だの、「やはり彼は危険すぎる。制御装置ひとつで、学校に通わせるなんて」だの、ぶつくさと不満げに呟いている。

「ん?どうした?」

 姫魅の視線に気がついて、ネルは目をあげた。姫魅の海のように澄んだ碧眼は、不安を滲ませている。

「ネル。あの子を助けてあげて…彼女をひとりにしちゃいけない」

 まだあどけなさの残る声が、わずかに震えている。かつての自分と重ねて、少女の身を案じているのだろう。

「心配ない。俺に任せておけ」

 姫魅の頭をぽんぽんっと軽く叩いて、ネルは務めて明るく笑った。

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