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とある星物語  作者: 黒星
29/81

第29歯 他人の幸せが自分の幸せと思えたなら、それが愛…かなあ

スタッフルームにはモブオの他に誰もいない。皆、トークショーの成功を願い、あくせく働いている頃だろう。

本当ならその中でモブオも汗水垂らして走り回っているはずだった。それが誰が見ていたのか、咲蘭の機嫌を損ねたことが上司に伝わり、スタッフルームでの謹慎を告げられてしまったのである。

この業界で足の引っ張りあいは常だった。

「もー…最悪だ」

姿見に映ったモブオは絶望の表情を浮かべて、20年ほど老け込んだように見える。

(わけがわからない。ちょっと確認しただけなのに、あんな冷たくすることないだろ…ちょっと人気が出たからって、威張りすぎじゃないか?)

モブオの苛立ちは咲蘭にも向けられた。彼女のことはデビューからずっと応援してきたから、何だか裏切られたような気持ちになって許せないのだ。

咲蘭は今やBe-lMoの専属モデルだが、彼女のデビューは決して華々しいものではなかった。

売れない彼女に用意されたのは小さなデパートに設けられた仮設のランウェイ。そこで彼女は一般向けに売られているありきたりの商品を身にまとい、ありのままの自分を堂々と見せつけた。

駆け出しの覚束無さにすら自信を持ったその姿に、モブオは「自分は今の自分でいいんだ」と気付かされたのだ。

「励まされたんだ。今、その時の自分が人生最高なんだって…そんな風に思えたから」

女性に紛れてイベントに参加したり、女性向けのファッション雑誌を手に取ったりするのには少し抵抗があった。それでもモブオの部屋は、いつの間にか咲蘭のグッズで足の踏み場もなくなっていた。

「かっこいいと思ったんだ。だから、ずっと応援して…それなのに。こんなにしてやったのに…」

モブオが抱いていた憧れと期待は、瞬く間に怒りに変わりブクブクと膨れあがった。

「してあげた。それなのに何の見返りもないなんて…あなたを無下にしています。そんな恩知らずには、本当に大切にすべき存在が誰なのか、教えなければいけませんねえ」

「誰?」

ふいに聞きなれない声がして、モブオはきょろきょろとあたりを見回した。簡素な部屋に隠れるような場所はなく、部屋にはネズミ1匹いやしない。

「自己承認欲求を満たしたい、支配欲を満たしたい…己を満たすための歪んだ愛。あなたは相手に影響力を持つことで、自身の価値を確かめたいのでしょう?実に傲慢、実に貪欲…その憤怒、苗床に相応しい」

「で、出てこい!」

気味が悪くなったモブオはそばにあった箒を手に取ると、声の出どころを目で探した。天井を見上げて、部屋の出入り口に目をやって、それから足元に視線を落とす。

「さあ、始めましょう。明けない夜がまた昇る」

「誰だ…おまえ…」

モブオの手から箒が落ちて、室内にカランと渇いた音が響く。モブオの影がグラッと揺れて、夜闇で嘲笑う三日月のようにあるはずのない口をにんまりと歪にした。


ちょうどその頃。水嶋を会場に送り届けたサラは、舞台袖へと続く道を探していた。

(…困った)

咲蘭に必ず行くと約束したのに、このままでは開演に間に合わない。

会場には水嶋の両親が到着するまでの間、彼を介助するスタッフがいたのだが…深海魚の被り物をしたその青年にもサラはマイペースで、いつも通り必要最低限の要件を伝えると水嶋を引き渡してさっさとその場を後にしてしまった。

廊下の至るところに設定された会場案内図に、来場者立ち入り禁止の舞台袖が載っているはずもない。当てになるのはスタッフ向けに用意された手書きの案内だったが、ふりがなのないそれは漢字が苦手なサラにとって解読不能の暗号だった。

(急がなきゃ)

防音壁の向こうからわっと賑わう声が聞こえて、サラは廊下の薄暗いほうへと歩みを早めた。

(不思議だ…さっきから誰ともすれ違わない)

舞台や会場に人手を取られているとはいえ、警備や来賓対応のスタッフがいてもおかしくないはずだが。

サラはさすがに歩き疲れて、ぴたりと足を止めると途方に暮れた。

「…お腹すいた」

腹が減っては判断力を欠く。

サラはイルカお手製の肩掛けカバンから、これまたイルカお手製のおやつ袋を取り出して苦笑いを浮かべた。

(…もしかして、バカにされている…?)

良からぬ疑念が頭に浮かんで、サラがふるふると首を横に振る。

サラがまだイルカを敵視していた頃、サラは空腹を我慢してしまい頻繁に倒れていた。そんなことがあったからか、イルカはサラを過剰に気にかけているのだ。

(これも…愛…なのかな?)

有り難いことは有り難いが…しかし、カバンもおやつ袋も愛情たっぷりのお手製というのは、16にもなってやや恥ずかしい。

サラはしかめ面を照れくさそうにして、呆れまじりのため息を吐いた。

(…それでイルカが幸せなら、まあいいか)

サラはおやつ袋から揚げまんじゅうをひとつ取り出して、バリッと包みを開けた。

同時にバーンッと激しい音がして、サラの目先の扉が木っ端微塵に吹き飛ぶ。

「は?」

突然のことにサラは目を点にして、そこに棒立ちになった。

ドア枠をバキバキと破壊しながら現れたのは、蛇のように裂けた口を怒りでへの字に曲げて、血走った大きな八つ目をギョロギョロと彷徨わせる真っ黒い生き物だった。

「憑物?」

サラはごくりと息を呑んだ。憑物ならひと月前に遭遇したばかりだ。いくらサラの悪運が強いとはいえ、憑物なんぞこんな立て続けに出くわしてたまるものか。

著名人のイベントは欲や妬みを誘発する。しかし、孵化寸前の蛹など警備に当たる国家警察が見落とすはずがない。

「…スピッツか」

ムカデのように無数に生えた脚をダンッ!ダンッ!と床に叩きつけ、そこで何かに怒り狂っている化け物は恐らく、何者かによって心の隙に蛹を植え付けられた『人間だった者』だ。

そして、躊躇いもなくそんなことができるのはスピッツの他いない。

(スピッツの動きが活発になっている。あの人がいなければいいけど)

憑物はカサカサと気味の悪い音を立てて、節のある長い身体をゆっくりとサラのほうに向けた。

(この人はもう、人間には戻れない)

殺さずに封じることができれば、未来の魔法進歩にわずかな希望はある。だが、殺すことに特化したサラは封印魔法が使えない。

(あるいは、一次的に同化した感情を蛹から引き剥がすことができれば…)

試したことはないが、憑物化の原因が他人の蛹ならば、この方法で助けることができるはずだ。

サラが首につけた魔力制御装置に手を伸ばした瞬間、防音壁の向こうでワッと歓声があがった。

『サラくん。あなたは今、魔法の使用を制限されています。無茶をすれば命を落としかねない。迷わず殺しなさい』

維千の言葉が思い出される。今、この状況でサラの命は会場を埋める人々の命だ。

(ごめん、無茶はできない。もし出会ったのが俺でなければ、君は助かったかもしれないね)

サラはギュッと拳を握りしめ、ギリギリと奥歯を噛み締めた。弱い自分は奪うばかりで、たったひとりを救うことさえできない。

「ごめん」

サラが長い髪を三つ編みにして、今にも泣き出しそうな切ない笑顔を憑物に向ける。

『ミロ…コッチヲ…ミロォ!!!』

「うん、見てるよ」

『ミロオオォ!!!』

「大丈夫、君だけを見てる。さあ、始めようか」

サラはどこからか現れた2本のナイフを両手に握り、身構えた体にバチバチと電気を流した。


「蛍、まだあ?」

巨大パフェはやはり食べ過ぎだったのか、蛍はトイレに籠ったまま出てこない。

さっきまで賑わっていた廊下には人気がなくなり、時計を見ずともトークショーの開演が迫っていることがわかった。

「トークショー、始まっちゃうよ?」

姫魅はトイレの向かいの壁にもたれかかり、先程よりも大きな声で蛍を急かした。

「もう、うるさいわね。まだ5分あるわよ」

「もう5分しかないの?!」

同じ5分でこんなにも捉え方が違うものか。やっと出てきた蛍は散々急かされたことに機嫌を損ねていたが、姫魅はそわそわしてその場で足踏みを始めた。

「あんた。トイレくらい、ゆっくりさせなさいよ」

「ゆっくりしてる場合じゃないんだって」

廊下を隔てて話していた蛍と姫魅が、互いに歩み寄ろうとする。刹那、その間をゴオッと何かが駆け抜けて、ふたりはギョッと顔を見合わせた。

「な…」

「なに?!」

疾風迅雷の勢いで駆け抜けたそれに目をやると、見覚えのある三つ編みが余裕綽々の動きで揺れている。

「サラ…さん?」

サラは廊下の向こうを鋭く見据えたまま、コクッと頷き返した。

「え。なんか…白い…?」

「サラさんがどうしてここに…?」

触れられたくないところを立て続けに指摘されて、サラがうっと苦虫を噛み潰す。

人気モデルのゴリ押しに気負けして、芸能人の真似事のように変装させられたこと。あろうことか、それが女装であったこと…サラがいくらクソ真面目で正直者でも、口が裂けたって言えぬ。

「サラさん、なんだか綺麗…」

「絶対にないっ!」

サラがすごい剣幕で振り向いたので、蛍はビクッとたじろいでしまった。いつもはおとなしいサラの見たことのない表情に、姫魅も信じられないといった様子できょとんと呆けている。

『ウオオオオオ!!!』

突如おぞましい雄叫びがして、姫魅と蛍がハッと我に返る。ふたりの目は一点に釘付けになった。

「あれって…」

「憑物?!」

廊下の角から粘性のある黒い塊がズザザザと騒がしく音を立てながら、濁流のように這ってくるのが見える。

それは後脚のほとんどを切り落とされているのだが、下半身を引きずっているとは思えぬ速度で迫ってきた。

サラはふたりの前にザッと躍り出ると、右手のひらを憑物に向かって突き出した。

「ごめん」

黒い巨体がサラの右手に触れた瞬間。眩い雷光がカッと辺りを青白くして、バチバチッと激しい音がすると同時に生き物が焼ける臭いが鼻をついた。

『ウオオオオオ!!!グルジイ…グルジイ…ヨ…』

憑物の焼け爛れた頭部は6割がドロドロと溶け出し、原型を失ったその顔はほぼ下顎を残すだけだった。

「すごい…すごいよ、蛍!今の見た?!あの魔力量を反射的に一斉放出するだなんて!」

圧倒的な魔法を見せつけられて、魔法オタクの姫魅はまるで子供のように無邪気に目を輝かせている。

「当然よ!サラさんは緋色の電気柵って呼ばれているんだから!」

魔法について無知な蛍は何がどうすごいのか全くわかっていないのだが、大好きなサラを褒められてフフンッと誇らしげだ。

(蛍ちゃん。電気柵じゃなくて、逆鱗…)

電気柵ではあまりにも情けないが、自分の通り名を自分で訂正するのも恥ずかしい。

「触るな危険」という点では電気柵も逆鱗も変わらないと自分に言い聞かせて、サラは電気柵は電気柵らしく防護に徹することにした。

「ふたりは警備を呼んできて。混乱は避けたい。会場には悟られないように」

「サラさんは?」

蛍が声に不安を滲ませる。サラはふっと微笑んで、そこにうずくまったままの憑物にチラッと目をやった。

憑物の抉れた顔はブクブクと泡立つように膨れ上がって、あれよあれよという間に復元されていく。

『アアアアア!!!』

怒り散らす憑物の大口には鋭い牙が何重にも生えていて、蛍は脳裏に不穏な光景をパッと思い浮かべた。

「ダメです!制御装置もついてるのに、サラさんをひとりになんて…」

「ひとりなんかしない」

姫魅が隣に歩み出て、サラは表情を曇らせた。

「危険だ」

「わかってる。だけど、僕はまだあなたを信用できない」

「…戦闘経験は?」

「ないよ。だけど、自分の身を自分で守るくらいはできる」

姫魅が断固として譲らないので、サラは観念して彼に背中を預けた。

「姫魅、あんた本気?!」

「本気。心配なら早く助けを呼んできてよ」

蛍の気も知らないで、姫魅は眉をハの字にして笑っている。サラが任せてと言わんばかりに頷いたので、蛍は彼らの無事を祈ることにした。

(大丈夫、サラさんは強いもの。私は私にできることを全うするのよ!)

憑物は修復した顔をうっとり撫で回していたが、ギョロギョロと彷徨わせていた八つ目をピタッとサラに合わせると、怒りを思い出したようにフーッフーッと息を荒げ始めた。

「来る」

「え?何か言った?」

サラがボソッと呟いて、姫魅が呑気に聞き返す。サラの頭はすでに戦闘態勢に切り替えられており、姫魅が言い終えるのを待たずして憑物に向かって走り出した。

「早っ!?ちょ、ちょっと!待って…」

サラの後を追いかける姫魅と、姫魅のことは気にかけながらもイマイチ連携が取れないサラに蛍は不安しかない。

「すぐ戻ってくるから!」

蛍は大きな声で言い残すと、会場に向かって駆け出した。

この破茶滅茶な物語にお付き合いいただき、本当にありがとうございます。

僕も書きながら思っていました…ヒロインが腹下すとは何事かと笑


タイトルがいつにも増して、ぼんやりしていますね…タイトルをつけるの、苦手なんですよ汗

愛するって何だろう?と考えて、思いついたものをタイトルにしようとしたんですけどね…これが浮かばない笑

よく「愛は与えるもの」なんて聞きますが、それも押し付けではいけない気がする。

他人の幸せが自分の幸せと思えたらいいのかなあ…なんて漠然とした考えはあるのですが、ひと文にまとめられる文章力がなく。

若造には大きすぎるテーマですね苦笑


人生の浅い若造ですが、落語みたいに十人十色の個性的な人々が笑いあい、認めあうような滑稽話を書きたい。


どうかこの物語があなたの笑顔や励みになりますように。

あなたが明日、小さくとも確かな1歩を踏み出せますように。

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