第27歯 反省とは後悔でなく、前進するための基盤作り
人気恋愛小説「愛駆ける君に」の豪華トークショー開演まで、残すところ1時間となった。
サラのひと声と維千の計らいで再試験が決まり、首の皮一枚繋がった蛍は何事もなかったかのように、会場内のカフェで特大いちごパフェを頬張っている。
その大きさたるや。向かいの席から眺めている姫魅が、食べてもいないのに胃もたれするほどだ。
「蛍。ケーキは食べ飽きたんでしょ?そんなに大きなパフェ、よく食べられるね」
蛍はピクッと片眉をあげ、パフェスプーンの先端でビシッと姫魅を指した。
「ケーキとパフェは別物よ。それに!これから愛君トークショーだってのに、腹が減っては戦ができぬでしょう?」
「い、戦って…」
ラグビーボールを超えるサイズのパフェでは、いくらなんでも気合い十二分過ぎやしないだろうか。
(よく入るなあ。あれから1ヶ月だけど…蛍はもう平気なのかな?)
1ヶ月前。ふたりは魔法学校の入学試験で替え玉受験を試みるも失敗し、辛うじて掴んだ再試験という蜘蛛の糸さえ、その後連絡がない状況にある。
(本当にあるのかな…再試験)
姫魅は「蛍の再試験に協力する」という条件で退学を回避した。それだけにこうしている今も気が気でないのだが、至福の表情でパフェにがっつく蛍は気にも留めていない様子だった。
「熱っ」
ぼんやりと蛍を眺めていたら、口に運んだカフェオレが思いの外熱くて、姫魅は火傷した舌を慌ててお冷で冷やした。
「蛍はさ。自分を責めたり、落ち込んだり、不安になったりしないの?」
「はあ?」
蛍がスプーンをサクッとパフェに突き刺す。柄の長いパフェスプーンが埋もれそうなほど深く刺さったので、姫魅は恐怖におののいた。
「ご、ごめん。その…僕らがやったことはやっぱり悪いことだし、再試験も本当にあるのかわからないし…僕は暗い気持ちがずっと頭をぐるぐるして、未だに食欲が戻らないよ」
「なによ、それ。私だって当然、落ち込んでいるわ」
一国の姫が替え玉受験など国の恥さらし、面汚し、恥辱の烙印である。
追い詰められた状況で背に腹は代えられなかったとはいえ、王族に不適格な選択をしてしまったことは一生の不覚である。
蛍もまた姫魅と同じく、気を抜けば嫌な考えが頭の中を堂々巡りし、正直満足に眠れていなかった。
「だけど。だらだら落ち込んでいれば、何か変わるの?ただの自己満足じゃない。自分を責めている状況に安心しているだけよ」
「それはどうかな。自分と向き合ったり、気持ちを整理する時間は必要だと思うけど」
「あのねえ、それがいつまでも食べない理由になる?いつまでも同じことばかり考えているから深みにはまるのよ。反省ってのはだらだら悔やむこと?行いを改善して、前に突き進むことでしょう?」
「そうかも知れないけど…わかっていてもそうはできないよ。落ち込めば食欲はなくなるし、食べたくても体が受けつけないんだから」
蛍はああ言えばこう言う姫魅に、これ見よがしに大きなため息を吐いた。
「できないじゃなくて、やるのよ。食べられないなら、押しこむ!眠れないなら、横になる!元気がないならまず行動する!」
「そんなの無理だよ…」
姫魅が情けない顔で嘆く。蛍はコホンッとひとつ咳払いをして、面白くなさそうな顔をした。
(私だってそう思ってるわ。それでも止まるわけにいかないのよ)
姫魅の言葉はどれも蛍の本音だ。蛍は騙し続けてきた気弱な自分を見せつけられているようで、つい姫魅に苛立ってしまった。
自分の言葉が姫魅ではなく、認めたくない自分に対するものだと気付いて、蛍は少し申し訳ない気持ちになった。
「まあ、その…私のやり方よ?私の。落ち込むのもいいんじゃない?そのうち、時間が解決してくれるわよ。ただ、私はそうじゃないってだけ」
「う、うん」
「ほら、あげる。ひと口くらい、食べなさいよ。あんた、ただでさえもやしなのに…このままじゃ、麺類の仲間入りをすることになるわよ?」
「麺類…」
蛍はもごもごと気恥ずかしそうに言うとパフェから苺を引き剥がして、姫魅のカップの受け皿に乗せてやった。
姫魅は首から下がちぢれ麺になった自分を想像して、ショックのあまり怒る気にもなれない。
「それって…校長先生じゃないか」
「校長?ジョニー校長?大魔法使いの?」
「そうだよ。校長先生は土星にパスタを刺したような姿をしているんだ」
「土星にパスタ…」
蛍は寄せた眉間をぐっと押さえ、想像力をフル稼働した。
体がやたら細いということだけはわかるのだが…そういえば、維千は校長のことを「ギロチンにハリガネムシがついた容姿」と表現していた。それでいて、雰囲気はミラーボールだという。
(魔族か獣人の類かしら。あるいは妖精…?)
蛍がいくら考えたところで、ジョニー校長の姿はまったく見えてこない。
「写真はないの?」
「入学式のときのがあるけど…校長先生は眩しいから、そこだけホワイトアウトしちゃうんだ。顔を見るのはちょっと難しいかも」
「そ、そう…ホワイトアウト…」
姫魅は胸ポケットに刺したピンをタンッと軽く叩いて、パッと目の前に開いた画面を指先でスライドさせた。
「ええっと…これはだめ…これもホワイトアウトしてる。こっちは輝き抑えめだけど…うーん、フラッシュが歯に反射して顔が見えないや…」
蛍は知りたいような、知りたくないような妙な感覚にそわそわしていたが、徐々に歯痒くなってくると、ついに顔を苦くして甘ったるいパフェをヤケクソに口に突っ込んだ。
「もういいわ、ありがとう」
「ご、ごめん」
蛍がスプーンを咥えたまま、つまらなそうに頬杖をつくので、姫魅はなんとなく謝ってしまった。
居心地が悪くなった姫魅は気を紛らわそうと、蛍がくれた苺を口に放り込んだ。じゅわっと優しい酸味がして、それから水々しい甘さが口に広がる。
「おいしい」
「でしょう?」
蛍がニッと嬉しそうに笑ったので、姫魅はホッとして安堵の表情になった。
「そういえば、蛍。維千さんは?」
蛍が学区外に出るときは必ず維千が付き添うことになっているのだが、今日はどこを探しても青い死神の姿がない。
「今日は送迎だけって。会場の警備だけで充分ってことじゃないかしら」
厳かな制服に国家警察のバッジをつけた屈強な男が2、3人、店の外を通り過ぎていく。
「いくら国家警察の警備があったって、維千さん以上に安心できる護衛はないと思うけどなあ」
「あの人、そんなに強いの?」
「蛍、知らないで一緒にいたの?!」
蛍が退屈そうに呟くので、姫魅は目を皿にして驚いた。
「知らないわよ。あの人、いつもヘラヘラして、自分のことなんか全然話さないんだもの」
この国に来てから最も行動を共にしているはずなのに、蛍は維千のことをほとんど知らない。
(そんなに強いんなら、着いてきてくれればよかったのに)
あんな憎まれっ子でも情が湧くものだ。寂しくないと言ったら嘘になるが、癪なので蛍は口にはしないことにした。
(もしかして、気を遣ってくれたのかしら?あの悪魔が?まさかね)
維千の非情な笑顔を頭に浮かべて、蛍はハハッと乾いた笑いをもらした。
「そういえば、チケットって抽選販売でしょう?2枚も当てるなんて、あんた引きがいいわね」
「あ…えっと」
蛍がチケットを見るなり我を忘れてはしゃぐものだから、姫魅は機会を逃したまますっかり伝え忘れていた。
「2枚とも、サラさんがくれたんだ」
「へ?」
蛍は目玉がこぼれ落ちるのではないかと心配になるくらい、目を見開いて驚いた。
「サラさんってあんた…受け取ったの?サラさんから?」
「いけなかった?」
「いけなくないわよ。いけなくないけど…」
蛍の知る限り、姫魅はサラを憎んでいる。スピッツの手により天涯孤独になった姫魅にとって、元スピッツのサラは不倶戴天だ。
姫魅がサラから贈り物を受け取るなんて、事情を知る者からすれば驚天動地の大事件である。
「姫魅、何かあったの?」
「何もないよ」
嘘だ。魅姫の困惑顔は柔らかく、ふたりの距離がわずかながらに縮まったことを物語っている。
何があったかは知らないが、サラのことも姫魅のことも大好きな蛍にとっては朗報だった。
「許したわけじゃないんだ。ただ、本当の敵が誰なのかわからなくなって…それで…」
姫魅が答えを探すように戸惑いながらボソボソと呟く。
聞こえているのか、いないのか。蛍が意地悪っぽい顔でにんまり笑っているので、姫魅はバツが悪くなってうっと言葉を詰まらせた。
「そ、そんなことより、蛍。あの日からクラスメイトが僕を様付けして呼ぶんだけど…何かあった?」
「へ?」
「へ?じゃないよ」
替え玉受験のため、蛍と姫魅が入れ替わって過ごした日の翌日。
教室に入ると「待ってました!」と言わんばかりにあちこちから黄色い歓声があがり、姫魅はすっかり度肝を抜かれてしまった。
後ろにイルカでもいるのかと2度3度振り向いたがそこには誰もおらず、どうやら注目されているのは自分なのだと姫魅はようやく気付いた。
これまでずっと爪弾きにされてきたから、突然手のひらを返されて理解が追いつかない。次々と耳に入ってきたのは、貴族か王子様もしくはアイドルにでも向けられるような「姫魅さま!」という尊奉と憧憬の声だった。
他者評価とは己の都合でコロコロ変わるものだ。自分がどう思われているのか知っておくのはいいが、気にし過ぎるのは杞憂である。
姫魅はそんなものに振り回されて押し潰されるくらいなら、爪弾きにされたって自分の声を信じるようにしていた。
しかし、今回ばかりはそうはいかない。注目されるということは、姫魅にとって平穏な生活を脅かしかねない事態なのだ。
「蛍じゃないなら、どうしたらプリンス姫魅なんてあだ名がひと晩でつくの」
「な、何のことかしら…ア、アハハ…」
1ヶ月前、自分は何をしただろう。蛍は目線を左上にして、苦い記憶を呼び起こした。
(姫魅のフリをして、教室に入って…ツインテールの子にケンカをふっかけられて…そうそう。それで私、姫魅をバカにされて腹が立ったのよ。なんて言ったかしら?容姿端麗で、実力者で、優し…)
うろ覚えの発言を辿るように思い出して、蛍はじわじわと顔を赤くした。身体が強張って、汗がダラダラ止まらない。
思い出されたいくつかの台詞はクラスメイトの立場になって考えれば、様付けされるのも納得の自惚れ発言だ。それ以上に…。
(私、姫魅のことそんなふうに思っていたの…?)
「もう、蛍ってば。聞いてる?」
姫魅の澄んだ青にじっと見つめられて、蛍は顔の火照りを誤魔化すように残りのパフェを無心でかき込んだ。
「おだまりなさい!プリン!」
蛍は空になった器をダンッとテーブルに置いて、スプーンの先端を姫魅の鼻先に突きつけた。
「プリンじゃなくて、プリンスだよ…僕はプリンでもプリンスでもないけどね」
姫魅は呆れ果てた顔をして、突きつけられたスプーンをそっと払い除けた。
「プリンスでもプディングでも何でもいいわ。さっさと行くわよ!」
「ええー…話はまだ…」
蛍はパッと立ち上がると、姫魅の話は華麗に無視してさっさと店を出てしまった。
「もー…横暴なんだから」
姫魅はやれやれと肩を落とし、置き去りにされた会計票に目をやった。
「うわっ…」
姫魅がサッと青ざめて、あたふたと財布の中身を確認する。足りないことはないが…ネルの土産代を削減することにしよう。
「ほんと、横暴なんだから…」
姫魅は来月のバイト三昧を覚悟してため息を吐くと、泣く泣く支払いを済ませ、何処ぞへ消えたじゃじゃ馬のあとを追った。
ここまで読んでくださった方々、本当にありがとうございます!
急に1ヶ月飛びました苦笑
書くか悩んだんですよ…1ヶ月間、姫魅や蛍がどのように過ごしていたのか。
姫魅はまあ、真面目で優しい子なんで。周りに迷惑や心配をかけた自分を責めていたのではないでしょうか。
蛍はいつに増して明るく振る舞うけど、ひとりになると鬱々してしまう…彼女は気丈に見えて、実は弱さを隠しているだけなんですよね。
今回の話、予定にはなくて…また計画が後ろにずれ込んでおります。
キャラが自由奔放に動き回るから、設定があってないようなものになっている…_(:3 」∠)_
のんびりまったりお付き合いいただければ幸いです。




