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とある星物語  作者: 黒星
20/59

第20歯 人の生活の8割は無駄でできている

姫魅がサラを攻撃してからというもの、蛍はふたりを引き合わせることを断念し、夕方は姫魅といっしょに、夜はサラといっしょに入学試験に向け猛勉強を重ねていた。

座学が得意な蛍は知識量だけはめきめきと増やしていったが、実技についてはふたりの協力を得ても大きな進展はなかった。

入学試験が明日に迫った今もHi!Calorieにて姫魅との特訓に励んでいるのだが、蛍は未だに魔力を感じるだけで精一杯だった。

(ケーキ、ケーキ…甘くて…柔らかくて…)

蛍が手のひらを前に突き出すと、魔力が身体を駆け巡る感覚がする。手を向けた先にポゥッと光が集まって形になろうとするのだが、それは完成する前に弾けて消えるのだった。

(まただわ…全然、形にならない)

蛍ががっくし肩を落とすと、少し離れたカウンター席から維千がにこにこしながら手を振っていた。

一見、蛍を温かく見守り、励ましているように見えるのだが…そのような人情味を維千は微塵も持ち合わせておらず、彼は奢り酒のために蛍の護衛に来ていて、あれはたぶん「残念でしたー♡」とほくそ笑んでいる顔なのだった。

(悪魔め…他人がもがき足掻くのを楽しんでるわ!)

蛍がしかめ面を作っていーっと歯を剥くと、維千はついに堪えきれなくなって腹を抱えて笑い出した。

こんな血も涙もない悪魔が試験官だというから、蛍は不安と焦りに押しつぶされそうになったが、姫魅もサラもイヤな顔ひとつせず粘り強く付き合ってくれたので気丈に振る舞って努力を続けた。

「物質の生成魔法は、その物の作りやそれに対する自分の感情を細かく想像できないといけないんだ。具体的にイメージして、形にする…これが魔法の基本だよ。色、匂い、味、音、手触り…食べ物は五感を刺激するし、できる過程も想像しやすい」

「と言われても…できないわよ?」

蛍は大きな両目を半眼にして、姫魅のきれいに整った顔を不服そうにジトッと見つめた。姫魅は「あはは…」と乾いた笑いを浮かべて蛍から目を背けると、困ったふうに指先でぽりぽりと頬を掻いた。

「きっと大丈夫だよ。ほら、よーく観察したら、グッとして、ポッとして、パーン!…ね?」

「ね?じゃないわよ…もーっ!あんたの教え方は感覚的過ぎて、わけがわからない!」

「ご、ごめん…」

おどおどしながら気弱に謝る姫魅に、蛍は頭を抱えて項垂れた。

(プライドがズタズタだわ。なんでこんなもやしに使えて、私に使えないのよ…)

答えはこの世に生まれ落ちた瞬間にある。蛍は反魔法国家に生まれ、姫魅は最強の魔法一族に生まれたのだから、当然といえば当然なのだ。

しかしながらこれだけ努力を重ねても、己には変えようのないたったひとつの事実で、到底敵わないということにはいささか不満を感じる。

「世界は不公平だわ…」

蛍は何もかもに嫌気がさして、何の罪もない姫魅を理不尽な神様の代わりに睨みつけた。姫魅はビクッと怯んで視線を落とすと、彼女の刺すような視線から逃げるように一心不乱にケーキを頬張った。

(自分の選択を後悔し、過去も未来もすべてを放棄したくなるような苦難…か。覚悟はしていたけれど…まさか、こんなに苦戦すると思わなかったわ)

よく観察するように!と姫魅が繰り返し言うので、蛍はこの6日間、朝から晩まで嫌になるほどケーキを眺め、体重を気にする乙女心を投げ打ってケーキを頬張り続けている。

しかし、いざ同じ物を魔法で作り出そうとすると、魔力は無情にも霧散してしまうのだった。

(同じことを繰り返してもダメ。サラさんはなんて言っていたかしら…)

昨夜、蛍が消費しきれずに困っていた山のようなケーキをサラは顔色ひとつ変えずにぺろりと平らげて、魔法で生成した投げナイフを蛍に手渡した。

「全長約28cm、刃渡り約16cm、刃厚み約6mm、重量170g。刃はステンレススチール製、グリップには杉を使っている。刃は鋼色で冷たく、グリップは赤みのある焦茶色で手に馴染む。刃の付け根部分から先端にかけて、緩やかなカーブがついていて…」

「細かい…」

「そう、細かい。だけど、どれだけ材質をイメージしても形にはならない。大事なのはその物に対する想い」

「想い?」

「こいつは俺の相棒。幼い頃からずっといっしょに芸を磨いてきた。蛍ちゃんがケーキを生成したいなら、ケーキを食べたいとか…ケーキが好きって気持ちが大事」

サラは曇りのない微笑みを浮かべていたが…ここ最近をケーキと過ごしてきた蛍は、匂いを感じるだけで吐き気がするほどにケーキと不仲になっていた。

どれだけ好きなものでも距離感は大切にすべきであった。

(ケーキが食べたい…ケーキが食べたい…ケーキが…)

ケーキが美味しいと思えた頃に遡り、イメージを細部まで具体的にしていく。しかし、突き出した手の勢いも虚しく、生まれた小さな光はシャボン玉が弾けるようにして消えてしまった。

背後から維千の甘い笑い声がケラケラ聞こえてきて、蛍は目をジトッとさせた。

「…もう無理」

知識ばかりが増えて、頭で理解していることが実現できない苛立ちが増していく。姫魅は眉を下げると、心配そうに蛍を覗き込んだ。

「諦めるなんてらしくないよ?」

「諦める?バカ言わないで」

「だって、生成できないと不合格だよ」

蛍はうっと黙り込んで、おずおずと目だけを維千に向けた。彼はケーキに乗ったブルーベリーをパキッと凍らせると、まだ湯気のたつ紅茶に浮かべて遊んでいる。

ブルーベリーは氷を溶かしながら紅茶の熱に悶え苦しむかのように右往左往して、最後は小さな青い粒に姿を戻すとカップの中を力なく漂った。  

「あの悪魔…受からせる気なんて、さらさらないじゃない」

「試験問題と試験官を明かしているんだ。かなり譲歩していると思うよ?」

「譲歩?!たった1週間しか与えないのに?!」

「それは…」

その点は姫魅も不可解に感じていた。この試験内容は課題が事前にわかっていても、魔法に親しんだ者でさえギリギリの合格がやっとかもしれない。基礎魔法とはいえ、生成魔法は具体的なイメージを持っていないと難しい。パッと言われてパッとできるような魔法ではないのだ。

ただ、確かに魔法の基礎を身につけるには打ってつけの課題ではある。この短期間で試験を通し、蛍の成長を促しているとしたら…維千は何をそんなに焦っているのだろうか。

(先日の憑物事件が関わっているのかな…)

姫魅の不安を他所に、蛍は悔しげに歯軋りをしている。

「もっと時間があれば、私だって…」

蛍はキッと維千を睨んだが、睨んだところで心ない彼が気に留めるはずもなく、ただただその涼しげな横顔にムカっ腹が立つだけだった。

「時間さえあれば…そうよ。受かってから、できるようになればいいじゃない」

「何言ってるの。できないのに受からないでしょ?」

「確実に受かる人間がいるじゃない!」

「へ?」

蛍は姫魅の華奢な肩をがっしりと掴んで、目を爛々と輝かせると、彼を頭が外れそうな程にガクガクと揺さぶった。

姫魅はジョニー魔法学校の1年生だが、その実力は3年生相当だと聞いている。入学試験の実技などお茶の子さいさいだろう。

「姫魅。私とあなたを入れ替えることはできる?」

「はっ?!蛍、それって…替え玉」

「声が大きい!」

姫魅が素っ頓狂な声をあげて、蛍は彼の口を右手でパッと塞ぐとニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

維千は聞こえていないのか退屈そうに頬杖をついたまま、分厚い手帳をパラパラと捲り眺めている。

「私にはやらなきゃならないことがあるの。このチャンス、絶対に逃せないわ」

「だからって…替え玉受験だなんて…」

蛍はまっすぐな性格だと思っていたから、彼女からそんな考えが出てくるなんて姫魅は目から鱗だった。

それとも彼女が背負っている何かは、それほどまでに大きなものなのだろうか。

姫魅は蛍と出逢って間もないが後者の方が妙に納得できて、何だか放っておくことができなかった。

「それでどうなの?」

「い…入れ替えることはできないけど…お互いがお互いに変身することはできるよ…」

「決まりね」

蛍は腰に右手を当てて勝ち誇った顔をすると、フンッと強気に鼻を鳴らした。姫魅は維千にチラッと目をやって、ただでさえ色白の顔をサッとさらに青白くした。

「や、やだよ!維千さんを出し抜くなんて、絶対無理だ…バレたら停学じゃすまない」

「何よ、あんたカラス族なんでしょ?最強の魔力を誇るとか何とか…」

蛍は高く積まれた教科書の中から、「魔法史とカラス族」と書かれた1冊を手に取った。

「ほ、蛍!」

姫魅は慌ててシッと人差し指を口元に立てると、きょろきょろと辺りを見回して、談笑を続ける人々にホッと胸を撫で下ろした。

「何よ」

「カラス族のことは伏せて欲しいんだ。その…」

生まれながらに強大な魔力を持つカラス族は人々から恐れられ、根も葉もない噂を信じこんだ偏見は未だ人々の心に根強く残っている。姫魅がカラス族であることが知れたら、きっと火種になるだろう。

あるいはカラス族の大虐殺を生き残った少年として、姫魅は偽善の格好の餌食にされてしまうかもしれない。

とにかく面倒事を避けたければ、姫魅がカラス族であることは伏せなければならなかった。

蛍は少しためらうような素振りをしていたが、意を決すると悪どい顔をして笑った。

「それじゃあ…手伝ってくれる?」

「へ?」

本当に蛍という少女はおてんばという言葉には収まらないくらいに無茶苦茶だ。その教科書を読んだのなら、姫魅の身になにが起きたのかわかっているだろう…それがあろうことか。彼女は姫魅を気遣うどころか、そのことを切り札に不正の共犯になるよう迫ってきた。

「ええ…?ええっと…その…」

目鼻の先で蛍が強気に微笑んでいる。その不謹慎に姫魅は怒っても当然だと思えたが、その過度な同情をしない態度が今の姫魅は少しこそばゆく嬉しかった。

それに自分が最強の魔法一族だなんて未だに半信半疑だったから、維千に対して自分がどこまで騙せるのか試したい気持ちもあった。

「わ、わかったよ…」

「やったあ!」

両手をあげて有頂天外になっている蛍に、姫魅はフッとため息を吐いて諦めた笑いを浮かべた。この無邪気な笑顔は一体、何を背負っているのだろう。

「こんな下衆な主人公がいていいのかな…」

「なにか言ったかしら?」

「な、何も!」

蛍がくるっと振り向いて、姫魅はその場でビクッと飛び上がった。向こうでは維千がにっこり微笑んで、こちらの様子をじっと伺っている。

(ばれてる…?まさか…)

維千のすべてを見透かしたような目は何を考えているのかわからないが、獲物を狙う獣のように姫魅を鋭く捉えてその背筋をゾクゾクさせた。

(北条維千。不思議な魔力をしてるけど…魔法、使えるのかな?維千さんの固有魔法は、ネルも見たことがないって言ってたし…あ、でも。実技の試験官なら魔法を使えて当然か)

維千の強さは猛者揃いの隊長の中でも頭ひとつ抜きん出る。1年前にはとある国最大の財閥ハミング家お抱えの傭兵団と、国家警察も手を焼くギャングをまとめて一掃したという話だ。

ひらひら手を振る維千に引き攣った笑顔を返して、姫魅は湧きあがる高揚感と後ろめたい気持ちをココアといっしょに一気に飲み干した。

ここまで読んでくださった方々、本当にありがとうございます。作者が嬉しいのはもちろんのこと、登場人物たちにとって何よりの幸せです。


あの…主人公?主人公がよからぬことを考えております…ええっ!?

追い詰められた人間はなにをするかわかりませんね…蛍、やめよう?(汗)

作者もおすすめしないって…維千さん怖いんだから。


引き続き、のんびり気ままに書いていきます。

拙い文章ですが、おつき合い頂ければ作者、登場人物ともに幸いです。

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