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とある星物語  作者: 黒星
19/59

第19歯 人生は思い通りにいかないを楽しむもの

窓の向こうに陽が沈んで誰もいない教室が薄闇に呑まれると、日中とは違った景色がじわりじわりと顔を覗かせた。

「…ありがとう、か」

サラはティース都立病院の子供たちがくれた手紙を読んで困惑した表情を浮かべると、体を抱きしめるようにして左上腕に巻かれた包帯に触れた。

「俺は…そんな温かい言葉をかけてもらえるような人間じゃない」

刺青を焼こうが隠そうが、サラの12年間が消えることは絶対にない。

手紙に添えられた画用紙には褐色肌に赤い目をした少年が、子供たちに囲まれて笑っている様子が描かれている。サラはクレヨンで描かれた辿々しい線を指先でなぞって、今にも泣き出しそうな儚い微笑みを浮かべた。

「同じ世界には生きられないのに」

彼らと同じ年の頃、サラはガリヴァーノンと共に裏切り者の始末に明け暮れていた。

ついに人を殺したのは5歳のときだ。かつて同胞だった人間の絶望に染まった目を前にして、サラは生まれて初めてガリヴァーノンに逆らった。

それも恐怖心が引き波のように全身から力を奪い去って、サラは声にならない声を漏らしながら首を小さく横に振るのがやっとだった。

ガリヴァーノンはまるで包丁の使い方を教えるかのように、ガクガクと震えるサラの小さな手を上から優しく握って、戦慄する同胞に狙いを定めた。

サラの意思に反して手のひらに魔力が集中する。バーンッ!と雷が落ちて、人の形をした黒炭が、糸が切れたマリオネットのように呆気なくドサッとその場に崩れ落ちた。

サラの心は死んだ。ひとり殺したら、あとは淡々と数が増えるだけだった。サラは次第に自分が壊れていくのを感じて、いつしか考えるのを辞めた。

思考を放棄した、これが自分が犯した最大の罪だろう。地獄中を探し回ったって、穢れた自分に見合う罰など見つかる気がしない。

存在しなかったことにできないなら、せめてこの先の未来から自分を消してしまいたかった。

(…そう思うのはただの逃げだろうか。それすら許されないなら、どうすれば償える?)

サラは「うー」と小さく唸って、膝を抱え込むと顔半分を腕に埋めた。

「…そうだ」

ふいに思い出して襟につけたピンをタップすると、ビーモくんが立体的な映像で机の上に浮かびあがり、悲しげな表情でぺこりと頭を下げた。

「はずれた…」

サラはガクッと机に突っ伏すと、決まった動作で繰り返し謝り続けるビーモくんに目だけを向けた。

(悪運は強いんだけど…良運とは本当に縁がない。日頃の行いが悪いからか)

サラは苦々しく笑うと、悔しさを乗せた指先でビーモくんのおでこをピンッと弾いた。

サラが応募していたのは、人気恋愛小説「愛駆ける君に」の作者「迷迷ひつじ」とその映画版の主演女優「咲蘭」、そしてコミック版の作画担当である「きのす」が一同に会する豪華トークショーのチケットだった。

蛍が愛君の熱烈なファンだと知ったので、入試を控えた彼女にプレゼントして、励まそうと思ったのだが…そううまくはいかないものである。

サラが諦め切れずにビーモくんをじっと見つめていると、ふいに落ち着きのある女性の声がした。

「へえ、意外。君、愛君が好きなんだ」

サラがびっくり箱から飛び出すようにガタッと席を立ったので、そのすらっと背の高い彼女も驚いてビクッと飛び上がった。

「ご、ごめん。驚かせたかな?」

彼女がそろりそろりと近寄ると、サラは眉間に皺を寄せてスッと身構えた。

「こっわー…目で人を殺せるわ。なんて、冗談。そんな親の仇を見るような目をしないでよ」

彼女が及び腰で「どーどー」となだめると、サラは目だけは鋭く彼女を捉えたままふっと肩の力を抜いた。

「っていうか、驚きすぎ。ノート落としちゃったじゃん」

彼女は「なはは」と笑って胸元を押さえると、膝を横に折るようにしてしゃがんで足元に散らかった数冊のノートを拾いあげた。

(気づかなかった…イルカに出会ってから平和ボケがひどい)

窓辺で熱い煎茶を飲みながら、呑気に日向ぼっこをしているイルカを思い浮かべて、サラは白けた顔をした。彼に拾われてまだ1年と経たないが、当初は牙を剥いていたサラも今ではすっかりイルカのペースに呑まれてしまった。

「ふうん?」

彼女は他とは一線を引く美しい所作で立ち上がると、サラよりも10㎝ほど高いところから、その小さく整った顔でずいっとサラを覗き込んだ。

「…何?」

「君…私のこと、知ってる?」

「知らない」

「なはは…即答はさすがに傷つくなあ。君、本当に愛君のファン?」

サラはふるふると首を横に振って、そそくさと帰りの身支度を始めた。

みんなから注目を浴びる自分があんなにも見つめているのに、みんなから避けられている彼は自分を頭の片隅にも置いていなかったのか。

サラは興味がないどころか、彼女を避けるように視界に入れようとしない。

「ファンでもないのに、トークショーに行きたいの?」

「……」

だんまりを決め込むサラに苦々しい笑いを浮かべて、彼女は彼の目の前でひらひらと手を振ってみせた。

「おーい。ねえ?ねえってば」

「…知人がファン」

(答えた!)

彼女の胸は大物を釣り上げたかように高鳴って、形のよい唇はどうにもにやけが抑えられない。

サラ…だったか。彼は講義を休みがちで、たまに出席したかと思えば怪我をしていることが多く、クラスメイトから遠巻きにされていた。

彼にしたら自分もその内のひとりなのだろうが、自分は他と違って彼に興味がある。彼の他人を避けているかのような素振りが自分と重なって見え、どうしても放っておけなかったのだ。

「さようなら」

「まっ!待って!」

サラは伸ばされた手をサッと払いのけて、スタスタと教室を出ていこうとする。

やっと掴んだ糸口だ。手放してなるものか。

「愛君の主演女優、知ってる?咲蘭って…私なんだけど」

サラはピタッと足を止めたが興味はないらしく、振り返ることもなく再びその場を立ち去ろうとする。

なにか…何か彼の興味を惹くもの…

「チケット…そう、チケット!私が用意してあげる!」

サラはようやく振り返ると、怪訝な表情を咲蘭に向けた。

「…本当?」

咲蘭はコクコクと何度も頷いて、なはっと笑顔を取り繕った。関西弁で喚き散らす社長の姿が目に浮かんだが、背に腹は変えられぬ。あの短パン小僧については、あとで対策を練るとしよう。

「な…何枚欲しいの?」

「1…いや、2枚」

「2枚?もしかして…デート?」

「違う」

サラが落ちついた声で即答してくれたので、咲蘭は心のどこかでホッとした。

サラはその関係を何と言い表そうか悩んでいたが、しばらく経っても答えは出てこなかった。

「わかった、2枚ね。社長にお願いしてみる」

「ありがとう」

サラがぺこりと会釈してさっさと教室を出ようとするので、咲蘭は「待って!」と駆け出して彼に手を伸ばした。

その刹那、サラは目にも止まらぬ速さで咲蘭の手を捻り上げ、壁際まで押しやると両手をドンッと壁についた。

「…まだ何かある?」

身長差など忘れるほどの迫力に、咲蘭はへなへなとその場に座り込んでしまった。

「チケットはありがたいけど…これ以上、俺に関わらないで」

呆気に取られ動けずにいる咲蘭からスッと身を引くと、サラは乱れた衣服を直してカバンを肩に掛け直した。

窓から月明かりが差し込んで、血のように真っ赤な目が不気味に光っている。

(今の動き…本当にただのクラスメイト?)

咲蘭の脳裏に不意に血まみれの光景がフラッシュバックして、彼女は震える肩を抱きしめるようにぎゅっと押さえつけた。

「さようなら」

一方的に別れを告げられて、負けず嫌いの咲蘭は何だか腹が立ってきた。咲蘭はぐっと体に力を込めると怒気を含んだ声で言った。

「ねえ、チケットのお礼!」

「受け取るときに払う」

「そうじゃなくて!チケット代はいらないからさ…君、私と勉強友達になってよ」

「は?」

思ってもいなかった申し出に、サラが間の抜けた声を漏らしてきょとんとしている。

「君、よく授業休むでしょ?たまに見かけたと思ったら怪我してるし…そんなだから、みんな怖がって近づかないじゃん」

咲蘭は服についた埃をパッパッと手で払いながら、ゆっくりと立ち上がった。

「私もさ、仕事で休むことが多くって…正直、きついんだよね。授業に追いつくの。久々に学校に来たら、ひとり浦島太郎状態でさ…なはは。みんなに憧れの目で見られちゃって、いっしょに勉強できるような友達もいないし。スタディフレンド…スタフレ募集中!」

そこで立ち尽くしているサラをビシッと指差し、咲蘭は慣れた仕草でパチッとウインクを決めた。ふわふわと飛んできたハートを無碍に叩き落として、サラはふうっと呆れ果てた顔をした。

「…ぼっち」

「君に言われたくない」

「背伸びするのをやめればいい。他をあたって」

「つれないなあ。チケット、欲しいんでしょ?」

咲蘭は勝ち誇った顔でにんまり笑うと、ノートをパタパタと仰いでみせた。サラはうっと顔を顰めて、物欲しそうな目で咲蘭をじっと見つめている。

(さて?君はどうする?チケットを諦める?)

サラは頬を赤らめて悔しそうにすると、はにかんだような不貞腐れたような顔をして咲蘭に抗議の目を向けた。怒った猫の尻尾のように、彼の三つ編みはピンッと逆立っている。

しかし、断らないところを見ると…

「決まりね!」

咲蘭は喜色満面にあふれてサラに駆け寄ると、彼の骨張った手をぐいぐい引いて歩き出した。

「君に教えてあげる!欠席した授業の内容と…女の扱い方!」

サラは物言いたげな目をして、咲蘭にされるがまま引きずられていく。

「あっ」

咲蘭が急に立ち止まったので、サラは彼女の背中に顔面から突っ込んだ。

「…何?」

サラが迷惑そうに顔をあげても、咲蘭はひとりでぶつぶつ呟いている。

「…学校を休みがちな不良男子とスーパーモデルが、放課後にふたりで勉強会…スキャンダルだわ」

「は?」

咲蘭は思い立ってくるっと振り返ると、ポカンと立ち尽くすサラの頭からつま先までをじろじろ見た。

「その三つ編みは解いて…私のストール貸してあげる。目が目立つわね…メガネ、ほらかけて」

咲蘭が手早くサラの身なりを変えていく。怒涛の指示に従う間も拒否する間も与えられず、サラはもうどうにでもしてくれと咲蘭に身を預けた。

「これでよしっ!」

出来上がったサラは咲蘭の少し大きいカーディガンで体格を隠して、女の子に見えなくもない。

「ぶはっ!かわいい!ねえ、君…読モやってみない?!」

咲蘭は口元に手を当て、プルプルと笑いを堪えている。サラは恥ずかしさと怒りでぷるぷると震えている。

「帰るっ!」

「ごめん、ごめん!でも…ぷぷ…か、かわいいよ」 

「不愉快」

「ごめん、ごめん…待って」

サラがメガネとストールを外そうとするので、咲蘭は彼の手をガシッと掴んでその動きを遮った。

彼女の手が笑い以外の何かで震えているのを感じ取って、サラが少し驚いた顔をする。咲蘭は情けない顔でサラを見下ろすと、消え入りそうな声を絞り出して言った。

「お願いだから、協力して。スキャンダルは避けたいの」

「それならひとりで勉強すればいい」

サラが咲蘭の私物をポイッポイッと投げて返す。三つ編みを結い直しているとふたりの目と目がぱちんとあって、サラは咲蘭がなにかに怯えているのを察した。

こうなると断れないのがサラである。

「頼むよ。後悔させないからさ」

咲蘭がパチンと手をあわせてもうひと押しすると、サラはふうっと息を吐いて三つ編みを結い直すのは諦めた。

「…好きにすれば」

「ありがとう!」

咲蘭がパッと目を輝かせて、サラが大きなため息を吐く。

闇を深める教室は眩しいくらいの月明かりに照らされて、思いの外明るかった。

ここまで読んでくださった方々、本当にありがとうございます。作者が嬉しいのはもちろんのこと、登場人物たちにとって何よりの幸せです。


やはり恋愛は苦手でして…仕上がりの割にはがんばっています。そもそもの文章力が壊滅的なのに、加えて苦手分野を書くだなんて、何を考えているんだ。


引き続き、のんびり気ままに書いていきます。

拙い文章ですが、おつき合い頂ければ作者、登場人物ともに幸いです。

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