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とある星物語  作者: 黒星
17/59

第17歯 過去を見なければ、今も見えない

黒の手袋を外して、気持ちもいっしょに解放された気になる。深緑のベストを脱いで白いシャツの襟を胸元まで開けると、サラは寮の談話室に蛍の姿がないことを確認して安堵の表情になった。

(…これでいい)

サラに冷たく拒絶されて、蛍はひどく悲しい顔をしていた。彼女のことは気がかりだったが、きっと浦島やイルカが励ましていることだろう。

ここにいる人達は皆、温かい。人に愛され、人の愛し方を知っている。

(人は人からしか学べない。歪んだ愛情しか知らない俺に、人を愛することはできない)

いつだって自分と深く関わろうとする者は不幸になる。大切なものはサラの意思を無視し、心痛める彼を嘲笑うかのように次々と壊れていった。

(そんなの…見たくないのに)

誰かの人生が壊れていくところなんて、もう見たくない。だから自分は大切なものから身を引こう…できるだけ遠くに遠くに。

それで相手を傷つけたら元も子もない。そんなことはわかっている。だけど、自分はこんな方法でしか他人を愛せない。人の愛し方がわからない。

「しょうがない」

肩に止まった青い小鳥がピーピーと騒がしく鳴くので、サラは弱った顔をして小声で謝った。

「わかってる。ごめん」

小鳥は褐色の頬を軽く引っ掻いて抗議し、バサバサと暗闇の向こうに飛んでいった。その羽音を最後まで見送って、サラは苦虫を噛み潰した。

(俺には…自分で羽ばたく意思がない)

龍には自由に羽ばたく翼がない。のたうち回るように身を捩り、吹き流しのように風に乗って空を泳ぐ。

自分もまた平和維持軍ではイルカの腰巾着となり、裏ではあいつらの手駒となってふわふわと漂っている。

(逆鱗…龍か。言い得て妙だ)

サラは苦笑いを浮かべると、深呼吸をして気持ちをサッと切り替えた。ひとたび寮に戻れば、自分はジョニー魔法学校の普通科に通うひとりの生徒だ。

(さてと。着替えが先か、夕食が先か…)

赤のハーレムパンツは学生寮でとても目立つ。早く着替えたかったが、どうにも腹が減って仕方がない。

(うん、食べよう)

サラはしっぽのような三つ編みを嬉しげに揺らして、男子寮のキッチンに向かった。

大道芸を披露して体を動かしたこともあるが、持病の影響でサラはとにかく腹が減っていた。

チェン曰く、通常は必要時に必要分の魔力を作り出すが、魔力多増症の患者は多量の魔力を延々と作り続けるそうだ。当然エネルギーの消費が激しくなり、必然的に恥ずかしいくらいの大食いになる。

(少し熱っぽい…胃に優しいものがいいか)

疲れやすくなり免疫が落ちるため、風邪をひきやすくなるのもこの病気の特徴だ。

サラは冷蔵庫の中から「サラくん」と書かれた箱を取り出すと、ありったけの根菜とキノコ、鶏肉を手に取った。

「鍋は…」

サラはシンク下をひょいっと覗き込んで赤い目を右往左往させると、奥のほうからいちばん大きな鍋を引っ張り出した。

発症メカニズムが解明されていないこの病気には、特徴的な症状がもうひとつある。

サラの赤目は、実は生まれつきではない。魔力多増症の罹患者は、発症時に目の色が赤に変わるのだ。

(元々は何色だったんだろう。全然覚えてないや)

トントンと手際よく切った食材を鍋にすべてぶち込む。出汁と水と加えて火にかけると、しばらくして食欲をそそる香りがしてきた。

(ガリヴァーノンは知ってるかな?)

ぐつぐつと煮立つ鍋を何の気なしに眺めて、サラはぼんやり考えた。

ガリヴァーノンはサラがまだ赤ん坊だった頃から、ずっとそばにいてくれた兄のような存在だ。彼なら知っていそうだが、いっしょに過ごしたおよそ15年間、そういえば1度も訊ねたことがない。

自分は考えることを放棄していたし、自分のことなんかどうでもよかったから。

(生きているだけで奇跡なのに…生きることに無意欲なのは、いけないことだろうか)

魔力多増症を発症すれば耐えがたい負荷が体にかかり、その生存率は極めて低い。治療法はなく発症後の余命は長くて2年というから、自分が今ここに立っているのはきっと奇跡なんだろう。

それは本当に珍しいことのようで、あのぶっきらぼうなチェンが深々と頭を下げて、治験薬の被験者になって欲しいと頼み込んだくらいだった。

「死は必ずやってきます。今は楽しみに取っておいて…あなたの時間を少しだけ、僕にくれませんか?」

イルカの言葉が思い出される。死を楽しみに…だなんて言ってしまう人間がまさかいるとは思っていなかったから、サラはすっかり面食らってイルカの思惑通りに流しに流されてしまった。

してやられた。少しばかり…なんて言って、イルカはサラを生かすことしか考えていない。

(…少し疲れた。さっさと食べて、とっとと寝よう)

「サーラさん!今日も山盛りですね」

「っ!?」

サラが具沢山のスープを(どんぶり)によそっていると、キッチンの入り口からふたつの頭がひょっこりと飛び出した。

聞き慣れた声の主を横目でチラッと確認する。案の定、冷たく突き放したはずの蛍がこちらに向かって人懐っこく笑いかけていた。

「こ…こんばんは」

(関わらないでって言ったのに…離れるどころか、もうひとり増えてる。あれは…カラスの子か)

気弱そうな少年が蛍の隣で青い目を不安げにしていた。

(蛍ちゃんは負けん気が強いと聞いていたけど…)

サラは無視を決め込んで、蛍に投げる言葉のナイフを選んだ。彼女を傷つけたくないが、彼女のような温かい人間はやはり自分と関わってはいけない。

選ぶ言葉を鋭利にすればするほど、サラは自分の心が抉れていくのを感じた。

「えっへへ!サラ飯、食べにきちゃいました」

「サラ飯?」

「サラさんが作る飯だから、サ、ラ、め、し」

「なにそれ」

蛍が鼻高々に言うので、姫魅はクスクス笑った。

それでもサラは見向きもしようとしない。予想はしていたが…こうも露骨に無視されると、いくら気丈夫な蛍でもさすがに傷つく。傷ついたから、蛍は意地でもサラを振り向かせてやることにした。

「おーい」

サラはダイニングテーブルに腰掛けて、視線を丼に落としたまま黙々とスープを頬張っている。

(そっちがその気なら…)

蛍は知っている。サラはクソがつくほど真面目だから、他人を避けようとするくせに無視を決め込むのがど下手くそだ。

今こうしている間にも、尻尾のような三つ編みは嬉しそうに揺れているし…ほら。麦茶と間違えて醤油を飲んでしまい、ケホケホと咽込んでいる。動揺をまったく隠せていない。

蛍はニヤリと口を歪めてから悩ましげな表情を作ると、頬に手を当てて哀れな子羊を演じた。

「はあ…ジョニ校の入試が1週間後に迫っていると言うのに…私ったら魔力を感じることすらできない。ジョニ校は魔法の名門校と聞いているし…私、とてもじゃないけど自信がないわ」

「何言ってるの?さっきまで制服を着ている自分が想像できるって、言って…いっ?!」

蛍のかわいらしいパンプスが姫魅のくたびれたローファーを無遠慮に踏みつける。

姫魅は涙目になって蛍を睨もうとしたが、さらに恐ろしい形相が彼を睨みつけていたので潔く泣き寝入りすることにした。

「これまで魔法を知らなかった私が魔法の名門校に通うなんて、やっぱり無理なのかしら。魔力を感じるってどういうこと?私にはさっぱりわからない」

「例えば、楽しいことを想像してみて。湧き上がってくる感情が体中を駆け巡るイメージ…あっ」

しまったという風にサラが顔をしかめると、蛍はフフンッと鼻を鳴らして勝ち誇った顔をした。

蛍は知っている。サラは困っている人をどうしても放っておけない。

「サラさん。関わらないなんてもう無理です。私、サラさんのこと大好きになっちゃいましたから」

サラは観念したように両手をあげて体ごと振り向くと、赤目を冷ややかにしてその端正な顔から温度を消し去った。

「帰って」

「嫌です」

「邪魔」

「嬉しそうですよ?」

「嬉しくない。付きまとわれて迷惑してる」

蛍はムスッと頬を膨らませると、大きく息を吸い込んで捲し立てるように言った。

「サラさんの天邪鬼!私のこと、本当は大好きなくせに!」

サラは怯んでうっと言葉を詰まらせると、スススッと目を逸らして照れくさそうにほんのり頬を赤くした。

(え…ちょっと…なによ。否定し返してやるんだから、否定してきなさいよ。急に素直とか…調子狂うじゃない!)

真面目め。そこは冷たく返してくれないと…こちらまで恥ずかしくなるではないか。

「やっぱり私のこと、好きなんじゃない」

「蛍。自分で吹っかけといて、自分で照れてるの?」

「だまらっしゃい!」

「あはは。蛍ったら、サラさんのことが本当に大好きなんだね」

姫魅に優しく笑われて、蛍は熟れたトマトのように顔を真っ赤にした。

「おやおや。触れようものならただでは済まない緋色の逆鱗に、ここまで踏み込んでしまうとは…蛍ちゃんには敵いませんね」

せせらぎのように穏やかな声がして、蛍の後ろからイルカがひょっこり顔を出した。赤の差し色が入った黒い着物が、彼の落ち着いた印象をより一層強くしている。

「イルカ。その呼び方、やめて」

サラの眉間がわずかに寄ったのを見逃さず、イルカは「はいはい」と眉を下げて笑った。

「サラ、諦めなさい。彼女はあなたより、あなたをよくわかっています。勝ち目はありませんよ」

イルカはふふっと微笑んで、サラの頭をぽんぽんと軽く叩いた。

「自分を傷つけるのは、もうおやめなさい。見ているほうがつらくなる」

「…俺じゃない。傷ついているのは蛍ちゃんのほうだ」

「そう思うなら尚更、おやめなさい。誰もよい思いはしないでしょう?」

「俺といっしょにいたら、いつか蛍ちゃんも壊れ…」

「ません。そう思わせるような出来事があなたの過去にあったのかもしれませんが、思い込みは事実を招きます。サラ。望まないことは想像しないことですよ」

サラは三つ編みをしゅんとさせて、そのまま黙り込んでしまった。イルカは着物の袖に腕を突っ込むと、「おやおや」と困り顔で微笑んでふうっとひと息吐いた。

「サラ?」

「…ごめん」

「サラマット?」

「…ごめんなさい」

「さぁ、らぁ、まぁっと、くーん」

「…あい」

ほっぺをみょーんと引っ張られてサラが謝るのを辞めると、イルカは満足げに頷いてにっこり笑った。

「僕が人の愛し方を教えてやる。だから、あなたは安心して人を好きになりなさい。自信を持って人に好かれなさい」

こんなキザな台詞もイルカが口にすると、高僧の説教のように心に染み渡るから不思議だ。彼の深い人生経験が言葉の重みに表れていた。

「サラ。蛍ちゃんに申し訳ないと思うなら、お詫びに魔法を教えてあげてはどうですか?」

「お…お願いします!」

サラは期待に胸膨らませる蛍をじーっと見つめて考えていたが、何も言わずに腕まくりをすると蛍の背後にピタッと立った。

「あの…」

「教える。手、貸して」

サラは蛍に後ろから覆い被さると、彼女の両手の甲に両手のひらを被せるようにして組んだ。

「何が好き?」

「へ?わ、私が?好きな、ですか?」

「うん。胸が高鳴るような楽しいこと…ある?」

「えっと…そんな…急に言われましても…」

蛍の胸ならすでにはち切れんばかりに高鳴っている。

サラの筋肉質な体が蛍の柔らかな体を包んで、彼女の背中に彼の体温がじんわりと伝わってくる。蛍の耳元でサラの響きのある声がしている。

蛍は考えを巡らせようとしたが、心臓がドキドキしてそれどころではなかった。

「歌はどう?愛君の主題歌とか…蛍、きっと気に入ると思うよ」

姫魅が胸ポケットに刺したピンをタタンと指先で叩くと、軽快でありながらどこか切ない歌が流れ始めた。

「うわあ」

恋愛小説「愛駆ける君に」の名場面を想像させる歌詞に蛍が目を輝かせて聴き入っていると、サラは蛍と組んだままの手でリズムを取りながら小声で歌い始めた。

彼はうろ覚えの歌詞を軽い調子で口ずさんでいるだけなのだが、蛍の心は雷に打たれたような衝撃に痺れてしまった。

「堂々とした、きれいな歌声…!」

蛍がパッと見上げると、サラは遠慮がちに笑って「ありがとう」と呟いた。サラの歌声を聞いてうずうずしていた姫魅がついに堪えきれなくなって歌い出す。

(なに?!何なの?!何が起きてるの?!)

蛍は目をぱちくりさせた。姫魅もまた鳥がさえずるような美しい歌声をしているではないか。

イルカは「よっこいしょ」と椅子に腰掛けると、食べかけの夕食をしれっと頬張りながら、愛でるような眼差しをふたりに向けて歌に聴き入っている。

蛍は段々と楽しくなってきて、サラと組んでいる手を彼のリズムに同調させて振った。ふいにサラの手がポゥッと光って、蛍の体に電気が流れるような感覚がした。

「俺の魔力。わかる?」

「え?は、はい」

蛍はそっと目を閉じて、感覚を研ぎ澄ませた。体中を駆け巡るそれは血液といった物質や何か力のようなものではなく、湧き上がる感情そのものだ。

しばらくしてそれは、心地よい痺れから太陽に照らされるようなきらきらした感覚に変わった。

「蛍ちゃん」

蛍がそっと目を開ける。サラはいつの間にかイルカの隣に立っていて、蛍の手はひとりでに光っていた。

「それが君の魔力」

「私…自分で魔力を流してる…?」

じわじわと湧いてくる喜びに呼応するように、蛍の手はパアアと光を強くした。

「これが…私の魔力!」

最高潮に達した喜びが光となって指先から溢れ出す。蛍は息を弾ませ目を輝かせると、そこで嬉しそうに目を細めているサラにパッと飛びついた。

「サラさん!私の魔力!まるで力強い太陽のようだわ!」

「うん」

「私、魔法を使ってる!」

「うん」

蛍はサラの両手を包み込むようにギュッと握って、力任せにぶんぶんと縦に振った。その勢いを受け止めきれず、サラの上体がガクガクと揺れる。

「ほ、たる、ちゃん。落ち、つい、て」

「落ちついていられるものですか!今日は記念すべき魔法デビューの日よ!ジョニ校に入学したも同然!サラさん、ありがとうございます!」

「おやおや」

「蛍、気が早いよ。それはまだ魔法じゃない」

我を忘れて喜び狂う蛍に、姫魅がすっかり呆れ果てる。イルカは空になった丼に手を合わせると、サラを振り返ってニコッと微笑んだ。

「ごちそうさまでした」

「俺の…夜ごはん…」

「ふふふ、おいしかったですよ」

口に手を添えて満たされた笑顔を浮かべるイルカに、サラは目を半眼にしてヒクヒクと顔を引き攣らせた。

「サラは教えるのがお上手ですね」

「…俺もこうして教わった」

「それはそれは、よい師をお持ちですね。サラ。よろしければ次回から、僕の講義を手伝ってくれませんか?」

「よろしくない」

「試しに一度」

「いーやっ」

サラはふうっと呆れ顔でため息を吐くと下がってきた袖を腕まくり直して、冷蔵庫の中を漁り始めた。

「サラはいつも腹ぺこくんですね」

「わかっているなら食べないで」

「だってサラ…サラの手料理が食べたいって言っても絶対に作ってくれないじゃないですか」

「イルカは自分で作れる」

「サラのがいいんですよ」

イルカは頬をぷくっと膨らませて、ぷっと吹き出すと「あはは」と楽しそうに笑った。サラはすんとして、冷蔵庫から取り出したバナナをもぐもぐと頬張っている。

「それは…まさか…」

サラに目を釘付けにして、姫魅は強張った顔でその場に固まった。

「どうしたの、姫魅。バナナがどうかした?」

「バナナじゃないっ!」

姫魅が大きな声をあげたので、一同はきょとんと呆気に取られた。

姫魅の視線はサラの左上腕に向けられている。蛍に激しく腕を振られたからか、いつの間にやら巻かれていた包帯が解け、痛々しい火傷痕が露わになっている。傷痕で大部分が消えてわかりにくいが、よく見るとそこに青い熊の刺青があった。

「熊の入れ墨…まさかスピッツ?!」

「…スピッツ、だった」

サラが悲しげな目をして呟くと、姫魅はゴクリと息を飲んで怒りに体を震わせた。

「あんたが…俺の村を…俺の家族を…」

「姫魅くん、落ちついてください。サラはもうスピッツではありません。それに彼はカラス族の虐殺に関与していません。彼が担っていたのは裏切り者の始末で…」

「イルカ先生は黙っていてください!」

姫魅はサラを睨みつけたまま、フーッフーッと息を荒げている。今の彼にはどんな言葉も届かないだろう。

どちらかと言えば大人しい印象の姫魅が見せた意外な一面に蛍はヒヤリと肝を冷やした。

「イルカ。スピッツを辞めてもスピッツだった過去は消えない。俺はカラス族の虐殺を止めなかった。止められなかった… それは直接手を下したのと変わらない」

「サラ…」

サラの苦しげな横顔に触れようとして、イルカがそっと手を伸ばす。

出会った当初、絶縁手袋なしでは近寄ることもままならなかった関係も、今ではこうして話ができるようになった。それでも彼の心はもう少しで届きそうで、絶対に届かないところにある。もどかしいが今はただ待つしかなかった。

「お前らが…お前らがいなければ!」

姫魅の前に魔法陣がパッと現れて青白く光ると、鋭い刃物のような無数の羽が彼を取り囲むようにして浮かび上がった。

「姫魅!やめて!」

姫魅が腕を振るとそれらは一斉に飛び出して、サラ目掛けて一直線に襲いかかった。サラは小さく微笑むとフッと全身の力を抜いて羽に貫かれるのを待った。

「バカ!」

イルカはサラの首根をぐいっと引き下げて、右手をサッと前に突き出した。現れた大きな水の渦が盾になって、襲いかかる羽をひとつ残らず巻き取る。

水の渦が羽とともに掻き消えると、蛍はへなへなとその場に崩れてしまった。

「サラ!なんで避けなかった?!あなたは彼を人殺しにするつもりですか!」

イルカの言葉にサラがハッとする。イルカはやれやれと困り顔を浮かべると、興奮冷めやらぬ姫魅にそっと歩み寄った。

「姫魅くん。サラを殺してしまったら、あなたの時間は本当に止まってしまいます。サラは今、どうしたら償えるのか模索している最中です。どうか彼が見つけだす答えを見定めてください」

「イルカ先生が僕の立場だったら、同じことが言えますか?先生にはわからないでしょう。僕の気持ちが。すべてを奪われたんだ…すべてを」

イルカは姫魅の唇にスッと人差し指を立てた。彼はまっすぐな目で姫魅を見つめると、子供を諭すようにできるだけゆっくりと穏やかな口調で語りかけた。

「姫魅くん。憎むべき相手を前にしたとき、人は魂の真価を問われます。どんなに苦しくとも強くありなさい」

「そんなの…理不尽だ」

「人生は理不尽なことばかりです。ですが、どう生きるかを選ぶことはできます」

しばらくはサラを睨みつけていた姫魅だったが、奥歯をギリッと噛み締めると、煌々と光り続けていた魔法陣をフッと消した。

「ありがとうございます」

「お礼なんかいらない。許したわけじゃありませんから」

「姫魅くん。サラはティース都立病院の小児病棟で、患者を励まそうと芸を披露しています。気持ちが落ちついたら、見に来てやってください」

「誰がそんなもの!やったことは消えたりしない。そんなことで過去は精算できない」

「なら、何をすればご納得いただけますか?」

「それは…」

姫魅は答えることができず、目を泳がせるとゆっくり俯いてそのまま黙り込んでしまった。

「身が裂ける思いでしょうが…どうかご自身の目で確かめて、それから判断してください」

イルカは情けなく微笑んで、姫魅の今にも崩れてしまいそうな苦悶の顔にそっと触れた。落ちつきを取り戻した姫魅はポロポロと涙を流すと、そのまま静かに眠り込んでしまった。

「…寝たわ」

「不安や怒りを流す固有魔法…イルカにしか使えない。感情そのものはなくならないけど、一時的に落ち着かせることができる」

そういえば平和維持軍に保護されたばかりの頃、恐怖に、不安に、孤独に取り乱した蛍もイルカに同じことをしてもらった。安心感から眠ってしまったのかと思っていたが、あれも魔法だったのか。

「たま。おいで」

イルカが誰ともなく名前を呼ぶと、巨大な白虎がどこからともなく現れた。

「サラ。僕は姫魅くんを送ります。ウララカのお土産、蛍ちゃんと食べてくださいね」

『オレノハ?』

「おやおや。たまのは家にあるでしょう?」

イルカはグルグルと喉を鳴らす白虎に苦笑いを返して、「ごまもちせんべい」と書かれた紙袋をサラに投げてよこした。

「それではまた。おやすみなさい」

イルカは姫魅を担いだままヒョイッと白虎に飛び乗ると、彼お得意の仏様スマイルを湛え、ゆったりとした動きでひらひらと手を振った。

「イルカさん、ありがとうございます!おやすみなさい!」

「おやすみ」

蛍はヘヘッと笑って大振りにお辞儀をした。サラは相変わらず素っ気なかったが、心なしかその表情は柔らかく、彼の三つ編みはゆらゆらと揺れている。

(イルカさん、不思議な人…)

白虎は先の見えない暗闇に向かって走り出し、そのうちに姿が見えなくなった。


読者の方々、本当にありがとうございます。

作者が嬉しいのはもちろんのこと、登場人物たちにとって何よりの幸せです。


せっかくほのぼのしたのに…一難去ってまた一難。とある星、なんて騒々しい惑星なんでしょう。

心理描写の難しいシーン…百裂拳の一投一投を丁寧に打ち込んでいる心持ちで、書き上げた頃には黒星の脳みそはカラカラに干からびておりました。

それでも力不足が否めない。一応、これでもひとつひとつの言葉を選び抜いて書いています涙


今回、イルカさんとサラが着ていた衣装はInstagramで活動されている、きのすさん( @illust_kinos )にデザインしていただきました。本当にありがとうございます。


文章ではそのかっこよさがあまり表現できず…申し訳ありません。

黒星のプロフィールから作者のInstagramに飛ぶと、イラストをご覧いただけます。

ご自身のキャラクターイメージを崩したくない方でなければ、よろしければご覧ください。


引き続き、のんびり気ままに書いていきます。

同じデザインの服しか持たない作者とやけにおしゃれなキャラ達ですが、おつき合い頂ければ幸いです。

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