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とある星物語  作者: 黒星
16/59

第16歯 あの時ああすればよかった、のあの時は今!

ネルは父子家庭で育ったそうだ。今、彼の父親がどこで何をしているのかは知らないが、ネルは父親と友達のような関係だったらしく仲睦まじいふたりの話をよく聞かせてくれた。

彼が姫魅にひとりで食事をさせないのも、彼の父親がそうしていたからなのだろう。ネルはどんなに急いでいても朝は姫魅といっしょにトーストを食べ、どんなに忙しい夜も食事時には帰るようにしていた。

いつも家族で賑やかに食事していた姫魅にとってそれはありがたかったが、自分が彼の足枷になっているのではないかと気掛かりになることもあった。

(実際、足枷…だよね)

姫魅はテーブルの隅に置きっぱなしになっていた隊長試験の説明会資料を思い出して、はあっと大きなため息をついた。

(隊長試験、やっぱり受けたいんじゃないか。教職に専念したいなんて言って、ずっと推薦を断っていたみたいだけど…ネルには実力があるし、時々会議に呼ばれて実質、隊長候補生だもん)

姫魅は電池が切れたようにガクッと項垂れて、図書室にため息を響かせた。

(あーあ、早く自立しないと。ネルが婚期まで逃してしまいそうだ)

とはいえ、ジョニー魔法学校は4年生だから、飛び級制度を使わなければあと3年と少しは卒業できない。

その後はどうしようか。専門学科に進んで平和維持軍に入隊する道もあるが、姫魅は争い事が嫌いだからそれは選択肢にない。専門学科には研究者や医者への道もあるが、卒業後さらに見習いの期間があるのでそれも考えていない。

(普通科を卒業したら、今のバイト先で正規社員を目指そうかな。少しでも自分で生活費を稼ぎたかったし、体力をつけたくて始めた仕事だけど…お客さんと距離が近いからやりがいはあるよね。それか、ネルみたいに教師になろうかな)

姫魅はふと先週のことを思い出した。そういえば、自分の教え方は感覚的すぎてわからないと蛍に怒られたばかりだった。

(魔法は好きだけど、教えるのはどうも苦手だなあ。好きを仕事にできたらいいけど、そうはいかないか…うーん)

姫魅は机に突っ伏して目を閉じた。ネルのことは信頼しているし、家に帰ればくつろげる。学校生活もそれなりに楽しい。それでも4年前にぽっかりと空いた心の穴は埋まらず、今も姫魅には居場所がない。

「もう何でもいいや。ありきたりで平穏な人生を歩めればそれでいい」

「夢がないわね」

気丈な声がしてそろそろと顔をあげると、呆れ顔をした蛍が腰に手を当ててそこに立っていた。

「あんた、私と同い年でしょ?こんなキラキラした世界で、なに余生を考えるおじいさんみたいなこと言ってんのよ」

「そんなこと言われたって…」

蛍は水色の長い髪をサッとかき上げて、フンッと自信満々に鼻を鳴らした。

「私の母国はなにもなかったけど、みんな、あんたよりずっと生き生きしていたわ」

ドサッ!ドサッ!ドサッ!

姫魅の目の前に次から次へと本を積みながら、蛍は「この国は娯楽に溢れている」だの「恋ですら自由にできる」だのぶつくさ言っている。

なるほど。おすすめした恋愛小説『愛駆ける君に』を感化されるほど気に入ってくれたのは嬉しいが、小言はネルだけで充分だった。

ゆっくり体を起こすと、彼女の隣に本をうずたかく積んだ台車を見つけた。

「え…これ…」

「先週借りた本は返したわ。今日はこれをお願い」

「こんなに借りるの?寮住まいなんだからいつでも来られるでしょ?」

「閉館中の時間がもったいないじゃない」

「閉館中って…」

図書室の開館は8:00〜20時まで。決して短くないと思うのだが。まして彼女は今、仕事も学校もないのだからずっと図書室に入り浸ることができる。

それでもまだ学び足りないというのか。そんなに急いで知識を詰め込んで、彼女は何をそんなに焦っているのだろう。

ジョニー魔法学校に年齢の定めはない。試験を受けるかどうかは、受験生の募集が始まる今年の冬までに決めればいい。

「借りられるのは20冊までだよ。それにそんなに借りて、どうやって持って帰るの?」

「うぇ?…えへ…えへへへ…」

知識を得ることばかり考えて、持ち帰る手段など考えていなかったようだ。蛍は右手を頭の後ろにやると、とぼけた顔でぎこちなく笑った。本当に彼女は…まるで勢い任せに走り続けるじゃじゃ馬のようだ。

「…ま、魔法?とか」

「蛍、魔法は使えないんでしょ?魔法で運ぶとして、誰が運ぶの」

蛍はパッと両手を組んで左頬につけると、目をうるうるさせて「姫ー魅♡」とおねだりした。

(ううっ)

不覚にもちょっとかわいいと思ってしまった。悟られないように大袈裟にしかめ面を作ると、蛍はふてくされた顔で対面の椅子に腰掛けた。

「わかった、わかったわよ。閉館までに読み終えるわ」

「え?この量を…?」

「当然でしょう?入試まで時間がないのよ」

「入試?蛍。ジョニ校の入試、受けるの?!」

姫魅がパッと目を輝かせて身を乗り出すので、蛍はたじろいでしまった。

「え、ええ…」

「それで?試験はいつなの?」

「来週」

「へ?」

姫魅の頭が真っ白になる。今、彼女は来週と言ったか?

魔法のまの字も知らない蛍が、魔法名門校の試験を1週間後に受けると。

「座学は得意だし、実技は何でもいいから物を創造できればいいって…基礎中の基礎魔法なんでしょ?やってやろうじゃない!」

蛍は腕まくりをしてフンッと鼻息を荒くした。

(その自信は一体どこからくるんだ…)

蛍はそれがどれだけ難しいことなのか、まったく分かっていない。何でもそう、基礎を身につけることがいちばん難しいのだ。

「試験官は誰かわかる?」

「学科試験はイルカさん、実技試験は維千さんが務めるって」

終わった。よりによって実技試験の監督が維千さんだなんて、運に見放されているとしか思えない。

ジョニー校長は平和維持軍の総司令官でもある。だから、ジョニー魔法学校の実技講師や試験官に平和維持軍の隊長や隊員が招かれることはそう珍しくない。

しかし、維千はすでに隊長を辞任している。

彼がまだ隊長だった頃、実技試験の監督を務めた話は未だに生徒の間で語り継がれているが…。

その試験を受けた者は例外なく灰のように白く燃え尽き、誰もが皆、世紀末をかろうじて生き抜いたというような顔をしていたそうだ。

ジョニー魔法学校で、教師でもない彼が今も有名であり続ける理由のひとつである。

(せめて逆だったら、望みがあったけど…)

「悪魔の維千、天使のイルカ」はジョニー魔法学校に通う者たちの共通認識だ。

「やる気に燃えているところ、腰を折るようで悪いんだけど…蛍。この試験は諦めて、来年を待とう。いくら実技試験の内容や担当者が明かされているとは言え、受かる見込みがないよ」

「頼みの綱がそんな弱腰でどうするのよ?!」

「そんなこと言ったって…1週間だよ?君、魔力を感じたことすらないじゃないか」

痛いところを突かれた蛍はうぐっと押し黙ると、悔しそうに歯を食いしばった。

「どうしてそんなに強気でいられるのさ」

「人が想像し得ることは全て実現できる…私はこの学校の制服を着ている自分を想像できる。だから…受かる!」

魔法倫理学の母、マナティの言葉を引用して、蛍が無茶苦茶な論理を解く。

その無鉄砲さが少し羨ましい。過去を消化できず、未来を恐れて、姫魅は今を生きるだけで精一杯だった。

「…蛍は強いな」

姫魅が気弱に笑ってぽつりと呟く。蛍はバンッ!と机に両手をつくとムッと顔をしかめた。

「私は強くなんかない!怖いわよ。独りになればいつも不安の堂々巡りに陥るわ。だからこそ退路を絶って、自分を奮い立たせて、強引にでも前に進もうとしているの。それに未来を疑うのは、他の誰かが勝手にやってくれるわ。今の姫魅みたいにね。だから…私がするべきことは、私を信じることなのよ」

蛍が照れくさそうにニッと笑ってみせる。姫魅の奥底で埃をかぶって転がっていたチャレンジ精神が目を覚ました。

ダメで元々なんだから、やれるだけのことをやってやろう。失敗したって失うものは何もない!…いや、高い受験料と自尊心があった。

それでも何もしないより得るものは大きいはずだ。一生懸命にあがいた時間は必ず次の未来につながる。

「そうだね!当たって砕けろ…」

姫魅が小さくガッツポーズをして顔をあげると、蛍の背後に鬼の形相をした司書が腕を組んで仁王立ちしていた。



「当たる前に砕けた…」

ふたりはまたも図書室を閉め出されてしまった。慌てて借りた10冊の本をそれぞれ5冊ずつ腕に抱えて、ふたりは途方に暮れて立ち尽くしていた。

「もー!蛍が騒ぐからだよ」

「なによ!あんただって大きな声、出してたじゃない。あーあ、いつか出禁になりそう」

「今日はもう帰ろっか」

「嫌よ。まだ何もしていないじゃない」

ふたりは一緒になってがっくりと肩を落としたが、蛍はふいに閃いてハッと顔をあげた。

「もうひとり、頼みの綱がいるわ」

入学試験に関わる者は、蛍に魔法を教えることができない。頼れるのは数少ない知人の中でも、教師でなく、平和維持軍の関係者でもない、第三者のみ…。

蛍は暗闇に一閃の光を見つけたかように表情を明るくしたが、すぐに冷たい赤目に突き放されたのを思い出して、ぐずぐずに腐った豆腐のように溶けてしまった。

「だ、大丈夫…?」

さっきまでの勢いはどこへ行ってしまったのか。蛍は電池が切れる寸前のおもちゃのように、ヘヘッ…ヘヘッ…と力なく細切れに笑っている。

「どうかしたの?」

「頼りにしたい人がいるんだけど…何というか…その…一方的に避けられてる…」

「嫌われてるってこと?蛍が?」

蛍はサラの笑顔を思い出して、ふるふると首を横に振った。

「嫌われてはない…と、思う…わ。笑わせてくれたし、笑ってくれたし…」

「じゃあどうして?」

「わからない。とっても優しい人だから、私に気を遣っているのかも…昔はその…ちょっと…やんちゃ、していたみたいだから」

「ふうん」

窓の外に日が落ちていく。姫魅がチラッと蛍を見やると、彼女は夕日の赤を真正面から受けてとめて、今にも泣き出しそうに目を潤ませている。

破天荒で強情で力強く駆け抜けるじゃじゃ馬娘の気弱な一面に、姫魅はドキッとした。

「蛍はさ、他人に嫌われるのが怖い?」

「そんなことない…わ」

咄嗟に否定してしまったが、徐々に自信をなくして声が小さくなる。

そんなこと…ある。自分は他人の評価を気にして、顔色を窺ってずっと生きてきた。

お父様のご機嫌をとり、忙しくするふたりの兄を振り向かせようとして、国民の見本となるべく…皆が望むいい子であることにこの身のすべてを捧げてきた。

他人に嫌われることは、自分の存在価値を否定されることだ。生きていることを否定されることだ。

怖い、怖い、怖い…私は他人の評価が怖い。

「僕はね、ずっと平々凡々に生きてきた…つもりだった。ある出来事を境に僕の一族がひどい差別を受けていたことを知って…すごく傷ついたよ。他人を恨んだり、妬んだりした。だけどね。僕がひとりぼっちになって、「かわいそうな姫魅くん」になった途端、たくさんの人が自分の都合でガラリと意見を変えたんだ。そんなものに振り回されて、心を削られて…バカらしくなっちゃってさ」

姫魅は蛍を振り向いて、あははと情けない顔で笑った。

「蛍はその人のこと、今も好き?」

「ええ!もちろん」

「だったら、会いにいけば?また笑い合えるって信じてさ。人が想像し得ることは全て実現できるんでしょ?」

蛍がポカンと呆けているので、彼女が腕に抱えている5冊に自分が抱えていた5冊を積み重ねて、姫魅はいたずらっ子の顔で笑った。

「10冊くらい、自分で持って帰れるよね!」

蛍はハッと我に返って挑戦的な笑いを浮かべると、腕に抱えた10冊をそのまま姫魅に押し付けた。

「女性には優しくするものよ。寮までよろしく頼むわね」

「ええー?そんな横暴な…待ってよ、蛍」

蛍がスタスタ先に行ってしまうので、姫魅は渋々魔法で本を浮かせて彼女の後を追った。

ふたりが顔をあわせずに、ふふっと温かい笑いをこぼす。下顎棟を出ると、薄暗くなった空に1番星がくっきりと輝いていた。

ここまで読んでくださった方々、本当にありがとうございます。作者が嬉しいのはもちろんのこと、登場人物たちにとって何よりの幸せです。


お気に召さずにすぐ閉じられる方も多いと思いますが、読者は確実に増えている…気がします。

自由気ままに書いていた黒星も、さすがに他人の評価が気になってきました…苦笑


読者の方々が楽しんでいるか、励まされているか、笑っているか、癒されているか…。

素人が書いているちっぽけな小説ですが、ひとりひとりが小さくとも確実な一歩を踏み出せるように祈っています。

その日がつらくてもたったひとつ、小さな笑顔が咲きますように願っています。

僕がそうだったように、これを読んだ方々が登場人物たちに力をもらい、どんな明日にも立ち向かえますように。


そのためにまず自分が楽しんで書かなきゃ、ですね。


引き続き、のんびり気ままに書いていきます。

拙い文章ですが、おつき合い頂ければ作者、登場人物ともに幸いです。

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