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8.白き月

 その夜、加州清光は三日月宗近の居室に向かった。白き月とは何か、主に月に何を思うかと謎をかけた意味は何か。それを三日月宗近に尋ねてもおそらく答えは得られないだろう。それが分かっていても、大切な仲間の一人を本丸の要である審神者が疑っている状況は見過ごせなかった。しかし何をどう話せばいいか思いつかない。

 三日月宗近は居室の前の回廊に座り、ちょうど急須から湯飲みに茶を注いでいた。加州清光が訪ねてくるのを予見していたのか、盆の上の湯飲みは二つ。茶菓子でも入っていそうな小さな紙箱もある。

 加州清光は茶を注いでいる三日月宗近に声をかけた。 

「なにしてんの?」

「ああ、茶をいただこうと思ってな」

 三日月宗近はにこやかに答えた。

「……三日月」

 加州清光は真剣な顔つきで三日月宗近を見つめた。

 三日月宗近はゆっくりとまばたきをすると、加州清光を見つめ返した。その双眸に浮かぶ三日月が、やけにはっきりと見える。

「お前も、月の正体を見に来たのか」

「難しい事はわからないけど……、茶菓子次第では考えなくもない、かな?」

 と加州清光は答えた。

「そうか、付き合ってくれるか。まあ、座れ」

 三日月宗近は笑顔になり、盆の上の紙箱を開けた。紙箱には桜の花びらの形の小さな落雁が詰まっていた。

「可愛らしいだろう。お前が好きそうだと思ってな。桜色のは苺味だそうだ。白いのはいわゆるプレーン味というやつだな」

 三日月宗近は小さな茶菓子について嬉しそうに説明した。

 加州清光は盆をはさんで三日月宗近の隣に腰を下ろした。三日月宗近が差しだす紙箱から苺味の落雁を手に取った。

「……もう気づいてるだろうけど、主はあんたを疑ってるよ。すっごく」

 加州清光が落雁を口に入れると、三日月宗近も落雁をつまんで口に入れた。

「……俺もお前と同じよ。ただ、守りたいだけだ」

「俺はあんたを信じてる」

「そうか。心強いな」

 三日月宗近はうなずくと加州清光に茶をすすめ、自分も一口飲んだ。

 加州清光は湯呑を取って口に運んだ。

「……俺にも真相を話す気ないの? そんなにまだ、頼りない?」

 三日月宗近は意外そうに目を丸くした。

「……ふむ。ははは」

「笑うなよ」

 加州清光は口をとがらせたが、三日月宗近はなんだか嬉しそうだ。

「すまんな。頼りにしているぞ」

「これだから年寄りは……」

 加州清光はぼやいた。

「いつまでも甘く見て」

「……そういうわけではないが」

「じゃあ、もっと頼れよ」

 加州清光は文句を言いながら茶を飲み、落雁をもうひとつ口に入れた。

 三日月宗近はそれを優しい目で見守った。

「……いつも苦労をかけるなぁ」

「ったく。のらりくらりと」

 それから二人は茶をすすりながら静かに夜の庭を眺めた。

 主が三日月宗近を疑っている状況を何とかしたいと思って訪れたが、糸口をつかむ代わりに別の謎をつかまされたような気がする。白き月、月をみて何を思う、月の正体。三日月宗近は何が言いたいのだろう? 中途半端に謎めいたことばかり言うのはなぜだろう? 疑問ばかりが頭を駆け巡る。

 ちょうど三日月が夜空に浮かんでいる。暗闇を切り裂く白銀の刃のようだ。

 加州清光はその三日月の形からウロボロスの蛇を思い出した。検非違使の出現する合戦場になったことを示す印。自らの尾を飲み込む蛇。永遠を表す円環。

 そういえば、時間遡行軍の短刀や苦無も蛇だ。頭に角のような刃が生えた、蛇の骨。それ以外の時間遡行軍にも蛇の骨が巻きついている。

 嫌な符合だ、と加州清光は思った。

 加州清光は茶を飲み終わると立ち上がった。

「ごちそうさま。お休み」

「持っていけ。主の口にも合うといいが」

 三日月宗近は落雁の紙箱を手に立ち上がり、それを加州清光に持たせた。

「おいしかったけど、茶菓子じゃ主の機嫌は取れないよ」

「ああ、いや。そういう意味ではない」

「……いつかは、ちゃんと、みんなに話してくれる?」

 加州清光は三日月宗近の双眸の中の三日月を見つめた。三日月宗近はその目に二つの三日月を持っている。彼の刀紋は、なぜか二重の三日月。ひとつの星を結び目にした二つの円環にも見える。

「………時が、来れば」

 と三日月宗近は答えた。その表情はあいまいだ。口元は微笑んでいるが、目元は悲しそうにしか見えない。

「ほんとに?」

 加州清光はいぶかしんで思い切り首をかしげた。

 すると三日月宗近は声を立てて笑った。

 加州清光はじっとりと三日月宗近をにらみつけたが、三日月宗近はまるで意に介さず、愉快そうに笑うばかりだった。



 翌朝、加州清光と審神者がその日の仕事にかかろうとしていたとき。

 突然、三日月宗近が執務室の前に現れた。

「すまんな、野暮用だ」

 三日月宗近はそれだけ言うと、すぐに去った。

 加州清光と審神者はあっけに取られてぽかんとした。

 三日月宗近の言ったことを理解する前に、本丸全体に赤い光が点滅しはじめた。

 同時に警報音がビーッビーッと鳴り響いた。これまで聞いたことのない音だ。

 加州清光は思わず「うるさいな」と文句を言った。

 こんのすけは慌てたようすで専用の端末を操作した。

「本丸へ急接近する敵を捕捉! 敵襲です!! 以降、緊急事態下により、私こんのすけからの情報と指示を本丸全体に即時共有します!」

 こんのすけの声が本丸中に響いた。

「本丸へ敵襲! 第一部隊は迎撃! 第二部隊以下は本丸の防御を!」

 本丸の門前に第一部隊の者たちが駆けつけ、他の全員は緊急配備態勢についた。

 こんのすけは警告を発した。

「大型の敵を確認! 想定よりも大きい! これ以上本丸へ近づける訳には……ここで撃退してください!」

 相手の軍勢には見たことがないほど大きな体躯の大太刀が混ざっていた。こんのすけの言葉通り、強化プログラムで想定されていたものより大きい。

 第一部隊は全員まずその大太刀に斬りかかったが、歯が立たなかった。この本丸では最高練度の精鋭たちであるにもかかわらず、である。大太刀の一撃でたちまち隊長と部隊のほとんどが負傷し倒れた。そこを敵の太刀が追撃してきた。

 そこへ突然、太刀を抜いた三日月宗近が現れ、あっけなく敵の太刀を退けた。

「ここは任せてもらおう。本丸を守れ。そして……主を頼むぞ」

 第一部隊は三日月宗近の言葉に従って退却した。まだ負傷していない者は負傷した者を助け起こし、門の内側へ引き返した。

 隊長の大典太光世はにらみあう三日月宗近と敵の軍勢とを去りがたいようすで見ていたが、やがて退却した。三日月宗近には何か策があるようだ。ならば、残って足手まといになるよりは、ここを任せるしかない、と判断した。

 三日月宗近は敵の軍勢に向かって高らかに名乗りをあげた。

「俺の名は三日月宗近。お前たちに物語を与えてやろう。さあ、ついて来い」

 三日月宗近は刀を虚空に向かって振った。すると、そこに大きな穴が現れた。穴のふちも中も銀色のもやのようだ。三日月宗近はその穴の中に身を滑り込ませた。

 敵の軍勢はまるで呪縛に捉われたように、その穴の中へと突進していった。一体も残らずに。

 加州清光と審神者とこんのすけは執務室のモニターで一部始終を見ていた。

「三日月……」

 加州清光は矢も楯もたまらずに執務室を飛び出したが、そこで驚いて立ち尽くした。

 本丸の敷地を囲む風景が、がらりと変わっている。白銀色の地平線。その向こうに見えるありえないほど巨大な、白い三日月。一面の星空。薄いもやのような虹色の雲。朝だったはずなのに、夜とも昼ともつかない。

「……この景色は」

 加州清光は不思議な光景を見まわした。

「三日月宗近!?」

 おそらくあのありえないほど巨大な三日月こそが、三日月宗近の言っていた白き月なのだろう。

 こんのすけは複数のモニターで映像や観測値を確認していた。

「本丸と外部との接続点解除を確認。原因は………不明。しかし、これで暫く本丸への直接攻撃は不可能でしょう。敵の侵入は免れました。………機能の一部がダウンしていますが本丸の攻守に支障はありません」

 こんのすけは宣言した。

「では……これより敵を迎え撃ちます!『対大侵寇防人作戦』開始! 全本丸の力を結集、戦力を開放せよ!」

 加州清光は自分の刀の鞘を握りしめた。

「……へえ。いいよ、敵は全部斬る。それだけでしょ」

 加州清光はこんのすけに向かって言った

「状況を教えて」

 こんのすけはうなずき、説明を始めた。

「対大侵寇強化プログラムを終了。同時に『対大侵寇防人作戦フィールド』展開。出陣が可能になりました。対大侵寇防人作戦フィールドは敵の侵寇を食い止める防衛・迎撃システムです。そして対大侵寇防人作戦は襲来する敵を、全本丸の力を結集して撃退することを作戦目的としています。これを突破されると再び本丸付近への敵の侵入を許すことになります。ここが正念場……対大侵寇防人作戦に参加し敵を迎撃してください!!」



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