5.青野原の調査
朝、スズメのさえずりの下で、加州清光は大和守安定と二人で玄関から正門への石畳を掃き清めていた。
加州清光はぼんやりしながら庭ぼうきを使い、ときどき手を止めては考え込んでいる。
大和守安定は加州清光の心ここにあらずといったようすが気になって声をかけた。
「ねぇ、結局あれからどうなったの?」
「え……どうって?」
加州清光は要領を得ない表情だ。
「ようすがおかしかったでしょ。主とこんのすけと三日月のさ」
と大和守安定が聞くと、加州清光は首を横に振った。
「まぁ、ちょっと、すぐには……って感じ?」
加州清光の返事を聞いて大和守安定は肩をすくめた。
「みんなも心配してるよ。そりゃ主はすぐキレる性格だけど、こんなことは初めてだから」
と大和守安定が言うと、加州清光は肩を落とした。
「だよねー……」
「昨夜は主のところに行って、何の話してたの?」
「………」
加州清光は返事に困った。検非違使の存在と意味、それを最初から断定していた時の政府、ウロボロスの蛇のマーク、何かを隠している三日月宗近。……うかつに話していい内容だろうか?
大和守安定は腰に手を当てて首をかしげた。
「そのせいで悩んでるんだろ? ずっとぼんやりしてるよ、お前」
「………」
「……僕には、話せないこと?」
「……いつか、ちゃんと、みんなに話さなきゃいけないって思ってる。その前に、まだ主と色々話し合ってみないと」
加州清光がそう言うと、大和守安定は仕方なさそうに「そっか」と応え、掃除を再開した。
それから何も進展しないまま数日が経った。
審神者は深刻な顔つきで記録や資料を見ながら考え込むことが多かった。そして、相変わらずこんのすけや三日月宗近に対して冷たい。任務自体は滞りなく、三日月宗近は飄々としていたが、こんのすけはどことなくしょんぼりしていた。
そんな中、時の政府からこんのすけを通して連絡が入った。
「新たな合戦場予定地にて敵に想定外の動きが発生。急遽、調査のための特別開放を行います」
こんのすけの報告を聞いた審神者は首をかしげた。
「予定地?」
「はい。『青野原の記憶』において、京都の阿弥陀ヶ峰と信濃の上田城に次ぐ新たな合戦場が、期間と範囲を限定して開放されました。かなり強力な敵が観測されています」
場所は美濃である。調査範囲は狭い。期間中は青野原の記憶までの経路をまだ解放していない本丸も潜入調査が可能とされた。
「調査は強制ではありません。編成と、お守りなどの装備確認は入念に行い、出陣はくれぐれも慎重に。また、無理な行軍は禁物です」
こんのすけは観測値を調べながら言った。
「現地の天候は……霧雨のようですね」
「分かった。銃兵を装備しても遠戦は発生しないんだね」
「はい。銃兵はシールドや強化としての威力も半減します」
審神者はこんのすけの情報に従い、本丸で練度が一番高い者たちで部隊を編成し、防御に重点をおいた装備で派遣した。
だが、敵は驚くほど強く、重傷が続出した。なんとか敵の通過痕を発見したが、その先へは進めなかった。
審神者は編成や装備をあらためて何度か潜入を試みたが、この本丸の戦力では厳しいと判断し、調査の継続を断念した。
時の政府が事態をどう分析しどのような見解を持ったのか、のちに青野原の調査が終了しても審神者たちには知らされることはなかった。
もっとも、それはいつものことなので、審神者たちはあまり気にしなかった。審神者たちはいつも通りネット上で公開記録資料を編集し、またそれぞれがさまざまなSNSに独自見解を書き記した。