4.月
加州清光が執務室を退出したあと、審神者は冷めきった食事をもそもそと食べた。
自分がヘソを曲げている間に皆は屋外での夕食を楽しんでいた。話を聞いてもらって冷静になったら、ひどく寂しくなってきた。自分も素直に参加しておけば良かった。加州清光に話を聞いてもらうのは、そのあとでも良かったのだ。
この本丸が好きだ。失いたくない。自分がどんなに資質に欠けた人間だろうと、刀剣男士たちはいつもそこにいて、慕ってくれる。口には出せないが、時間遡行軍との戦いが終わってしまわなければいいと、つい思ってしまう。自分が死んだ後も、この場所は無くならないでほしい。彼らがいつまでもこの本丸にいて、変わらずに生活を続けているといい。
それなら、時の政府の思惑がなんであろうと、黙って従っておくしかない。
審神者は食べ終えた食器を持って執務室の縁側に出た。
夜空の月が綺麗だ。
厨に向かう途中、審神者は刀剣男士たちの居室がある棟の回廊に三日月宗近が立っているのを見つけた。
三日月宗近はじっと夜空の月を眺めていた。
審神者は食器を持ったまま三日月宗近の方へ向かった。自分も本当は三日月宗近を信じたい。隠していることを話せと問いただしても、きっと彼はのらりくらりとはぐらかしてしまうだろう。月を見て何を考えているかくらいは話してくれるだろうか?
三日月宗近は主が来るのに気づいて、微笑みかけた。
審神者の表情はかたい。微笑を返す気にはとてもなれなかった。
「主、月をみて何を思う」
三日月宗近は穏やかに話しかけてきた。
審神者は少し考えてから答えた。
「月は、いつも同じ顔しか見せない。常に、裏側がある」
月は常に同じ面を地球に向けている天体だ。その裏側は地上からはけっして見えない。審神者は暗に、三日月宗近がその微笑の向こうになにか重大なことを隠しているのは分かっている、と伝えたつもりだった。
三日月宗近は納得したようにうなずいた。
「なるほどな。そういう見方もある」
「他に何があるの?」
と問うと、三日月宗近は少し考えるようすを見せてから答えた。
「見る者の心次第、だな」
審神者はイライラして言った。
「謎をかけるなら答えも出してよ。そうやって高みから謎めいたことを言って、投げっぱなしする意味ある?」
「……これは手厳しいな。ただ今宵は月が綺麗だという話がしたかったのだ」
審神者は三日月宗近の返事を言い逃れやごまかしだと感じた。
三日月宗近は審神者の目が怒りで吊り上がっているのに気づいて、困った表情を見せた。
「月を肴に主と仲直りをしたかったのだが、どうやらまだ早かったようだ」
三日月宗近は寂しそうに微笑み、「今宵はこれにて」と会釈した。
審神者は背を向けて去る三日月宗近を黙って見送った。あのようすではやはり、三日月宗近には何を訊いても、のらりくらりとかわされてしまうだろうと思った。疑念もわだかまりも、とうてい解くことはできそうにない。