3.非違
「加州は、検非違使が初めて出現したときのこと覚えてる?」
と審神者に尋ねられて、加州清光は首をかしげた。
「えーっと……うーん、何年も前だからなぁ。けっこう手ごわかったことは覚えてる。主が情報集めて対策してくれたけど」
「私も詳しくは覚えてなかったから調べた。有志がネット上に記録を残してくれてる」
三つ並んでいるうちの真ん中のモニターには、検非違使出現時のこんのすけの言動が表示されている。
全体を通して初めて検非違使が出現したとき、こんのすけは
「気をつけてください! 同じ時代に留まり続けたことで検非違使がこちらに目をつけたようです!検非違使は時間遡行軍とは違う、強大な力を持った存在です!決して油断されぬよう!」
と警告を発する。
各マップで初めての出現時では、
「どうやらこの時代にも長く留まりすぎたようです。検非違使が追ってきています!」
と警告を発する。
審神者はモニターに表示されている記載を指で示しながら言った。
「こんのすけは新たに出現した敵を、最初から検非違使と呼んでいた。記録を確認したが、奴らが自らを検非違使と名乗ったという記載や証言は、どこにもない。なぜこんのすけは、時の政府は、奴らが検非違使だと知っている?」
加州清光はモニターを覗きこんで首を傾げた。
「うん……? 時の政府が適当に名前つけたんじゃないの?」
「検非違使とは、非違を検める天皇の使者という意味だ。非違とは法に違反するという意味。正体不明の敵を『非違を検める使者』と呼称とするだろうか」
「俺に聞かれても……」
「考えてほしいんだ、一緒に。時の政府は都合の悪いことは私たちには知らせない。おかしいと気づいた者が考えるしかない。時の政府は検非違使の撃退を我々に命ずる。戦闘を放棄し退却することは許されない。なぜ時の政府はあえて我々を検非違使と遭遇させ戦わせたがる?」
「んー……」
加州清光は検非違使という存在について考えてみた。時の政府が検非違使と呼称する存在は、見た目は時間遡行軍とほぼ同じだ。独特な姿をしているのは甲冑を着込んだ槍だけ。刀剣男士たちは検非違使の撃退が自分たちの任務であることに、これまで何の疑いも抱かなかった。時の政府が命ずるままに、自分たちの主である審神者が任務として遂行するのだから。
そもそも歴史上の検非違使とは、平安時代から室町時代にかけて、京の治安を守った官職だ。加州清光はその歴史上の検非違使と自分に所縁の深い新選組には、存在した時代や組織体系は違えど、京の治安を守ったという共通項があると思い当たった。
「俺は新選組にゆかりがある。新選組も歴史上の検非違使も、京の治安を守る目的は共通してるね。でも新選組は結局、朝敵の汚名を着せられて追われた。非違のある側、つまり逆賊として」
「うん。もしも時の政府が非違を検める側なら、治安を守るのは私たち。なのに、敵を検非違使と呼称するのはおかしい」
「時の政府が検非違使側を非違を検める側と認めている? じゃあ、こっちは逆賊そのものじゃん。どういうこと?」
加州清光が疑問を言うと、審神者は首を横に振った。
「分からない。記録を調べたけど、検非違使は会津若松城で、こちらの部隊が到着する前に遡行軍を倒していた。検非違使が出陣先をすでに護っているそれなら、私たちは不必要だよね?」
「あー……まぁ、そうかも。でも、検非違使は俺たちが何度も敵の大将を討ち取って、それで初めて現れたよ」
「うん。私たちが何度も敵の大将を狩るのが検非違使を招く条件になってる。もし検非違使を招くのが時の政府の目的なら、招いた以上、私たちはもうその合戦場には介入せずともよいはず。あとは彼らが遡行軍を始末してくれるのだから。なのに、検非違使狩りは任務に入っている」
「必要がまったくないのに、時の政府はわざわざ、俺たちを検非違使と戦わせたがってるってこと?」
と加州清光が聞くと、審神者はうなずいて言った。
「そして、我々が遡行軍の敵将と一度だけ勝利して、その後は途中で引き返し、二度と敵将とまみえようとしなければ、非違を検める使者はいつまでも出現しない」
加州清光は眉をしかめた。
「でも俺たち、遡行軍の非違を止めるために戦っているのに?」
「政府があれらを検非違使と断定するならば、法は、私たちではなくあれらの側にある。つまり、こちらには非違があるのに、なぜかあえて出陣を続けさせている」
加州清光はうろたえて
「どういうことだよ……そんなの、こっちが時間遡行軍みたいじゃん」
とつぶやいた。
審神者は厳しい顔つきで言う。
「操作パネルでは、検非違使が出現するようになった時代のマップに『ウロボロスの蛇』のマークが現れる。自らの尾を飲み込む蛇だ。終わりの尾と始まりの頭が一致することで、永遠・永続性・円環を表す。何度もその時代に踏み込んだのが理由かと軽く考えていたが……」
「つまり、検非違使を招くと、俺たちは時間遡行軍と同じ過ちを犯していることになるし、その時代の記憶は円環になるってこと? でもそんなことをあちこちで繰り返したら、特命調査地点みたいに、まるごと閉鎖しなきゃいけなくなるんじゃ……」
「たぶん、それが時の政府の本当の目的だと思う。あれだけ広範囲の時代の記憶を円環にしてしまったら、私たちの存在する時間軸ごと閉鎖する羽目になるかもしれない。まさかと思って、記録をひっくり返した。そして、やはりそう考えなければ、これまで起きたことのつじつまが合わない、と私は結論づけた」
加州清光は審神者のようすがおかしかったことにやっと合点がいった。
「そっか。それで昨日から機嫌が悪かったんだね」
審神者はうなずいた。
「過去も未来も、そのときを生きてる人たちのためのものだ。私たちが手を出すべきじゃない。なのに、なぜ時の政府は私たちを過去に介入させ、検非違使が出現する事態をわざわざ招く?」
加州清光は悩ましげに片方の拳を額に当てて言った。
「遡行軍と繰り返し戦わせて検非違使をわざと招き、俺たちを逆賊に仕立てて、すべての時代の記憶を円環にさせるのが時の政府の本当の目的、か……」
「私たちは時の政府の管理下にある。従えないなら去るしかない。でも……」
審神者は悲しそうに長いため息をついて、肩を落とした。
「私はこの本丸を失いたくない」
「……それなら、やっぱり今のところは時の政府のいうことを聞くしかないよ。主の考えは分かったし、確かにつじつまは合ってると思うけど、まだ推測の段階、だよね」
加州清光は審神者がうなずくのを待って、言葉を続けた。
「それに、もし時の政府の本当の目的が主の言う通りだとしても、三日月がグルってのは、まだ決めつけはできないんじゃないかな」
審神者は納得がいかなそうに言った。
「三日月は、審神者就任三日目の報酬として贈られてきた。なぜか、三日月宗近から贈られたという名目で、受取箱に。おかしいと思わない? 受取箱に物品を入れられるのは時の政府だけなのに、なぜ刀の三日月宗近が自身を受取箱に入れるのか」
「それは、疑う前にまず、三日月に聞いてみないと」
「聞いた。今朝。『さてなあ。何年も前の話だ。なにせ年を取ると物覚えが悪くてな』だって!」
加州清光は「あぁー」とうめいて両手で顔を覆った。なにが「主の機嫌を損ねた理由がまったく分からん」だよ。しらばっくれて! とあきれたが、それを明かすと主の怒りにさらなる燃料を投入することになるので言わないでおいた。
「つまり主は、三日月には時の政府と何か不自然なつながりがあって、それを隠しているって考えてるんだね」
と加州清光が確かめると、審神者はうなずいた。
加州清光は腕を組んで少し考えた。
「うーん………三日月はあの通りマイペースだけど、いつも皆のこと考えてやってる。だから、きっとなにか事情があるんだと思う。事情を話さないならそれなりの理由もある……んん……」
加州清光は眉をしかめて首をひねった。三日月宗近にとってそれなりの理由があったとしても、それが他の者にとって納得のいくものとは限らない。例えば、今回の雨よけを建設する計画がそうだ。
「なにか理由が、あるかも、しれない。そりゃあ、その理由が正しいとは限らないけどさ」
加州清光は審神者が怒り出さないか注意深くようすを見ながら話した。主は短気で、よく何かの拍子に途中で怒り出して、話を最後まで聞かなくなるからだ。
「俺は、三日月のことを信じる。この本丸で、何度も一緒に力を合わせて戦ってきた。三日月は主のことも仲間のことも、大事にしている。大切に考えてる。俺のその感覚をうまく説明はできないけど、それだけは間違いないと思う」
加州清光には、主は怒りんぼうだが筋を通せば話を聞き入れることも分かっていた。
「無理に三日月を信じろとは言わない。けど、あいつにも何か事情があるかもってのは、忘れないで」
審神者は加州清光から目線をそらして下唇を噛んだまま、うなずいた。審神者も加州清光の言い分はもっともだと思ったが、三日月宗近が何をなぜ隠しているのか分からない以上、信じる気にはなれなかった。
「それとさ、こんのすけはあくまで連絡案内係で、時の政府の黒幕ってわけじゃないよね。だから冷たくしないでやって。すごく落ち込んでたよ」
加州清光の忠告に審神者はしぶしぶうなずいた。