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1.計画

 本丸の居室で太郎太刀は内番着のすそのほころびをつくろっていた。

「そろそろ買い替えどきでしょうかね。何年も使っていますから」

 と独り言を言いながら縫い合わせを確かめているところに、次郎太刀がやってきた。

「ねぇ兄貴、悪いんだけどさ、明日の厨当番代わってくんない?」

 威勢よく話す次郎太刀に対して、太郎太刀は物静かに返事をした。

「理由によります」

「三日月がさぁ。人数が増えすぎて食事の用意が大変だから、厨の外壁に雨よけを建てて、U字溝並べて、そこで魚や肉が焼けるようにしようって」

 U字溝とは庭や道路脇に設置するコンクリート製の排水路だ。U字溝に薪や炭を入れて金網を乗せれば、簡易的な野外炉として使える。

「なるほど」

「アタシの図体なら厨で作業するよりそっちに回った方がいいじゃない。ただでさえ狭いって言ってるし」

 太郎太刀は首をかしげた。

「それなら、似たような図体の私も、建築作業に回った方がいいのでは……」

 次郎太刀はそれはもっともだと思い、頭を掻いた。

「あー……じゃあ、他を当たるかぁ」



「というわけで、近侍の加州くーん! 明日の当番表見せて。非番に声かけるからさ」

 次郎太刀は審神者の執務室の前に来ていた。

「分かったから、ちょっと静かにして」

 加州清光は人差し指を立てて唇に当てながら出てきた。

「どしたの?」

 次郎太刀は加州清光の肩越しに奥を覗いた。

 執務室の奥では審神者が机に向かって難しい顔をしていた。

「主、ちょっと席外すね」

 と加州清光が声をかけると、審神者はぶっきらぼうに「分かった」と返事をした。

 そして審神者は机からあふれんばかりに並べた報告書や端末を眺めながら、頭をガリガリかきむしった。明らかに機嫌が悪い。

 加州清光は明日の当番表を持ち出し、少し離れた別室へ次郎太刀を連れて行った。

「主、ちょっと機嫌悪くてさ。静かにしてあげたいんだ」

「なにがあったのよ」

 と次郎太刀が聞くと、加州清光は首を横に振った。

「なにも。けど、今朝からずっとイライラして資料や記録を眺めてる」

「フーン?」

「先に言っておくけど。根を詰めない方がいいからって主を飲みに誘ったりしないでよ? ああいうときは、そっとしておいてあげる方がいいから」

 加州清光は次郎太刀に釘を刺した。

「りょうかーい。でもさ、じゃあいつ誘えばいいのよ。気分転換は必要じゃなーい?」

「たぶん今日は無理。明日、機嫌が悪くなさそうなら声かけてみたら?」

「さすが初期刀。よく分かってるよねぇ、あの子のこと」

 次郎太刀が持ち上げると加州清光はまんざらでもなさそうに笑った。

「まあね。って、明日の非番を知りたかったんじゃないの?」

「おっと、そうだった」

「というわけでっていきなり言われたのも意味分からないんだけど」

 加州清光は次郎太刀に当番表を渡した。

「明日の厨当番の代わりを探してるのさ。明日は雨よけの建設に参加しようと思って」

「なにそれ」

 加州清光が驚いて目を丸くすると、次郎太刀の目も丸くなった。

「え? 知らないの? 三日月が、厨が狭いから外に雨よけ建てて、そこにU字溝並べて、魚や肉を焼けるようにしたいんだってさ」

「まーた勝手なことを……今から聞いても『これは報告の手間が省けたな。はっはっは』って言うだろうな、あの爺さん!」

 次郎太刀はけらけら笑った。

「あっはは、よく似てる!」

 次郎太刀は当番表を預かり、明日非番の短刀や脇差に声をかけに行った。

 加州は三日月宗近を探した。雨よけを作る計画について話を聞かなければならないからだ。

 まず厨に行ってみると、出入り口の手前で蜂須賀虎徹と山姥切国広が話し合っていた。

 厨当番の蜂須賀虎徹は内番着に割烹着を重ねて、小脇にこんのすけを抱えている。

「山姥切、おにぎりと水筒は用意したけど、本当にあれだけでいいのかい?」

 蜂須賀虎徹が聞くと山姥切国広はうなずいた。

「ああ、ありがとう。あとは現地で調達する」

「ということは、野外で調理するんだろう? 塩や味噌は?」

「……必要だな」

 蜂須賀虎徹はため息まじりに笑った。

「そうだろうと思って、おにぎりの隣に包んでおいたよ。忘れずに持って行ってくれ」

「助かる」

 山姥切国広は蜂須賀虎徹に礼を言った。そして加州清光に気づいて声をかけてきた。

「加州、これから兄弟と狩りに行ってくる。空いている馬を三頭、借りるぞ」

「狩り?」

 加州清光は目を丸くした。

 山姥切国広はうなずいた。

「裏山でな。遅くても明日の朝には戻る」

「分かったけど、急にどうしたの」

「三日月が、皆が満足に食えるぶんの肉が欲しいと言ってきた」

 山姥切国広が答えると、加州清光は口をあんぐりと開けた。

「はあ?!」

「明日、厨の外側に雨よけを建てて野外炉を作ると言っていた。夕方には完成するだろうと」

「ったく、あの爺さん。こういうことはちゃっかり根回ししちゃって!」

 加州清光はあきれて言った。

 蜂須賀虎徹の小脇のこんのすけが目をキラキラさせた。

「油揚げも焼いてもらえるのでしょうか」

「じゃあ今から木綿豆腐を切って水抜きしないと」

 蜂須賀虎徹はそう言いながらこんのすけと一緒に厨に戻った。

 山姥切国広も用意されたおにぎりや調味料を受け取るために厨に入った。

「油揚げ作り、お手伝いいたしますよ。水抜きの重石は私にお任せください」

「釜蓋に乗るのかい? 一時間かかるよ」

「今日は揚げたての油揚げ、明日は炭火であぶった油揚げ……」

 厨からこんのすけと蜂須賀虎徹の楽しそうな会話が聞こえてくる。

 三日月宗近は厨の周辺にはいなかった。蜂須賀虎徹たちも居場所を知らなかったので、加州清光は他の場所を探しにいった。

 鍛錬場に行ってみると今剣と小狐丸が手合わせをしていた。

「ぼくたちはみかけていません。粟田口のおちゃのまできいてみてはどうでしょう」

「そうですね。あそこなら粟田口以外もよく出入りしますし、なにか目撃情報が聞けるやもしれません」 

 今剣と小狐丸はそう提案した。

 粟田口のたまり部屋、通称お茶の間では、何人かが新聞を回し読みしていた。博多が「情報は色んな角度から見るのが大事」と言って、現世から複数の会社の日刊を取り寄せているのだ。

 秋田藤四郎はチラシをより分けていた。審神者に頼まれて裏が白いチラシを溜めているのだ。審神者はそれを経費削減のため、使い捨てのメモ用紙に使っていた。

「ねぇ、誰か三日月を見なかった?」

 と加州清光が聞いてみると、その場にいた粟田口やその他の男士たちはざわざわと話し合った。

「誰か見ました?」と秋田藤四郎が聞く。

「今朝、洗面所で見た」と蛍丸が言う。

「さすがにもういないだろ」と愛染国俊が言う。

「朝餉のときに見かけたっきりですね」と前田藤四郎が言う。

「そのときは陸奥守さんと一緒に、何か熱心に話してましたよ」と鯰尾藤四郎が言う。

 加州清光は「ありがと」と礼を言い、陸奥守吉行の居室に行ってみることにした。

 三日月宗近はやはり陸奥守吉行の居室にいた。歌仙兼定も一緒だ。三人で大きい紙の図面を見ながら相談している。

「むやみに広くするわけにはいかない。通路の確保、動線を考えた配置。それと、後からでもいいから壁は欲しい。吹き込んでくる雨風や雪で調理に支障をきたしては意味がないからね」

 歌仙兼定の言うことに三日月宗近は「その通りだ」とうなずいている。

 陸奥守吉行は定規やコンパスなどの文房具を楽しそうに使っている。

「まぁまずは叩き台が必要じゃ。U字溝と腰かけの平面図を切り抜いて、敷地の平面図に置いてみよう」

「なぜ紙を使うんだい? 君は端末であの製図アプリとかいうものを使えるんだろう?」

 歌仙兼定ははさみで紙を切り抜きながらいぶかしそうに尋ねた。

「おお、あれはえいぞ。じゃが、まずは手元で配置のイメージを固めてからじゃ」

 陸奥守吉行は機嫌よく答えた。

 三日月宗近ははさみで紙を切り抜きながら楽しそうに言った。

「あとで壁を作るなら、出入り口や換気用の窓の場所も考えておかねばなぁ」

 加州清光は開け放したままの障子の柱に寄りかかりながら言った。

「ちょっとぉ、三日月。明日厨の外に雨よけ建てるって聞いたけど」

「おお、これは報告の手間が省けたな。はっはっは」

 三日月宗近は快活に笑った。

 歌仙兼定はあきれたようすで言った。

「君、まだ何も言ってなかったのかい?」

「なに、少しばかり報告が遅れただけだ。ある程度は計画を進めてからでなければ、個人の思いつきで終わってしまうだろう?」

 三日月宗近はのん気に返した。

「みんなのためにやってるのは分かってるけどさ、先にひとこと言ってよね。同じ場所で違うことしたい奴だっているかもしれないでしょ」

 加州清光が文句を言うと、三日月宗近はニコニコしながら謝った。

「それもそうだな。すまなかった」

 加州清光は「もー……」と腕を組んだ。

「しかしあの場所で違うことをしたい者はいないのだろう?」

 と三日月宗近が確認すると、加州清光は言った。

「そうだけど! まずはこっちに報告と連絡と相談がほしいわけ。何はなくとも! 費用をどうするかだって考えないといけないしさ」

 三日月宗近は「いつもすまんなぁ」と謝った。

 加州清光は三日月宗近をにらんだ。

「ほんとにそう思ってる?」

「もちろん、思っているとも」

 加州清光はふうとため息をついた。

「材料費の見積もりが出たら言ってよね。主には許可もらっておくから」

 陸奥守吉行が返事をした。

「おん、任せちょき。今日中には報告するき」

 加州清光は納得して執務室の主のもとへ戻った。

 三日月宗近は加州の背中を切ないまなざしで見送りながら

「初期刀殿にはいつも苦労をかける」

 と呟いた。



 加州清光がまだ戻らない執務室。机の上だけでなく回りの畳にも、報告書や資料が色々と散らかっている。

 審神者はイライラしながら机を拳で何度も叩いていた。

「なんで……どういうこと……なんだ、これ………」

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