公爵邸の食事会
顔合わせ後半になります。
よろしくお願いいたします。
ハーティス公爵邸に到着して早々、ランス様が私たちを出迎えてくれた。
公爵自らのお出迎えに、お父様たちは馬車を降りるなり、驚きの表情を浮かべ戸惑っている。
けれど、ランス様はいつもと変わらず、なんならいつも以上にキラキラと満面の笑みを浮かべてお父様に声をかけた。
「アラベスク侯爵、ようこそハーティス家へ。先日の婚約誓約書にサインをいただいた日以来ですね」
「ハーティス公爵。本日はお招きいただき、ありがとうございます。こちら、妻のミランダです」
お父様の隣からゆっくりとカーテシーをするお母様に、ランス様が嬉しそうに微笑む。
「お初にお目にかかります、侯爵夫人。ランズベルト・ハーティスです。お会いできて光栄です!」
よほど嬉しいのか、丁寧な言葉の語尾のテンションが少し上がっている。
一方、お母様は先ほどまでのソワソワした様子はどこへやら、そこにはいつもの厳しい母、侯爵夫人がいた。
「公爵様。ご挨拶が遅くなり申し訳ございません。あの、娘は、ロベリアは何か粗相などしておりませんでしょうか。王太子殿下に婚約破棄をされるような娘でございます。公爵様にご迷惑をおかけする前に――」
「失礼、侯爵夫人」
毅然と告げるお母様の言葉を、ランス様が制す。
「私はロベリア嬢を愛しております。彼女を手放すつもりは毛頭ありません。むしろ、私のほうが愛想を尽かされないかと不安に思っているほどです」
(ら、ランス様!? 嬉しいですが……親にそれを言われるのは無茶苦茶恥ずかしいです!!!)
ランス様の発言に恥ずかしさのあまり顔を手で覆っていると、さらに食い下がるお母様の声が聞こえ、我に返る。
「ですが、ロベリアは……」
「殿下との婚約破棄も、不義を働いたのは殿下のほうで、ロベリア嬢になんら落ち度はありません」
「ミランダ。その件については昨夜話したであろう。ハーティス公爵、申し訳ありません」
どうやらお母様はお父様の説明が信じられなかったらしい。
ランス様は、「お気になさらず」と何事もなかったかのように受け流し、そのまま私たちを屋敷の中へと案内してくれた。
案内されたのは、広々とした応接室で、そこにはルイーゼ様と、もう一人、ランス様にそっくりなイケメンが待っていた。
ランス様に少しだけ渋みを足したようなイケメン……つまりは、前ハーティス公爵――ランス様のお父様だ。
(ええ!? ビックリするほどランス様にそっくりだわ!)
お二人が立ち上がり、こちらに向かってくる。
「アラベスク侯爵、久方振りですね」
ランス様にそっくりのイケメンがルイーゼ様と共に、私たちに暖かな笑顔を向けてくださる。
お父様は戸惑いながらも慌てて居住いを正し、お二人に向き合った。
お母様は緊張のためか、先ほどの勢いはどこへやら、お父様の後ろにおとなしく控えている。
「ご無沙汰しております。この度はお招きいただき、ありがとうございます」
お父様の挨拶に、笑顔でゆっくり頷くと、そのイケメンは私とレイノルドのほうへと視線を向けた。
ランス様も優しい雰囲気をお持ちだけれど、それとはまた違う独特の柔らかい雰囲気をお持ちの方。
少しノルン辺境伯に似ているような……その場を浄化しそうな微笑みと包み込むような穏やかな雰囲気だ。
「ロベリア嬢とレイノルド殿にお会いするのは初めてですね。ランズベルトの父、アルフォンス・ハーティスです」
「お、お初にお目にかかります。アラベスク侯爵家の長女ロベリアです。ご挨拶が遅くなり、申し訳ございません!」
「こちらこそ、領地にわざわざお越しくださったのに、ご挨拶もできず……やっとお会いできましたね」
そう言ってにっこり微笑むアルフォンス様に、思わず目を奪われる。
(あれ? 何かしら? 胸がドキドキする……!)
不思議な感覚に戸惑っていると、グイッとランス様に体ごと引き寄せられた。
「父上! ロベリアを誑かさないでください!」
「た、たぶらかす!? 一体何を言っているのですか、ランス」
「あらあらまあまあ、アルったら、いけませんわね〜」
「え!? ちょっとルイーゼまで何を言っているんだい? 私は普通に挨拶をしただけだよ?」
「あなたの挨拶は、普通の挨拶ではありませんから……ねえ、ランス」
「ええ。父上の挨拶はある意味魅了と同じですから」
アワアワするアルフォンス様に、妻と息子から冷たい言葉が突き刺さる。
「ろ、ロベリア嬢? 私は別に魅了など使用しませんからね? 大丈夫ですよ?」
誤解されまいと必死に言い募るアルフォンス様に思わずクスッと笑いそうになってしまうのを堪えていると、ルイーゼ様が声を上げた。
「さあさ、皆様。せっかくですから、お座りになって。会食の前に、少しお茶でもいたしましょう」
促されるままに、フカフカのソファーに腰掛けると、公爵邸の使用人たちによって、すぐに準備が整えられていく。
隣に座ったレイノルドが、到着した頃より落ち着いた面持ちで、ゆっくりとその様子を眺めていた。
(ランス様たちの軽快な会話のおかげでみんな落ち着いたみたいで良かったわ……さすが公爵家の皆様ね)
と、ふとお父様とお母様を見ると、何やらお母様の様子がおかしい。
なぜか馬車の中で見た以上にソワソワして落ち着きがない。
ランス様と話していたときはいつものお母様に戻っていたのに、一体何が……。
そう思いながらお母様を見ていると、チラチラと何かを視線で追っている。
気になってその先を辿ってみると、そこにはルイーゼ様の姿があった。
(お母様……同じ夫人として、ルイーゼ様が気になっているのかしら?)
私がしっかり見てしまったことで、ルイーゼ様と目が合う。
「ロベリア様、どうかなさいました?」
「い、いえ。ルイーゼ様と母は面識がおありなのですか?」
「ええ。何度か夜会などでご挨拶をさせていただいておりますわ。それに実は学生時代からの顔見知りですのよ。そうですわよね、ミランダ様?」
ルイーゼ様がちゃめっけたっぷりに笑顔でそう話し掛けたると、少し俯き加減でソワソワしていたお母様が顔を上げ、手に持っていたハンカチを強く握りしめる。
そして、頬をほんのり赤くさせたまま、「はい……」と今にも消え入りそうな返事をした。
(え!? どういうこと!? こんな恥じらってるお母様見たことがないわ!?)
まさに恋する乙女といったところだろうか。
頬を染めたまま、ルイーゼ様をじっと見つめている。
すると、驚く私を見たルイーゼ様が何かを企むように微笑んだ。
「ミランダ様は学生時代からずっとこんな感じなんですの。わたくしが話し掛けると赤くなってしまわれて、いつも慎ましいお返事が返ってきますのよ」
「ルイーゼ様と母は学生時代からのお知り合いだったのですね」
「ええ。わたくしのほうが二年先輩なのですけれど、当時から熱い視線をいただいておりますわ。まさかそんなミランダ様の御息女と、わたくしの息子が婚約するなんて……本当に不思議なご縁ですわ。ねぇ、ミランダ様」
「……は、はい」
まさに借りてきた猫。
このお母様、本当に私の知っているお母様なのかしら?
アルフォンス様と話していたお父様も、妻の変わりように目を見開いている。
どうやらお父様も知らなかったらしい。
「本当に不思議なご縁ですね。いえ、これこそ、運命というものかもしれないね」
アルフォンス様がそう告げると、ちょうど向かいに座っていたランス様が噛み締めるようにうなずく。
「そうなのですよ。私がロベリアに出会えたのはまさに運命なのです!」
「では、この運命を逃さないように、準備が整い次第すぐに結婚するのですよ、ランス!」
こんな時でもやっぱりルイーゼ様の圧が強い……。
けれど、そんな圧に良い笑顔を向けながら、ランス様も「ええ、もちろんです!」と即答する。
私たち家族はその様子に「よろしくお願いいたします」と頭を下げていたのだけれど、やはりお母様だけは様子が違った。
圧の強いルイーゼ様に羨望の眼差しを向けるお母様。
ところが、ルイーゼ様がふと「ミランダ様、これでわたくしたちも『家族』ですわね」と告げた途端、お母様は声にならない悲鳴を上げると、挙動不審に喋り出してしまう。
「ルイーゼ様と家族!? わたくしが?? そ、そんな畏れ多いこと……許されるのでしょうか? え? 許されても良いのでしょうか!? わたくしそんな神に褒められるような人生を送ってきた覚えはありませんのに、そんな多大なるご褒美をいただいてしまって、これから先の人生大丈夫なのでしょうか? わたくし、わたくし……」
挙げ句の果てに泣き始めてしまったお母様に、ルイーゼ様は「あらあらまあまあ」とそれはそれは嬉しそうにハンカチを差し出していた。
一方でそんなお母様の姿を見た私は、驚きはしたものの、これまで前世の性格を引きずっているから興奮するとオタク特有の喋り方をするのだと思っていたのだけれど、今世の体にもしっかり遺伝子として刻み込まれていたことを知り、少しホッとした気持ちになったのだった。
それからしばらくして、お母様が落ち着いてから、みんなで食事をいただき、和やかな時間を過ごすことができた。
ランス様のお父様は、見た目はもちろん、中身もとても優しく温かい人で、終始何故かランス様が私の隣で一生懸命牽制していたけれど、それさえも息子とのコミュニケーションを楽しまれているようだった。
(公爵邸に嫁ぐのが今からとても楽しみだわ……!)
帰り際、公爵邸の玄関ホールでランス様がお母様を呼び止めた。
「侯爵夫人。今日はありがとうございました。今回このような機会を作らせていただいたのは、婚約披露の前にどうしてもあなたにお会いしたかったのです」
「わたくしに……ですか?」
「はい。私は……ロベリア嬢に出会えたことを奇跡のように感じています。彼女に出会って、私は救われました。ですから、彼女を産み育ててくださった御母上にどうしても直接感謝をお伝えしたかったのです。本当にありがとうございます!」
真剣な眼差しでそう告げながら頭を下げるランス様。
そんなランス様に思わず目頭を熱くしながら見守っていると、お母様が慌てて駆け寄っていく。
「公爵様っ! 頭を上げてくださいませ!」
顔を上げたランス様と目を合わせると、お母様は困ったような笑顔になる。
「娘をどうぞよろしくお願いいたします」
そう言って深々と頭を下げるお母様。
ランス様が嬉しそうに「はい」と返事をすると、その様子を見ていたルイーゼ様が二人に駆け寄っていった。
「ふふ。これで気持ち的にはもう家族ですわよ! ねぇ、ミランダ様!」
そんな台詞と共にルイーゼ様がウインクを飛ばすと、お母様は今にも倒れそうになりながら、見たこともない恍惚の表情になった。
(ルイーゼ様……凄すぎます……! そのうちオネエモードのランス様も同じことをしそうで恐ろしい……)
私がいらぬ心配をしていると、そそくさとお父様が借りてきた猫ならぬお母様をヒョイッとお姫様抱っこして、馬車に乗せてしまう。
なぜかちょっと不機嫌なのは気のせいだろうか。
こうして色んな新発見がありつつも、無事(?)両家の顔合わせは終了したのだった。
ちなみにリアとルト、イルゼはというと……お母様が彼らを見て倒れてしまう可能性を考え、各々の部屋で様子を伺っていたのだけれど、ルイーゼ様とのこともあり、それどころではなくなってしまった。
そのため、新たにその機会を設けて大騒ぎになるのだけれど、それはまた別のお話――。
お読みいただきありがとうございます。
両家の顔合わせでした。
これで、家族は一通りキャラ出しが終わりました。
番外編は一旦ここまでになります。
実は、ご要望をいただきまして、オネエ公爵も二部を考えております。
少しお待たせしてしまうとは思いますが、引き続きお楽しみいただけるよう頑張りたいと思います。
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第二部もどうぞよろしくお願いいたします。