後日譚①
本編では書ききれなかった、少し後の部分を番外編で書かせていただきました。
よろしくお願いいたします。
王宮での戦いから、ハーティス公爵邸に戻り三日。
ようやく魔力消費による疲労から回復した私は、正式な婚約準備を整えるため、一旦アラベスク侯爵邸へと戻ることになった。
一旦というのは、この国には結婚前から婚約者の家で暮らす習慣があるからだ。
特に公爵家などの高位貴族では、当たり前のことなのだけれど、それは正式に婚約が整ってからの話。
お父様にランス様とのことを手紙で報告したところ、回復次第戻ってくるよう連絡が来たのである。
私は迎えの馬車を出すというお父様の提案を断り、ランス様が準備したハーティス公爵家の馬車で戻ろうと、朝から部屋で荷造りをしていた。
するとそこへ、ランス様が心配そうに顔を覗かせる。
(ちなみに私はあれ以来、「ランス様」呼びになっている。さすがに普段から敬称なしで呼ぶのはハードルが高くて……)
「もう体調は大丈夫なのですか? やはりもう少し休んでいかれては?」
「いえ、もう大丈夫です。それに、その……早く婚約の準備を進めたいですし」
少し照れながらそう言うと、ランス様は嬉しそうにこちらを見つめる。
「ですから、この部屋のぬいぐるみたちは置いて行きますね」
「はい。大事にお預かりしておきます」
「よろしくお願いします。と言っても、たぶん恋しくなってすぐに会いに来ちゃうと思いますけど」
ぬいぐるみを眺め、苦笑しながらそう言うと、なぜかランス様がちょっと拗ねたようになる。
「ロベリアは、私ではなく、ぬいぐるみが恋しくなるのですね……」
ほんの少し唇を尖らせながらそんなことを言うランス様に、一瞬私の思考が停止する。
「え!? あ、あの、いえ……ぬいぐるみに会いたいのも確かですけれど、それはその、口実で……ランス様に会いたいので……」
戸惑いながらも本音をダダ漏らした私に、ランス様は満面の笑みを向けると、そのまま引き寄せ抱きしめた。
「ああもう、そんな可愛いことを言われたら、帰したくなくなってしまうではないですか!」
力強い腕に包まれ、私も彼の背にそっと手を添える。
「……またすぐ戻ってきますから」
「絶対ですよ。次は正式な婚約者として」
「はい」
耳元でランス様の優しい声が響く。
このまま時間が止まればいいのに……なんて思っていたら、何やらすぐそばから騒がしい声が聞こえてきた。
「クマクマ」
「グマー! グマグマ!」
「クママ……」
「グマー!」
リアとルドがテーブルの上で私たちと同じように抱き合って、何やら真剣なやりとりをしている。
一瞬私たちの真似をして遊んでいるのかと思ったけれど、どうやら違うらしい。
リアは私と共にアラベスク侯爵邸に行き、ルドはこのままハーティス公爵邸に残るのだ。
二匹とも連れて行く、もしくは残してもいいのだけれど……。
ランス様が心配な私はルドを残しておきたくて、私が心配なランス様は、私にリアを連れて行くよう願った。
だから二匹は私たち同様、しばらくは別々に暮らすことになる。
それをわかっていてのこの二匹の行動に、私を抱きしめているランス様の体が小刻みに震え始める。
「ああ……もう二匹ともなんて可愛らしいの!! しかも、可愛いだけじゃなくて……ルド! あなたの気持ちは痛いほどよくわかるわよ!! こんなにも可愛くて愛しい人と離れ離れになるなんて耐えられないわよね!!」
そう言いながら、ランス様の腕に力が入り、さらに強く抱きしめられる。
「ラ、ランスさま……」
ランス様と同じようにルドが力を込めたのか、リアの「ク、クマ……」というちょっと苦しそうな声が聞こえる。
(リア……気持ちはわかるけど、幸せだからちょっとだけ私たち我慢しましょう……!)
私の気持ちが通じたのか、リアがこちらに向かって「ク、クマ……」と返したような気がした。
それから少しして、馬車の準備が整い、玄関先に移動する。
実は、さっきまであんなに別れを惜しんでいたのだけれど、行きはランス様も一緒である。
私が持ち帰る正式な書状だけでも良いのだけれど、今回はランス様自身が直接お父様に渡してご挨拶したいと同行することになったのだ。
(まあ、きっと例の魅了についての報告も兼ねてるんでしょうね……)
「では、母上、行ってまいります」
見送りに出てくださったルイーゼ様に、ランス様が挨拶をする。
「くれぐれもアラベスク侯爵に失礼を言ってはなりませんよ。ロベリア様を逃す事だけは、決してあってはなりませんからね!!」
「ええ。心得ております!!」
(え……それを本人の前で言ってしまわれるのですね……)
思わず少し引きそうになっているところに、ルイーゼ様と目が合う。
「ロベリア様! お早いお帰りをお待ちしておりますからね!! 絶対ですわよ!!」
相変わらずルイーゼ様の圧が強い……!
「は、はい……」
「それでは、参りましょうか」
少し引き気味になっている私に、ランス様が手を差し伸べる。
馬車に乗る際、手を振って見送ってくださるルイーゼ様に、さすがにこのまま引き気味な挨拶だけでは失礼だと思った私は、声をかけた。
「では、行って参ります。お義母様!」
「!?」
私の言葉にルイーゼ様は一瞬パーッと顔を明るくした後、わなわなと唇を震わせて、持っていた扇子で顔を隠そうとする。
「……あ、あら……わたくし、どうしちゃったのかしら……」
そう言うルイーゼ様の瞳からははらはらと涙がこぼれおちる。
「……どうしましょう……こんなにも嬉しくて、胸がいっぱいになるものなのね……」
「母上……」
優しく声をかけるランス様から涙を隠すように、すぐさまハンカチで拭うと、ルイーゼ様は慌てて御者に出発を促す。
何事もなかったかのように、笑顔で手を振るルイーゼ様に見送られた私たちは、そのまま公爵邸を出発した。
◇
アラベスク侯爵邸前に到着すると、事前に帰りを伝えていたせいなのか、何やら門の辺りが騒がしい。
「公爵家の馬車で、しかもランス様と一緒に帰ると伝えたので、バタついているのかもしれません……騒がしくて申し訳ありません」
「いえいえ、お気遣いなく。もうすぐ家族になるのですから、そんなに気を遣っていただかなくても構いませんと、侯爵にもお伝えしなくてはいけませんね」
「ふふふ。そうですね」
門を入ると、そんな平和な会話をしている私たちの前に、予想だにしないものが姿を現す。
「……え? 王家の馬車……!?」
「なぜそのようなものがここにあるのです……?」
ランス様に問われ、私は大きく首を横に振る。
「どういうことでしょう。一体なぜうちの邸にこんなものが……」
そう考え始めたところで、馬車からよく知る人物が降り立つ。
その姿に私は思わず目を見開いた。
「殿下……!?」
私の元婚約者であるヘンリー王太子殿下。
王立学園の卒業式後の舞踏会で、大衆の前で私に婚約破棄を告げた男。
私は七歳から王立学園を卒業する十七歳まで、彼の婚約者として過ごしてきた。
(魅了が解けて、普通に戻り、元気に過ごされていると聞いていたけれど、その彼が一体なぜわざわざうちの邸に? 嫌な予感しかしないわ……)
馬車から降りた殿下は、家令のヨーゼフに案内され、屋敷の中へと消えていった。
その様子を呆然と見ていると、ランス様がそっと私の肩に手を回し、自分の方へと抱き寄せる。
「大丈夫です。ロベリアは私が守ります。それに、私はもう、あなたを手放すつもりは全くありませんからね」
「ランス様……」
「とりあえず、屋敷に入りましょう。話はアラベスク侯爵に会ってからです」
「そうですね」
互いに頷いた後、私たちは馬車を降り、屋敷の中へと入っていった。
お読みいただきありがとうございます。
引き続き②をお楽しみいただけますと幸いです。
よろしくお願いいたします。