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魔術師団棟

 転移門をくぐるとそこには、なぜか数十人の魔術師たちが待ち構えていた。


「! まさか待ち伏せですか!?」


 ランズベルト様が私を後ろにして庇うように一歩前に出る。

 けれど、ノルン辺境伯は、特に気にすることなく、転移門のある壇上からじっくりと優雅に魔術師たちを見渡して、彼らに微笑みかけている。


「師団長ーーーー!!!!」


 その微笑みに集まった魔術師たちから一斉に声が上がる。中には、今にも泣き出しそうな者までいる。

 まるでアイドルのように、歓声に応えて笑顔を振り撒く辺境伯。


「…………これは一体……」


「大方、クレリオが色々やらかしているんでしょう。まあ、ですが、魔術師団棟を明け渡していなかったところは褒めてあげましょう」


 戸惑う私とランズベルト様に、肩をすくめながら淡々と答える。


(いえ、そういうことではなくて……)


 この歓声に微笑みを振り撒くのはどうやら辺境伯にとってはいつものことらしい。

 辺境伯は壇上を降りていくと、次々に駆け寄ってくる魔術師たちに囲まれた。


「師団長、お待ちしておりました!」

「やはり来てくださいましたか!」

「ああ、師団長! やはりあなたでなければだめです!」


 口々に元師団長であるノルン辺境伯を待ち望んでいたことを告げる。


 辺境伯は彼らの言葉を慣れた様子で躱し、一通り部屋を見渡した後、少し考え込むと、ニッコリ笑って魔術師たちに問いかけた。


「で、現師団長はどちらです?」


 ノルン辺境伯のその言葉に、急にピタッと歓声が止み、その場が静まり返る。

 その反応に、悪魔の微笑みが深みを増す。

 室内の体感温度が一気に二、三度下がる。


 そんな空気の中、壇上に居た魔術師が、おずおずと申し訳なさそうに辺境伯の下へと歩み出た。


「クレリオ様は、その……王宮の、謁見室の方にいらっしゃるかと……魔術師団棟にはしばらく戻られておりません」


 魔術師の「クレリオ様」という言葉に、ノルン辺境伯は一瞬笑顔を消し、魔術師たちを見る。


「現魔術師団長はクレリオです。クレリオのことを『師団長』、私のことは『ノルン辺境伯』と呼ぶように」


「申し訳ありません! ノルン辺境伯!」


 代表して進言した魔術師が頭を下げると、他の魔術師たちも気まずそうに頭を下げた。


「で、師団長がそんなところで何をしているのですか?」

「そ、それは……」


「それは? まさか闇属性魔法を使う令嬢に夢中になっている、なんてことはありませんよね?」


 笑顔の圧が強い……。


 魔術師たちは、皆示し合わせたかのように、辺境伯と目線を合わせようとしない。

 彼らは救いを求めるように私とランズベルト様を見た。


 とはいえ、私もランズベルト様も今ここにいる目的はその令嬢なのだ。

 しかも、クレリオ様が加担していなければ、前回対峙した際に、片がついていた可能性が高い。

 クレリオ様やその側近たちが辺境伯に怒られるのだとしたら、仕方がないとしか思えない。


 私とランズベルト様が顔を見合わせていると、辺境伯が「では、参りましょうか」と声を掛けた。

 優雅に先導するノルン辺境伯に、私とランズベルト様をはじめ、数名の魔術師がついていく。


 すると、辺境伯が急に振り返り、魔術師たちに手を伸ばし、ついてくるなと合図をする。


「あなたたちはこの魔術師団棟を出たら魅了の影響を受けてしまいます。こちらで待機を」

「しかし……!」


「棟に居る限り安全です。クレリオからもそう言われているのでは?」


 辺境伯の言葉に魔術師たちは虚をつかれたような顔になる。


「!?」

「あのバカのしそうなことです」


 一瞬優しい笑みを浮かべた辺境伯は、再び前を向く。


「ハーティス公爵、アラベスク嬢、急ぎましょう」

「はい!」


 そうして、私たちは謁見室へと向かった。





 魔術師団棟を出て王宮への渡り廊下に入った途端、以前にも嗅いだことのある甘い匂いに包まれた。


「魅了香……」

「ええ。ですが、前に来た時よりも薄くなっている気がします」

「なるほど。魅了香に、魅了魔法……あの子が好きそうですね……」


 納得しながらそう呟く辺境伯の顔が、笑顔なのにとても怖い……物凄い殺気を放っているのが私の目にも一目瞭然だ。


「にしても、国を掌握して、あの男爵令嬢は何をする気なんでしょうね?」


「それは――」


(『逆ハーレム状態にして、シークレットルートに入ってランズベルト様(あなた)を自分のものにしようとしてます!』なんて言えない……)


「――わ、私には見当もつきませんわ」


 誤魔化しながら告げると、ランズベルト様にじっと見られる。


(やっぱりここに来るまでにちゃんと話しておけば良かったわ。気まずい……)


 無言でしばらく見つめられた後、ふっと寂しそうな表情になり視線を逸らされた。

 気まずい状態のまま、謁見室の前に到着すると、ノルン辺境伯はなんの躊躇いもなく、その扉を勢いよく開けた。


 その途端、ランズベルト様は前に一歩出て自身と辺境伯で私を隠す。

 開いた扉の先には、玉座に座りぼーっと焦点が合わずにこちらを向いている陛下と、傍で玉座にもたれかかりながら、宰相や大臣たちを跪かせているマリアの姿があった。

 そして、その少し後方から楽しそうにマリアを見守る黒のローブ姿の男――クレリオ様の姿があった。


「え!? ランズベルト様!? まさかここまでいらしてくださるなんて!!」


 ランズベルト様の姿を認めたマリアは嬉しそうに玉座からこちらに駆けてこようとする。

 ところが、一番前にいる銀髪のイケメンを認識すると、マリアは不思議そうに、けれど女豹のように獲物を狙う目つきになり、ノルン辺境伯に猫撫で声で話し掛けた。


「銀の髪の美しい方、どこのどなたかしら? そんなにイケメンでモブなわけはありませんわよね? でも私が知らないルートなんてないはずなのに……」


 わけのわからないマリアの言葉にノルン辺境伯が冷たい笑みを向ける。

 彼女にはその冷たさが全く伝わっていないようで「わたくしに微笑んでいるわー! え!? こんなキャラいたかしら? モブ?……にしては、整い過ぎているような……」とさらに自分の記憶を探っている。


「まあ良いわ! イケメンは何人居ても良いもの! あなたも私の取り巻きに入れてあげるわ」

「私はアーサー・ノルンと申します。愚息を連れ戻しに参っただけですので、お誘いは遠慮させていただきます」

「アーサー・ノルン……え!? まさかクレリオ様のお父様!? 嘘!? 何で生きてるの!? しかも若くない!? こんなイケメンとか聞いてないんだけど!」


 もはや取り繕うことさえしなくなったマリアに、ノルン辺境伯は怪訝な視線を向ける。

 一方のマリアは魅了魔法を展開しようとしているのか、視線を気にすることもなく、得意げな表情で辺境伯へと距離を詰めてくる。

 そんな彼女を鮮やかに躱し、辺境伯は玉座へと視線を向けた。


 ノルン辺境伯の行動に、彼に魅了が効いていないことに驚きつつ、慌てて彼の視線の先、玉座の方を振り返る。

 けれど、求めている人物が見つからず、キョロキョロ辺りを見回した。


「お探しの人物でしたら、玉座の裏に隠れているようですよ? ねぇ、クレリオ?」


 ドス黒い笑顔を浮かべ息子に呼びかける美笑の悪魔様は、レインを出現させ、自身の魔力と合わせてブワッと一帯に聖魔法を展開して、瞬時に浄化する。


 不意打ちを喰らったマリアは、悲鳴を上げる間もなく全身に聖魔法を浴び、その場に倒れ込んだ。

 彼女からは煙のようなものが立ち込めている。


「え……マリア様はどうなったのですか?」


 ランズベルト様の後ろから覗き込んで見ていた私は、一瞬の出来事に、唖然としつつ思わず問いかける。

 けれど、美笑の悪魔様からの返答はなく、恐る恐る近づいたランズベルト様が、彼女の様子を伺う。

 すると彼女の身体は聖魔法による浄化の影響で、放った呪いや魅了魔法の跳ね返りを受け、全身がただれ、見るも無惨な状態になっていた。


 そんな状態になってもなお、近づいたランズベルト様に「ランズ、ベルト様は……私の、ものなんだから……」とすり寄るマリア。


(マリアの執着心、ちょっと異常すぎて怖い……)


 そんなマリアをランズベルト様が避けると、隠れていた私とマリアの目がしっかり合ってしまう。

 途端に彼女は顔を歪め、私を睨みつけながら、苦しみつつ憎々しげに声を上げた。


「何でよ……何であんたが……ランズベルト様に、守られてるのよ……ヒロインは、この私なのよ……ふざけんじゃないわよ!」


 マリアの叫びと共に、彼女から黒い靄が立ち込める。

 すると、私の背に隠れていたリアとルドが姿を現し、手を繋ぎながらマリアの元へと飛んでいく。


 黒い靄に全身を包まれたマリアは、徐々に焦点が合わなくなっていき、沈黙した。

 呼吸があるのかはわからない。


 リアとルドはその状態のマリアに結界を張り巡らすと、まるで「捕獲ー!」とでも言っているかのように「クマー!」と鳴いて満足げな表情で私を見た。

 どうやらマリアに封印を施したようだった。


(まさか封印するとは思わなかったけれど、これでようやくマリアを止めることができた……!)


 そのことにホッとして力が抜けてしまった私は、その場にへたりこみ、駆け寄ってきたランズベルト様に抱きかかえられる。

 恥ずかしいから降ろして欲しいと懇願するけれど、ニコニコ笑顔のまま一向に応じてくれる様子はない。

 ランズベルト様と私が押し問答をしていると、玉座の方向から急に爆風が吹き荒れてきた。


 慌てて二人で玉座を見ると、そこでは壮大な親子喧嘩が幕を開けていた――。


お読みいただきありがとうございます。

魔術師団棟、王宮にやっと辿り着きました。

マリアは意外とすんなりでしたが、親子喧嘩が……美笑の悪魔様の本格降臨です。

次回もお楽しみいただけますと幸いです。


ブックマークや☆での評価やいいね、ありがとうございます。

どうしてもなかなか時間が作れず、更新がまちまちで申し訳ありません。

できるだけ更新できるよう頑張ります。

引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

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