ノルン辺境伯
また少し空いてしまい申し訳ありません。
よろしくお願いいたします。
(ノルンとノエルが混在していたようで申し訳ありません。正しくはノルン辺境伯です。修正いたしました)
辺境領に入ると、岩のようなもので出来た強固な建物群が見えてくる。
この世界に生まれて初めて見る景色に、思わずカーテンの隙間から窓の外をじっと眺める。
(要塞都市なんて初めて見るわ……)
隣国に面した国境には高い壁が見え、その付近には砦のようなものが点在し、それらを束ねるように中央には大きな城が建っていた。
「あの中心にある城のような建物は何ですか?」
カーテンの端を掴みながらランズベルト様に尋ねる。
彼は一緒にカーテンの隙間を覗き込むと建物を指さしながら答えた。
「あれが、今から向かうノルン辺境伯の邸です」
(邸!? ……いやもう、あれは城ですよね??)
突っ込みたい気持ちを抑えながら、だんだん近づいてくる黒い巨城を眺めていると、あっという間に城の正門までたどり着く。
そしてそこには、白い魔術師のローブを纏い銀の長髪を靡かせこちらを向く、中性的で美しい人の姿があった。
なぜかその人物の付近だけが清められたかのように輝いて見える。
(あれは、光属性の、聖魔法の影響なのかしら? きっとあの方が元魔術師団長のアーサー・ノルン様ね)
「遠いところ、わざわざお越しいただきありがとうございます。ハーティス公爵、アラベスク嬢。アーサー・ノルンでございます」
馬車から降りた途端、元魔術師団長のアーサー・ノルンは恭しくこうべを垂れ、挨拶をする。
顔を上げたノルン辺境伯を見た私は、思わず声をあげそうになった。
(え!? 待って待って待って! さっきは遠くからであまりわからなかったけれど、何この美人さん!? しかも想像していたよりとんでもなく若くない?? 確かゲームでのクレリオ様は二十五歳のはずだから、その親なら五十近いのでは……?)
目の前にいる美しい人は、どう頑張っても二十そこそこにしか見えない。
一体どうなっているのか……。
その上、彼の周りはなぜか空気が澄んでいて、まるで聖職者のような雰囲気を醸し出している。
「お久しぶりです。ノルン辺境伯」
そんな神々しさを気にすることなく、ランズベルト様は親しげに挨拶を返す。
二人は面識があるようで、ノルン辺境伯は「私の退団式以来ですね〜!」と楽しそうにランズベルト様に微笑んでいる。
(神々しさもだけれど、並んでいる二人が親子ほど歳が離れているだなんて……)
私は心の動揺を悟られないように、懸命に取り繕い挨拶をする。
「お初にお目にかかります。ロベリア・アラベスクです」
「はじめまして。あなたがお噂のアラベスク嬢ですね。お会いできるのを楽しみにしておりました」
「お噂……?」
頭にハテナがたくさん浮かぶ。
一体どんな噂がこんな辺境の地まで届いているというのか……。
やはりもうすでに王太子殿下との婚約破棄の話は国中に広まってしまっているということなのか。
まるで天使か女神のように優雅に微笑むノルン辺境伯。
頭の中が噂のことでいっぱいになっていたはずなのに、辺境伯の笑顔になぜか心が徐々に晴れ渡っていくのを感じる。
(この清々しくなっていく感覚は、彼のこの美しさのせいなのかしら? それとも聖魔法?)
彼を見ているだけで不思議と心が洗われていくような気がしてしまう。
私がそんな不思議な感覚で彼に見惚れていると、後ろから「クマ〜」と二匹の声が聞こえ、リアを連れたルドがランズベルト様と私の間にやって来た。
どうやら、私の様子が心配になってカゴから飛び出してきたようだ。
「……おや、聖霊ですか? 変わった聖霊ですね。しかも言葉を発する聖霊など、初めて見ました」
二匹を見たノルン辺境伯は、驚いたようにそう口にする。
「聖霊……?」
「ええ。光属性の方が聖魔法で使役する存在のことです。光属性自体が珍しいのであまり知られていませんが、私にも居るのですよ」
そう言った途端、ノルン辺境伯の肩にふわっと青い小さな人型の、羽根の生えた妖精のようなものが現れる。
「え……!?」
「こちらが私の聖霊レインです。可愛いでしょう。レインも私の聖魔法でできています」
「できている、というのは……?」
「アラベスク嬢の聖霊は、器に力を宿らせているようですが、本来聖霊とは魂魄のようなものなのです。姿形を自在に変えられますよ」
「……なるほど。普通はそういうものなのですね」
ふむふむ、と私が聖霊について考えていると、ノルン辺境伯が少し考え込むようにしてランズベルト様を見た。
「それにしても、あの公子様が光属性のご令嬢をお連れになるなんて……本当に良き出会いに恵まれたのですね……」
そう言いながら感慨深げにランズベルト様と私の顔を交互に見たノルン辺境伯は、「こんなところでお話ししてしまって、申し訳ありません」と急に慌て出し、城のような邸へと案内してくれた。
◇
応接室に通された私たちは、ノルン辺境伯と向かい合わせに座り、お茶を飲む。
テーブルの上では聖霊たちが互いの様子を伺いながらも楽しそうに戯れている。
その可愛らしい姿に、私は頬を若干緩ませながら、その様子を見つめる。
(妖精と「くま吉」とかもう、この組み合わせ最高過ぎだわ!! 前世でこういうARを使ったコラボイベントがあったけど、まさか現実で、それも動いた状態で拝めるだなんて……!!)
嬉しさのあまり叫び出してしまわぬよう、必死に拳を握りしめながら、心の中で歓喜に酔いしれる。
そして、どうやら隣のランズベルト様は私以上に必死に我慢をしているらしく、ふるふる小刻みに震えながら、俯いた顔を手で覆っている。
少し心配になった私はランズベルト様に声をかけた。
「ランズベルト様、大丈夫ですか?」
その途端、私の元になぜか聖霊たちが急に飛び乗ってきて、スリスリと甘え始める。
しかも、辺境伯の聖霊であるレインは私の手を取って指先に口付けを落とすと、恭しく一礼した。
レインの行動に一同が驚いていると、それを見たリアとルドが同じく私の手を取り、レインの真似をし始める。
たどたどしい二匹の動きが堪らなく可愛い。
やり終わって達成感に満ちた目で見つめられ「クマ〜!」と言われてしまったら、頭を撫でる他ない。
(可愛い!! もう可愛すぎる〜〜!!)
「可愛い〜〜〜!!」
一瞬心の声が漏れたのかと思う叫び声に驚き、隣を見ると、指の隙間からしっかりこちらを見て、我慢ができずに叫んでしまったランズベルト様と目が合った。
「ああもう、ほんと可愛すぎるのよ!! 我慢なんてしていられないじゃないのよ!!! というか、私にもして欲しいわ!」
そう言ってリアとルドを見つめる。
見つめられたリアは嬉しそうにランズベルト様に寄っていき、彼の手を取った。
ランズベルト様はワクワクしながらその様子を眺めている。
ところが、手を掲げたところでルドが飛んで来て、リアに手を下ろさせ、ルド自らがランズベルト様の手を掲げ、口付けはせずにそっと手を下ろした。
ガックリ項垂れるランズベルト様。
でも仕方ないだろとでも言うように拗ねるルドを見て笑い出した。
どうやらルドは、リアがランズベルト様に口付けを落とすのが嫌だったようで……。
そんなやり取りさえも可愛くて仕方ない。
少し残念そうにしながらも、笑いながらその光景を見るランズベルト様に、ノルン辺境伯が慈愛に満ちた眼差しで声をかけた。
「驚かれないところを見ると、アラベスク嬢はやはりご存じなのですね……。ずっと心配しておりましたので、安心いたしました」
そう微笑むノルン辺境伯は、まさに女神様のようだった。
お読みいただきありがとうございます。
年齢不詳な辺境伯をようやく出せました。
次回もお楽しみいただけますと幸いです。
ブックマークや☆での評価やいいね、ありがとうございます。
なるべく更新できるよう頑張ります!
引き続きどうぞよろしくお願いいたします。