闇属性
それにしても、いくら私が光属性持ちだとして、なぜ「くま吉」が意思疎通ができて動く上に、魔法まで使えてしまうのか、不思議で仕方がない。
「くま吉」を見ながら、考え混んでいると、同じところを考えていたらしいランズベルト様がある仮説をたてる。
「幼い頃に自ら作った段階で、まず光属性の魔法が無意識に『くま吉』に注がれていたとします」
「はい」
(最初の作っている段階で、光属性の塊ができて、それが基盤になってるのね)
「さらにそれから、肌身離さず『くま吉』を持ち歩き、無意識に魔法を注ぎ続け、その上、話し掛けていた。真剣な思いは、ある意味祈りを捧げているようなものになるのではないかと」
「話しかけが、祈り……ですか」
「当たらずとも遠からずだと思うんですよね」
「まあ確かにそうかもしれませんね」
「初めてお会いした際の様子を見るに、とても懸命に全身全霊を込めてお願いされてましたよね」
「え!? あれをご覧になっていたのですか!?」
「はい」
にこやかな笑顔を向けられ、忘れて欲しいと言いたいのに、それ以上何も言えない。
「あれを十年以上続けていたなら、十分魔法や魔力が蓄積されていると思うのです。きっと色んな思いを込めて来られたでしょうし、命を与えていたとしても不思議はないでしょう」
私はただ死ぬことが怖くて、このゲームの世界が怖くて仕方がなかった。
それ故に、前世の癒しであった「くま吉」に縋っていたのだ。
縋り続けながら、私は「くま吉」に魔力を与え続け、結果それが命を与えてしまったと。
信じられないことだけれど、目の前の「くま吉」がそれを証明している。
「ん〜〜」
頭を抱えて呻く私に「くま吉」が「大丈夫」とでも言うかのように「クマクマ」と言いながら、手をさすってくれた。
「くま吉〜〜〜」
嬉しいけど、なんだか複雑な心境だ。
そんな私たちの様子をランズベルト様は頬を緩めながらじっと見ていた。
しばらくして、私が落ち着いた頃、ランズベルト様は先ほど見てきた王宮の状況について話し始めた。
「それで、話は変わるのですが……王宮は思った以上に深刻な状態でした」
「……深刻とは?」
俯きがちに話すランズベルト様の様子にこちらも思わず息を呑む。
「使用人たちの姿もまばらで、例の男爵令嬢が魅了香や魅了の魔法を使い、既に王宮内を掌握しているようでした」
「掌握……!? 国王陛下や宰相様たちはご無事なのですか!?」
驚きで思わず声を上げてしまう。
「魅了にかかっていた王太子殿下は、『くま吉』が聖魔法で魅了を解きましたが、陛下や宰相がどうなっているかはまだ……」
「そうですか。やはり殿下も魅了にかかっていたのですね……」
「ええ。『くま吉』が一気に浄化してしまったので、詳細は確かめませんでしたが、殿下にはかなり継続的な魅了がかけられていたのではないかと」
思い返せば、マリアが現れてから殿下は物凄い短期間で私から一気に離れていった。
てっきりゲームの強制力なのだと思い込んでいたけれど、実際はきっとマリアに魅了をかけられていたのだろう。
つまり、マリアは闇属性持ちということだ。
私が光属性になったように、その逆の現象がマリアには起こったのだろうか。
「それと、なぜか男爵令嬢は私のことをご存知で……よくわからないことを言っていました」
「よくわからないこと?」
言い出してから、ランズベルト様はなぜか話すかどうかをとても悩んでいるように、困った顔で微笑む。
お茶を一口含むと意を結したのか、真剣な顔で私を見つめ、重い口を開いた。
「例の男爵令嬢はこう言っていたのです。『ロベリア様が死なないと、シークレットルートが開かない』と。彼女はあなたの命を狙っています」
「……え?」
一瞬、頭の中が真っ白になった。
「シークレットルート」ということは、マリアはこれがゲームの世界だと知っている。
つまりマリアは私と同じ転生者だ。
マリアは「シークレットルート」に辿り着くために、私を殺そうとしている。
(そもそも「シークレットルート」なんてあったの? 私やり込み勢じゃないから、その辺は詳しくないのよね……)
対するマリアはやり込み勢な上に、この世界を知り尽くしている可能性が高い。
(私めちゃめちゃ不利じゃない……)
状況を把握して頭を抱え込む私をランズベルト様が心配そうに覗き込む。
「申し訳ありません。私の配慮がかけていました。やはりあなたの命が狙われているなど、あなた自身に話すべきではなかった」
「い、いえ、大丈夫です! 話してくださりありがとうございます」
マリアが転生者だとわかったことはとても有り難い。きっと闇属性を持った理由も私と同じ可能性が高い。本来のヒロインは光属性を持っていたのだから。
そして、闇属性を得た彼女は“悪役令嬢ロベリア”が使った魅了や従属魔法を参考に、攻略対象たちを落としていったのだろう。
これでようやく辻褄が合った。
(でもまさか王宮を掌握までするとは思わなかったわ……このままだと国が滅んじゃう。なんとかしなきゃ!)
「命を狙っている」と言われてからずっと考え込んでしまっていた私に、ランズベルト様は申し訳なさそうな顔で様子を伺っている。
けれど、なんとかしなきゃと思い立って顔を上げたところで、彼と目が合う。
「ロベリア嬢、大丈夫です! あなたのことは絶対に、命に換えても、この私が守ります!」
真剣な顔でそう言われた。
乙女ゲームの定番の台詞を……目の前のイケメンに言われた……。
じわじわと言われた言葉を噛み締めて、段々と頬が熱くなるのを感じる。
それと同時に心臓が早鐘を打ち続けて、どんどん速度を増していく。
(ど、どうしましょう……なんて返したらいいの!? ああでも、やっぱりイケメン……! じゃなくて……え!? どうしたら……というか、何でこんなにドキドキしてるのに嬉しくてたまらないの? イケメンだから!? イケメンに言われてるからなの!?)
真っ赤になりながらアワアワする私を、まっすぐ見ていたランズベルト様の表情が変わる。
今まで見たどの表情とも違う、その満面の笑みに、心を鷲掴みにされる。
「あ、ありがとう、ございます」
裏返りそうになりながら、なんとか返す。
「それに『くま吉』がいれば、きっと大丈夫です。ね?」
そう言ってウィンクしながらさらに破顔するランズベルト様に、私は顔を真っ赤にしながら必死にコクコクと頷くしかできなかった。
お読みいただきありがとうございます。
ようやくマリアの魅了の理由に辿り着きました。
次回もお楽しみいただけますと幸いです。
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