お守り
気を利かせたルイーゼ様が嬉しそうに部屋を出ていき、目の前には、ソファーに座りながら、これまた嬉しそうに『くま吉』を眺めるランズベルト様がいる。
「あの……ランズベルト様、何かお話があったのでは?」
「あ、すみません。『くま吉』の可愛さにすっかり見惚れてしまっていました」
そう言いながらも、視線がチラチラくま吉を見ている。
「これから王宮に行かれるということは、例のマリア嬢の件でしょうか?」
昨夜のことを思い出しながら尋ねると、ランズベルト様の表情が真剣なものに変わっていく。
「そうです。やはりこのまま放っておくのはまずいですからね。まずは様子を見てこようと思います」
「今日はお父様も一緒に?」
「いえ、昨日の今日ですし、様子見だけですから、アラベスク侯爵には休んでいただこうかと思っています。準備が整って、本格的に動く時にお願いするつもりです」
「そうですか……」
(なぜかわからないけれど、妙な胸騒ぎがする……ランズベルト様は攻略対象じゃないから大丈夫だと思っていたんだけれど、お父様や国王陛下の例もあるし、やっぱり何かがおかしいのよね……)
妙な不安感に襲われた私は、何か対策できそうなものはないかと考えながら部屋を見渡す。
最低限の持ち物と、たくさんのゆるキャラのぬいぐるみが視界に入る。
役に立つかはわからないけれど、せめてランズベルト様のテンションやモチベーションを上げられれば違うかもしれない。
「あの、ランズベルト様……その、よければ、こちらをお守りにお持ちください!」
そう言って私はテーブルの上にある一番最初に見せた『くま吉』を差し出した。
「私の使い古しなんか要らないかもしれませんけど……少しでもランズベルト様のモチベーションが上がればと思いまして……その……」
(よく考えたらこんなお古のぬいぐるみなんて、持ち歩きたくないんじゃ……ああー! 変な提案をしてしまったわ! どうしよう!?)
自分で提案しておいて、その事実に気づいて打ちひしがれていると、『くま吉』を持つ私の手は、ランズベルト様の両手に包まれていた。
「いえ、ありがとうございます! この『くま吉』は十分私の気持ちを上げてくれますから、まったく問題ありません! むしろ、ロベリア嬢の大事な『くま吉』を手放してしまって大丈夫なのですか?」
(ら、ランズベルト様の手が大きくて優しい〜〜〜!)
心の中では「くま吉」のことなんて考えている余裕もない。けれど、なんとか平静を装う。
「はい。ランズベルト様のお役に立てるのでしたら。ほんの少し我慢すれば良いだけです。それに、今日中にランズベルト様の分を作りますから、戻って来られたら、そちらと交換ということで!」
「わかりました。大切に持ち歩かせていただきますね」
ふんわり優しい笑みを浮かべたランズベルト様は、そっとくま吉を手に取ると、まるで大事な宝石を扱うようにフリル入りのハンカチで包み込み、ローブの内ポケットに仕舞い込んだ。
仕舞い込んだ部分に手を当てて、撫でるような仕草をしたランズベルト様の顔が心なしかは少し緩んでいるように見えた。
(思った以上に嬉しそう……早くランズベルト様の分とルイーゼ様の分を作らなくちゃ!)
私が気合いを入れていると、ランズベルト様はこちらに向き直り、改まって目を輝かせながら言った。
「それと、王宮から戻ったらすぐに部屋作りの相談をさせてください!」
(そういえば、この部屋ゲストルームだったわね)
「お忙しいのに、そんな慌てなくても……」
「いえ、可愛いお部屋が作れるかと思うと、早く色々話したくてウズウズしてしまって……それに、母上に先を越されそうで怖いので、なるべく早く進めたいのです!」
先ほどとはまた違った高揚感を漂わせながら早口で捲し立てる。
「わ、わかりました。では、お戻りをお待ちしておりますね」
その後、私は玄関ホールまでランズベルト様をお見送りに出たのだけれど……。
「行ってきます。なるべく早く帰ってきますね」
「はい。お気をつけていってらっしゃいませ。お帰りをお待ちしておりますわ」
というやり取りをして、お互い少々照れながらではあるものの、ランズベルト様は嬉しそうに王宮へと出掛けていった。
(あれって、完全に新婚夫婦の朝のやり取りじゃないの〜〜〜〜! ああ……穴があったら埋まりたい……)
このやり取りのせいで、使用人たちの生温かい視線がとても痛い。
(きっとこれは嬉々としてルイーゼ様にも報告されてしまうんでしょうね……)
それから少し遅い朝食を勧められ、食堂へ向かったのだけれど、使用人たちは終始嬉しそうににこやかな表情で私を見ていた。
お読みいただきありがとうございます。
朝の公爵邸はみんなウキウキです。
報告を受けたルイーゼ様はきっと大喜びでしょう。
次回もお楽しみいただけますと幸いです。
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