追いかけてくる
旅を続けていた雄介は、とある森にある塔の頂上にいた。その塔は少し変わった形をしており、てっぺんの形は台座のような平面であった。歩き回れるくらいに広い足場をグルグルと回りながら、塔の頂上から見えたものは、地上を覆う木々と、その先にある湖だけであった。
雄介がこの塔に登ったのは、何か特別な理由があったからではない。森の中にポツンと取り残された人工物に興味をそそられた訳でもない。
なんとなくであった。なんとなく、この塔の頂上に登りたいと雄介は思ったのだ。そうして実際、頂上にまで登ってみた。それで得たものは、森の中にある湖を発見したくらいで、劇的な光景も体験も得る事は出来なかった。
「……分かってはいたが、やはり面白いものは何も無いな」
「そうでもないよ?」
雄介が隣に顔を向けると、そこにはシシャの死神が当たり前のように立っていた。二人は数秒の間、無言で見つめ合い、不意に死神がピースサインをすると、雄介は死神を塔の頂上から突き落とした。死神が落ちていく様を見送った後、雄介は再び目の前の景色へと視線を戻す。
しばらくすると、死神が息を荒くしながら頂上へと登ってきて、横になりながら息を整え始めた。
そんな死神のもとへ雄介は近付き、死神のふくよかな腹に片足を乗せ、ビニールプールに空気を入れるように踏み始める。
「スゥー、ブフゥッ!? スゥー、ブフゥッ!? これいつまで続け―――ブフゥッ!?」
「なんでお前がいるんだ」
「それは―――ブフゥッ!? 君を―――ブフゥッ!? これ喋りづら―――ブフゥッ!?」
抵抗しない死神に対し、雄介は違和感を覚えた。今踏みつけている相手には言葉では説明出来ない程の強大な力があり、雄介自身も、その強大な力を体感していた。
しかし、今の死神の姿からは、とても力を持っているとは思えない。不気味な見た目と存在には似つかわしくない、無害であった。
雄介は死神の腹の上から足を離し、立ち上がるのを助ける為に手を貸してあげた。
「フヒ~、酷い目に遭ったよ~」
「それは俺が言いたい言葉だよ……で?」
「で?」
「何しに来た? お前が望んだとおり、俺は誰からも認識されず、孤独に生きる罰を受けている真っ最中だが?」
「いや~、ちょっと君の様子をね。君はボクのお気に入りのオモチャだし」
「人をオモチャ呼ばわりか……まぁ、お前達からすれば、人間なんて使い捨てのオモチャに過ぎないか」
「何を寝ぼけた事を言ってるんだい! 君は人間なんかじゃないよ!」
死神は笑い声を混じらせながら、どこか嬉しそうに喋った。その死神の声色と言葉に、雄介の中で苛立ちが沸き上がっていく。
だが、雄介は苛立ちを表に出そうとはしなかった。5年という長い間、たった独りで過ごしてきた。風見彩香との会話も、5年の時間の前では、あまりにも短い時間だった。
それに比べて死神は違う。喋り方、仕草、体の動き。その全てに苛立ちが伴うが、マトモに長く会話が出来る唯一の存在だ。独りきりの世界も、寂しさにも慣れた雄介であったが、誰かとの会話を望まなくなった訳ではない。
つまり雄介は、ほんの少しだけ嬉しかったのだ。例え会話相手が地獄に突き落とした張本人だとしても。
「……あんたらシシャ、だっけか? 物語を管理するとか言ってたが、どういう事なんだ?」
「そのままの意味だよ! ボクらはね~、色んな世界で起きる物語を全て観測して、決められたシナリオ、言うなれば運命に従って動いているかを管理しているんだ!」
「で、俺の世界の物語はシナリオから外れていたと?」
「そうそう! 本来はね~、君は片割れ君を殺して、新しい人生を手に入れるっていう運命だったんだ! でも君はどういう訳か、その運命から外れた。外部からの接触ならともかく、自分自身で運命を変えるのは珍しい事なんだよ!」
「ユウスケを殺す……ハハ、絶対無理だな。確かにあいつは殺されても文句は言えない程の事をしたが、あいつにはあいつの望みがあった。赦されないが、俺は赦した」
「君は本当に矛盾という言葉が似合うね~」
「そういえば、ユウスケはどうしてるんだ? 管理してるって言うんだから、ユウスケがいる世界の事も分かるだろ?」
すると、表情を持たぬ死神であっても、明らかにウンザリとした。
「……一応覗いてはいるけど、あんまり面白くない。片割れ君は何も無い真っ白な空間だけの世界にいるけど、隅っこでブツクサ何かを呟いているだけなんだよ」
「何も無い? 食べ物も娯楽もか?」
「そうだよ。君のように世界に適応しようとせず、ずっと文句を言うだけなんだよ~!」
「そりゃ当然だろ。あいつは俺と違って、俗物なんだからな」
「そういった所を無くす為に罰を下したんだよ? でも、いつまで経っても変わらないんだ」
「あいつもまぁ、中々に頑固だからな。いっその事、望む物を全部与えれば、いずれ飽きがきて平凡になるかもな」
「そうかな~?」
淡々と会話を交わしていると、鋭い視線を死神は感じた。死神が視線を感じる湖の方へ顔を向けると、そこにいたある人物に気付き、ビクリと体を硬直させながら飛び跳ねた。体が硬直したまま雄介の方へ小刻みに飛び跳ねていき、湖にいる人物に尋ねた。
「ね、ねぇ? あの人知り合い? なんか感じ悪いんですけどぉ~?」
「……ま、いつか追いついてくるとは思ってたよ」
「あれ? もしかして気付いてたの?」
「ああ。丁度お前のビール腹を踏んでた時にな」
「ビール腹とは失礼な! これはボクの可愛いいポイントの一つなんだよ!?……まぁ、それについては一旦置いておいて、本当にあの人何なの? 何で存在出来てるの?」
「お前が知らなきゃ謎のままだよ。まぁ、確かに謎だらけの人だけどな」
「……会いに行かないの?」
死神に言われ、雄介は初めて湖にいる人物に目を向けた。気配から感じ取っていた通り、その人物とは、宮代葉月であった。
「……ああ。会いに行くさ」
「そっか。それじゃあ、お邪魔なボクは退散するよ。あの子、今にもボクを殺しにかかろうとしてるし!」
そう言うと、死神は人差し指で大きな輪を描いた。描いた輪に開いた穴は、彼らシシャが存在する次元へと通じている。
「それじゃあ、またいつか会おう! 今度はとっておきのお土産も持ってくるから楽しみにしててね、矛盾君! バイバーイ!」
やや早口に別れの挨拶をすると、死神は穴の中へ背中から飛び込んだ。空間に開いた穴が塞がった瞬間、あれだけ賑やかな時間が遠い過去に思えるような静寂が訪れ、雄介に緊張感が走った。
「……宮代さん」
待ち望んでいた人物、待ち望んでいた展開。だというのに、雄介は喜びに胸を躍らせてはいない。雄介が抱いていた想い、それは【疑い】であった。その疑いの真偽を確かめるべく、雄介は塔から飛び降りていった。
次回
「嘘と真実」




