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すぐ傍にヤンデレがいる  作者: 夢乃間
最終章 新芽
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孤独

 シシャの力により、世界の在り方は変わった。誰一人として、【北崎雄介】を認識しない世界へと。北崎雄介を知る者は存在せず、知ろうとする者も現れない。たった一人の人物が人の世という物語から消えた小さな変更点。

 そんな世界に、雄介は戻ってきた。雄介が世界の変化に気付くのに、そう時間は掛からなかった。道行く人は体をすり抜けていき、目を合わせても、その目に自分が映らない。

 それでも物には触れられるし、自動ドアも反応する。だが、傍から見れば物が勝手に浮いているように見えるし、誰も立っていないのにドアが勝手に開いたように見えていた。

 それから雄介は至る所へ出向いた。自分が通学していた学校、よく通っていた道、広い屋敷の大広間。それぞれで雄介が知る人物とも出会えたが、誰一人として雄介を認識しない。あれだけ厄介者扱いしていたというのに、今は尻尾を振る犬だ。そんな自分に嫌気がさしつつも、胸の奥で感じる寂しさには堪えられずにいた。いっそ死ねば楽になるとも思ってしまう程に。

 だが雄介は既に死ねない体に戻っている。以前よりも遥かに強力になった再生能力の所為で、首を切ろうが、高い場所から飛び降りようが、痛みを感じる前に完治してしまう。シシャが言っていた寿命による死も一向に来る気配が無く、ただただ時間が流れていく。

 

 いつしか、雄介の表情から感情が消え去り、人の姿を視界から遮断する事が出来てしまう程までに孤独に侵されていた。食べる事も、眠る事も、他人を求める事も手放し、目的地の無い旅を続けていた。

 日にちも時間も数えずに歩き続け、いつまでも続いているように思える道を進み続ける。そんな旅路は、酷く虚しいものであった。この旅の果てで得られる成果など無いと分かっていたからだ。

 

 雄介が旅を始めて、5年の月日が流れた。季節は冬の終わりを予感する、肌寒さを残しながらも少し暖かな日が続いていた。冬の間に積もっていた雪は雲の隙間から見え隠れする陽の光で徐々に溶けていき、雪を背負っていた木が背伸びをして、来る春に向けて準備を始めていた。

 旅を続けていた雄介にも変化が起きていた。背が伸び、幼さが残っていた顔つきから大人びた風貌へと変わっていた。外見が大人に変わると内面にまで変化が起こり、旅を始めた当初は寂しさや理不尽ばかりを抱いていたが、それも自分の人生だと納得するようになった。

 

 大人になった雄介は、旅を一時中断し、ある村へと立ち寄っていた。子供の頃は行く事を躊躇っていたが、寂しさを克服した今、ようやく会いにいく事が出来た。

 その村には沢山の風車があり、塔のように大きい物や花のように小さな物など、様々な大きさの風車が咲き誇っている。

 雄介は地面に咲く風車を踏まないように注意しながら村の中を歩いていき、大きな穴が開いた建物の中へ入る。建物の中は荒れ果てており、とても人が住んでいるようには思えない有様であった。雄介は階段を上り、二階の部屋の扉を開け、外から見えていた穴の前に置かれた椅子に座るオリジナルの隣に立った。


「……雄介?」


 自分の名前を呟いたオリジナルの声に、雄介は驚いた。記憶にある声よりも弱弱しかったからだ。顔を隠している長い髪を手でどかして顔を覗くと、オリジナルの顔にはヒビが入っていた。


「その顔のヒビ……」


「女の顔にある傷は見て見ぬフリをするものよ……フフ……会いたかったわ、雄介」


「俺は会いたくなかったがな」


「あら、酷いわね」


「ちょいと訳ありでね……でも、会えて良かった」


「フフ。少し背が伸びたんじゃない? 顔もなんだか、大人になった」


「そうかな? 自分の姿なんて随分と見てないからな」


「……何が、あったの?」


「色々とね……そう、色々あったんだよ」


 そう呟く雄介の声色は重々しく、オリジナルは聞くのを躊躇ってしまう。そこから二人は無言になった。話したい事は沢山あるが、お互いの変化に戸惑いを隠せず、上手く会話を続けられない。


「…………5年前。あなたを見送った後だった」


 再び話し始めたのは、オリジナルであった。その内容は、笑って返せるような楽しい話ではなかった。


「唐突って言葉が相応しいような異変だった。私の体が、崩壊し始めたの。まず右腕が無くなって、どうしようと慌ててた時、体の崩壊がピタリと止まったの。何が起きているのか分からずにいると……あなたの記憶が、徐々に無くなっていく事に気付いた」


「俺の記憶?」


「ええ。私は必死にあなたの記憶を守ろうとした。でもそうすると、また体の崩壊が始まった。再生能力を使って何とか耐えようとしたけど、完全には抑え込めなかった。今もそうよ」


 そう言って、オリジナルは手の平を雄介に見せた。オリジナルの手の平は顔にもあったヒビがあり、既に欠けている部分もあった。そうして雄介は気付く。オリジナルの体の所々が無くなっている事に。

  

「……俺の記憶が原因でそうなっているのか。そうまでなっても、何故無くそうとしないんだ?」


「失いたくないから。それ以外に何の理由があるの?」


「……人の死は、外傷か寿命だ。死ねば天国か地獄に行くらしい」


「そうらしいわね」


「だが今のあんたのそれは、人の死とは言えない。どうなるか分からないぞ?」


「それは普通の死も同じでしょ? 天国も地獄も、本当にあるか分からないんだし」


「……あんたを助けたい。でも……俺だから助けられない」


「……難儀なものね、あなたの人生って……それじゃあ、せめて最期に私を救ってみせてよ」


「救う? でも―――」


「約束、忘れちゃったの?」


「……忘れてないよ。暇な時、よく考えていた」


「何よその言い方……」


 雄介との会話の間にも、オリジナルの体のヒビが広がり、声が徐々に弱っていく。彼女に残された時間は、もうあまり長くはないようだ。

 雄介は視線を外の景色に向けて、用意していた彼女の新しい名前を言った。


「風見 彩香」


「……どうして、その名前に?」


「俺が風を感じた時、あんたを思い出せるように」


「そう……フフ……意外に、ロマンチスト……なのね……」


「嫌か?」


「……」


「感想ぐらい言ってくれよ。人に名前をつけるなんて、慣れちゃいな―――」


 雄介は恥ずかしそうにしながらも、再び彩香の方へ視線を向けると、既に彩香はいなくなっていた。

 壁に開いた穴から突風が舞い込み、椅子の上に残っていた彩香の遺灰を乗せて、空へ舞い上がっていく。

 空を舞う遺灰に、雄介は自由自在に空を舞う彩香を見た。彩香は、ある言葉を雄介に言うと、風と共に何処か遠くへと消えていった。


『ありがとう、雄介』

次回


「追いかけてくる」

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