変貌
本田さんの家に招かれてから三日経った。あれから本田さんは学校に来ていない。その事に気付いているのは僕だけだ。他の人達、先生も含めて、本田さんの事を気にする素振りを見せない。
まぁ、僕も最近本田さんの事を知ったし、これが普通なんだろう・・・それでも、なんか嫌な気分になる。自分の知っている人が、誰からも見向きもされていない事が嫌だ。
「はぁ・・・本田さん、どうしたんだろう?」
「呼びました?」
本田さんの声だ。
「あ、来たんだ・・・えっと・・・誰?」
「ふふ。初めて話した時と同じだね」
そう言いながら、目の前に立っている少女は微笑んだ。長い綺麗な黒髪、整った顔立ち、静かだけど明るい印象を受ける雰囲気。
うん、知らん。こんな綺麗な人、僕の知り合いに一人も・・・いや、一応一人はいたな。でも、宮内さんとは別のタイプの美人って感じだ。あっちは大人っぽい美人で、この人はまだ少女が残っている美人って感じ。
「・・・ほんとに、分からないの?」
「ごめん、分からない」
「あ、あはは・・・そんなに変わったかな、私・・・」
すると、目の前に立つ美人さんはポケットから眼鏡ケースを取り出し、中に保管していた黒縁の眼鏡を着けた。
眼鏡を着けた彼女の姿を見て、僕はようやく彼女が誰なのか分かった。
「・・・あ、本田さん?」
「良かった! 憶えててくれてたんだ!」
「あー、うん・・・その、変わった・・・ね」
いや、いくらなんでも変わり過ぎだ。言い方は悪いが、前は暗くて自信が無さそうな子だったのに。それがどうやってこんな美少女に・・・。
「まずは見た目から変えようと思って。色々調べて、髪とか変えてもらったんです」
「自分で・・・へぇー、凄いじゃん」
「凄い?」
「自分から変わろうと努力したんでしょ? 凄いよ、ほんと」
「いえ、私は―――」
その時、僕は多数の視線を感じた。見ると、クラス中の人達が僕ら・・・いや、本田さんを見ていた。男子は頬を染めて固まり、女子は困惑していた。
やがて、一人の女子が本田さんに近付き、本田さんを指差しながら言った。
「あなた・・・誰?」
「え・・・えと、その・・・」
返答に困っている本田さんが、僕に助けを求めるような視線を向けてきた。代わりに僕が言ってもいいけど、それは本田さんの為にならない。
だから僕は、ただ頷いた。そしたら、本田さんは安心したかのように微笑むと、着けていた眼鏡を外して、指差してきた女子に顔を向けて言った。
「本田です。本田美也子」
「本田、美也子・・・え、本田さん?」
「はい」
『・ ・ ・ ・ ・ ・ えぇぇぇぇぇ!?!!』
うるっさ! 全員いっぺんに驚くなよ・・・まぁ、驚くよな、そりゃ。今まで見ていなかった本田さんが、こんな美人に変貌したら。
すると、ゾロゾロとクラス中の人達が本田さんに集まり、順番なんか知らずに本田さんに質問攻めし始めた。
それに対し、本田さんは多少驚きながらも、笑顔を崩さなかった。
「・・・凄いな」
「? 北崎君、何か―――」
「僕は邪魔みたいだからどっか行くよ」
「え・・・」
せっかくクラスの人達から認知されたんだ。これで本田さんは沢山の友人、果ては恋人も出来る。そしたら人食いなんて考えも無くなって、幸せの人生を歩み始めるはずだ。
廊下に出た後、振り返って教室の人だかりの中心にいる本田さんを見ても、彼女は笑顔を崩していなかった。
「・・・僕もあんな風に変われたらな」
「雄介君は変わらなくていいよ! 今のままで十分魅力的なんだから!」
本田さんの変貌を羨ましがっていると、いつの間にか背後にいた宮内さんに抱きつかれてしまった。突然僕の近くに現れる事にはもう慣れたけど、慣れたからといって受け入れた訳じゃない。相変わらず鬱陶しいだけだ。
「他人の為に身を引くなんて優しいね、雄介君! 今日も家に行っていい?」
「え~? 今日もですか?」
「うん! 今日も!」
「嫌ですよ。だって宮内さん、僕の部屋でずっと買ってきた服を自慢するだけじゃないですか」
「雄介君の事はよく知っているけど、女性の好みとか服の好みはまだだからね。早く知っておきたいんだ!」
「僕の好みなんてどうでもいいでしょ? 自分の好きな服着とけばいいのに・・・」
「雄介君の好きな私でいたいの! だから、ね?」
「嫌です」
「え~!」
別に服を見せるだけなら付き合ってあげてもいいけど、この人僕の目の前で着替えるから気まずいんだよ。この三日で宮内さんの下着姿を何度見た事か。それでいて、下着姿を僕に見られると「もぉ~! 雄介君のエッチ!」なんて言うし。目を離さないでって言われるから、僕はそうしてるだけなのに。
「それで・・・あの子?」
「は? 何が?」
「雄介君が羨ましがってる子」
「あー、はい。本田美也子さん。宮代さんも一度会ってますよね、図書室で」
「あら、やっぱりあの時いたんだね? やっぱり私から逃げてたんだね?」
「まぁまぁ・・・それで、どうですか? 本田さん、結構変わりましたよね?」
僕がそう言うと、宮代さんはもう一度本田さんの姿を確認した。
「・・・雄介君さ」
「はい」
「あれの何が変わったのかな?」
「は? いや、全体的に変わったでしょ? 見た目とか、性格とか」
「ふーん・・・そっか」
宮代さんから見ると、本田さんは何も変わっていないのか? 元の素質を見抜いていた、とかか。
まぁ、そんな深い所まで見抜けるのは宮代さんだけでいいだろう。他の人には、今の本田さんの事を知ってもらえれば、それだけでいい。
「ん?」
今、本田さんがこっちを見た・・・いや、睨んだ? 一瞬だったからよく分からなかったな。でも、睨まれても文句は言えないよな。沢山の人に囲まれて困っていたのに、それを助けもせずにいなくなるなんて。
ほんと、酷い奴だよ。僕は。
「ねね、雄介君! ちょっと場所を変えて話さない?」
「あともう少しで始業のチャイム鳴りますよ? 昼休みまで待ってくださいよ」
「えー!? やだやだやだやだ! 今話したいのー! 雄介君と今からずっと話してたいー!」
「あーもう! うるさい! 駄々こねないでくださいよ!」
「屋上行こうよー! 授業サボろうよー!」
「それ優等生が喋る事か! って、引っ張らないでくださ―――力、強過ぎ!?」
まるで注射を嫌がる犬を強引に連れていく飼い主のように、宮代さんは僕を引っ張っていく。駄々こねてんのは宮代さんだというのに!
「分かりましたから! サボりますから引っ張らないでくださいよ!」
「嫌-! 引っ張りたいー!」
「引っ張るなー!!!」
こうして、僕は強制的に午前中の授業を全てサボってしまった。その間、僕は永遠と宮代さんと他愛のない会話を交わし、キリの良い所で帰ろうとすると、宮代さんに駄々をこねられて拘束されていた。
あー・・・まさか、退屈な授業を求めてしまう日が来るなんて。あの眠気と暇が交互に飛び交う授業が恋しいよ・・・。
次回
「お茶会」