それでも日々は過ぎていく
本田美也子は、今日も図書室の本の整理作業を行っていた。本についた埃を掃い、決められた場所に本を戻す。
しかし、どれだけ時間をかけて整理をしたところで、明日になれば、また本の位置は定められた場所にはない。それがストレスになって嫌になる度に、自分のように真面目に本を扱う人など一握りだと、自分自身に言い聞かせていた。
「あれ? ここの本、どこ行っちゃったんだろう?」
滅多に人が立ち寄らない図書室の隅にあるはずの本が、どこにも見当たらない。図書室の本棚を見回りながら確認していったが、その本はどこにも置いていなかった。貸し出しの記録にも載っておらず、盗まれたとも考えたが、元々ボロボロになっていた物なので、誰かが盗むとも考えられなかった。
頭を悩ませながら、本当に無くなっているのかを再確認する為に、もう一度その場所へ戻っていった。
「……え?」
不思議な事に、無くなったと思っていた本は元の位置にあった。手に取って確認してみると、やはり無くなっていたはずの本であった。
「この本だ、間違いない……私、疲れてるのかな?」
そう思いながら、なんとなく本を開いてみた。この図書室に置いてある本は全て読みつくしており、内容もハッキリと憶えている。当然、この本も一度読んでいた為、特に目新しい発見などは無かった。
しかし、何かが足りないような気がした。本に登場する人物の内、一人が欠けているような気がした。無くしてはならない、重要人物だったような気がした。
「誰、だっけ……?」
記憶を遡り、その人物の名前を思い出そうとするが、どうやってもその人物の記憶が見当たらなかった。
【存在しないもの】を【あるはず】と思ってしまう自身の矛盾点に引っかかるも、その本を元の場所へと戻し、本田美也子は図書室から去っていった。
神田理子は捜していた。何を捜しているのか、自分自身でも分からぬまま、捜し回っていた。
初めの頃は、道行く人に尋ねたり、警察にも捜索をお願いしてみたが、誰一人として彼女に協力しなかった。それどころか、妄想に憑りつかれた狂人と言わんばかりの冷ややかな目で見られていた。
そんな目に遭っても、捜すのをやめようとは思わなかった。それが何故かは、やはり分からない。分からないが、捜す事をやめてしまえば、自分にとって大事な何かが消え去ってしまうような気がした。
そんなある日、不思議な夢を見た。暗闇の中、ただジッと立ち尽くしていると、誰かが自分の手を引っ張り、光に溢れた場所へ案内をしてくれた夢。振り返って手を引いてくれた人の正体を確かめようとするが、その人物は暗闇に紛れていて、遂には夢から覚めてしまう。
夢から覚めると、自分が泣いている事に気付いた。何故泣いているのかは、やはり分からない。
「…………分からない……なんで、分からないの……!」
心に大きく開いた穴、喪失感に涙を流して悲しみ、やがて神田理子は捜すのを諦めてしまった。
百瀬桜は大広間にて考え事をしていた。目の前には彼女の手下である三人が正座させられ、ボーっとしている彼女が正気に戻るのを今か今かと待ち構えている。
「なぁ。最近のお嬢、ボーっとし過ぎやしないか?」
「ああ。今日も話があると聞いて来てみれば、もう一時間も座りっぱなしにされてるし」
「お前ら、我らが主を愚弄しているのか? きっと何か深い事を考えているに違いない」
「……ねぇ」
「「「は!」」」
「私に、弟がいたっけ?」
「「「はぁ?」」」
「だから、私に弟がいたかどうかを聞いてるの」
その言葉に、三人は困惑した。幼い頃から仕えている為、彼女の事はほとんど把握している。だからこそ、彼女に弟がいない事は分かりきっていた。
「いない……と思います」
「う~ん、やっぱりそうだよね……」
「何か、気掛かりが?」
「……少し前から唐突に、私に弟がいたような気がしたの。それが単なる勘違いなら、私がただ疲れているってだけで済む話……でも、そうじゃない。絶対に勘違いではないと断言は出来る。でも、弟がいた記憶が無い以上、こうして思い悩み続けているのよ」
「あー、分かります分かります! 俺もよく酒に酔った時はそんな風な悩みが出て―――がっ!?」
「主が真剣に悩んでいるのだぞ? 貴様の聞くに堪えない狂言で主の悩みが晴れるとでも?」
「っ!? 鴉、てめぇ! 今日という今日はぶっ殺してやる!!!」
「お前ら、主の前だぞ!? あとこの大広間で殺し合いは止せ!」
主を放っておいて、喧嘩を始めてしまう三人の手下達。そんな彼らに目もくれず、百瀬桜は思い悩み続けていた。
「はぁ。どうして急に、私はこんな事を……でも、本当に私に弟が出来たら、抱えたこの寂しさも少しは……考えるだけ無駄か」
次回
「孤独」




