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すぐ傍にヤンデレがいる  作者: 夢乃間
三章 正面衝突
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選択

 死神が右手をユウスケに向けると、ユウスケの体の主導権を奪って地面に倒した。能力の剥奪、体の主導権の剥奪。次々と自身の存在意義を奪われ続けられ、ユウスケは【シシャ】という謎の集団の強大な力に、恐怖していた。

 

「さて、あとは……あの瓦礫の下で埋もれている彼か。一緒に能力を奪っちゃったから、もう死んじゃってるかもね! それじゃあトリ君! 彼の位置をここに移して!」


 死神が黒鳥にお願いすると、黒鳥の眼の瞳が大きく広がり、瓦礫の下に埋もれていたはずのアキラが、いつの間にかユウスケの隣に移動されていた。瓦礫の下から抜け出せたアキラだったが、動く気配が無く、まるで死んでいるようであった。


「っ!? アキラ……!」


「あらあら~。やっぱり死んじゃってたか~! ま、手間が省けて丁度いいや! じゃあ、早速始めようか!」


 死神が手を広げると、背後に聳え立つ塔の入り口が開く。


「あの塔の頂上には、君が望む世界への入り口があるよ! 本当は彼も参加させて早い者勝ちにしようとしたけど、チャンスだよ! さぁ頑張れ片割れ君!」 


「……僕を殺すんじゃ……なかったの……?」


「殺してもいいよ? でもさー……君は理想の世界で生きたいんじゃないのかい?」


「それは……!」


「これは選択だよ。それも簡単な選択だ。ここで死んで終わるか、理想の世界に逃げて生き延びるか……決めるのは、君だよ?」


 首を傾げながらユウスケを覗く死神。ユウスケは隣で倒れたままのアキラを見て、少し悩んだ末、立ち上がった。怯えながら死神の横を通り過ぎ、黒鳥と小さな賢者とは目を合わせずに歩き、塔の入り口の前に立つ。中は暗闇に覆われていてよく見えないが、薄っすらと手すりの無い螺旋階段があるのが見えた。

 

「……ごめん、アキラ……僕はやっぱり……!」


 怯えていたユウスケの表情に覚悟が宿り、塔の中へと入っていった。死神はユウスケの姿が塔の中に消えていくのを見送ると、未だ倒れたままのアキラの傍に座り込んだ。


「ねぇ、そろそろ起きたら?」


「……」


「君は生きたくないの?」


「……あいつが生きてくれれば、それでいい」 


「どうしてそこまで彼を気遣うの? 彼は君から全部奪ったんだよ? 名前も、人生も、運命も。それなのに、君は彼を赦すの?」


「……俺が生きても、あいつのように上手く他人と付き合う事は出来ない。それにあいつはずっと独りだったんだ。誰か、俺じゃない誰かと生きれば、あいつも変われるかもしれない」


「それが理想の世界の住人でも?」


「……俺は、信じる」


 アキラは立ち上がった。再生能力を失った今、アキラの体には痛々しい傷が残されており、虚ろな眼は既に生気を失っていた。


「俺はここで朽ち果てる。この体じゃ、とても塔の頂上にまでなんて到達出来ないだろうしな」


「……凄いね。凄い馬鹿だね、君は」


「勝手に言ってろ」


「……賢者君! 彼の記録を頂戴!」


 死神が手を差し出すと、浮遊していた小さな賢者が死神に近付き、球体状の体から一枚の札を出した。その札には、彼らシシャにしか読めない文字で、これまでのアキラの行動や関わった人物が記されている。

 

「随分と、死人が多いね。君と関わった人は」


「……」


「それでも、生きてる人がいるじゃないか。君を待っている人達だよ。君がここで朽ち果てるという事は、その人達を裏切る事になるよ?」


「……決めるのは、俺だろ」


「それもそうだ! あぁ~、もう! せっかく君を焚きつけようとしたのにさ……それとも、こっちの方を言えば、君を焚きつけられるかな?……あの塔の頂上にある入り口はね、出口なんだよ」


「……それは、どういう意味だ?」


「悪人が死んだら何処へ行く?」


「……まさか!? くそっ、ユウスケ!!!」


 消えかけていた炎が再び燃え上がるように、アキラの眼に生気が戻り、死神を押しのけて駆けだした。死神は高らかに笑い声を上げながら、塔の入り口に飛び込んでいくアキラを見送った。

 

 塔の中に入ったアキラは、目の前にある螺旋階段の一段目に足を置き、上を見上げた。螺旋階段は外から見えていた塔の高さよりも上に続いており、螺旋階段の8周程の場所から、ユウスケと思わしき足音が響き渡っていた。


「ユウスケ!!!」


 大声でユウスケの名を叫ぶが、足音が止む事は無かった。このまま上り続ければ、いずれユウスケは頂上へと辿り着く。それを何としても阻止するべく、アキラも階段を上り始めた。 

 しかし、たった数段上っただけで、アキラの全身の傷が痛みを呼び、痛みで全身が痺れたような震えに襲われ、前のめりに倒れ込んでしまう。すぐに立ち上がろうとするが、アキラの手足は痛みの所為で震えており、立ち上がれない。

 するとアキラは、頭から血が流れるまで自身の頭を螺旋階段に何度も叩きつけ、意識を朦朧とさせて痛覚を始めとした感覚を麻痺させ、階段を上り始める。

 初めはフラフラとした足取りだったが、やがて慣れ、正常時以上の速さで階段を駆け上っていく。自分の体に鞭を打って駆け上り続けて行くと、聴こえていたユウスケが階段を駆け上る音が近付いてきた。

 あと少し。そう思っていた時、アキラの体に再度異変が起き始めた。アキラは、真っ直ぐ進む事が困難になっていた。何度も壁に激突し、遂には螺旋階段から身を落としてしまう。

 螺旋階段に体を激突させていき、最初のスタート地点に落ちてきてしまったアキラ。アキラの体は最早、指一本動かす事すら出来ずにいた。 

 薄れゆく意識の中で、階段を駆け上るユウスケの足音がどんどん遠くなっていくのを耳にし、追いつく事が困難な事を悟ったアキラは、立ち上がる事を断念した。


『もう終わりかい?』


 目に見えぬ場所から、死神がアキラに囁いた。アキラは死神に言い返そうとするが、喉に詰まった血が邪魔で声が出せなかった。

 すると、死神は尚もアキラへ囁く。


『まだ一度落ちたばかりだろう。それなのに、君は諦めるのかい? 結局君は、誰一人救えずに死んでしまうんだね』


「っ!? ぐふ、がはぁ!!!…………まだ……まだ……!」


 喉に詰まっていた血を吐き出し、アキラは再び螺旋階段を上り始めた。アキラの体は、もう立ち上がる事が不可能なはずであった。骨は砕け散り、生きる上で必要な臓器は既に死んでいる。

 それでもアキラの体は動いた。再生能力の力ではなく、元々持っていた底無しの意地で。目も見えず、呼吸もままならず、ただ前へ進む事だけを思い、螺旋階段を上っていく。

 

 それからどれだけの時が流れただろうか。体を動かす意地も無くなりかけた時、アキラの体を温かな光が包み込んだ。

 その光はアキラの体から痛みや苦しみを消し去り、見えなくなっていた視界を晴らしていった。

 そこで見た光景は、この世の物とは思えない【天国】と言える程に美しい、晴れた空の上であった。


「……綺麗だ」


 その景色に思わず見惚れていると、視界の中央に人が立っている事にアキラは気付いた。風でなびく長い黒髪を手で抑えながら、アキラの方へ振り向いた。

 

「雄介君」


「……宮代さん」


 その人は、宮代葉月であった。


「忘れないで、雄介君。私があなたを想い続けている事を」


 そう呟くと、宮代葉月は光に包まれていった。光に包み込まれる最中に見えた宮代葉月の笑顔に、冷たくなっていたアキラの体に温かさが宿った。


「……ありがとう、宮代さん……必ず……必ず、宮代さんの所に帰るよ」


 宿った温かさに約束を誓い、雄介は再び目を開いた。そこにはさっきまで見えていた【天国】のような美しい景色は無かった。

 無数の断末魔が吹き荒れる嵐と化し、瞳に穴が開いた巨大な眼が待ち構えている【地獄】であった。その眼の先には、ユウスケの後ろ姿があった。


「ユウスケ!!!」


 巨大な眼に引き寄せられていくユウスケを引き留めようと、雄介は駆け出した。ユウスケが瞳の穴に落ちる直前で腕を掴む事が出来たが、ユウスケの意識が目の前にある瞳の穴に強く引き寄せられ、手繰り寄せる事が出来ない。


「ユウスケ!!! 目を覚ませ!!!」


 ユウスケの意識を呼び戻そうと雄介は必死に叫ぶが、ユウスケの耳に届かない。それでも諦めずに何度も呼び掛けていると、雄介の背後から死神が現れた。


「彼はもう瞳の穴に意識を落してしまっている。もう戻ってはこれないよ」


「てめぇ!!!」


「君には驚いたよ。奪ったはずの再生能力を自力で宿し、ここまで辿り着いた。まさに、奇跡だね、でも、これ以上の奇跡は起きない」


 すると、瞳の穴から沢山の手が伸び、二人の体を掴んで瞳の穴へ落とそうとしてくる。雄介は抵抗するが、全身を覆う数の手に力負けし始め、徐々に瞳の穴へ引きずられていく。


「その瞳の穴の先には、君達に相応しい罰が待っている。【理想】を望む片割れ君には、何も無い空間に永遠に閉じ込められる罰を。そして【現実】を望んでいた君には、元の世界で、誰からも認識されない罰を」


「ふざけるな!!! 何が罰だ!!! 俺達には、俺達の生き方がある!!! てめぇらなんかに勝手に決められて、たまるかぁぁぁぁ!!!」


「それは君自身に言える事じゃないかな? 誰かが困っているのを助けたくてたまらない。助けられても助けられなくても、【自分が誰かを助けた】という自己満足に酔いしれる。関わった人を不幸にする厄病神。それが、【北崎雄介】という人物。君が本当に人を助けたいなら、見て見ぬフリをすればよかったんだよ」


「っ!?」


「君がどれだけ自分を変え、自分を認めても、この事実は変わらない。君は独りだ。あるかもしれない寿命が尽きるまで、君は孤独に苦しむんだ。じゃ、さよなら!」


 死神が雄介の背中を押すと、二人は瞳の穴へ吸い込まれるように落ちていった。落ちていく際に叫んだ雄介の声は、鳴り止まぬ無数の断末魔に掻き消され、やがて闇の中に溶けていった。 

次回


「それでも日々は過ぎていく」

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