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すぐ傍にヤンデレがいる  作者: 夢乃間
三章 正面衝突
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全ては幻

 ユウスケを背負い、アキラは走る。まるで嵐に起こる波のように、怒涛の勢いで迫ってくる変異体の塊から逃げる。行き先も、逃げた先も考えず、ただ逃げ続けた。

 そうして逃げ続けていくと、建物が建ち並ぶ一本道に出た。後ろからは依然として、建物の僅かな隙間からも変異体が捻り出て来る。道路に置き去りになっていた車の上を走り飛んでいき、カーペットのように道に落ちている服の上を踏みながら、ただ前へ前へと、アキラは走り続けていく。

 

「アキラ! 止まれ!」


 背に乗っているユウスケが声を上げた。その一声でアキラの足が止まった。アキラは膝に手を当てながら息を整えていると、地鳴りのような変異体達の行進の音が止んでいる事に気付いた。


「後ろを見てみろ」


 ユウスケに言われた通りに後ろへ振り返ると、変異体達がある一定の場所で進めず、笑い声とも泣き声ともとれる叫び声を上げながら、見えない壁を叩きつけている光景があった。その光景はまるで、巨大な絵画のような光景だった。


「醜い物も集まれば、こうも圧巻になるなんて。感動、とまではいかないが、素晴らしい光景だな」


「……何故、奴らは」


「追ってこれないか? それは、奴らが【街から生まれた者】だからだ。変異体も、上位者達もな。だから奴らは街から出られない。僕達と違ってね」


「……腹の傷は、どうだ?」


「ああ、随分と良い具合だ。お前の手当てのお陰だろうな」


「そうか……それじゃあ、ここは何なんだ?」


 【街】から【外】へ出た二人。そんな二人は今、暗い砂の地に足を踏み入れていた。そこには空も音も、何も無い。後ろにある街から切り離されたかのような、別世界になっていた。  


「ここは外だ」


「外?」


「何も存在せず、何も作られていない……世界の外さ」


 その言葉の意味を理解出来ずにいると、ユウスケに頭をポンポンと叩かれ、アキラは歩きだした。  

 ユウスケが言った通り、どれだけ歩き進んでも外には何も無かった。景色に何の変化が無い為、アキラは前へ進めているか疑ったが、後ろにあった街はもう既に小さくなっていた。

 それから何時間、あるいは何分か、不確定な時間の中を歩き続けていくと、少し先の方にハリボテのようなものがあるのを二人は目にする。


「あれは……」


 徐々に近付くにつれ、それがハリボテではなく、どこかの場所から一部切り取った空間だと分かった。そこは、二人にとって忘れられない場所であった。

 その場所とは、前の世界でアキラとユウスケが出逢った場所。そして二人の始まりである研究施設の一部であった。


「ここは、俺達が初めて会った場所……」


「ああ……僕達が出逢った場所だ」


 すると、ユウスケはゆっくりとアキラの背から降りて、その空間に入っていった。アキラはというと、その空間の外で立ち尽くしていた。


「どうしてここだけがあるんだ……」


「スゥー……ハァー。帰ってこれたな、僕達の場所へ」


「外にこんな場所があると、お前は知っていたのか?」


「それはどれの事だい? ここの事か? それとも外、あるいは街についてかい?」


「どれもこれもだ! この際、知っている事を全部話せ!」


「フ……アハハハ!!!」


 子供のような無邪気な笑い声を上げるユウスケ。だがその様子は可愛らしいとは言えず、ただただ狂っているようにしか見えなかった。


「僕らがあの街に来た時の事を憶えている?」


「……ああ。何の力か、お前と俺だけが、この世界に飛ばされた」


「それさ、ちょっと間違ってるんだよね」


「間違っている?」


「僕も最初、別の世界に飛ばされたと思ってた。でも、違ったんだ。ここは別世界でもなければ、過去や未来でもない。部屋の中と外。僕らは、ある部屋の中にいるんだ」


「意味が分からない……! 一体なんなんだ!?」


「アキラ……いや君は、【北崎雄介】が何なのか理解しているかい?」


「……なんなんだよ……どうしちまったんだよ、ユウスケ!」


 アキラは困惑していた。ユウスケがおかしいのか、それとも何も理解出来ていない自分がおかしいのか。どちらにせよ、アキラはただ、立ち尽くす事しか出来ない。

 すると、ユウスケは空中に二つの箱を作り出すと、一方の箱をもう一方の箱の中に入れた。その行為の意図をアキラが聞く前に、ユウスケが語り始めた。


「【適合】。それは君の体を取り込み、僕が【北崎雄介】になる事だと思っていた。でも実際は違った。取り込むのではなく、混じり合うものだったんだ」


 そう言いながら、ユウスケは再び二つの箱を作り出す。今度の箱は、突起が出ている箱と穴が開いている箱であった。その二つを合体すると、箱は一つの箱となり、継ぎ目の部分は消えてなくなった。


「北崎雄介という人間になるのではなく、北崎雄介になる事だったんだ。人ではなく、存在。個として確立した存在。それが適合だ」


「なんだよそれ……お前はどうしてそれを望む?」


「望む。そして君も納得するさ。実際に体験してみようか」


 すると、何も無い虚無の世界に眩い光が広がり、再びアキラが目を開けた時には、そこは学校の教室であった。


「っ!? どうなってる!?」


「おはよう、雄介!」


 今起きた事に困惑していると、見知らぬ女子がアキラに声をかけてきた。だが、その女子はアキラの事を知っているようで、アキラの事を雄介と呼んでいる。


「どうしたの? なんだか顔色が悪そうだけど?」


「誰だ……お前……!」


「誰って、ひど~い! 私の事を忘れちゃったの!? 幼稚園の頃からの幼馴染をさ!」


「幼馴染? そんな奴はいない! 言え! お前は誰だ!!!」


 アキラは、自分の事を何でも知っていそうな幼馴染の胸ぐらを掴み、怒鳴った。幼馴染は怯えた表情を浮かべると、喜怒哀楽の表情を立て続けに浮かべていき、最後はその顔にノイズが走る。驚いたアキラは、幼馴染を突き飛ばし、教室の窓から外へ飛び出た。

 地面に着地し、顔を上げると、ユウスケが笑みを浮かべて見下ろしていた。振り返ると、そこには学校など無かった。


「どうだい? これで理解出来た?」


「っ!? あれは何だ!? お前は何をやったんだ!?」


「言ったろ? 僕らは北崎雄介という存在になったんだ。人間には限られた時間があり、定められた運命に従って時間を費やす。でも、存在となった僕らは無限だ。自分で好きなように運命を選び、望んだ世界で生きられる。友達も、恋人も、家族も、みんな自分の望むがままだ」


「あんな化け物! 人間とは言えない!」


「それは、僕の想像力や人間の知識が少ない所為だ。すまなかった、謝るよ。じゃあ今度は、君が選んでみてよ。君の望む世界。君が望む人々。君が望む自分。好きなように、何にだってなれるんだ!」


「そんなのは妄想だ! 生きているとは言えない!」


「じゃあ君はどうしたいんだ!?」


「生きたいんだ!!! 人間として!!!」 


 アキラのその言葉に、ユウスケは苦笑した。理想を実現出来るというのに、それを望まないアキラが、理解出来なかった。


「……はぁ。今度は僕が理解出来ないな。君が望めば、人間として生きられるじゃないか? それも、君が望んだ世界でだ。何が気に食わない?」


「全部だ!」


「ハッ! ハハハハハ!!! ますます分からないな!」


「望んだ世界。望んだ人間。望んだ自分。ああ、確かに幸せだろうな。だが、それは生きてるって言えるのか? それが本当の幸せか? ただ殻に閉じこもって、自分の妄想に浸ってるだけじゃないのか?」


「フハ……ハハ……」


「俺は憶えている。お前があの施設の外で生きたいと言ってくれた事を。俺を信じて、生きてみると言ってくれた事を。もう一度、よく考えてくれ……本当に、自分の妄想に囚われたままでいいのか? なぁ、ユウス―――」 


「黙れ!!!」


 幸せそうに見せていたユウスケの表情が崩れ、今にも泣きそうな悲痛な表情へと変わった。その表情に、アキラは微かな希望を見出した。

 

「ユウスケ。もう一度やろう」


「……何をだ」


「喧嘩さ。それで決めよう。俺が負けたら、俺はもう何も言わない。俺が勝てば、一緒に元の世界に帰るぞ」


「…………ああ、そうだな。いくら同じ存在になったとはいえ、僕が君を作り出した事に変わりはない。上下関係は、ハッキリさせないとな」


 現実の世界で生きる事を望むアキラ。理想の世界で過ごす事を望むユウスケ。現実と理想の戦い、二人の意地がぶつかり合う。

次回


「決戦」

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