中断
眠りから目を覚ました時、アキラは違和感を覚えた。眠る前までは建物の中にいたはずなのに、今は外で椅子に座らされている。眠る前までは自由だったはずの体が、体に巻き付けられた縄の所為で身動きが取れない。どうしてこうなってしまったのか、そんなのは考えるまでもなかった。
「起きた?」
背後からアキラの肩を掴みながら、メシアがアキラの耳元で囁く。アキラは首をガクンとうなだらせ、うめき声が混じったため息を吐いた。
「ごめんね。あなたの事は気に入ってるけど、ルールだから。不穏因子は知らせるようにってね」
「……殺すっていうなら、無駄な事だぞ」
「大丈夫、安心して。殺しはしないわ、多分ね。ただあなたに聞くだけよ。色々と、ね」
「はぁ……それならいっその事、殺してくれた方がいい」
「フフ。リラックス、リラックス」
メシアはアキラの肩を掴んでいた手を徐々に下へ撫で下ろしていき、体を撫で回しながら、耳元で艶めかしい声を囁く。体を撫で回されるくすぐったさと、化粧の独特な臭いと血が混ざった臭いに、アキラは苦悶の表情を浮かべていた。
「ぅぅ……!」
「我慢せずに、声を出してもいいのよ? ラックスが来るまで、時間はあるし」
「く……臭い……!」
「……は?」
予想だにしていなかったアキラの言葉に、メシアはキレた。自身の体を変異化させると、背中の四つの腕で椅子を掴み上げ、アキラが座ったままの状態で地面に叩きつけた。椅子が砕け散り、アキラの拘束が解けたが、メシアはすぐにアキラの体を四つの腕で抱き寄せ、果物を絞るように力を込めた。
体のあちこちから骨が砕ける音が鳴り響くが、そんな痛みよりも、アキラはメシアの臭いに苦しみ悶えていた。
「今、なんて言ったかな? 私の聞き間違いじゃなければ、臭い、って言ったよね? ね?」
「臭い……!」
「っ!? 二度も言ったわね! 乙女に向かって!」
「臭いもんは、臭い、だろ! あと、乙女って見た目じゃ……」
「こ、このメイクは荒事用のメイクなのよ! 他のメイクの時は乙女よ! まったく!」
メシアは力を緩め、アキラを解放してあげた。解放されたアキラは大の字になって砕け散った骨の再生を待ちながら、メシアの臭いを忘れようと新鮮な空気を味わう。
「あぁ、当たり前に吸っていた外の空気がありがたく感じる……」
「ほんとに失礼ね」
「そう思うなら顔洗ってこいよ。臭いもそうだが、酷いもんだぞ」
「そう言って、逃げるつもりでしょ?」
「逃げないよ。俺に何かを聞きたくて誰か来るんだろ? 俺もお前らについて聞きたい事がいくつかあるし。聞いてから逃げるよ」
アキラは両手を頭の後ろに回し、青い空に浮かぶ雲の流れを眺めた。ゆっくりと流れる雲を見続けていた所為か眠くなっていき、その眠気に身を任せるように目を閉じていく。
「雄介」
かつての自分の名を呼ばれ、アキラは目を開けた。再び目を開けて見えた光景は、さっきまで見ていた青空とは真逆なものであった。青い空は錆びつき、眩しい太陽は黒い影で塞がれている。
明らかにおかしい事に気付いたアキラは立ち上がった。変化したのは空だけではなく、周囲の様子にも変化があり、砂嵐が吹き荒れる砂漠と化していた。
「なんだ? どうなってる!?」
突然の変化に戸惑っていると、砂嵐の向こうから何人もの笑い声が聞こえてきた。その声は喜びや楽し気なものではない。笑い声に聞こえるだけの、悲鳴であった。
アキラはその声の主の姿を見ようと、砂嵐を手で防ぎながら視界を確保し、声が聞こえる方へ歩いていこうとする。
しかし、ただ一歩前に歩くだけでも重い疲労感が体に圧し掛かり、二歩目にして息が荒々しくなってしまう。息をしても、砂嵐の所為で呼吸が意味をなさず、立ち止まっている間にも気を失いそうになる。三歩目を踏み出す途中で、不意に限界に達し、アキラは前のめりに倒れてしまう。
「…………」
もはや呼吸をする体力も無くなり、アキラの体に砂が積もっていく。そんなアキラを嘲笑うかのように、聞こえていた悲鳴が今度はすぐ傍にまで迫り、混乱の最中、アキラは目を閉じた。
再びアキラが目を覚ますと、また見えている景色が変わっていた。今度は何も無い真っ白な世界になっており、音の無い無音の空間であった。
「やぁ」
振り向くと、そこには何かが立っていた。人の形をしているが、明らかに人ではないと分かってしまう。それはペストマスクのような顔をした、黒い存在であった。
「……!……!?」
ここは何処か、お前は何なのかを聞こうとするも、声が出ない。叫ぼうとしても、吐く息の音すら出なかった。
次々と起こる不可思議な現象に困惑するアキラ。そんなアキラに構う事なく、黒い存在は話し始めた。
「君があのままラックスと話し始めたら取り返しがつかなくなるから急いで呼んだんだ。修正するなら、今がいい。君、そしてもう一人の君があの世界に飛び込んできた所為で、あの世界で起きる事が無茶苦茶になっちゃった。だから、君が直してね」
訳の分からない事を淡々と語っていく。アキラは異議を立てようとするが、その為に必要な声が無い。
「……!!!……!!!」
「ん? なに? 声帯取っちゃったから分かんないよ~。じゃあ続けるね。もう一人の君をさ、殺して。必要な道具は用意したから」
すると、いつの間にかアキラの手には短剣が握られていた。それを手放そうとするが、短剣を握りしめた手を開く事が出来ない。アキラの体は、自分自身の意思では動かなくなっていた。
「え~っと、殺すのに適した時間は~……ここだ! 12月24日! クリスマスだね~。それじゃあ、その時間の場面に送るから。ちゃんと殺してね」
そう言って、黒い存在はアキラの目の前に来る。アキラは短剣で刺そうとしたが、体が石になったかのように動かない。そうこうしている内に、黒い存在の手に目を覆われ、目の前が暗闇に覆われた。
暗闇が晴れると、そこは雪に覆われた街であった。冬の寒さと環境音が聴こえ、元の世界に戻ってこれたと安堵するや否や、アキラの体は勝手に進みだした。歩みを止めようとしても体は止まらず、体の自由が効かない中で見える景色は、まるで映像であった。
しばらく進んでいくと、見た事がある家が見えてくる。その家は、ユウスケが住んでいる家であった。
「……アキラ?」
都合よく、ユウスケが家から出てきた。ユウスケの姿が目に見えた瞬間、アキラの体が真っ直ぐユウスケの方へと早足で向かっていく。
「お前、今まで何処にいたんだ! 何度連絡しても繋がらないし、時々捜しもしたぞ!」
ユウスケは怒鳴りながらも、表情はどこか嬉しそうであった。そんな様子のユウスケに、アキラは何度も叫んだ。「逃げろ!」と。
だが、声帯を失った今、その言葉を伝える事は出来ない。それでもアキラは叫び続けた。微かでも、ユウスケに身の危険を促したかった。
「まぁ、言いたい事は沢山あるが、まずは中に入ろう。この世界について分かった事が―――」
アキラが目の前にまで迫ってきた時、ユウスケはようやく気付いた。アキラの手に、短剣が握られている事を。そして自分を刺し殺そうとしている事に。
ユウスケは避けようと判断するが、体の動きが間に合わず、短剣がユウスケの腹部に突き刺さってしまう。




