思い出は夜風と共に流れて
人々が寝静まる深夜。アキラは窓辺に座り、夏にしては少し肌寒い夜風を感じていた。メシアとの戦闘の後、どこか人気の無い場所を探し回っていたが、どこもかしこも使われなくなった建物ばかりで、人の気配は無かった。建物だけでなく、信号機や公衆電話なども電気が通っておらず、道に停められたままの車も錆が入っている。
廃墟の街、あるいは忘れ去られた過去。それがこの街を言い表す言葉だろう。
「……ぅぅ」
「起きたか」
「……えぇ、そうみたい」
目を覚ましたメシアは、自分が縛られていない事に気付いた。
「どうして、縛らないの……?」
「なんだ? 縛られたいのか?」
「……縛られるのは嫌いよ」
「じゃあいいだろ」
メシアはアキラに疑問を抱いていた。今自分が殺されずにいるのは、アキラが何か自分に聞きたい事があるから。そうとなれば、情報を聞き逃さないように手足を縛るか、どこかに繋げておくのが普通だろう。
だが、アキラはそれをしなかった。その素振りさえも見せず。
「何をしてるの?」
「街を見ている」
「見れば分かるわ。その理由を聞いてるのよ」
「理由なんかない。ただ、この街の風景を見てるだけだ」
「禁止区域の風景なんか見ても、何も面白くないでしょ」
「禁止区域?」
「知らないの?……あー、そうか。あなたは、雄介の体を乗っ取ってる宇宙人だものね」
「先に誤解を解かせてもらうが、俺は雄介じゃない。アキラだ」
「は?」
「事実なんだから受け入れろよ」
「何よそれ……全然、面白くないわ……」
ようやく再会出来たと思っていた相手が別人であった事に、メシアはショックを受けたが、思ったよりも悲しくはなかった。その理由は、雄介よりもアキラに惹かれているからだった。
立ち上がって服についた埃を払ったメシアは、部屋の隅からアキラが座っている窓辺へと行き、アキラと同じように窓辺に座る。五体満足の状態でメシアが至近距離にまで迫って来たというのに、アキラの視線は依然として、この廃れた街の風景に向けられていた。
そんなアキラの横顔に、メシアはこの街のような寂しさと悲しさを覚えた。
「ねぇ、ここまで近付いたんだよ?」
「それが?」
「警戒しないの?」
「する必要がないだろ。今のお前は、俺と戦いたいって感じじゃなさそうだし」
「私の方、全然見てないじゃん」
「声だけでも分かる。それに、そっちの方が相手の気持ちを知る事が出来る」
「ふ~ん。そんなもんなんだ」
「ああ、そんなもんだ」
そこで会話が途切れ、再び静寂の間が訪れる。アキラが言った通り、メシアは落ち着いていた。メシア自身も戸惑う程に。感情の赴くままに暴れ、疲れたら酒を飲んで寝る。それが自分なんだとメシアは実感していた。
だからか、酒も暴力も使わず、ただアキラの隣にいるだけで穏やかな気持ちになってしまう自分に驚き、こんな風になる自分も悪くないとも思っていた。
「……禁止区域ってのは、どういう事だ?」
自分に向けられる視線に居心地が悪くなってきたアキラは、何とか視線を自分から他に移す為に話題を振る。
すると、メシアが視線をアキラから街の方へ向け、しばらく口を閉ざしていた後、この街の過去について語り始めた。
「ここも昔はどこにでもあるような普通の街だった。人がいて、仕事があって、生活があって、生きていた。確か、どこかの季節で何かの祭りもあった気がする。昔の話だから、あまり憶えてないけど……まぁそんな訳で、昔は普通だったのよ。でも、ある日突然、この街に落ちてきたの」
「何が?」
「流れ星」
「流れ星?」
「流れ星が落ちたこの街は、途端に色を変えた。人は消え、かつて生活があった過去を残して、この街は死んだ」
「分からんな。ただ星が落ちただけで、この街が捨てられる理由になるか?」
「ただの流れ星じゃない。あれは、人に変異をもたらす。人智を超えた力、怪物のような姿」
「お前達のような、変異体って事か」
「まぁね。でも、珍しい話じゃないのよ? この街以外にも、流れ星が落ちた場所はいくつもある。そのほとんどは、今の人間の記憶には無いし、あったとしてもオカルト的な噂程度にしかならない」
「……それじゃあ、何故お前達はここに留まらない? ここはいわば、お前達の世界だろう」
「分かんないわよ。分かんないけど……多分、みんな帰りたいんじゃない? 以前のような人の生活に。元々人だった訳だし」
「そんなもんか」
「そんなもんでしょ」
二人が街の風景を眺めていると、路上に何かが歩いているのを目にした。それは人と言うにはあまりにも形が崩れており、自分が今どこへ向かっているのかも分かっていないようであった。
「あれも変異体か?」
「ええ、そうね。どうする? 殺す?」
「殺さないよ……あれは何で人の姿をしないんだ?」
「もう出来なくなっちゃってるのよ。私達は変異化をすればする程、元の自分がどういう姿だったかの記憶が無くなっていって、果てはあんな風に化け物になってしまう。人を食べれば記憶は保てるけれど、中には人を食べる事を嫌う者がいるからね」
「人の肉を喰えば、あいつも人の姿を思い出すかな……」
「……何を考えてるか大体予想はつくけど、無駄よ。あれはもう、人だった事すら忘れているから」
そう言って、メシアは再びアキラの方へ視線を向けた。アキラは路上にいる変異体に対し、哀れんだような眼で見ていた。他人事だというのに、まるで自分の事のように悲しんでいた。
そんなアキラの純粋な優しさに、メシアは笑みを浮かべた。すると、今まで見向きもしなかったアキラが、初めてメシアの方に視線を移す。
「なんだよ。何笑ってんだ」
「フフ……あなたって、馬鹿なのね」
「失礼な奴だな」
「だって本当の事よ? 自分じゃない他人に、しかも無駄な事に、そうやって本気で悲しんだりしてさ」
「悪かったな、俺がそんな奴で……でも、そうだな。確かに無駄、なのかもな。他人は他人。どれだけ理解したつもりでも、結局は何も理解出来ていない。こっちが厚意でやった事が、必ずしも相手に良い結果をもたらす訳じゃあるまいし……」
「……そうよ……他人なんかどうでもいいじゃない。自分の事だけ考えてれば、余計な感情を抱かずに済むんだから……それで、いいじゃない」
「そうだな。きっと、それが一番楽なんだろうな……でも、俺には出来そうもない」
「……どうして?」
「さぁな。負けず嫌いなだけか、あるいは根付いた良心のせいか」
「私を殺さず、生かしたままなのも、あなたの良心?」
「まさか! 殺そうと思えば、いつだって出来るさ! ただ今は、そうしないだけ! それだけの話だ! きっとそうさ!」
そのアキラの言葉は、まるで自分に言い聞かせているようだった。そんなアキラを見て、メシアはアキラの事を理解し始める。
(……なんとなく、あなたの事が分かってきた。多分、あなたは認めたくないんだ。他人を助けたいと思ってしまう自分を。善人になろうとする自分を。どうして認めたくないかは、私にはまだ分からない……だから、あなたの事をもっと知りたい。あなたがどういう人で、何の為に生きているのかを、私は知りたい)
それから、二人の間で会話が交わされる事は無かった。ただ街の風景を眺め、しばらくしてアキラが眠りにつき、そのアキラの寝顔を見ながらメシアも眠りについた。




