親子の終焉
開幕早々、アキラは変異体に飛びかかった。どんな化け物に変異するにせよ、完全に変異化する前に勝負を終わらせようと、短期決戦に持ち込もうとする。
しかし、変異体は既に変異化を完全にしていた。変異体は首を長く伸ばし、飛びかかってきていたアキラの横腹を殴打する。
(ぐっ!? こいつ、既に変異化していたのか!?)
出鼻をくじかれたが、アキラは次の行動を考えていた。横腹に走った衝撃と変異体の首が振られた勢いから、最低でも数メートルは吹き飛ばされる。吹き飛ばされる方向には何も無い為、受け身さえ上手く取れれば、すぐに体勢を整えられる。整え次第、今度は伸びる首に注意しながら攻撃をする算段であった。
だが、その算段も出鼻をくじかれてしまう。もうとっくに吹き飛ばされてもいいくらいに変異体の首が振り抜かれても、アキラの体は宙に浮いたままであった。
その原因は、未だアキラの脇腹に位置していた変異体の顔にあった。見ると、変異体はアキラの脇腹に噛みついて離してはくれなかった。
アキラが嫌な予感を覚えた瞬間、変異体がアキラの体を天井にぶつけ、すぐさま床に叩きつけた。
「がぁっ!?」
再生能力のお陰で致命傷を負う事は無かったが、痛みはそのままだ。普通の人間なら意識が飛んでしまうような痛みが積み重なり、全身に雷が打たれたような痺れが走る。
アキラは痛みに耐えるが、そこに変異体は追い打ちをかけ、首を真っ直ぐ伸ばして、アキラを壁に叩きつけた。
「ぐがぁ!?」
背中から感じる激痛が走り、大きく開いたアキラの口から出ていく。その様を見た変異体はトドメを刺そうと、今まで噛みついていたアキラの脇腹を喰いちぎった。アキラの脇腹に大きな穴が開き、アキラが前のめりに倒れていく……と思いきや、アキラは変異体の首を絞め上げるような形でしがみついた。
「掴まえたぞ!!!」
まだ脇腹の穴が治り切る前に、アキラは歯を喰いしばって、まるで釣り竿を振るかのように、変異体の体を壁にぶつけた。
「もういっちょ!!!」
アキラは変異体の体を反対側の壁にもぶつける。自分の後ろ側にいる変異体の顔を見て、ダメージが無い事を確認すると、体の向きを反転して、変異体の髪を鷲掴み、壁に叩きつけてめり込ませた。
「壁の味を覚えとけ!!! てめぇが最期に味わう極上物だからな!!!」
壁にめり込んでいる変異体の顔にアキラは蹴りで追い打ちをかけ、テーブルから取っていたナイフを変異体の後頭部に突き刺した。壁の内側から悲痛な叫び声が漏れ出してくるが、アキラは容赦なく刺していたナイフを更に深く突き刺す。聞こえていた叫び声が聞こえなくなり、振り向いて変異体の体を確認すると、変異体の体は倒れていた。
「死んだ……よな?」
尚も警戒しながら、握っていたナイフから手を離すが、変異体は動く事はなかった。変異体が死んだ事を確認すると、アキラは深く息を吐き、喰いちぎられた自身の脇腹を見る。大きく開いた穴は塞がれていたが、シャツに開いた穴はそのままであった。
「ただでさえボロボロの服に穴が。まぁ、パーカーで隠せるから良い……のか? 傷だけじゃなく、着ている服も治せりゃいいんだがな……」
アキラは贅沢な悩みを嘆きながら、厨房に逃がしていた少女を迎えに行こうと振り向いた。振り向いた瞬間、自分の腹にドンッと何かがぶつかったような感触があり、次第に痛みを感じるようになった。
視線を下に向けると、厨房に隠れていたはずの少女が、アキラの腹部に顔をうずめるように飛び込んできていた。少女の顔が上に向くのと同時に、自分が少女に刺されている光景が見えた。
「お母さんを……私の……お母さんを……!」
少女は刺していた包丁を更に奥へと刺し込み、アキラを押し倒す。アキラの上に馬乗りになった少女は、刺していた包丁を抜き、逆手に持ち替えて、勢いよくアキラの体に振り下ろした。
何度も、何度も、何度も。無垢な表情が鬼気迫り、全身に返り血を浴びても尚、少女は包丁を振り下ろす手を止めなかった。
「なんで! なんで!! なんでなんでなんでなんで、なんで!!!」
少女は壊れてしまった。キッカケは、母親になってくれた変異体の死による悲しみか、変異体を殺したアキラに対する怒りか、あるいは両方。少女は最早、その身に似合わぬ感情に押し潰され、壊れてしまっていた。
そんな少女に対し、アキラは無抵抗であった。体を何度も刺されたところで、刺し傷程度ではアキラの能力によって傷はすぐに塞がる。馬乗りになっている少女も、やろうと思えば簡単に離す事も出来た。
だが、アキラは何もしなかった。このまま少女の気が収まるまで刺され、少女が落ち着いたところで、優しく離そうと考えていた。アキラにとって、敵は変異体だけであり、少女は変異体に騙されていた被害者だと決めつけていた。
そんなアキラの勝手な決めつけが、少女の命を絶たせた。
「……え」
その出来事は、アキラが瞬きをする間、瞬間であった。アキラを刺していたはずの包丁が、少女の首に突き刺さっていた。自分に覆い被さってきた軽い物体が何なのかを理解するまで、時間が掛かった。
そして、自分の上に覆いかぶさった物体が少女だと理解した瞬間、アキラは自分の上から少女を優しく離し、立ち上がって少女の亡骸を見る。少女の虚ろな眼には深い絶望があり、頬には涙を流した痕があった。
「…………ふっ……フフフ。そうだ、そうだったろ。この少女は、変異体に操られていたんだよ。いくら人間、子供だといえど、変異体の駒になっちまってたんだよ。それにここじゃなくても、いずれは死んでしまってたはずだ。なら、いいだろ、この結果で……だから、感情的になるな……悲しむんじゃ、ねぇよ……!」
少女の死に、アキラは流れそうになる涙を我慢する。拳を握りしめ、歯を喰いしばり、歯の隙間から呼吸を繰り返し、泣き崩れそうになる自分を押し殺す。
「……もう、行こう……ここに居続けたら、俺は……」
少女の亡骸から目を背け、アキラは出ていった。階段を下りながら、自分の内に残る罪悪感を拭おうとするが、自分の行いを無かった事にしようとする自分勝手さに、苛立ちを覚える。その苛立ちに応じて、徐々に階段を下る音が大きくなっていく。階段を下り終え、一階にまで戻ってきても、アキラの苛立ちは収まってはいなかった。
「雄介……?」
入り口の方から、戸惑いを帯びた声色で呟かれた声が聞こえてきた。下を向いていた視線を前に向けると、攻撃的な服装をしたメシアが、アキラを見て固まっていた。
「……誰だよ」
「誰って……そうか、そういう事か! スウィートが言っていた偽物ってのは、あんたの事か!!!」
「話が通じてねぇなぁ!!! 俺は誰だって聞いてんだよ!!!」
「返してもらうよ!!! その体!!!」
すると、メシアは背中から四つの腕を生やし、戦闘の構えをとった。話の通じないメシアにアキラはイライラしていたが、メシアと戦えば苛立ちを発散出来ると考え、アキラも戦闘の構えをとる。
「私はメシア! 救いの主であり、断罪を下す者!」
「つまりどういう事だ!」
「ぶっ殺してやるって事だよ!!!」
「やれるもんならやってみろよ!!!」
二人は目に見える景色が震え出すような雄叫びを上げながら駆け出し、勢いよく振り放った拳と拳が激突した。
次回
「激闘」




