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すぐ傍にヤンデレがいる  作者: 夢乃間
三章 正面衝突
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罠に飛び込む

今回から新章です。

主人公がユウスケからアキラになっています。

 アキラは立ち尽くしていた。街を行き交う人々、大小ある建物、頭上に存在する空。それらに対して、何か思う事など、この世界の住人達には無いだろう。

 しかし、アキラは違う。知っている建物も無ければ、知っている人物もいない。変わらぬはずの空さえも、アキラにとっては見知らぬものに思えた。

 この世界にアキラが知っている物が無ければ、アキラを知る人物も、存在を記した書物も無い。【北崎雄介】という唯一の存在証明さえ、ユウスケに差し出してしまった。 

 今のアキラには、何も無い。あるとすれば、前の世界で頭を悩ませていた再生能力だけ。この能力だけが、アキラが【北崎雄介】だった過去を持たせる。


「何もかも、変わっちまったな……それよりも」


 アキラは憂鬱な気分を抱えながら、ポケットの中をまさぐり、手の平に乗る小銭の数を数える。


「1、2、3、4、5…………駄目だ、何度見てみても8円しか無い。こんなんじゃ缶コーヒーすら買えねぇよ……はぁ」


 ため息を吐きながら、現実から目を背けるように小銭をポケットに戻す。


「まぁ、食欲も無くせたんだ。コーヒー欲だってすぐに無くせるか。さぁて! そろそろ活動再開すっか! 3ヶ月も成果無しなんて、ユウスケに呆れられちまう!」


 アキラは自身の頬を叩き、目的である変異体の捜索を再開した。ユウスケと約束してから三ヶ月が経ったが、未だに変異体を見つけられずにいた。常時変異化した姿であればすぐに見つけられたが、彼らは人間社会に溶け込み、普通の人間と同じ暮らしをしている。なので、ただ視るだけでは、到底捜し出す事は出来ない。

 あちら側からのコンタクトが無い限り、変異体と遭遇する事は不可能なのだ。


「お兄ちゃん」


 歩き出そうとしたアキラの服を後ろから誰かが掴んだ。振り向くと、そこには小さな少女がアキラの服を掴んで、心細そうな表情を浮かべていた。


「どうしたチビッ子?」


「私、お母さんに買い物頼まれたの。でも、帰り道が怖くて……」


「そうか……分かった。俺が一緒についていってやるよ」


「ほんと!? ありがとう、お兄ちゃん!」


 さっきまで浮かべていた表情がコロッと変わり、少女は満面の笑みを浮かべ、アキラの手を引いて歩き出した。


「良かったぁ! お兄ちゃんが優しい人で!」


「優しい人で良かったなチビッ子。俺が悪者なら、今頃食べられてたかもしれないぞ?」


「アハハ! お兄ちゃん面白ーい!」


 無邪気に笑い声を上げる少女。そんな少女に合わせながら、アキラは少女の髪や肌から微かに漂う異臭を怪しんでいた。

 体臭による異臭ではなく、何か強い臭いが肌や髪についたものだ。アキラはその異臭の正体に勘付きながらも、それを認めたくない気持ちがあった。


「ここ!」


「……ここ?」


「そう!」


 しばらく少女に引っ張られて辿り着いた場所は、長い間放置されてきた廃墟であった。家というには大きく、外に放り捨てられてある物から察するに、レストランか何かだったんだろう。

 

「お兄ちゃんをお母さんに会わせたい! だから、一緒に入ろ!」


「……ああ」


「やったー! じゃあ早く行こ!」


 そう言って、少女は先に廃墟の中へ入り、笑い声を響かせながら闇の中へと消えていった。明らかに罠である。人気のない場所へ誘い込み、襲う罠。

 今まで認められずにいたが、少女から漂う異臭、そしてこの状況。これらを前にして、流石のアキラも認めざるを得なかった。覚悟を決めなければいけなかった。


「なんで、子供の姿なんだよ……くそ……!」


 幼い少女の姿をしている所為で抵抗感があったが、本性の恐ろしさを考えれば、そんな優しさなど不必要なものであった。

 廃墟の中に入ると、そこには受付場があり、横には食堂があり、広い空間にいくつもの椅子とテーブルが乱雑に並べられていた。

 アキラがそこへ行こうとすると、階段から笑い声が響いてきたのを耳にし、少女が上の階にいる事を知る。

 階段を上っていき、2階に上がると、また少女の笑い声が上の階から聞こえてきた。


「近い。この上か」


 3階に上がると、そこの食堂の扉から異臭が漏れ出していた。その臭いは、あの少女から微かに漂っていた異臭と同じであった。

 扉を開けると、そこは他の階とは違い、綺麗に椅子とテーブルが片付けられており、真ん中にだけテーブルと椅子が残されている。そこに少女と、少女の母親と思わしき女性が、向かい側の席に座っていた。


「お母さん! あの人だよ!」


「あらあら。あなたの言っていた通り、優しそうな人ですね」


 少女の母親は薄っすらと笑みを浮かべながら、微動だにせずにアキラの全身を舐めるように眺める。


「立ちっぱなしもなんですし、こちらの席へお座りください」


 そう言って、アキラを自分の向かいの席へ座るよう勧める少女の母親。アキラが席に座ると、母親はテーブルの中央に置かれていたロウソクに火を点けた。ロウソクに火が点いた事でテーブルの全容がハッキリと見え、テーブルには皿とナイフとフォークが並べられていた。


「まずは、この子をここまで案内してくださってありがとうございます。この子ったら、いつまでも慣れなくて。子供には無理な話かもしれませんね。ここの建物は、少々寂しげですから」


「そうですね」


「そうだ! お腹、空いていませんか? お礼にお食事の用意をしてあるのですけれど……」


「ええ。頂きます」


「良かった! ねぇ、お母さんが用意した物、持ってきてくれないかしら?」


「うん分かった!」


 母親からの頼み事を承諾し、少女は厨房の方へ駆け込んでいった。


「ふふ。あの子、元気でしょ? それに、可愛らしいし」


「ええ、歳相応…とでも言えますね」


「そうでしょうそうでしょう」


「ここに住んでいるんですか?」


「ええ、以前から」


「その時はお一人で?」


「ええ」


「ご主人は?」


「おりません。お恥ずかしい話ですが、ご縁が無いもので」


「あの子の名前は?」


「ありません。でも、良い子ですよ」


 息つく暇も無い会話を交わし、アキラは目の前にいる少女の母親を名乗る女の正体を変異体だと断定した。その理由は、会話の内容のおかしさもそうだが、女の眼がアキラを【人】としてではなく、【料理】として向けられていたからだ。

 少女が変異体ではない事に安堵し、本当の変異体が目の前にいる女だと判断すると、アキラはテーブルの下に隠していた手をテーブルの上に置き、すぐに取れるようにナイフとフォークの位置を少しだけズラす。

 すると、厨房から少女が戻り、持ってきた蓋がされた料理をテーブルの上に置いた。


「この子は料理が得意なんです。私が教えてあげたらすぐに覚えましたもの。きっと気に入りますわ」


 そうして、女は料理の蓋を開けた。蓋の下に隠されていた料理は、程よく焼けたステーキであった。それが何の肉かは、アキラは理解していた。


「……」


「さぁ、遠慮せず」


「あなたの分は?」


「私は後程頂きます。さぁさ、お食べになって」


「……随分と、気色悪いこだわりを持ってるんだな。変異体ってやつは」


 【変異体】という言葉に、平静を見せていた女が明らかに反応した。


「図星か? どんなに平静さを見せても、俺には分かるんだよ。てめぇの外道さも、その醜い本性もな」


「……フフフフ」


「お、お母さん……?」


「おい、チビッ子。もう一回厨房にすっこんでろ。少しだけ、騒がしくなるからなぁ!!!」


 アキラが席を立ったと同時に、女はその身を変異化させていき、大きく裂けた口でアキラを喰らおうとする。アキラはくるりと回る途中で椅子を手に取り、回転した勢いをつけて、迫ってきていた変異体に振りかぶった。

 椅子で殴られた変異体は横に吹き飛んでいくが、すぐに立ち上がり、口を大きく開けてアキラに威嚇する。


「ヒッ!?」


「何やってる! さっさと厨房に逃げろ!」


 アキラは怯えて動けずにいた少女を厨房の方へ体を向けさせ、背中を突き飛ばした。少女は転びかけながらも厨房へ入っていき、その様子を見届けたアキラは、改めて変異体へ視線を戻した。


「さぁ、これで邪魔者はいない。同じ化け物同士だ、遠慮はいらないよな?」


「キシャァァァァ!!!」


「何言ってっか分かんねぇよ!!!」


 アキラにとって、初めての変異体との戦闘。初戦だというのに、アキラは開幕早々、真正面から変異体に襲い掛かっていった。

次回


「親子の終焉」

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