友達
「…………うぅ」
重い瞼を開いてユウスケは目を覚ました。倦怠感があるが、あの激しい頭痛は綺麗さっぱり消えていた。立ち上がって周囲を見渡すと、ユウスケが気を失っている間に出発地点の波止場に到着していたようで、あの水色の海ではなく、普通の青い海が広がっていた。
「戻って……きたのか……」
足元を見ると、何かが焦げ付いたような痕が残っており、その痕が他にも無数に船の床に出来ていた。
「……そうか……上手く、いったんだな」
陽の光に当てられて意識がハッキリとしてくると、徐々に気を失う前の記憶が蘇ってくる。海の神とも呼べるセイレーンとの戦い。自分の身に起きた再起と異変。能力の負荷に押し潰され、何も出来ずに敗北。
そして、自分に対するセイレーンの愛を利用して逃げおおせた事。
「……楽に勝てると思っていた。僕の能力、そして新しい能力まであったんだ。この二つの能力さえあれば、絶対に勝てると、思ってたのに……結局、何も出来なかった……!」
自分の能力を過信し過ぎてセイレーンに何も出来ず、自分の作戦通りに事が進んでしまった事実は、ユウスケの心を深く突き刺していた。
「何故! 何故だ!!! 何故、あの時、僕を殺してくれなかったんだ!!! 殺してくれれば、今こんな苦い思いをせずに済んだというのに!!! あの時も、アキラの時だってそうだった! 僕が生み出した存在だというのに、僕に勝ってしまった所為で、今ではあいつが僕よりも上の立場だ!!! 優しくされるのは良い。だが憐れみや慈悲は!!! そんなもので僕を苦しめるな!!!……フフ、ハハハ……そうだ、そうじゃないか。当初の目的は、達成されているんだ。外の世界で生きられる体。創造の能力。そして新たに身に着けた能力。この三つが今は、ある! これらを使えば、僕の世界を作る事だって出来るんだ! 能力に体が慣れさえすれば、僕を下に見る奴らを―――」
『償って、変わって、そして外の世界で生きよう』
「……なんで……思い出してしまうんだ」
暴走するユウスケを止めたのは、かつてアキラがユウスケにくれた言葉であった。あの時のアキラの言葉と表情が、今もユウスケの奥底に根付いていた。まるで、自身が以前の状態に戻ろうとした時に止める為の、抑止力となって。
アキラの言葉の力を借りて、ユウスケが自分の気持ちを抑え込んでいると、操縦室の扉から何度も叩く音が聴こえてきた。ユウスケは操縦室に友人達を閉じ込めた事を思い出し、急いで扉の鍵を開けると同時に、扉が勢いよく開いた。急に迫ってくる扉に避ける事が出来ず、ユウスケは開かれた扉にぶつかってしまう。
「痛っ!」
「いっ!? ゆ、雄介ー!!!」
扉を開けた張本人である昇が、鼻を抑えながら倒れているユウスケの元へ駆け寄った。後から出てきたマモルとレイカも、倒れているユウスケの姿を見て、急いで駆け寄る。
「ちょっと昇君!!! 何やってんのさ!!!」
「あんた、実は雄介に恨みがあるんじゃないの? まさか、雄介が海で溺れちゃったのって、実は溺れさせたの間違いじゃ……」
「そんな訳あるかーい!!! 俺と雄介は友達! スーパーフレンドだ!!!」
「んな馬鹿な事言ってないで、雄介を起こしてあげなさいよ!!! 鼻血が詰まっちゃったら大変でしょ!?」
「ごめんなさい……雄介、起こすぞ?」
ユウスケは昇に優しく起こされると、心配そうな表情をする三人が視界に入った。昇はどこか申し訳なさそうに落ち込んでいて、レイカはポケットから取り出したティッシュをユウスケの鼻に当て、マモルは自分が怪我をした訳でもないのに涙を流している。
そんな三人の姿に、ユウスケは少しだけ元気づけられた。
「みんな、無事だった?」
「えぁ? あ、ああ。なんか外から色々聴こえてきたけど、俺達に怪我は無いぞ!」
「そうか……良かった」
「それよりもさ、雄介。お前、戻ってるぞ」
「え?」
「眼だよ。あの時、真っ黒になって―――ぐぎぃっ!?」
余計な一言を言う気配を察知し、マモルとレイカは昇のスネを蹴った。昇は蹴られたスネを抑えながら、しゃがみ込む。
「い、痛い……!」
「あら? この猿、突然どうしたのかしら?」
「こんなのどうでもいいよ。それより、雄介君はどこも痛くないの? さっき扉でぶつけちゃった鼻以外に」
「あ、ああ。少し体に疲れが残っているだけだ」
「そっか、良かった」
「……怖いか?」
「え?」
「あの嵐の中、しかも化け物までいた。普通の人間なら、生きてはいないだろう。それなのに、僕は無傷だ。そんな得体の知れない僕が……怖いか?」
ユウスケは、服従の能力を発動する時のように、自身の眼を黒く染めた。もちろん服従の能力は発動しておらず、ただ眼を黒く染めただけである。
だが、ユウスケが今確かめたかったのは能力の効果ではない。その眼を見た三人の反応を確かめたかったのだ。突発的に始めた事だから、怖がられる覚悟は出来てはいなかったが、いずれはバレる事。今以上に三人との仲が深まった時に怖がられるよりも、今の段階で怖がられた方が、心の傷は浅い。
しかし、そんなユウスケの不安は杞憂であった。
「全然」
「ええ、全然ね」
「お、俺…も……」
素早い返答であった。
「で、でも! ちょっとは不気味だとか! 実はやせ我慢してるとか! そうだろう!?」
あまりにも素早い返答に、ユウスケは困惑していた。そのあまり、聞きたくなかった言葉を聞き出そうと、自分から三人に問いかけてしまう。
しかし、三人は首を横に振るだけで、【怖い】という言葉は出てこなかった。
「な、なんで? 普通はさ、怖がるんじゃないの? 得体が知れないんだよ!?」
「僕は雄介君を嫌いになんかならないよ」
「別にあんたがあたしらを殺そうとしてないし。それにあんたなら、あたし一人でも倒せそうだし」
「えぇ……で、でもさ!」
納得がいかないユウスケは、なんとか【怖い】という言葉を言わせようと意地になってきた。なんなら、服従の力を使って言わせようとも考え始めてしまう。
すると、今までスネの痛みに苦しんでいた昇が汗を流しながら立ち上がり、ユウスケの肩を掴みながら、真っ直ぐとユウスケの眼を見つめる。
「雄介」
「昇! お前ならどうだ? 僕が怖いだろう?」
「馬鹿野郎!!!」
その言葉と共に、昇はユウスケに頭突きを見舞った。手加減もせず、容赦もなく、全力で。
「ぐっ!?」
「怖いだと? んな訳あるか! 逆に聞くが、お前は何でそこまで聞く?」
「な、何でって……君達に、怖がられてると思って……」
「じゃあ心配はないな、よし!」
「でも、聞かせてくれないか? どうして、怖くないんだ?」
「友達だからだ。友達ってのはな、雄介。知らなかった所を知っていって、仲を深めていくもんだ。良い所も、悪い所も、どっちも知っていく。そして馬鹿な事をやらかそうとするのを止めるのも、友達の役目だ!」
「友達……」
「記憶を失っちまった時は戸惑ったがよ。それでもやっぱ、お前は俺の、俺達の友達だ!」
「昇君……」
「昇、あんたって男は……」
「へへっ。柄にもなく語っちまったな。まぁ、こういう時にビシッと言えるのが男らしいっていうし、そんならまぁ、いい―――うぼぇ!?」
照れくさそうにしている昇に、マモルとレイカは殴りかかった。更に二人は、倒れた昇に合体関節技を決める。すぐに昇は床を叩いてギブアップの意思表示をしたが、二人は止めるどころか、更に極めた。
「なんで頭突きしたのさ!」
「だ、だって―――いててて!?」
「あたしらって友達でしょ? 間違った事した奴は、こうして痛めつけるんでしょ?」
「いや、違っ!? あたたたた!?」
言い訳も慈悲も受け付けない、地獄絵図の完成である。そんな地獄絵図を完成させた三人の姿に、ユウスケは理解しかけていた【友達】というものがますます分からなくなってしまう。
「……まぁ、怖がってくれないなら……まぁ、いいか」
何はともあれ、恐れていた事が起きず、ホッと一安心するユウスケ。そんなユウスケのもとへ、遅れて操縦室から出てきた琴音が近付いてくる。
「琴音……お前は、その……僕を―――」
「大丈夫、安心して」
ユウスケが言い終わる前に、琴音はユウスケを抱きしめた。包帯の匂いや消毒液の匂い、そしてそれに混じって、海の匂いが微かに香る。
「あなたが化け物になろうと、悪者になろうと、私だけは味方よ」
「そ、そうか」
以前よりも積極的な琴音に、ユウスケは少しだけ戸惑ったが、彼女も自分を怖がらない事を知り、安心した。
まるで母親に抱きしめられているかのような安心感にユウスケは浸っていると、琴音のポケットから何か小さな物が床に落ちた。見ると、それは小瓶であり、中身は空であった。
「だから、ずっと一緒にいようね……ユウスケ」
次回から新章です。主人公がユウスケからアキラに切り替わります。




