母が行く手を阻む
引き上がるワイヤーに掴まって船に乗るユウスケ。無事に帰ってきたユウスケの姿を見て、船で待機していた昇、マモル、レイカはユウスケに駆け寄っていく。
「雄介! 良かった、俺達心配してたんだぞ!……なんか、縮んだか?」
「僕と同じくらいの背だ。なんか、ちょっと嬉しいな……」
「まぁ、多少幼くなっても、赤ちゃんよりは良いんじゃない? それで、ヤスさんはどうしたのよ?」
「いるよ。ほら、あそこ」
三人はユウスケが指差す方に目を向けた。それと同時に、地響きのような、何か巨大な物が這い上がってくるような音が鳴り響き、ユウスケが指差した海面が大きくしぶきを上げた。
しぶきを突き破って飛び上がってきたのは、船と同等の大きさを持つ深海生物であった。深海生物は大きな音を鳴らしながら海に戻り、しばらくの平穏の後に、背のヒレだけを海面から覗かせて船に近付いてくる。
「……なんか、サメみたいなのがいた気がしたが」
「……いや、鯨じゃない?」
「サメも鯨も、あんな鱗みたいなの付いてないでしょ……」
三人は船の近くで泳ぐ深海生物を恐る恐る覗いてみた。深海生物には背ビレやエラがあり、レイカが言っていた通り、全身に鱗があった。更に驚くべき事に、深海生物には人の手足に酷似した大きな手足まで付いていた。
三人が謎の深海生物に釘付けになっていると、深海生物の目玉がギョロリと回転して、瞳が三人に向けられた。
「「「うわぁぁぁ!?」」」
困惑が混じった悲鳴を上げながら、三人は後ろへ下がっていった。
「な、なんだよアイツ!?」
「わ、分かんないよ! あんな生き物、僕知らないよ!」
「なんか、手足付いてなかった? 私達のような……そう、人みたいな」
そのレイカの一言に、三人はお互いの顔を見つめ合うと、目を大きく見開きながら気付いた。あの深海生物が、安原である事に。
「ま、まさか、まさか……だよな……」
「そうだよ! だって、ヤスさんはカエルの化け物だったし、あんな大きくなんか……」
「……ねぇ、雄介! あんたは知ってるんでしょ? あれが何なのか?」
レイカがユウスケの方へ振り向くと、ユウスケは自身の両手を見つめながら固まっていた。見ると、ユウスケの両手は酷く震えており、吐く息がぎこちない様子であった。
「雄介?」
様子がおかしいユウスケにレイカが近付こうとした矢先、操縦室にいた琴音が慌てた様子で外に出てきた。
「みんな大変! こっちに来て確認して!」
琴音の呼びかけにユウスケが一早く駆けつけ、その後を追うように三人も操縦室へと向かっていった。
四人が操縦室に入ると、琴音は目の前にある機器を操作して海中の生き物の動きを見る装置を起動する。
すると、画面上に周囲を探るレーダーが表示され、中央の一つの点の周囲に無数の点が表示された。
「この真ん中のが私達が乗ってる船。それで、この周りの点が魚の反応を示してるの」
「これ全部が魚!? はぇ~、滅茶苦茶大量だな」
「それで、先輩。これのどこが大変なんですか?」
「この魚達が、真っ直ぐ私達の船に向かってきてるの。これら全てがよ……この画面上からの情報を見るに、もうかなり近くまで迫ってきてる」
すると突然、船が大きく揺れた。琴音は椅子に座り直し、何が起きたのか調べようとしたが、それよりも外の状況を見た方が明らかであった。さっきまで平穏であった海が、唐突に嵐の海と化し、猛威を奮っていた。
「海が、怒ってる……」
「俺達、無事に帰れるのか……?」
「ハハハ…もう、おしまいだよ……」
目の前に広がる荒れ果てた海の姿に絶望する四人。しかし、ユウスケだけは荒れた海の姿を見ておらず、何かを聞き取るように耳を澄ませていた。
そんなユウスケの耳元に、聞き慣れた声の女性が囁きかけてくる。
『外には出さないって言ったでしょ、ユウスケ』
「……セイレーン」
ユウスケは震える両手を握りしめ、外に出ていこうとする。
「おい雄介! 何やってんだ!」
ユウスケが扉に触れようとした瞬間に昇に肩を掴まれ、引き止められてしまう。操縦室の中でこれだけの揺れがあったという事は、外の様子は想像を絶するものだろう。昇はユウスケが正気を失っていると思った。
「外に出たら船から落とされちまう! この荒れた海だ、もう助けに行く事は出来ない!」
「……大丈夫だよ。君達の事は、僕が守ってみせるよ」
「は? お前、何言って―――」
ユウスケが四人の方へ振り返った。その時に見えたユウスケの眼は、黒く染められていた。
「雄介……お前、眼……!」
「君達は僕の、友達。友達は守らないと」
ユウスケは自分の肩を掴んでいた昇の手を優しく離した。それに対し、昇は抵抗出来なかった。
ユウスケは外に出ると、扉に鍵を作り、外へ出れないように四人を操縦室に閉じ込めた。揺れ動く船の上を慎重に歩いていき、外の状況を確認する。操縦室で確認した通り、周囲には水で出来た魚が群れを成し、荒れ狂う海に乗りながらこちらへ迫ってきていた。
「出番だよ、安原。あいつらを一匹残らず、船に近付けさせるな」
船の傍で待機させていた安原に指示を出すと、安原は野太い声を響かせながら、後方に位置して腕を振り上げて、高波を起こした。水の魚達は波に飲まれていき、全体の半分近くが波に消えていった。
もう一度高波を起こして全滅しようとした瞬間、残りの水の魚達が姿を消した。ユウスケは安原を使って周囲を警戒させたが、姿はおろか、音すら聴こえてこない。
(諦めた? いや、そんなはずはない。第一、僕を捕まえる為なら水の魚を作らず、船の周りに波を作って行く手を阻めばいい。その程度の力なら、セイレーンは持っている……あの水の魚は、囮? 僕の注意を一点に向けさせる為の……)
「……ッ!? しまった!!!」
後方から迫ってきていた水の魚は囮で、本命は前方にあると気付き、ユウスケは慌てて前方へと向かおうと振り返った。
その時、冷たく柔らかい感触がユウスケの全身を包んだ。まるで、何者かに抱きしめられているかのように。
しかし、目の前には誰も立っておらず、その姿を確認する事が出来ない。そう思った瞬間に、ユウスケは気付く。この全身を抱きしめてくる感触の正体に。
ユウスケの濡れた服や肌。濡れた原因は、あの水色の海の中にいた所為だ。そしてセイレーンは水色の海の水を使い、様々な物や生き物を作り出す。明確な意思を宿して。
『捕まえた』
「ッ!?」
濡れていたユウスケの服や肌から水分が吸い取られていき、やがてユウスケと同じくらいの背丈をしたセイレーンが、ユウスケを抱きしめながら現れた。
「言ったでしょ? 今のあなたを、外の世界には行かせないって」
次回
「初戦」




