再起する力
タイトル変えました。あと、また短いです
安原は苦戦していた。この空間に侵入する前から、自身がセイレーンに手も足も出ない事は重々理解していたが、近付く事さえ不可能な差を見せつけられ、雄介救出を諦めかけていた。
現に、少しずつではあるが確実に、セイレーンから距離を取り、上に浮かび始めている。明らかに逃げていく安原にセイレーンは攻撃の手を止め、抱きかかえているユウスケに目を向けていた。
(ここまでか……まさか、ここまで差があるとは。それに、未だ力のほとんどを見せてはいない。やろうと思えば、いつでも俺を殺せたはずだというのに……)
安原は一つの疑問を抱いていた。何故自分は殺されず今も追撃をされないのだろうか、と。このまま自分を見逃す理由も利点も無いはずだというのに。
その時であった。突如として、安原の脇腹に激痛が走る。見ると、全身に噛みついたままだった水の魚がただの水と変わり、再び魚の形となって痛みを感じる脇腹に群がり始めていた。その光景は、まるで穴に吸い込まれていくようであった。
しかし、水の魚では変異化した安原の体に傷はつけれても、突き破る事は不可能なはずであった。考えられるのは、安原が自我を失っていた時に、マモルに刺された時の傷。
あの時マモルが刺した刃物は一般的な物よりも長く、変異体の体を突き破って内部にまで刺し込まれた程の物だった。その時の傷は塞がり始めていたものの、完治はしていなかった。
(あの時の傷か!? まさか、人間体の傷が、この体にまで影響されるのか!?)
今まで傷を負った状態で変異化した経験が無かった安原にとって、受け入れ難い誤算であった。すぐに群がる水の魚を掃おうとするが、水飛沫が上がるだけで、すぐに元の状態に戻ってしまう。
(まずいまずいまずいまずい!!! このままでは内側が喰い荒らされる!!! 一度船に戻って排出せねば!!!)
しかし、既に大量の水の魚が入り込み、それによって体の重さが増え、どんどん沈んでいく。そんな安原の危機に気付くはずもないセイレーンは、また安原がユウスケを奪いに戻ってきたと勘違いし、再び水球を作って、安原に向けて飛ばした。体の重みで思うように動けない安原は、飛んできた水球に正面から衝突し、それによる激痛と衝撃で、顔部分の変異化が解けてしまう。
このセイレーンの空間において、招かれざる客である安原は受け入れられておらず、息苦しさと圧迫感が、変異化が解けてしまった顔に集中する。
(しまった!? い、息が……顔が潰され―――)
無音の中、安原の顔は弾けた。まるで、シャボン玉が割れるように。頭部を失った安原の体は変異化が解けて無気力となり、海上にいる船と繋がったワイヤーが外れ、暗い海の底へと沈んでいく。
「あのまま逃げていれば、見逃してやったというのに……海の底には争いも不安も無い。ただただ、静かで穏やかな安らぎがある。そこで眠り続けるがいい」
セイレーンは、海底に沈んだ安原の亡骸に安寧を願った。久しい外敵、そして僅かであったが、格上である自分に果敢に挑んできた心意気を讃えていた。セイレーンが再びユウスケに目を向けると、眠っていたユウスケが涙を流していた事に気付く。
「……そうなの。あなたのお友達だったんだね。ごめんなさい、そうとも知らず……」
セイレーンはユウスケに謝りながら、涙を拭おうと手を伸ばす。すると、ユウスケが流していた涙に変化が訪れた。流れていた涙が、赤い涙に変わった。それはまるで血のように戦慄で、感じた事も無い恐怖をセイレーンに与えた。
「な、なに? どうしちゃったの!? ユウスケ!!!」
セイレーンはユウスケの頬に手を当て、親指で赤い涙を拭うが、またすぐに赤い涙が流れてくる。得体の知れない謎に困惑していると、ユウスケが静かに目を覚ました。
その眼は、黒い眼であった。その黒い眼の奥底から滲み出るように、赤い瞳が現れる。
「ッ!?」
危機を察知したセイレーンは、咄嗟にユウスケを投げ飛ばした。すると、ユウスケの体は急激に成長し、以前までの青年よりも幼い、少年の姿へと成長する。
その姿は、この世界に来る前のユウスケと同じ姿であった。
「ユウスケ……あなたは一体、その体に何を宿しているの!!!」
セイレーンは叫んで呼び掛けるが、ユウスケには届いていないようだった。ユウスケの変貌っぷりに不安を感じていると、ユウスケに服が着衣され、安原が残していったワイヤーを使い、この空間から出ていこうとする。
「……駄目。別れる事は覚悟していたけれど、今のあなたを外の世界には行かせられない!」
そう言って、セイレーンはユウスケをこの空間に閉じ込めようと、能力を使おうとする。その瞬間、遥か真下から、何かが急速に這い上がってくるのをセイレーンは察知した。
その正体は、死んだはずの安原であった。だが、その体は異形と化しており、巨大な化け物と化していた。
セイレーンは水の障壁を真下に作り、安原の侵攻を防ごうとするも、以前よりも力が増しており、容易に障壁を突き破って、その巨大な口でセイレーンを一口で喰った。
その一部始終を眺めていたユウスケに、表情の変化は無い。あんなにも楽しく、幸せな時間を与えてくれたセイレーンの死に、ユウスケが何か想う事は無かった。




