人か 化け物か
セイレーンから敗走してきた安原がテントに戻ると、昇達は弱った表情で椅子に座っていた。安原が帰ってきた事に気付くと、昇は安原に詰め寄り、すがるように肩を掴んできた。
「ヤスさん……雄介は……?」
「……すまん」
「……そう、ですか……」
見ると、昇の頬や服には土の汚れがあり、マモルとレイカも同様の汚れがあった。
「君達も捜しに行ったのか。大人しく待っていろと言ったのに」
「だ、だって! 雄介、どこにもいないんですよ!? 島の中で怪我をしてるんじゃないかって捜しに行ったけど、どこにもいないんですよ!?」
「あいつは島の中にはいない……別の場所にいる」
「それって、どういう事ですか……?」
そこでようやく昇は、安原の服や髪が濡れている事に気付いた。そして、ユウスケがいる場所が海の底だと勘付いてしまい、昇は膝から崩れ落ちれながら涙を流した。
「あいつ、俺達が泳ぎ方を教えてやったってのに……!」
「……助けられず、すまない。早速で悪いが、荷物をまとめて帰る準備をしてくれ。色々と報告しなければいけないからな……本当にすまない、雄介君を死なせてしまって」
「……嘘、ついてる」
「ッ!?」
レイカの発言に、思わず動揺を顔に出してしまった安原。視線をレイカに向けると、レイカは怒った表情で安原を睨んでいた。安原はすぐにレイカから目線を逸らし、テントの中に逃げ込もうとした。全てを見透かされてしまいそうで。
安原が逃げようとしている事を理解したレイカは素早く動き、テントの入り口の前に立ち塞がって、安原の胸に手を押し当てた。
「待って、ヤスさん」
「……レイカちゃん。残念だけど、さっき言ったのは本当の事なんだ」
「また嘘ついてる。あたしには分かる。今まで見てきたから、感じてきたから! だから嘘が分かる、特に大人の嘘は!」
「じゃあ例え私が嘘をついていたとしよう。だが、何故私は雄介君を連れ帰らなかった? 見つけたというのに」
「大人が嘘をつく時は隠し事がある時よ。何か都合の悪い事を隠す為に嘘をつく。あなたはあたし達に何かを隠しているわ」
「……言っても、信じられない」
「え?」
「分かったわ正体が! あの海は―――」
重苦しい空気を打ち破るように、テントの中で海の水の調査をしていた琴音が興奮した様子で、テントから出てきた。
しかし、すぐに外の空気の重さを感じ取り、そして自分が注目を浴びている事に気付くと、無言のままテントの中に戻っていこうとする。テントの中に戻ってしまう直前、レイカは琴音の腕を掴み、強引に外に引きずり出した。
「ひぇっ!?」
「先輩、何が分かったって?」
「ひぃ! こ、怖いぃぃぃ……! 助けて、北崎く―――あれ? 北崎君は……?」
「質問に答えてください、何が分かったんですか?」
「レイカちゃん、彼女は何か調べものをしていただけだろう。雄介君とは何も関係が無いはずだ」
「そう言うって事は、関係があるのね。それで、先輩。何が、分かったん、ですか?」
琴音が人付き合いが苦手な事を知っていたレイカはそれを利用し、安原と琴音が隠している事を聞き出そうとする。レイカの鋭い睨みに怯えながら、琴音は左手に握りしめていた海の水が入った小瓶をレイカに見せた。
「水……これって、あの海の?」
「や、安原さんに、調べろって頼まれて……!」
「そう。ありがとう、先輩」
「い、いえいえ……おかまい、なく……」
レイカは琴音から小瓶を取り上げ、それを安原の目の前に突き出した。琴音の白状、小瓶の中の海の水、嘘を見抜くレイカの勘の良さ。もう安原は、隠し通せなくなっていた。
「……あの海は、普通の海じゃない。実際、体験してみて分かった」
「どういう事?」
「あの海は、生きている」
「……え?」
すると、安原はレイカの手から小瓶を取り、それをテーブルの上に乗せると、椅子に座った。それに続くように、四人も椅子に座り、テーブルの上に置かれた小瓶と安原を交互に見ながら、安原が話すのを待っていた。
「……最初に違和感を感じたのは、雄介君が溺れた時だ。私も遠くから見ていたが、彼の溺れ方は、おかしかった。雄介君が溺れる瞬間、彼は真下に沈んだんだ」
「……それが、おかしかった事ですか? でも、足場が突然無くなったら、泳げない雄介君じゃなくても、ああなる気がしますけど……」
「いや、確かに今思えば、少しおかしいな。俺は目の前で見てたけど、あれはまるで……誰かに引っ張られた感じだった」
「それで私は、琴音ちゃんに海を調べてもらった。まさか本当に調べがつくとは思ってなかったけど……それじゃあ、琴音ちゃん。みんなに教えてやってくれ」
「ふぇ!? わ、私がですか!?」
みんなの視線が、一気に琴音へ集中する。琴音はその視線に耐え切れず、その場から逃げ出したいとも思ったが、自分の理解者である北崎雄介の危機を知った今、逃げる訳にはいかなかった。
「……初めに、大事な事ですけど、みなさんは非現実的な事を信じられますか?」
「非現実的って事は、嘘って事じゃ―――うべっ!?」
「昇君、少し黙ってて。続けてください、琴音先輩」
「あ、うん……結論から言うと、この島を中心に広がっている水色の海。あれは、海じゃありません」
「海じゃない? それじゃあ、何だって言うのよ?」
「人です。いえ、違いますね、人に近い何かです」
琴音の発言に、安原を除いた三人は眉間にシワを寄せていた。信じていないという訳ではなく、理解出来なかったから。そんな三人の反応に、琴音は落胆する訳でも怒る訳でもなく、素直に受け止めていた。実際、琴音自身もにわかに信じ難いものであったからだ。
「理解出来ないって感じだよね、みんな。私も、正直まだ半信半疑なんだ。絶対的な事実はあるけど、それを事実と正直に受け取るには、私はあまりにも普通の人間だ」
「そう、ですね。あたしも信じたいけど、それを理解出来る気がしない。だって、それって凄く、映画みたいじゃないですか」
「普通の暮らしに慣れた所為で、僕達は普通じゃない事を創作物だと思ってしまってるんだ。現実で見た事が無いから」
「……俺、海に潜ってくる。溺れちまった雄介を一度救ったんだ、もう一度救えるさ!」
「やめなよ昇君! 僕でも分かるよ、夜の海が危険だって事は!」
「そ、そうです! それに、あの海は本当に危険なんです……そういえば、北崎君が溺れた時、どうして北崎君だけだったんだろう……あの海に、人間のような意思や感情まであるとしたら……北崎君を狙っていた? でも、なんで……」
そう言って考え込む琴音の姿を見た安原は焦った。海に焦点を当てて回っていた琴音の思考が、北崎雄介に切り替わり始めている。あの海の正体を短時間で解明した琴音の推理力や調査力の高さならば、北崎雄介に隠された秘密を解き明かされてしまう恐れがあった。そうなってしまえば、安原をはじめとした変異体達にとって深刻な問題に繋がってしまう。
そこで安原は、自らに決断を下した。安原という人間の暮らしを捨て、変異体達の未来を取った。
「……みんな、聞いてくれ。私は、みんなに隠していた事があった。君達のような若者に料理を提供して、幸せを感じる……そんな人間を、私は長く演じていた」
「ヤスさん?」
すると、安原は席を立ち、テーブルから離れていく。
「私は……俺は、人間じゃない」
そう言うと、安原はカエルの化け物へと変異した。自我を保てるように、完全な変異化ではなく、所々人間の名残を残した半変異化で留めたが、その姿は人と呼べるものではなかった。
「……コレガ、オレダ」
人間としての暮らし、そして昇達との交友からの別れに、変異体となった安原の眼から涙が流れていた。




