美味しい料理は争いの元
ユウスケの水泳の特訓は昇とマモルとレイカの三人の監視のもと行われ、夕焼け空と夜空が混同したような空の下、無事に浮かぶ方法を習得出来た。溺れかけた回数は数知れず、教えていた三人の悲鳴もまた数知れず。半日も掛けた苦労だというのに、ユウスケは浮かぶ事しか習得出来なかった。
教えていた三人は心労でぐったりとしていたが、教えられていたユウスケはというと、キラキラとした眼で興奮しており、海に浮かびながら笑い声を空に轟かせていた。そのユウスケの様子に、三人はやや困った表情を浮かべたが、楽しそうにしているユウスケを見れたのが嬉しかった。
「雄介ー! いつまで浮かんでるんだー? そろそろ飯にしようぜー! 朝も昼も何も食ってないから、俺腹減ったよ!」
「今日はヤスさんが作ってくれるご飯だよー!」
「さっさとこっちに来なさーい!」
「そっか、もうそんな時間に……ああ、分かった! すぐにそっちに行くよ!」
惨事から始まった二日目であったが、四人の関係が壊れる事無く、こうしていつものように楽しく過ごす事が出来た。
しかし、彼らはまだ知らない。この後、小さな事で、しかしユウスケにとっては大きな事で、彼らの関係にヒビが入り始める事に。
四人がテント前に集合すると、そこには湯気が立っている美味しそうな料理がテーブルの上に置かれていた。
「これは……」
「こんな無人島で……」
「目の錯覚じゃないわよね……」
「マジかよ……」
テーブルの上に置かれた料理があまりにも無人島という環境下では考えられない程の完成度の高い料理で、四人は呆然としていた。
そんな四人のもとへ、エプロンを畳みながら安原が誇らしげな表情で近付いてくる。
「甘い物ばかりを作っている所為で誤解されているかもしれんが、私はパティシエではなく料理人だ。料理人として、どんな環境下でも文句の付けようが無い料理を作るのは当然だ。テーブルや椅子は急ぎで作ったから、少々不格好だがね」
「これを全て安原一人で? 料理だけでなく、テーブルや椅子も?」
「もちろん。さぁ、遊んでお腹が空いているだろう? みんな椅子に座って食べてくれ。私はテントの中にいる琴音ちゃんに料理を運んでくるよ」
四人分の椅子を引き、そこへユウスケ達を座らせると、安原はテーブルの上に置かれている料理を取り皿に均等に取っていく。野菜料理、魚料理が次々と取り皿に盛られていき、最後にトロトロのチーズが上に乗ったハンバーグが中央に置かれた。
「それじゃあ、みんな食べていてくれ」
そう言って、安原は料理が盛られた皿を持って、テントの中へ入っていった。安原がいなくなり、四人は誰一人として手をテーブルの上に置かずに、静かにテーブルの上の料理を眺めていた。
「……ん、んん! あんたらの分、あたしが取り分けてあげる」
先陣を切ったレイカは、取り皿に料理を均等に分けていく。もちろん、レイカの基準で。その為か、レイカ以外の三人の分が幾分か少なく見え、その分レイカの皿には多く盛られていたように見えた。
「さ、食べましょ!」
レイカは誰かに待ったをかけられる前に、自分の分に口を付けようと、箸を一度口に含んだ。
「ちょっと待ったぁぁぁ!!!」
箸が料理に付く瞬間、昇は大声を上げながら、箸を持つレイカの手首を掴んだ。
「な、何よ、昇。急に大声なんか出しちゃって…」
「……俺達の分が少なく見えるが」
「き、気の所為だって……!」
「いーや! 俺達の分が少ない」
「そ、そんな事ないって、やだなーもう。二人も、そう思うよね?」
「……いつもだったら、昇君の味方なんて絶対にしないけど」
「おいコラ」
「でも、今回ばかりは昇君に賛成だよ。これは明らかに、差別だよ!」
「マモル~!」
「くっ!?……ゆ、雄介は、どっちの味方?」
「雄介~!」
「雄介君! ここでレイカさんの味方をしたら、僕らに上下関係が生まれてしまうよ!?」
三人がそれぞれの期待を胸に、依然として沈黙しているユウスケを見つめる。ユウスケは深呼吸をし、ゆっくりと三人の方へ振り向くと、自分の意見を口に出した。
「これら全て、僕の物だが?」
まさかの第三勢力である。予想だにしないユウスケの発言に、三人は眼を丸くし、頭の中で雷鳴が轟いた。
「ゆ、雄介? あんた、何、言ってんの?」
「今日一日、僕は非常に頑張った。体を動かしたのも、僕が一番だろう。であれば」
「ぼ、僕だって、雄介君に泳ぎ方を教えてあげたよ? そうなれば、僕も―――」
「マモル、頑張ったのは僕だ。海に浮かぶという成果も得た。となれば」
「それを言うなら雄介! 俺達はお前を浮かばせる事に成功した実績があるぞ! なら―――」
「そうだな、ご苦労。という訳で」
当然と言わんばかりの表情で、ユウスケは三人の皿から料理を取ろうとする。そうはさせまいと三人はそれぞれ自分の皿を持ち上げ、テーブルから離れていく。
「何故離れる? そう離れていては、手が届かない」
「いやいやいやいや!!! 何故じゃないぞ!?」
「あんた、あたしより強欲ね!」
「今の雄介君は、独裁者だよ!?」
「僕は頑張ったんだ。これくらいの褒美があってもいいだろう」
ユウスケは箸を手にしながら立ち上がり、三人のもとへにじり寄っていく。三人は怯えながらも、自分の分は取られないようにしながら、後ろへ下がっていく。
ユウスケが進み、三人が下がっていく中、マモルがつまづいてしまい、バランスを崩して後ろへ倒れてしまう。両脇にいた二人の両手は塞がっていた為、マモルを支える事が出来なかった。
結果、マモルは背中から地面に倒れ、持っていた皿が手から離れ、料理が地面の上に散らばってしまう。
「あ……」
地面に散らばる料理の残骸を目にし、マモルは涙目になってしまった。自分の分が食べられなくなったからではなく、作ってくれた安原の好意を無駄にしてしまったから。
「ぅ、ぅぅ……!」
「あちゃー、やっちまったな」
「せ、せっかく、ヤスさんが作ってくれたのに、僕……!」
「高校生になって、子供みたいに泣かないでよ。ほら、あたしの分を少し分けてあげるからさ」
「俺のもいいぞ。そんで、後で一緒にヤスさんに謝ろう。な?」
「う、うん……ありがとう、二人共」
「へへ、いいってことよ! ほら、雄介! お前も一応謝っとけ―――って、あれ?」
振り返ると、ユウスケの姿はなくなっていた。テーブルを見ると、ユウスケの席の前に置かれていた料理が盛られた皿が、マモルの席の前に置かれていた。
テントを設営している場所から、島の森林を挟んだ向かい側の砂浜で、ユウスケは体育座りでうずくまっていた。穏やかな海を眺めながら、自分がマモルにしてしまった事に罪悪感を感じていた。それと共に、何故彼らが自分の要求に了承してくれなかったのか、不思議に思っていた。
(どうして、僕はあんな事を……どうして三人は、僕に褒美をくれなかったんだろう……あの三人なら、頑張った僕に褒美をくれると思ったのに……友達が分からない。友達という存在や意味が、僕には理解出来ない……)
理解出来ない事に蓋をするように、ユウスケは眼を閉じた。暗闇の中、聞こえてくるのは穏やかな波の音。その音が徐々にユウスケに近付いていき、やがて一人の足音に変わった。
「おや? 今日は一段と浮かない顔してるね?」
ユウスケが眼を開けると、ユウスケを覗き込むように屈むセイレーンがいた。
「セイレーン……」
「……少し、お話しよっか」
そう言って、セイレーンは微笑んだ。そんな彼女の微笑みに、ユウスケの陰鬱な心は晴れていき、安心感が芽生えていた……自分が浅瀬の上にいる事に気付けずに。
次回
「海に抱かれて」




