ヤンデレとの三者面談
本田さんから逃げ延びた僕は、少し遅めの晩ご飯を宮代さんと食べる事になった。当然のように僕の隣に宮代さんが座ると、向かいの席に母さんが座ってお茶を飲み始めた。
晩ご飯のメニューは、白米、ワカメの味噌汁、豚の生姜焼き、野菜と海藻のサラダ、煮豆だ。凄く美味しそうだし、完食出来るくらい腹も空いている・・・空いているが、本田さんに読まされた本の内容が頭をよぎり、豚の生姜焼きは食べれそうにない。
「宮代さん、これ食べて・・・」
「え? いいの?」
「うん・・・しばらく肉は見たくない」
「あら? 雄介の好きな料理だと思ってたんだけど、違うの?」
「違うんだ母さん・・・あんなの読まされたら誰だってこうなる・・・こうなってしまうものさ・・・!」
「どうしたのかしら?」
「色々あるんですよ、雄介君にも。それじゃあいただきますね、お義母さん!」
母さんに会釈をすると、宮代さんは細い体からは想像出来ないような食いっぷりで、母さんが作った料理を食べていく。
「あの~、おかわりって・・・」
「え? あ、ええ。どんどん食べちゃって!」
あっという間に平らげた宮内さん。その食いっぷりに僕はおろか、母さんまで驚いて目を点にしていた。
ご飯のおかわりを母さんから貰うと、宮代さんは僕の分の生姜焼きを空になった皿の上に置き、勢い落ちぬまま食べ続けていく。
宮代さんがこんなに大食いだと思わなかったが、都合が良い。正直今は煮豆くらいしか食べれそうにない。
「ねぇ葉月ちゃん。雄介とはいつから付き合ってるの?」
キラキラとした眼差しで僕らを見ながら、母さんの質問が始まった。
「雄介君が高校に入学した時です! 私、一目惚れで・・・そしたら、雄介君も・・・!」
「あらまぁー! 若ーい!」
母さん、この人嘘しか言ってないよ。
「それから二ヶ月後くらいですかね。屋上に呼び出されて、それで雄介君の方から・・・その・・・好き、って言われて・・・!」
「やだわ~! 青春~!」
よくもまぁ平然と嘘をつける。照れてる演技も相まって、何も知らなければ信じてしまう程、嘘が上手い人だ。今ここで宮代さんが言った事全てが嘘だと僕が言っても、絶対に信じてもらえない。それどころか、思い出話に照れる可愛い男の子だと馬鹿にされるだろう。
「それから、ちょっとずつデートとか重ねて・・・この間・・・プロポーズ、されちゃって!」
「キャー! ドラマみたいだわー!」
「ほんとだねー・・・」
「雄介! こんなに良い彼女さん、なんで今まで教えてくれなかったの!?」
「教えないっていうか、教える事が出来ないっていうか」
「照れ屋なんですよ雄介君! そこがまた好きなんです!」
「お熱いわね~! お父さんもいたら良かったのに、急に仕事で遅くなるって言うから。残念だわ~、葉月ちゃんを紹介出来なくて・・・」
「・・・ごちそうさま」
勝手に盛り上がる二人に付いていけず、僕は先に食事を終わらせ、逃げるように自分の部屋に入っていった。
椅子に座り、机の上に置いていたスノードームを振って、中に散りばめられた白い粉が雪のように舞う様子を眺める。
「本田さん・・・」
思い出したのは本田さんが僕を食べた時の光景。唇に僕の血を付けながら、美味しそうに僕の肉を頬張る彼女は、異常だった。
「あの本に影響されて人の肉に興味が湧いた・・・でも、なんで僕なんだろう?」
本を読んで人肉の味が気になり、実際に食べてみたくなった所までは予想できる。だが何故僕なのだろうか?
自分で言うのもなんだが、僕は脂肪が多くついている訳じゃないし、特別肌が綺麗だという訳でもない。もし食べるとしたら、もっと他にも候補がいただろうに・・・なんで僕を?
「好きになっちゃったんだよ、あの子」
いつの間にか、宮代さんが僕の部屋に入ってきていた。相変わらず神出鬼没だな。
「・・・人の部屋に、勝手に入らないでください」
「良いじゃない。私、雄介君の彼女さんだし!」
「いつまで彼女役を演じてるんですか、さっさと元の知り合いの関係に戻ってください」
「はーい!」
すんなりと納得してくれたかと思いきや、宮代さんは僕のベッドに飛び込み、枕に顔を埋めて幸せそうにしていた。
「えへへ~、部屋ではベッドなんだね~!」
「・・・僕を好きになったって、どういう事ですか?」
「え~、私達知り合いの関係に戻ったんじゃないの? でも雄介君が求めるのなら、私は構わな―――」
「あんたじゃなくて本田さんの事ですよ。好きって感情なら、僕より宮代さんの方が分かってるでしょ」
「なーんだ、残念。本田さんって、図書室にいた眼鏡の子でしょ?」
「はい」
「眼だよ」
「眼?」
「私と同じ眼をしてたのよ、あの子」
そう言われ、宮代さんが僕を見る眼と、本田さんが僕を見つめてきた時の眼を照らし合わせた。確かに、本田さんも宮代さんと同様、僕を見る眼が虚ろになっていた。
「恋をすると眼は色鮮やかになる。でも重すぎる愛は色濃くなり、黒になる。それはもう、恋なんて可愛いものじゃなくなるわ」
「あなたと同じように、本田さんも異常者って事ですか・・・」
「あら。人を好きになる事が、どうして異常だと言えるのかしら。たった一人を愛し、それ以外何も望まない・・・素敵じゃない?」
「人を食う事が素敵だと?」
「人を食う?」
「ほら」
服をめくって、本田さんに食い千切られた腹部を宮代さんに見せた。既に傷は治していた為、喰われた痕を見せる事は出来ないが、喰われた時に出た血が腹部にまだ付いている。
「穴は治しましたけど、血はまだ付いてますよね? ここら辺ですよ喰われたのは」
自分の腹部から視線を宮代さんに戻すと、宮代さんは手で顔を覆い、指の隙間から僕を見て悶えていた。
「・・・どうしたんですか?」
「だ、だって! お腹! 雄介君が自分から肌を露出してくれるなんて! エ、エッチだよ!」
「僕を露出狂みたいに言うのやめてくださいよ」
「ご、ごめん! そうだよね! 私も見せなきゃ!」
「いらん」
「あ、そう?・・・それにしても、改めて雄介君の奇病って凄いね。跡形なく傷を治せるなんて」
やっぱりそうだ。宮代さんは僕の奇病を知っている。奇病の事は誰にも話していないし、誰にも見せた事が無いというのに。
常人には持つ事の出来ない、ある種の能力のような病。それが奇病だ。人によって奇病の症状は違うらしいが、僕の場合は【体を完全に治す】症状。
例え腕を折っても、目を潰しても、すぐに完治する。しかし痛みを感じない訳じゃない。今まで自分の奇病を調べる為に色々と試した結果、痛みのストレスの所為で、10代の内から白髪の方が多くなってしまった。
「傷は治せても、白髪を戻したり若返る事は出来ないけどね」
「でも、人より長生き出来るんじゃない?」
「長生きなんて、人生を楽しく過ごせてる奴が願う物でしょ・・・それに、僕はこの病を好きになれない」
「他人から化け物として見られそうだから? それで傷付くのが痛みよりも―――」
「勝手に理解するな!!!」
嫌いだ。今、改めてこの人の事が嫌いになった。僕の考えや行動を知られるのは別にいい。それは所詮、上っ面に過ぎないのだから。
でも、僕の心を読み、僕を理解しようとするのだけは許せない・・・本当の僕を知ろうとするのだけは・・・!
「・・・ごめん。私、雄介君と話せるのが嬉しくって・・・雄介君が他人に本心を知られたくない事、忘れてた・・・」
「・・・はぁ。今日は帰ってください。送ってきますから」
「・・・うん。ありがとう」
最悪だ。ズケズケと人の心に入ってくる宮代さんも・・・理解しようとしてくれる人を突き放す僕も・・・ほんと、最悪だ。
次回
「本田美也子」